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13話 旅立ち 1

 轟音を立ててわたしの方へと向かって雪の巨人が崩れ落ちてきた。

 その白い体に一閃、オレンジの光が走った。

 その線を中心に、一瞬にしてぶどうの房のようにいくつもの火球が生まれ、連続した爆音とともにわたしは爆風に地面へと叩きつけられた。

 何とか立ち上がると、あたりは真っ白な水蒸気につつまれていた。

 そうだ、赤木君! 赤木君!

 先ほどの張りぼてはきっと見間違いだ!

 文珠を使って回復させてあげればきっとまた微笑んでくれるはず!

 真っ白な水蒸気の隙間から影が見えた。

 うつむき加減で動いている。やっぱり無事だ! さっきのはきっと気のせいだったんだ!

「赤木君!」

 わたしは影に向かって思いっきり飛びついた。が、それはわたしの想像よりはるかに小さく、その勢いでわたしと影は雪の上にもつれるように転がった。

「え?」

 そこにいたのはミレニィだった……

「え? 何で……」

「ごめん……ぼたんちゃん……間に合わなくって……」

「え? 何のこと……」

 涙ぐんだミレニィの声がわたしの心の不安を煽る。

 わたしの下にいるミレニィの視線が左側を向いている。

「やだ、やめてよ……なにしゃくりあげてるのよ……また……わたしを驚かせ……ようったって……無事に決まってるじゃない……そうよ……ただ……赤木君は……気を失って……いるだけ……なん……だから……」



















「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」

 張りぼてだ。

 張りぼてだ!

 張りぼてだあぁああぁぁあぁぁぁあぁぁぁあぁぁぁあぁぁ……

 すがり付いて揺さぶってみるけどまるで反応がない。

「んぐっふぅうううううううううううううううううううううううううううううううううううううううんううううううううううううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ…………」

 さっきみたいに抱きしめてよ!

 ラクシュミーの体じゃないと折れちゃいそうなほど力強く!

 あの熱く燃える唇でキスしてよ!

 でも……でも、頬に伝わってくるのは……ニスをひいた新聞紙の冷たい肌触りだけだ。

 ……ギリギリで止めるって約束したのに……

 ……それを信じて赤木君は巨人に向かっていったのに……

 わたしが

 わたしが……

 わたしが…………

「わたしのせいでぇえぇぇええぇぇえぇぇ……」

 自分で自分が許せなかった。

 この体を引き裂いてしまいたいような思いに駆られて、襟元をつかみ力をこめる。しかし、思った以上に丈夫な衣装は傷つくことはなく、わたしの力だけが空回りして指をはじき、爪の先がジンジンと痛んだ。

