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極東311  作者: 西田啓佑
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006.勝利と晩餐

 視界に映る景色にホログラフで敵影を示すアウトラインが描かれた。それに反応して、古都子が喜びの声を上げる。ヴァイオレットのスポットによって敵の位置データなどがチームに共有されたのだ。


「お、なんか敵の姿が影絵みたいに描き出されたよ!」

「だいぶ距離を詰めたからな。超望遠モードで見える範囲なら、敵影の輪郭もバッチリさ」


 古都子たちが狙撃位置を吟味している最中にも、ヴァイオレッタの飛行機“スツーカ”ともう一機の味方飛行機は、敵メディックに対して執拗に超長距離爆撃を行っていた。


「しっかし、機体名と行動パターンが一致しないな。スツーカといえば、急降下爆撃で名を馳せた大昔の英雄の愛機だろ?それが、超長距離爆撃とはね」

「あは☆それ、ヴァイオレットの戦い方に文句言っているの?」


 アイザックがルームチャットで皮肉とも取れる発言をすると、ヴァイオレットが陽気に切り返した。口調はフレンドリーだが、内容は詰問している。


「いや、その逆だ。この局面までちゃんと生き残って裏方に徹したんだからな。この試合はヘマしなければ順当に勝てそうだ」

「なら、無駄口叩いていないで、はやくケリをつけるの!ほら、敵のメディックを砲撃で引き離したの」


 このゲームのメディックは修理用ナノマシンベースと呼ばれるナノマシンの作成と制御を行うユニットから修理用ナノマシンを放出して味方のドローンを修理することができる。修理用ナノマシンベースには誘導用のレーザー光照射装置と音響ホログラム技術を用いたトラクターウェーブ式ナノマシン噴霧器が付いており、それらによって極小の修理用資材であるナノマテリアルを抱えたナノマシンやナノマシン化した修理用資材が修理対象のドローンに供給される。


「あたれ!」


 力みすぎて思わず声を上げる古都子。そして、アイザックも味方飛行機に追い立てられて、遮蔽物からはみ出た敵のメディックを狙い撃った。

 敵メディックも西側からの狙撃に気づき右往左往して、必死に攻撃から逃れつつも味方への支援を継続しようとするが、早々に駆動系に被弾してそれも不可能に成る。


「いただきなの!」


 くず鉄一歩手前の敵機を、ヴァイオレッタの爆撃が完全に粉砕した。残る一機も味方の飛行機の片割れと古都子達によって追い詰められ、集中砲火で爆砕した。


「ゴー!ゴー!ゴー!」

「GOD Dammit」

「押せ押せ押せ!」

「medic! noob medic!」

「あく、回復しろよ!」

「一気に潰せ!」


 試合参加者全員に聞こえるチャンネルチャットに、怒号と歓声が響き始める。

 メディックによる支援が途絶えた敵前線の機体が下がり始める。最初は一機が、一機さがると二機が、そしてメディック不在に感づいた機体が一斉に後退し始める。一度下がり始めると遅滞戦術など存在しないのが対戦ゲームのセオリーだった。撤退する味方に支援砲火など存在せず、逃げ遅れたドローンが撃破され、次々と最後尾から撃破される。ある意味、情け容赦のない無情な光景である。


「easy game!」

「good game」


 味方の誰かがさらに歓声を上げる。撃破されたドローンのオペレーターからは嘆息を込めた試合離脱の挨拶が聞こえてきた。

「よし、リスポン地点を視界に収めた状態で、敵本拠点に集中砲火。拠点撃破と同時に全員で乗り込んでエリア占拠をしよう」

 ドローン一台では骨の折れる本拠点破壊の手間も、十台も揃えばあっさりしたものである。敵ドローンがリスポン可能な時間に成る頃には、味方全員が敵本拠点エリアに侵入し終えていた。


「くそがぁぁぁぁああ!ド下手チームめぇええ!おれはぁ負けーん!」


 リスポーン待機時間が終了した機体が世迷い言を叫びながら、あらん限りの火力を古都子たちに叩きつけてきたが、いかんせん多勢に無勢である。倍返しどころか十倍返しで撃ち返される。あわや爆発四散という寸止めのところで、試合終了のアナウンスが流れた。


「TEAM VICTORY」


それと同時にチームメイトたちが一斉に別れの挨拶をする。


「あざーっす」

「good game」

「nice team」

「また、よろしく」

「くそがぁぁぁぁああ!」


 など様々な、しかし概ね同じ意味の挨拶が乱れ飛ぶ。そして、古都子たちの視界はガレージに切り替わり、試合結果と報酬が表示された。報酬はゲーム内通貨である。このゲーム内通貨があれば、リアル通貨であるクレジットを消費しなくても、賃貸用ドローンをレンタルしたり、ガレージを拡張したりする事もできる。


(古都子様。フレンド申請が一件届いております)

(ん?なにそれ?)

