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かの勇者は光に希う  作者: 花園あさがお
序章 記されない出会い
16/16

交わした挨拶


 クラリスの朝は早い。


 家族や知人には非常に寝相が悪いことで知られる彼女だが、そんな彼女でも睡眠という分野において得意な事がある。それは、”早寝早起き”だ。

 空が暗くなれば自然と瞼が下がり、空が明るくなれば自然と目が覚めるなんとも健康優良児なクラリスだが、そんな彼女の特技を知人は老人みたいだとよく笑う。


 本人としては己の早寝早起きに誇りを持ち胸を張るのだが、あまり理解されることはない。


 早く寝て早く起きる。一般的に健康的と言われるこの行い。多少ベッドから出るのに時間がかかるものの、それでも身体を起こして動き出す時間は他者と比べて早い。 

 誰も起きていないような朝から、クラリスの一日は始まるのだ。



「――――ハッ!」



 今日もまた、クラリスは目が覚める。まだ朝日が差したばかりの早朝。多くの人が目を覚ましていない明けの時間に、クラリスは剣を振る。

 

 手に馴染まないブロードソード。その柄を両手で力いっぱい握りしめ、一心不乱に素振りをする。火照った身体を汗と明け方の冷たい空気が冷ましていく。それに負けじと気合を込めてひたすらに剣を振るう。


 振って振って振って、振るう。剣に生きてきた彼女の、彼女なりの剣への向き合い方。決して力任せにはせず、無駄な強張りを削ぎ落とし、最適な形へと少しずつ変えていく。集中力を高め、剣を自分の身体の一部のように神経を這わせ――――心を落ち着かせる。


 そうして内に渦巻く思いから目を背けてしまう自分に、またしてもざわめき立つ。それすらも一心に振り払い、余計なことは剣への不義と言い訳じみた理屈をこねて剣を振り下ろす。


 それもまた雑念を生み出す結果になり、己の中で止まぬ悪循環となっていることに本人は気付かない。



「剣筋に迷いが見えるな」



 唐突に割って入る声。額の汗を拭って声がした方へ目を向けると、そこには鍛え抜かれた巨体に、頬にある傷も相まって子供なら見ただけで泣いてしまうのではないかという凶悪な人相の男がいた。



「――――ガランドさん」



 クラリスも気が付かないうちに近くへと来ていたその男――――ガランドは、その顔に似合わない優しい眼差しでクラリスを見る。



「坊主――――いや、エルも言ってたが今は安静にしていた方がいい。怪我は治っているとはいえ、まだ疲労は取れてねぇだろうよ」



 クラリスを心配しわざわざ気にかけてくるその配慮に、クラリスは剣を収めて薄く笑う。



「そうですね、すみませんご迷惑をおかけして。つい目が覚めてしまったもので……」



 そう言うと、ガランドは予め用意していたのだろうタオルをクラリスへと投げ渡す。その気遣いに驚きつつも感謝の言葉を述べ、渡されたタオルをありがたく受け取って汗を拭き取っていく。

 ひんやり冷やされたタオルが身体の熱を奪っていき、気持ちの良い朝風が頬を撫でつけるのを感じながらさっぱりとした爽快感に身を委ねる。


 しばらくそうしていると、



「素振りってのは、色んな邪念を払ってくれる。無心で、ただひたすら剣を振るっている間は、余計なことを考えなくて済む」 

 

「――――」


「だから俺も、嫌なことがあったりどうしようもねぇことがありゃそうやって一心に身体を動かしてた。……そうするしか、荒くれ立つ感情を収める方法を知らなかったんだ」



 タオルを頭から被り、隠れるように俯くクラリスにガランドは気にすることもなく言葉を続ける。――――その目はやはり、ずっと優しげだった。



「俺ぁ冒険者として優秀だったわけじゃねぇ、ただ目の前の敵をひたすらぶった斬ってきただけだ。俺にはそれしかねぇもんだから、それをすることだけが俺の役目だと思ってた」



 語りながらガランドは空を見上げ、だんだんと青く明るくなっていく空を眺めて遠い追憶に心馳せる。



「ひたすらに前へ前へと進んで、そんで気がついたら俺の後ろには多くの人が付いてきていた。俺ぁただがむしゃらに、自分勝手にやってただけで、誰かを引っ張るような柄じゃないってんのに」