 服に馬鹿にされているように感じて指先から胸元へ視線を移す。

 如意宝珠……

「そうよ……こんなものがあるから……こんなものがあるから、みんな苦しまなければならないのよ……」

 わたしは変身を解くと如意宝珠を地面へとたたきつけた。

 如意宝珠は厚い雪へとめり込んだ。

 でも、そんなもんじゃこの気持ちは治まらない。

 頭をかきむしり、髪を引っ張る。

 一部はブチブチと千切れ、一部は根元から抜けた。

 自分でやったこととはいえ、その痛みにもイラついた。

「いっそ、死んじゃえば……痛みも……苦しみも……」

 足元に目を落とすと手ごろな大きさの瓦礫がある。

 わたしはそれを手に取ると、頭を大きく後ろにそらし、瓦礫へと向かって頭を振り下ろした。




 気がつくといつも変身するような空間でわたしはクルクルと縦に回転していた。

 重心をコントロールして何とか回転を止め辺りを見回す。

 上下も左右もはっきりしない金色に輝く空間に、ピンクとも紫ともわからない雲が漂っている。

「ここは……」

 死後の世界なんだろうか……

「ここはあんたはんの心の中じゃッハ」

 背後から声がした。振り返るとシンハ……いや、色が違う。赤っぽいシンハだ。

「あなたは?」

「わしは切戸文殊のシンハじゃッハ。キリちゃんでええで」

「キリ……ちゃん……」

「あんたはんに何ぼ声掛けても聞いてもらえんかったから、悪いとは思おたけど、こうして心の中に入らせてもろうたんじゃッハ」

「心の……中……」

「せや、わしと…あの…千代ちんで、さんざん声掛けたんやけど、さっぱり聞こえてへんかったもんなぁ、あんたはん」

「…………」

 やさしく穏やかな関西弁がすさんだ心にしみこんでくる。

「申し訳ない思たけどな、いろいろ説明聞いたりとかする時間無いさかい、今までのあんたはんの記憶見せてもろたッハ。あんたはんの彼氏、ええ男やったんやなぁ……」

 わたしの目の高さにある雲がいくつものスクリーンになって、赤木君との思い出を映し出していた。

 ピンチを救ってくれたときの赤木君。あの時も……あの時も……

 うそをついていたことを本気で後悔して泣いている赤木君。

 復讐心で暴走した赤木君。

 やだ……人工呼吸のあのときの思い出まで……

 そして、雪の大巨人へと向かって駆け出していく赤木君の大きな背中……

「赤木君……赤木君……わたし……」

「命がけで好きなオナゴ守るなん、今日びの男にはなかなかおらへん……ほんまにええ男や」

「それなのに……それなのにっ!」

「仕方なかった……仕方なかったんや……」

「だって!」

「岩井戸は強かった! 雪の大巨人もごっつ強かった! あんたら二人は必死になって考えて、戦って……その結果や……あいつがおらへんかったら、あんたはんとこうしておしゃべりもできひんかったんやで……」

「だってわたしがうまく出来なかったから赤木君は!」

「納得ずくであいつは行ったで! 何の憂いも無い、ええ顔やったッハ。あんたはんはそれにしっかりと応えた。それだけだッハ」

「でも! でもっ!」

「そやな、急に言われても困るわな。ただな、これだけは忘れんといとき。その体、その命は赤木がくれた大切な命や。粗末にするようなことだけはしたらアカン。わかるな」

「……うん……」

 そうだ、赤木君のおかげで今わたしは生きているんだ。

 力強い口調の切戸のシンハの言葉にわたしは自分を恥ずかしく思った。

「ええ子や。これからあんたはんはあいつの命を、生きた証を守り伝えていかなあかんのや」

「え? えぇっ!……そこまでの仲にはまだ……まさか! やっぱり寝てる間に……」

「あほか! あぁ、いやいや、こっちの言葉が足らんかったッハ。あんな、命を伝えていくっていうのは何も子供作って育ててくコトだけちゃうんやで」

 わたしの恥ずかしい勘違いを切戸のシンハはあわてて訂正した。

「赤木が何を思い、何を考え、何をしてきたか。何が好きで、何が苦手でとかそんなささいなトコも含めてやな、一番そばに居ったあんたはんが覚えておいて、時に語り継いで、後々の人に伝える。それがあんたはんが勘違いしたのとは別の命の伝え方や」

「命を……伝える……」

「そしてもう一人、あんたはんにしか伝えることの出来ない命があるッハ」

「もう一人……」

「せや、岩井戸や……」

「岩井戸……」

 その名前に思わず体が震えた。

「そないな顔しないどき、せっかくのべっぴんが台無しや」

 切戸のシンハがなだめようとするがこの惨劇を生み出した憎い相手だ。抑えようにも怒りがふつふつとわいてくる。

「今一歩であんたも岩井戸みたいになったかもしれへんかったんや。弥彦と赤木、どっちも助けよう思ってうまいこといかんかった。あの苦しみを抑えきれずに岩井戸はああなってしもたんやッハ!」

「…………」

「いろいろあって腹が立つのはわかるッハ。じゃが、岩井戸もあんたはんと同じような悲しみや苦しみを抱えた末にああなったっていうことは理解してあげんといかんッハ」

「でも! このまま見過ごすようなまね!」

「せや、あいつの後悔の念、子供らへの執着、そんな一切合財を断ち切ってやらんとアカン」

「でも、わたしみたいに聞く耳なんて持ってないと思うんだけど……」

「そこでアベちゃんの出番やねん」

「アベちゃん?」

「安倍の文殊のシンハや。ちなみにおたくんとこは亀岡やからカメちゃんな」

「……カメちゃん」

「おっと、話がそれたな。アベちゃんにはな、智慧の利剣に姿を変える力があるねん」

「ちえの……りけん……」

「せや、悟りを開くために執着や煩悩を切り払う、文殊様の持ってらっしゃる刀やな」

「それで……岩井戸を……」

「正確には岩井戸の執着をやな……それが出来るのはあんたはんだけなんやで」

「わたし……だけ……」

「せや、わしらも精一杯サポートはするさかいな。ほんならそろそろ元の世界に戻ろか」

キリちゃんの声は桂文枝師匠をイメージしながら書きました。

ニセ関西弁ですので作者の心を痛めない程度でご指摘いただければ幸いです。

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