第12章
「僕は、仕事でドイツに行くことになった・・・。とても名誉なことだと思う。
1年ぐらい幸せな毎日が続いた。
でも、多恵が妊娠してからすべてが変わったんだ。
多恵は、お腹の中の赤ちゃんに異様な執着を見せた。それからかな。ドイツに行ってから飼い始めた犬のしろの世話を怠り始めたんだ。それぐらいならまだいい。でも、下手したら夕食が用意されていないと気さえあった。
しかも、あの気配り上手な多恵が
「私は、妊娠してるのよ。家事は、あなたがやってよ。」何て言い始めた。
妊娠しているといっても、もう安定期にもなったし僕だって仕事がある。
でも、まあ多恵もきついのだろうと思って最初の方は僕もいろいろやってたよ。
だけどだんだん一歩も動かないで僕に命令ばっかりしてくる多恵に対して、イライラしてきた。家の雰囲気は最悪さ。
でも、多恵は僕のことなんて気にも留めないでおなかの中の子と語り合っているのさ!
嫌にもなるだろう。しかし僕は耐え続けた。出産したら変わる。そう思い込んで。
そして、多恵は無事に出産できた。ドイツの病院で苦労も多かったけど、何とか切り抜けた。赤ちゃんの名前は里枝にしたんだ。ま、僕は名前決めに参加してないから何でだかは分かんないけど・・・。
その夜多恵は僕にささやいたんだ。
「お疲れ様。後は、私一人で大丈夫よ。」って。
その時は、もう付き添って無くて大丈夫だという意味だと思った。少しも疑わず僕は素直に返したんだ。
「多恵こそ、お疲れ様。じゃ、僕は先に帰っとくな。」
でも、多恵はあいまいに微笑むだけで。まるで僕なんか見えてないみたいだった。
悲しかった。だけど・・・家に帰れば戻ると。元の多恵に戻ると僕は信じてたんだ。
2週間ぐらいしてから、やっと2人が病院から退院してきて。
異様だったよ・・・。僕が『お帰り』と言っても聞こえて無いみたいに通りすぎるんだ。
怖かったね・・・。君も、何て顔してるんだい。松下君。信じてないのかい?いいんだよ。この続きを聞いたらきっと信じるから。
それから1年がたって、僕は諦めていた。もう多恵の目が僕に向くことは無いんだろうなって。
でも、僕に転機が訪れたんだ。転機、何て言ったら里枝に悪いけど・・・里枝が、肺病にかかったのさ。たぶん飯も作らず、ずーっと甘やかしてるもんだから、栄養不足で免疫力が低下したんだろう。
まあ、肺病だったてのは結構後に分かったんだけどね。
多恵は自分で直せるとでも思ったのか医者にも見せず一人で看病してたから。
僕は、もう何も言わなかった。もう死んじまえばいいと思ってた。最低だよね。親なのに。
それからちょっとして里枝は本当に死んじゃった。僕は気付かなかった。向うが無視するから僕も2人を無視してたから・・・。
気づいたのは里枝が死んでから2日後だった。それまでつたい歩きが出来るようになったりして、順調に成長してたはずの里枝が、また赤ん坊のように多恵に抱かれたままピクリとも動かないことに気付いたんだ。
で、僕は思わず多恵に話しかけた。もうかれこれ3か月ぶりだったかなぁ・・・。
「何してんだ!里枝もう死んでるじゃないか!何を見てるんだ!?」
でも、多恵は僕の事なんかちっとも見ずに里枝に微笑んだ。多恵はもう僕なんて空気だと思ってるんだ。空気がどう吠えても、関係ないってね。
僕はもう怒った。死んでからも里枝の事しか見ないのかって!
ああ・・・そうだ。松下君。君、自分がなんで多恵に捨てられたか分かるかい?
怒るなよ。多恵は、自分でハッキリ言ってたよ。「彼には、種が無いわ。彼に内緒で検査したの。」ってさ。
あいつは、もともと子供が欲しかっただけなんだよ。ただそれだけだったんだ。
話がそれたね。その後、僕は多恵を無理やり精神科へ連れて行った。でもさー。ドイツの病院だし、何言ってるのかさっぱり判らなかったんだよ。専門語なんて勉強してないからさ。
それに、里枝の死体を離そうとしたら狂ったように暴れるからさ。医者にも見放されたんだ。
だから僕は日本に帰ることにした。里枝こみで飛行機に乗るのは大変だったんだぞ。多恵は僕が見えてないし。死体抱えていると他の人に変な目で見られるし。
でも、頑張って日本へ渡った。
効果はてきめんだった!多恵は里枝を初めて離したんだ!自分から離したのは絶対あれが初めてだね・・・!
・・・それで僕はその間に里枝をかっさらって、君も知っているあの場所に埋めたんだよ。
多恵は、茫然として
「里枝、里枝がいない・・・朔ちゃん、里枝がいないのよ。」
と言った。出産してから初めて僕と目を合わせてくれた。出産してから初めて名前を呼んでくれた。
嬉しかった。涙が出るほど嬉しかった。日本に来てよかったと心から思った。
でもさぁ。僕を見てくれるようになったけど里枝の話しかしないんだよね。里枝はもう死んだのに・・・。
でも、ずっと里枝がいないって五月蠅かったから、里枝は入院してることにしたんだよ。そうしたら落ち着いたからね。
「朔ちゃん。ねぇ・・・今日のご飯美味しい?里枝にも食べさせてあげたいなぁ・・・」
「洗濯物の渇きが良いわ。朔ちゃん。病院に里枝の着替え持って行って頂戴?」
「里枝、暇にしてるかも。ねぇ、お見舞いに行きましょう?」
「朔ちゃん、里枝は林檎が好きなのよ。林檎、美味しいわねぇ。」
いっつも里枝里枝って言ってたよ。
で、僕は考えた。ずーっとこのままでいられる訳がない。里枝にずいぶんと合って無いことに気付くはずだ。
僕は、考えた。
最後に良い事しようって!




