10話 最後の戦い 3
強めの方言が出ます。ノリで意味は通じるかとは思いますがあとがきで詳しく解説します。
「直江兼継と前田慶次が歌会で読んだ歌ねぇ……」
社務所横に設けられた寒さよけの待合室で石油ストーブに手をかざしながら、古い大河ドラマのポスターとパネル展示を眺めるのもこれでもう何度目だろう。
外が薄ぼんやりと明るくなってきた。人気はほとんどない。
深夜のご祈祷は二時で終わり。午前のご祈祷の始まる九時まではこんなものなのだろうか。
千代ちんは三時ごろまであのテンションで高畠へと移り住んでからのことを延々と話していたが、さすがにしゃべりつかれて今は赤木君の肩に頭を預けて寝息を立てている。
赤木君がなんだか恥ずかしそうに困ったように無駄に背筋を伸ばして天井を見ている。
「なんだかおなかすかない? わたし、ちょっと下の売店行ってくるね」
そういってカラカラと引き戸を開けると、
「あぁひょっと待って、あらひも行くから……」
と、千代ちんが目を覚ました。
結局三人で下の売店へと降りていき、知恵の焼きだんごと甘酒で朝食の代わりとした。
再び境内へと上がると社務所の前にシンハがいた。
シンハはわたしたちを見つけるとこっちへ来いというしぐさをして文殊堂の裏手へと歩いていった。
「あらためて、あけましておめでとうだッハ」
人気のない文殊堂の裏手でわたしたちは新年の挨拶を交わす。
「で、どうなの今年は?」
「人出は少ないッハね、とはいえ誰かさんのおかげでいつもと違って文珠が足りない分、例年よりも疲れるッハ」
シンハは嫌味ったらしく恨めしそうに赤木君を見ながら言った。
「そもそも智慧の文殊の『智慧』は学問の知識のことじゃないッハ。真理を見つめ、理解し、悟りを開くために必要とされる気高い心の働きのことだッハ」
どうやらお疲れでご機嫌斜めのようだ。そんなときは、
「ハイこれ、お年玉」
と、ピーコートのポケットからソーセージを取り出した。ところが、
「あぁ、見たくなかったッハ」
と、シンハは顔を背けてしまう。
「どうしたのよ、好きでしょ? ソーセージ」
「しばらくなまぐさモノは食べれないッハ。まったく、肉食獣に肉食うなってのもどうかしてるッハ。曹洞宗がうらやましいッハ」
うぅん、この業界もいろいろと大変なんだなぁ。と、もだえるシンハを見ながら思った。
「とにかく、しばらく忙しくなるッハ。こないだも言ったけど、今わたしてあるチンターマニで変身したら、しばらく次の変身のためのチンターマニを預けに行くことはできないと思ってほしいッハ」
「大丈夫よ、今日で岩井戸もおしまいよ。最終決戦に勝つのはあたしたちなんだから!」
千代ちんがシンハに向かって薄い胸を張った。
「その件なんだけど今日はそんなに心配ないような気がするんだッハ」
その千代ちんの気を折るようにシンハが緊張感なく言った。
「どうしてよ?」
とつっかかる千代ちんに、
「岩井戸は僕がこの松の内に消耗することは知ってるッハ。僕が岩井戸の立場だったら去年みたいに疲れきったところを叩くと思うッハ。それと、もし岩井戸が現れたとしても、無理せずになるべく僕の回復を待って欲しいッハ」
「そんな……」
腑に落ちないのか千代ちんがシンハの前にしゃがみこむ。
「何でよ、そんなにあたしたちが信じられないの!」
「そういうわけじゃないッハ、ただこの間も言ったけど岩井戸は並大抵の相手ではないッハ。千代やぼたんが少しでも無事に戦えるよう、僕はそばで手伝いたいんだッハ」
そう返された千代ちんは言葉を詰まらせた。
「君とぼたんは僕が巻き込んでしまった普通の女の子だッハ。だからもしものときは……赤木は自分の立場はわかっているッハね……」
「ちょっとシンハ!」
いかにも犠牲になれといわんばかりのシンハの言葉に詰め寄ろうとしたが、赤木君の手がそれを制した。
「赤木君……」
赤木君は黙ってうなづいた。
「とにかく今日はめでたいお正月だッハ。冥土の旅の一里塚なんて皮肉った歌もあるけど、何かあっても作戦は「ガンガンいこうぜ」じゃなくて「いのちをだいじに」でいくッハよ」
そういうとシンハはお堂の中へと消えていった。
わたしたちは顔を見合わせる。赤木君はなにやら決意に満ちたような表情だが、千代ちんは何か釈然としないようなものを胸に抱いているようだ。
ともあれ再び境内へと向かう渡り廊下をくぐると突然
「ぼたん!」
と怒鳴り声が聞こえてきた。驚いて声のしたほうを見るとお父さんが真っ赤な顔をして怒っていた。
「何べん電話しても出やがんね! ん、なんだその男は!」
そういって詰め寄るとお父さんは赤木君をにらみつける。
「あ、彼は関係ないんです。同級生なんですけど今お参りに来たばっかりで……」
千代ちんが間に入ってごまかす。
「千代ちゃんもわがんねず。父ちゃんもかなり心配しったっけぞ。ちゃんと連絡されるようにしとがねど。今なじょな時だがわがんべ! どれ、送ってっから行ぐぞ!」
そういってお父さんはわたしの腕をつかんだ。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ……わたしたち、まだ……」
「あ? 受験生でもないのに、一晩こさ居だら後たくさんだ。風邪ひいだって大変だし、それにまだあの化け物でできたらなじょすんなだ?」
「でも……」
千代ちんが食い下がろうとするがお父さんは聞く耳を持たず、ずんずんと歩いていく。
しかし千代ちんは動こうとはしなかった。
お父さんはわたしの腕をつかんでいる手とは反対の手で携帯を取り出しどこかへと電話をかける。
「あ、冬咲です……えぇ、うちのバカと一緒でした。本当にスミマセン。……いえ、後は私乗せてきますんで……じゃ、うちのほうで待ってていただいて、ハイ、じゃ後ほど……」
電話の内容からすると千代ちんのお父さんへだろう。
「ほら千代ちゃん、意地張ってねであいべ。何ぼ引っ越すなやんだたって、こだなどさ居だってなんもなんね」
「引っ越す?」
その言葉を言ったとたん、千代ちんは地面にうずくまって泣き出した。
方言解説
「何べん電話しても出やがんね! ん、なんだその男は!」
【何度電話をかけても出ないなんて! ん、なんだその男は!】
「千代ちゃんもわがんねず。父ちゃんもかなり心配しったっけぞ。ちゃんと連絡されるようにしとがねど。今なじょな時だがわがんべ! どれ、送ってっから行ぐぞ!」
【千代ちゃんもだめじゃないか。お父さんもすごく心配してたよ。ちゃんと連絡が取れるようにしておかないと。今がどんなときかわかるだろう。さあ、送っていくから行こう】
「あ? 受験生でもないのに、一晩こさ居だら後たくさんだ。風邪ひいだって大変だし、それにまだあの化け物でできたらなじょすんなだ?」
【あ? 受験生でもないのに、一晩ここにいたならもう十分だろう。風邪を引いても大変だし、それにまたあの化け物がでて来たらどうするつもりだい?】
「ほら千代ちゃん、意地張ってねであいべ。何ぼ引っ越すなやんだたって、こだなどさ居だってなんもなんね」
【ほら千代ちゃん、意地張ってないで行こう。いくら引っ越すのが嫌でも、こんなところに居てもしょうがないよ】
標準語だと怒りが伝わりませんね