 懐かしむように笑い、ガランドは続ける。それを聞いてるクラリスは、尚も俯いたままでその思いを窺い知ることは出来ない。



「そんな俺が、子供を拾ったんだ。自分の足で立ち上がって歩くことの出来ない、小さくて弱い子供を。昔は今ほど魔物の被害も少なくないもんで、それは別に珍しくねぇ光景だった」


「……昔は、魔物を阻む結界がありませんでしたから」


「そうだな、冒険者なんてやってたら魔物の被害者なんざ嫌というほど見る。だがソイツの無気力な、無感情な目から俺は目を離せなかった。――――だから俺は、ソイツを面倒見ることにした」



 チラリと見たクラリスはガランドが一点を見つめていることに気付いた。同じように目を向ける先には、一階の廊下を箒で掃除している少女がいた。朝も早すぎるという時間に、彼女は熱心に仕事をしているようだ。



「周りのやつらは全てを救うことなんて出来ない、なんて言ってたが、俺だってそんなつもりはなかった。ただあの子供らしくねぇ目が気に食わなくて、それをどうにかして変えてやろうと思っただけだ」 



 慈しみ、心の底から愛おしい目を向けるガランドは続ける。



「そんで俺は――――後悔した。手はかかるし怖い夢でも見るとすぐ漏らしやがる。どこにも行きゃしねぇのに逃すまいとしがみついて、気がついたら幸せそうに寝息を立てちまいやがって」


「――――」



 少女を良く観察してみると、掃除をしているようでその場から少しも動いていなかった。箒を掃くふりをしながら、チラチラと中庭にいるこちらを気にしているようだ。



「…………」


「そんな折に、ギルドから声がかかった。手前勝手にやってただけだってのに、どうやら当時の俺はギルドから相当高く評価されていたらしい。ギルマスからその下で働かないかと誘われた俺は、悩みはしたが受け入れることにした。――――これ以上、冒険者としてやっていけるとは思えなかったからだ」



 全盛期を超えた引退近くの冒険者がギルドに勧誘されるというのは無い話ではなかった。だが、それは本当の意味で信頼される一部の冒険者だけ――――。それだけ多くを成したのだろう、とクラリスはぼうっと考える。



「怖くなっちまったんだ。アイツを一人にすることが、どうしようもなく。初めての足枷は、俺には重くて持ち上げられそうになかった。だから潔く辞めて似合わねぇギルド職員なんてやって、気がついたら皆に背中を押されてギルマス――――ってわけだ」



 いかにも冒険者らしい大男がカウンターで仕事をしている姿を想像して、思わず少し笑ってしまう。それに気付いたガランドも同じように笑い、



「今でこそ色んなやつらの前に立っちゃいるが、俺の根本は何も変わっちゃいねぇ。人を引っ張るのだって柄じゃねぇ、人に慕われるなんて考えられねぇ。――――でも、背負っちまったんだ」


「――――」


「アイツの人生を背負ったときから、迷いはあってもやりてぇこととやらなきゃならねぇことだけはハッキリしてた」


「やりたいことと、やらなくちゃいけないこと……」


「嬢ちゃんはどうだ? 長々と話しちまったが、俺の昔話はどうだっていいんだ。嬢ちゃんは――――クラリスは、その身に宿る宿命を前にして――――自分のやりたいこと、自分のやらなくちゃいけねぇことは見えてるのか」



 中庭を出る扉へとゆっくり歩いていくガランドの、その大きな背中をクラリスは見つめる。本人はああ言ってはいたが、クラリスから見てもガランドは多くの人を引っ張るような人物だ。ただ敵を斬るだけの粗雑な冒険者に、人は集まらない。ギルドの信用が得られるわけがない。

 ギルマスまで成り上がり、灰炉組合なんて作り、――――彼のために多くの人が心配し、集まっている。

 

 本人に言うと否定するだろうが、過小評価もいいところだ。

 今もクラリスを見て、わざわざ語った彼の言葉には隠しきれない気遣いと想いが詰まっている。


 ガランドはクラリスの王都での立場を知っている。だからこそ――――それ故に、今のクラリスを見て聞かずにはいられなかったのだ。



 遠ざかる背中を見る。奥にいる少女は、もう隠すことなくこちらを見ている。その手にはタオルとクラリスの着替えがあって、無表情――――とは言わない、クラリスの身を案じるようにソワソワとしていた。

 


 

