6話 なみだの理由 2
翌日、土曜の朝のゆっくりした時間は千代ちんの電話によって破られた。
自転車のかごにシンハを放り込み、スタンドを蹴り上げる。
「今日はどこに行くッハ?」
「駄子町にある瓜割り石庭公園だって。今頃あそこでいったい何の取材かしら?」
あれやこれやと想いをめぐらせているうちにわたし達は石庭公園へと到着した。
黄褐色の切り立った崖の下にある瓜割り石庭公園。
かつて山の上から楔を打ち込み、高畠石を切り出していた跡がこの切り立った崖の正体だ。
長い年月をかけて切り出した跡が、その崖の下に広場を作り出しており、その岩の壁に囲まれた広場では音の反響を利用して小規模なコンサートを行なったり、もう少しして涼しくなれば芋煮会の会場などとしても使われている。
そして今まさに季節はずれの芋煮会の準備が、晩夏の昼前の暑い日ざしの中、新聞部の男子、そして赤木君と青木君の手によって目の前で着々と行なわれていた。
「ちょ、いったい?」
「やぁ、遅かったな冬咲君」
「ちょっと部長、こい……この二人はいったい?」
「あぁ、昨日竹田くんがな……」
「じゃじゃーん、新入部員歓迎の芋煮会でーす」
部長に指された千代ちんが手を上げながらにこやかに言った。
「新入部員? 千代ちん何言ってるのよ、こいつらは……」
あまりのできごとにわたしは千代ちんに詰め寄る。
「ん? 冬咲君、こいつらって何のことだ?」
「え、あ……いや」
そばにいた部長が不思議そうな顔をしてたずねてくる。
そうか、新聞部のみんなの前じゃ、あのときの話なんて出来るわけない。
「あ、いや、なんでもないです、あの、急な話だったからびっくりして……」
わたしが部長へと言い訳しているうちに、千代ちんはすっと準備している面々の間へと混ざってしまった。
もう、千代ちんったら何考えてんのよ……
追いかけて中に入ろうとは思うものの、あの二人と一緒の輪の中というのは気が進まない。
いらだちをおさえながら、和気あいあいと芋煮会の準備をしている皆に目をやる。
鍋の横でねぎを刻んでいるのはよりによって青木君だ。おおよそ二本分のななめに切ったねぎを、ぐらぐらと煮え立った鍋の中へと滑り込ませふたをする。その馴れた手つきを見て部長が、
「へぇ青木君、君はクッキング、料理が上手だねぇ」
とほめる。すると、
「あ、いや……あの、い、いつもやってるから……」
なんて、照れてどもりながら青木君が答える。
ズ、ズ、ズズと何か重いものを引きずる音が聞こえる。
見ると赤木君が大きな岩をこちらへと押してきている音だった。
「ちょっと何やってんのよ赤木君!」
と、千代ちんがあわてて詰め寄る。
「……敷き物代わりにしようかと思って……」
「ばっかねー、鍋をそっちに持ってったほうが手っ取り早いでしょ、もどしてらっしゃい」
「ん」
言われて赤木君はくるりと向き直り、元にあった場所へと向かって岩を押しはじめた。 そのそばに吉田君が寄っていって驚きの表情で赤木君を見つめる。
「あ、赤木先輩すごいです。こんな重そうな岩を一人で動かせるなんて!」
「……い、いや、そんな、たいしたことじゃない……」
その声は、心なしか今まで聞いた赤木君の声の中で一番上ずったものに聞こえた。
その様子をマイペースに写真を取っていた日下部君が、こっちへレンズを向ける。が、彼はシャッターを切る手を止めて、くちびるのはしに指をあてて、口角を上げるジェスチャーをしてみせた。笑えっていってんの? ほっといてよ! わたしは顔をそむけた。
「おっ、そろそろいいんじゃないか?」
部長の声に皆がいっせいに顔を向けた。
みんな笑顔で鍋の周りへと集まっていく。
……なによ……わたしだけむすっとしてるなんて居心地悪いじゃない……
わたしはなるべく自然にその輪の中へと混ざろうとした。
「はいじゃぼたんちゃん、みんなに渡して」
千代ちんが芋煮の盛り付けられた発泡のどんぶりを手渡してくる。
「わたしぃ?」
「そうよ、ほらおなかへったから次々行くわよ」
「や、ちょ、ちょちょちょ……」
そういって千代ちんは次のどんぶりを差し出した。
「はい部長、はい日下部君、はい吉田君、はい……青木君と……赤木君」
次々と差し出される芋煮のどんぶりをみんなに渡す。青木君と赤木君にも渡す。
「はい、じゃ次はお茶ね、ぼたんちゃんそっち側ついであげて」
