5話 ウソの味 1
まほろば天女ラクシュミーは健全なお話です\(^o^)/
「うわぁ、おっきい……」
千代ちんはそういうと粘液でぬれる豆をつつく。
そして黒く硬い二本の棒を中に突き立てると、ニチニチと音を立て乱暴にかき回し始めた。
棒を引き抜くと、つ、と細い糸を引く。
わたしは熱っぽさでぼうっとした頭でその様子を眺めていた。
「このあっついのによく納豆なんて食べれるわね……」
朝からのこの暑さでわたしは食欲がわかない。ましてや炊き立てご飯に納豆なんて……
「しっかり食べないからばてるのに……」
千代ちんが納豆をご飯にかけながら言った。
「ちゃんとあっつい時用の食べ物があるのよ、っと……」
そういうとわたしは台所に立ち上がり、どんぶりにご飯と三奥屋の古漬け「晩菊」を入れてかき混ぜながら冷ます。そしてラップの上にあけておにぎりに握る。
「むー、コレだと食べられる……」
グラスに冷たい麦茶を半分ほど注ぎ、口の中の晩菊ご飯を胃袋へと流してやる。
「行儀悪いなあ」と言いたげな千代ちんの視線を無視して再び台所へといき、冷蔵庫から三和漬物の「だし」とカレー用のスプーンを持ってくる。
何を始めるんだろうと興味を持っている千代ちんの納豆ご飯の茶碗に、有無を言わさずスプーンいっぱいの「だし」をべぃっとかけてやる。
「ちょっとぉ、ナニするのよ!」
と語気を荒げる千代ちんに、
「いいからだまされたと思って食ってみ」
と、うながしてやる。
「あ、さっぱりして食べやすくなった」
「でしょ、夏に納豆食べるならこれないと……」
そういうわたしは「だし」を冷奴に一さじ乗せて、崩しながらいただく。
八月十五日、お盆も終わりの今日、わたしは千代ちんと二人で遅めの朝食を食べていた。
昨晩お盆の挨拶に来た千代ちん一家から千代ちんを引き剥がし、夜遅くまでシンハもまじえて今日明日の対策について話をしていたので起きるのが遅くなったのだ。
「今までの化け物の出現状況を分析すると、さくらんぼのときを除くと人が大勢集まっている場所に現れるのよ」
このことに気がついたのは千代ちんだった。これが前回「犬の宮」からの帰り道の話で、その後、人の集まりそうなイベントには、パトロールがてら二人で積極的に参加するようにした。
八月の第一日曜、糠野目のカッパ祭り。
これは昔近くで悪さをしたカッパ、そのカッパの結婚相手を模した山車を引っ張るお祭りだ。世界一長いカッパ巻き作りに挑戦したりもする。
八月十日のごんぼの実祭り。
マジックテープのようなとげのついた、ゴルフボール大のごぼうの実、コレを好きな相手に投げつけて、家に帰るまで気がつかなければ恋の願いがかなうという、昭和縁結び通り商店街の名前のもとになっているロマンチックな伝説があるお祭りだ。とはいえ、実際のところは、小学生が面白がってチカチカする「ごんぼの実」のぶん投げあいをする少々危険なお祭りになっている。
両方のお祭りをわたしたちは当初の目的も忘れて満喫した、幸いなことに例の化け物は現れなかったが、これではいかん!と、喝を入れなおしたのが昨晩のことだった。
「えーと、今日の予定が十時からスノーアクティブフェスタに、夕方からみこしパレード、終わったら音楽イベントね……」
「またテレビに映るかな?」
千代ちんの言葉にわたしは「あぁ……」と頭を抑える。
以前から都市伝説的にささやかれていたラクシュミーの存在は、先日の犬の宮の一件で、米沢のケーブルテレビによって千代ちんとともに白日の下へとさらされた。遠目からの撮影で音声が入っていないのが救いだった。
その後動画投稿サイトで転載に転載を重ねられ、某巨大掲示板ではさまざまなジャンルでスレッドが立てられた。
オタっ気のある友達が言うにはコスプレする人まで現れているらしい。
ラクシュミー効果で物見遊山の観光客が増えて、名物の種無しぶどう「デラウェア」の売れ行きがよく、お父さんの機嫌がいいのが唯一の救いだ。
こうした動きに対し千代ちんは割りと好意的に見ているが、わたしは世間の注目っぷりにすっごいプレッシャーを感じていた。
「変身、絶対ばれないようにしなきゃダメだかんね!」
「でも、変身したら決めポーズとかしなきゃなんないと思わない? 口上とかさ、まほろばの大地に千年の安らぎを! ラクシュ・ミレニィ! なーんて」
千代ちんがくるくる回り、最後にビシィッとポーズを決める!