「ガランドさん」



 遠ざかっていくその大きい背中に、感謝の気持ちも少しだけ込めて、


 

「――――すみませんでした」



 振り返らず立ち止まらない。クラリスの謝罪を、ガランドは片手を上げて受け取ってその場を後にする。


 




◆◆◆◆◆



「……おはようクラリス、ガランド」



 朝の料理が並ぶテーブルを前に、目が半分も開いていない少年エルが最後に着席する。

 エルを引っ張るように連れてきたメイドの少女リーシエは不機嫌を隠すことなくその無感情な目をさらに冷たいものへと変えている。



「おはようございます、ほらシャキッと起きてください! だらしないですよ全く」


「全然起きなくて大変だった」


「うっ、ほらリーシエちゃんが睨んでるじゃないですか! ただでさえエルさんはいっぱい失礼してるんですから、しっかりしてくださいよ!」



 二人の献身もあり、ようやく意識が覚醒してきたエルは瞼をこすりながら大きな欠伸をし、



「君たちとは時間感覚が違うんだよ僕は……、もっと年上を敬ってほしいね」


「ならそれ相応の行いをしてください!」



 エルとクラリスの会話を聞いていたガランドは、エルが口にした価値観に驚きを示す。



「クラリスの嬢ちゃんから聞いていたが、本当に長命種なんだな。の、わりには耳が尖ってたりしねぇが……」


「そりゃ僕はエルフじゃないからね。と、ふぁ~あ、料理も冷めるし早く食べよう」



 なら何の種族だ、と気になったことを聞こうとしてエルの言葉に阻まれる。しかたがない、と諦めて目の前の料理へと目を向ける。


 一同はしばし無言で食事をする。朝食にこんな豪勢なものが食べられるなんて、とテンションの高いクラリスだが、その反面食事の所作はしっかりとしたものだ。貴族然としたその振る舞いは冒険者としては異質に映るように思えるが、本人の麗しげな外見と気品がそれを防いでいた。


 逆に、異質の極みにいるのはこの屋敷の主ガランドである。再三言うが、ガランドの見た目は”筋骨隆々な犯罪者”である。お世辞にも怖くないとは言えないその人相と、一般的な街の男性と比べても大きく勝るその巨体。そしてその体で行われる上品な食事作法。

 クラリスと同等、もしくはそれ以上に丁寧に”食事”をするその光景に、エルは若干の食欲が失せるのを感じる。失礼なものである。


 ふと前を見れば、メイドのリーシエも椅子に座って同じテーブルを囲み、黙々と料理を口へ運んでいた。リーシエはガランドの使用人だが、同時に家族でもあるのだろう。

 といっても、仮にただの使用人でもガランドなら「一緒に飯食うぞ」とか言いそうなものだが。



「それにしても、この料理はリーシエが作ったんだよね? 凄く美味しかったよ」


「…………ありがと」


「えぇ凄い不服そう、僕何かしちゃいました?」



 まるでその言葉を言うのが心底嫌かのようにそっぽを向いてしまうので、さしものエルも傷ついてしまう。しかし相手は子供、色々と多感な時期なのだろうと特に気にすることはなく会話が終わる。



「でもこの広い屋敷、ガランドとリーシエだけで暮らしてるの? 管理大変すぎない?」


「あん?」



 皆が食事をし終えたころ、ずっと疑問に思っていたことを尋ねる。今の今まで、リーシエ以外の使用人を見たことがないのだ。ヘビ――――のようなものの襲撃の際にもそんなものはいないかのように動いていた。

 だとすると、この屋敷での一切はリーシエだけが賄っているということになる。多忙なんてもんじゃないのではないだろうか。



「あー……、いやまぁいないこともないんだが、今はちょっとばかし出張で仕事を頼んでる。そいつら二人と、俺とリーシエ。全員で四人だな」


「それでも十分少ない気はするけどね」


「お屋敷、大きいですもんね。お掃除するだけで一日が潰れそうです」



 どうやら今はいない人員がいて、それでも総員四人。これだけの規模の、これだけの屋敷を持った組織の本拠地としてはあまりにも歪に感じるところだが――――、



「掃除やらなんやらはウチのもんが定期的に来て勝手にやってくれるからな、そこまでリーシエの負担にはなってないはずだ」


「ウチのもん、っていうと灰炉組合の方ですか?」


「おう、この屋敷は俺の家でもあり灰炉組合の会議室でもある。人の出入りは多いが、その分色々と面倒みてくれるもんでありがたい」


「会議室、ね」



 詳細は分からないものの、上手く回っていると聞いてエルの疑問は解消される。敢えて深くまで入り込むつもりはなく、世間話のつもりだったのでそれ以上を聞きはしなかった。


 空になった食器をリーシエが片付け始める。今食べたばかりだと言うのに、仕事熱心なことだと感心する。いささか年頃の娘にしては頑張りすぎな気もするが、本人の顔に不満は見えないので特に口を挟むこともない。そもそも顔色自体がよく分からないのだが。