(ゲーム内で友人を同じルームに招待する機能ですね。古都子さまとヴァイオレッタさんは家族扱いでアクセスしていますので、最初からルームを編成しています。しかし、本来他人とルームを共有するにはフレンドに成る必要があるのです。フレンドはすべてのゲームタイトルで共有できますので、一度フレンドに成れば、様々なゲームを一緒に遊べますよ)


「うーん。どうしよっかな。なんか、さっきの試合で一緒のチームだったアイザックさんからフレンド申請がきたよ」

「へぇー。あ、ヴァイオレッタにもきているの。申請は受理しておけばいいんじゃないかな?ヴァイオレッタもそうするよ。別にフレンドになったからといって、かならず一緒ってわけじゃないし、気に入らなければキックして、フレンド削除した上でブロックすれば問題ないの!」


 ということで、二人はアイザックとフレンドになった。ゲーム内だけということで気軽、この時はふたりとも気軽に考えていた。


「あ、そろそろ夕飯の時間だってシャルロッテが言ってるの。一度ゲームをやめよ?」

「そっかー。じゃあ、ゲームは一旦止めようか」


 カプセルベッドから出ると、二人は上機嫌で食堂に向かった。

 ちなみに、カプセルベッドは何かの溶液に満たされているわけではなく、衣服が濡れる事はない。ただ、仮想現実に没入する時にはカプセル内は管理通信用のナノマシンまみれになるのだが、それも覚醒時に撤去されるので、さほど違和感はない。


 オムニ家の邸宅はいわゆる大正建築の造形と配色を基本としているのだが、そのディテールはレンガなどは使われず、幾何学模様的に省略されている。そして、その細部にセンサーやセンサーライトをあしらったデザインとなっていた。シックな格調高さとメタリックさが同居した造りとなっていた。


 二人が食堂に入ると、控えていた人間のメイドが二人をそれぞれの席に誘導した。食事はテーブルを見る限り洋式なのだろうと想像できた。

 古都子はヴァイオレッタに話しかけようと思ったが、彼女が先ほどとは一変して、押し黙っているので、見習って静かにしている事にした。そして、しばらくするとダン老人が、羽織袴に和服用のパーカーという、まるでどこかの評議会の騎士か暗黒卿のような出で立ちで食堂に現れた。


 ダン老人はパーカーをメイドに預けると着席した。

 すると、メイドたちがテキパキと料理の配膳を始める。


「では、食事をはじめよう」


 と、ダン老人がヴァイオレッタと古都子に話しかけると、ヴァイオレッタがいただきますと答えたので、古都子もそれに倣った。

 献立は、茶碗蒸しに、魚介類の天ぷら、お吸い物に山菜おこわだった。ヴァイオレッタと古都子の食事が一段落すると、ダン老人が話し始めた。


「どうかね?うちの食事は。少しは昔を思い出してもらえただろうか?」

「目覚めてからずっと味気ないカロリーメイトみたいな食事ばかりだったので、とても嬉しいです」

「まあ、和食ですか。珍しい」


 古都子が笑顔で答えると、ヴァイオレッタも微笑みながらかしこまった口調で答えた。

 この時代の食糧事情は決して良くはない。飢えているわけでもないし欠乏しているわけでもないのだが、そもそも分子合成しない養殖物食材そのもが貴重なのだ。そして、オムニ家の食卓はむしろ洋食の方が多い。ちなみに、天然物の食材はそもそも食事に適さないのがこの時代の環境である。


「君の時代の味を再現できているとは思わないが、それでも味気ない栄養補給食よりはマシだと思うよ。今は養殖であっても人工合成技術を使わずに造られた食材というのは、君の時代の天然物食材以上に貴重なのだよ」

「そうなんですか……。そんな貴重なものをわざわざすみません」


 思い返せば、今の時代に覚醒してからの古都子の食事は味違いのカロリーメイト的なものばかりだった。味わう楽しみは唯一ジュースだけだったが、それも天然果汁のようなものではなく、合成されたものなのだろうと思っていた。


「おっと、誤解しないで欲しい。なにも恐縮して貰うために言ったわけじゃない。遠慮無く存分に食べて欲しい。私もヴァイオレッタも普段から養殖物を食べているからね。君一人分が増えたぐらいは大した問題でもないのさ」

「ありがとうございます」


「お祖父様。食べている時に、それは貴重品だよ。などと言われて遠慮しない人は珍しいと思いますよ」

「それもそうだな。私の不調法だった。年甲斐もない爺の無分別を許して欲しい」


 孫娘にたしなめられたダン老人は、ことさらおどけて古都子に詫びを言った。古都子は二人のやりとりを曖昧な笑みでうけながしていた。。


「今の時代、確かに食べ物の味わいは昔に比べて劣っているかもしれないが、クスリとヴァーチャル技術に関しては遥かに優れているよ」

「そうですね。お薬はレガシーフィルムにあるような薬害はまずありえません。娯楽用の多幸感剤ですら、副作用はありませんから。それに養殖物を食べれなくても、ヴァーチャルリアリティで食事を摂りつつ栄養補給を受ければ、食事そのものを楽しむことは可能ですからね」


 自分の中にある食事風景と二人から語られた食事風景や価値観にあまりのギャップが有ったために、古都子は少し戸惑ってしまった。そして、ドローンクラッシュで知り合ったアイザックの事を思い出した。


「あ、あのー。今の時代って、おクスリというか麻薬は普通に使われるものなんですか?」

「ああ、麻薬というのが副作用の強い多幸感剤と言う意味ならば、そもそもそういうものはもう存在しないよ。今の多幸感剤には副作用も生理的な中毒性も存在しない。精神的に依存してしまう人は居るけどね」


 ダン老人が安心させるように答えた。そして、ヴァイオレッタが補足する。


「骨や歯が溶けたり、廃人になったりする事はありませんから、興味が有るのなら、試してみるのも良いかもしれませんよ。ただ、クスリによる刺激は電子ドラッグであれ、薬剤であれ単調なものですから、私たちの好みではありません」

「そうだね。人間は単調で変化のない刺激を受け続けると、それが快楽であれ、苦痛であれいずれ壊れて発狂してしまうのだよ。だから、余裕が有るのならば、そういうものにはあまりお世話にならないほうが良い」


「それに、ゲームやレジャーの方が楽しいですよ?」

「ですよね」


 古都子は相槌を打ちながらも、彼らとアイザックは住む世界が違うのかな?と何気なく考えた。

 その違いの重大さを知るのはまだまだ先のことであった……。

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