と、千代ちんが否応なく割り振ったのは青木君と赤木君の側だった。
「何でわたしが?」とは言い出せない空気の中で、わたしは二人の顔を見ないようにしながら、紙コップにペットボトルのお茶を注いだ。
「じゃみんないきわたった? それじゃぁ青木君、赤木君ようこそ新聞部に! かんぱーい!」
『かんぱーい!』
千代ちんの音頭でみんなして紙コップをつき合わせた。
みんなはさっそく芋煮へと箸をのばす。
「おー、なかなかいけるじゃないか青木君」
「あ、ホントだ、おいしいですよ青木先輩」
部長と吉田君にほめられて青木君は照れくさそうにはにかんだ。
「へー、これが芋煮会の芋煮かー。おいしいねぼたんちゃん!」
千代ちんがキラーパスを放つ。なるべくなら口をつけたくなかったのに、こんな振り方されたら……何よ、青木君の作った芋煮なんて……
「あ……ほいひー」
つい口からおいしいの一言がこぼれおちた。
言ってから、しまった!と思って青木君を見る。
青木君は真っ赤な顔をしてうつむいた。
なぜだろう、むなしさ? 敗北感? そんな感情がわたしの胸を風のように通り過ぎて行った。
「ところで青木君に赤木君、これから新聞部の活動をしてもらうわけだが、いま僕らが注目しているのが例の魔法少女だ、君らも知ってるだろう?」
「あ、ぃいゃ、その……はい」
部長の問いに、こちらをチラ見しながら青木君が答える。
「ちなみにピンクと最近出てきた緑と、君らはどっち派だい?」
「部長!」
あんまりな質問に大声をたててしまう。が、みんなの驚いた視線を一点に受け、
「あ……あんまり女子の前でそういう話はデリカシーがないんじゃないかなって……」
と、尻すぼみ。
「まぁまぁ、ぼたんちゃんってば固いんだから、で、部長はどっち派なんですか?」
「やっぱピンクだな、うん」
部長の答えに千代ちんの眉がひくりと上がる。
「……へぇ……日下部君は?」
「ピンク」
「……あぁ、そう……でも吉田君、緑もすごいわよねぇ、火ィとか出せるし……」
そっけないながらもはっきりとした意思表示に胸を刺された千代ちんは、半ば誘導気味に吉田君へと問いかける。
「いやぁ、やっぱりピンクですかね、てか、緑なのに火属性っておかしくないですか?」
「……でも、ねぇ、色と属性ってそんなに重要かしら、ねぇ赤木君?」
マニアックな回答に存在意義を問われつつ、すがるように赤木君に問いかけるが。
「……ピオニィ……」
の答え。ちらりとわたしを見て、再び朱に染まった赤木君の顔を見る。
「……あ、うん、あんたはね、それでいいと思うわ。で?」
「俺もピ……ピ……えと、あの、そのミレニィです……」
青木君は千代ちんの迫力に言葉を翻しミレニイの名前を出したが、当の千代ちんはがっくりとうなだれてしまった。
「そ、そうそうミレニィかわいいじゃないですか、小柄だし、超ミニだし、その上胸だってほら、こう、ババーンと……」
事実上の完全敗北に、落ち込む千代ちんをフォローするものの、
「なんだ、人にデリカシーがないって言う割には冬咲君の発言はずいぶん大胆じゃないか?」
なんて笑われてしまう。
そして、千代ちんの目は笑ってない。「勝者が敗者にかける言葉なんてないよ」とでも言いたげに冷ややかだ。
「しかし、ピオニィとかミレニィとかなかなか詳しいじゃないか君たち。そのくらい詳しかったらあの覆面の男も知ってるかい、赤木君?」
「あ、ん、あぁ……」
「そうか、君は目の付け所が違うようだね」
目の付け所も何も「覆面の男」ご本人の答えに部長は満足そうだ。
「みんなあの魔法少女に目を奪われがちだが、もし覆面の彼がいなかったら彼女たちは大変なピンチにおちいっていたことが多々あるんだ。あのピオニィちゃんは結構抜けてるトコあるみたいだからなぁ……」
必死に戦っている人の気も知らないで、部長の話はとどまることを知らない。
「とにかくね、彼もまた高畠を守ってくれている立派なヒーローだと思うんだ。実は彼で特集記事を書いてみようと思っていてねぇ」
「あ、ああ……」
赤木君は部長の話に何度もうなずきながら、照れくさそうに頬を赤らめていた。
その後、小一時間ほど部長の独壇場が続いた。
なべをカラにすると、「記念写真だ」なんていって、日下部君のカメラでみんなそろって写真を撮ってその日はお開きとなった。