「――――それでなんだけど、あれからギーサの容態はどう?」


「――――」



 今まで、敢えて避けてきた話題。和やかな食事も終わり、食卓に残る食器を片付けていったリーシエを横目に、そろそろ頃合いかとエルは本題に入る。チラリと横を見れば、表情を固くしたクラリスが膝の上で拳を強く握っているのが見える。

 それを見ないふりをして、エルは逸らした視線をガランドへと向ける。


 対するガランドは眉を寄せて表情を険しくしテーブルの上に肘をつき口元で手を組んで、



「依然、変わりはない」


「…………」


「クラリスの嬢ちゃんや街の治癒師のおかげで身体の傷はほとんど良くなってるんだが、まだ目が覚めるには時間がかかるそうだ。恐らく直ぐには目覚めないだろう、って話だ」


「そう、ですか……」



 ガランドの言葉にクラリスは顔を暗くして俯く。恐らく、自分のせいであんな目に合わせたと悩んでいるのだろう。とはいえ、瀕死の彼を救ったのもクラリスなのだ。あまり気負いすぎるべきではない、と声をかけようとして、



「クラリスの言いてぇことは分かる。二人の前に姿を見せたそのローブの男の言葉を信じるに、恐らく狙いは嬢ちゃんなんだろう」


「――ッ」


「だがな、協力する選択も立ち向かう選択も全部アイツがしたことだ。それを嬢ちゃんが全て背負う必要なんかねぇんだ」


「……はい」


「アイツが一体何をしでかしたのか、何を守ろうとしたのか。目が覚めたら全部を問い質してぶん殴って――――そしたら、後のことは嬢ちゃんたちに託す」


「――――」



 真っ直ぐの視線に射抜かれたクラリスはしばし閉口して、その言葉を噛みしめる。やがて顔を上げた彼女は先程までの痛いほどの自罰的な様子は消え、強い決意が宿る光を目に灯していた。



「俺は立場上ここを無理に離れるわけにはいかねぇ。俺の家族に手を出しやがった輩に一発ぶち込んでやりてぇとこだが、それは嬢ちゃんに任せる。裏で動いているヤツがいると知れた。俺はこの煮えたぎるような怒りを、それを晴らしてくれるクラリス、お前さんに託す。お前さんが俺の、俺達の無念を、怒りを! 晴らしてくれるってんなら、喜んで力を貸す」


「ガランドさん……」


「俺らがサポートして、嬢ちゃんが真っ直ぐ突き進む。この前とやることは同じだ、簡単だろ?」



 口の端を吊り上げて笑うガランドに、クラリスも静かに頷く。きっとそれほど単純じゃないだろう。ガランドの心境だって、その全てを測り知れる訳では無い。――――だが、託すと。クラリスに託すと言ったのだ。

 託された想いは明確な重しだ。だが今のクラリスにはその重しが心地よかった。



「――――流石」



 そんな二人の様子を見てエルは一人微笑む。ガランドはどうやら人の上に立つ質じゃないと自認しているようだが、エルの目にはそうは見えなかった。組合の仲間を家族と呼び、傷つけられた家族の応報に義憤に燃え、そんな彼を慕う多くの人が彼の周りに集まっていき――――。


 そんな姿はどこからどう見たって、皆を引っ張っていく立派な頭だ。





◆◆◆◆◆



「良い人だねガランドって」



 部屋。角に置かれた小さめの机とクローゼット、シングルのベッドだけがおかれたシンプルな部屋。ガランドがエルとクラリスのためにと充てがった客人用の個室。

 隣り合うクラリスの部屋にて、一時とはいえ部屋の主であるクラリスを差し置いてベッドに腰掛けるエルは感慨深くそう零す。独り言にも近い声音のその言葉に、対面まで椅子を運んで座っているクラリスが反応する。