「……それにあわせろって言うの? わたしも……」
ちなみに、以前に名づけた「ミレニアム」という名前は、語呂が悪いので、私の「ピオニィ」にあわせて「ミレニィ」に省略された。
「あの、なんで夏なのに雪があるんですか?」
スタッフらしい背の高いメガネのおじさんに千代ちんは物怖じしないでたずねる。
「えっ、あっはい、これはですね、飯豊町のほうに雪をおっきな雪室の中に入れて貯めておいて、夏場に冷房なんかに使うところありましてですね、そこからダンプで五台分くらいもらってきてるんですよ、はい」
「へぇえ……」
町の中心部にある大きな駐車場に単管パイプを組んで作られた高さ八メートルほどの人工的な山、ズンズンとクラブ系の音楽が流れる中、そこから何人ものスノーボーダーが滑ってはジャンプし、ワイルドに、華麗に、エアーを決めていた。
スノーアクティブフェスタ。この事業も十数年続いており、お盆だというのに近隣だけではなく青森や東京、はては関西からまで参加希望者が来ているという。
「あ、そり貸しますだって。ね、ね……」
「いやよ、はずかしい!」
みなまで言う前に断固拒否する。千代ちんは露骨に残念そうな顔をした。
「さぁ皆さんお待ちかね! われらが布施忠の登場だ!」
MCがそうアナウンスすると会場がどよめく。
するとTシャツ姿のおじさんが、今までの誰よりも力強くワイルドにエアーを決めた。
「おおおおおぉぉぉぉぉ……」
会場から歓声があがる。
「ね、ね、だれだれ?」
千代ちんが興奮してわたしの背中をばしばし叩く。
「なんか昔若いころプロだったみたいよ、スノボはしないから詳しく知んないけど」
背中をさすりながらわたしは答える。
「お譲ちゃん、忠はね、スノーボードのトップブランド、バートンのグローバルチームに所属していた唯一の日本人プロだったんだぜ。一番乗ってたときなんか、なみいる世界のプロのすべりを集めたDVDのおおとりまでつとめたんだ」
近くにいた、スタッフらしき丸っこいおじさんが、まるで自分のことのように自慢げに教えてくれた。
「ねぇちょっと静かなところに行かない?」
わたしたちは会場でかき氷を買うと、それをもって「幸橋」という小さな橋を渡り、裏通りを東に向かって歩いた。
しばらく行くと小さな堀と木立に囲まれた厳島神社、通称弁天様が見えてくる。
目の前にある縁結びどおりから新高畠音頭が流れてきて静かにとはいかないが、木陰の涼しさが心地良い空間を作っていた。
「御仮屋の祭りって言って、安久津八幡神社のお神輿が屋代地区を回ったあとにその日のうちに帰れないからここに泊まったんだって。それを青竹に飾ったちょうちんでお迎えしたから「青竹ちょうちん祭り」っていうんだってさ」
「ふーん……」
千代ちんは、かき氷をじゃっくじゃっくとつつきながらわたしの説明に退屈そうに相槌を打った。
「なかなか出ないもんだね……」
どうやら千代ちんは化け物退治のことで頭がいっぱいの御様子だ。
「そうだね、でも出ないなら出ないで平和でいいと思うんだけどなぁ」
わたしは正直化け物退治はこりごりだ。
「それは困るッハ、あの化け物が出てきてくれないと文珠が回収できないっハ、あ、それと僕も少し氷が食べたいっハ」
シンハがスニーカーをぺちぺち叩きながらうったえた。わたしはカキ氷の容器を大ぶりに割ると、その上にかき氷を盛って差し出してやる。シンハはまってましたとむしゃぶりついた。
「あの化け物ってさ、何が目的なんだろうね?」
「……そういえばそうよね」
千代ちんがふと口にした疑問、言われてはじめて気がついた。
「最初が学校でしょ、次が旧高畠駅の公園、その次がさくらんぼで、こないだが犬の宮……共通点は人が集まる場所なんて言ったけど……」
わたしは首をひねる。
「ねぇシンハ、心当たりとかないの? 文珠を盗んだ犯人の……」
千代ちんの問いかけにシンハは顔を上げれずにいた。
「……わかんないんだ……しょうがないなぁ……」
「……いっつもあの時期はたいへんなんだッハ! 受験生の波、波、波! 松が明けてやっと休みもらって、小正月までぐっすり寝ないと疲れなんか取れないんだッハ」
千代ちんのさめた物言いに、切れたシンハがまくし立てた。
「よ、要するに、一月の八日から十五日くらいまでになくなってたってコトよね」
わたしはシンハをなだめるように確認を入れた。
「そういうことになるッハね」
「文珠のこと知ってるのは?」
「この時代では君たちくらいしか知らないッハ」
「この時代?」
「そうだッハ、文珠が僕の力の源だって言うのは、歴代のラクシュミーにしか教えてはいないッハ。前のラクシュミーは明治の初めのころの話だから、もう生きてはいないはずだッハ」
「歴代、ねぇ……」
歴代なんて聞くとなんだか自分たちがすごい存在なのかなと錯覚してしまう。
ともあれ文珠を奪った犯人については三人寄ってもわからずじまいだった
三和漬物のだしと三奥屋の晩菊は暑い夏の救世主です。
スノーアクティブフェスタはもうやってませんが
(10年くらい前まで青年会議所がガンバってたイベント)
どうしても布施くんを出したくて書きました。
同級生でお隣さんです。
Fワードしか英語知らずに海外渡って成功おさめた勇者です(笑)