「ですね。ご家族が大変な目に合われたというのに、私たちのことまで気にかけてくれて――――頑張らないとですね!」



 そう明るく拳を握るクラリスに、エルは優しく微笑む。


 あの一件のあと、意識を取り戻した当初のクラリスは、なかなかに見るに堪えなかった。普段が底抜けに笑顔を振りまく能天気娘だからこそ、睫毛を伏せて思わしげに俯く彼女が余計に痛々しく感じてしまう。

 どうしたものかと悩んでいた矢先、その様子が元に戻りつつあると気がついたのは朝食の時間でのことだった。悩みによるストレスか、食まで細くなっていたクラリスが今日の朝は手を休めることなく元気に料理を口にしていた。それを目にして、もう大丈夫そうだと一人安堵したのはここだけの秘密。


何かきっかけがあったのだろうとは思うが、本人の様子から見てもガランドから何かを言われたようだ。詳細は知らないものの落ち込む彼女を確かに励まして元のクラリスを取り戻すことに貢献してくれた屋敷の主に感謝の念を送りつつ、エルは手を後ろのベッドについて体重を乗せてくつろぐ。


 目下の心配事も解消し、次なる問題へと思考を巡らせるエル。天井に備えられた照明をぼうっと眺めながら、



「僕たちはこれからどうしようか――――何の表情?」



 なんて言って、その言葉に驚いて見せるクラリスの呆けた顔を見る。

 今後のことを考えるエルの発言。しかしそれに対してどこか噛み合わない反応をするクラリスに思わず訝しむ。胡乱げな視線を向けるエルにクラリスは慌てて身体の前で小さく手を振り、



「いえ、ちょっと意外で……」


「……?」



 照れくさそうに身体を揺らし、薄く頬を赤くするクラリスの様子に合点のいかないエルは更に眉を寄せて疑問符を浮かべる。その不可解に何かおかしなことを言っただろうかと自問自答しだすエルにクラリスは頬を搔きながら応える。



「えーっと、エルさんはまだ私のこと手伝ってくれるんですね……?」


「――――」


「これからのことを話すのに”僕たち”って言いましたよね。それが、あぁまだ一緒に考えてくれてるんだなぁって。それだけのことなんですけど、何だか無性に嬉しかったんです。えへへ、すみません」



 緩んだ頬をそのままにはにかむクラリスに、しばし呆然としたエルは言葉の意味を理解するとやれやれと肩をすくめる。口の端が自然と上がっっているのには自分で気付かず。

 何ともむず痒いことを平気で言ってくれるもんだと感心しながら、尚もニヤニヤと煩いほっぺに身を乗り出して手を伸ばす。



「いひゃい、いひゃいですよエルひゃん」


「おお、流石は十代、もちもちだねぇ」


「いひゃいで――――すって! 何するんですか!それに私はもう二十歳ですよ! 大体、エルさんだって身体は子供そのものじゃないですか! ほら、エルさんもこんなにもちもち――――何で避けるんですか!」



 引っ張られた頬を赤く染めて抗議の視線を向けるクラリスに、しかしエルは取り合わない。そっぽをむいてどこ吹く風である。

 内心の気恥ずかしさをそうやって誤魔化すことに成功したエルはゴホンと咳払いをし、中断された話の続きを始める。



「それでさっきの続きなんだけど、これからどうするって話!」


「はい、私”たち”のこれからについてですね!」



 余程嬉しかったのだろう、未だにニコニコと花を咲かせているクラリスにエルは嘆息する。まだ何も解決してないっていうのに、随分と有り余る元気まで取り戻したものだ。

 やれやれと頭に手を当てるそんなエルに、クラリスのかしこまった声が向けられる。



「――――エルさん」



 今度は何だと見てみれば、先程まで溢れんばかりの笑顔でいたクラリスがやけに真剣な顔つきをしていて、



「またしばらく、よろしくお願いしますね!」



 億面もなく礼儀を持って改めるクラリスの言葉が、真面目で愚直な彼女らしいと小さく笑ったエルもまた、背筋を正して 「こちらこそ」 と言って返した。

というわけで、これにて序章はお終いです

思ったよりもタートの街でのあれこれが重なり長引いてしまいましたが、まぁモーマンタイです。


次話からようやく第一章が始まりますのでよろしくお願いします

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