第91話 尋問
ノクスが城を空けて1週間が過ぎた。
結衣はセヴランの仕事を手伝うことで気を紛らわしていたが、それが思いの外効いたようだ。
その理由はもちろん忙しいからで…。
「セヴラン様!追加の書類が届きました!」
「またですか!?」
「ベルン!こっち終わったよ!」
事の発端はノクスがいなくなった翌日だった。
ガルドが訓練中に建物を壊した。
ノルティアの作った魔道具を使いながらの訓練だったらしい。
部屋一つがなくなった程度なら、まだ話は簡単だったのだが、今回は民家を巻き込んでしまったらしい。
幸いにも怪我人は出ていないらしいが…。
申し訳ないと思ったガルドが、修繕作業を手伝おうとして被害が増えたのがいけなかった。
今は建物の修繕の手配やお見舞金の用意、その他もろもろがいつもの仕事以上に忙しさを増している。
「魔王様がいない時に…!」
セヴランの表情は今にも誰かを殺してしまいそうなほどに悪い。
やっと一息ついたのはノクスが城からいなくなって8日目だった。
(今日は早く終わったな…)
ようやく業務が通常通りに戻って、定時の時間よりも早めに切り上げることが出来た。
「結衣!今日は早いじゃん!飯行こうぜ」
「うん」
遅くなるのは悪いと、豊とエレンには先に夕食を食べてもらっていた。
今日からは3人で食べられそうだ。
「明日さ、街に行ってみないか?」
「街…?」
「一緒に走り込みやってる奴から、面白そうな店があるの聞いたんだ!」
「へえ?いいんじゃない?」
エレンが頷くと、豊は結衣にも声をかける。
「結衣も行くだろ?」
当然と言わんばかりに豊はいうけれど、結衣は頭を横に振った。
「二人で行って来なよ。私、明日は部屋でのんびりしたいから」
「そうか?」
「うん」
疲れているのは本当だけど、ほんのちょっぴり街に行ってみたい気持ちもある。
(これってデートだよね?二人の邪魔はしたくないもの)
部屋に戻ってきた結衣は、隣にある扉をじっと見る。
いつもならこの扉の先で、ノクスと契約印の更新をして、他愛ないお喋りをする。
手の甲にある契約印はノクスが出発する前に更新したもので、期間を長めにとったおかげで今もはっきりと刻まれている。
出発する前夜、いつもより強い力で抱きしめられたことを思い出す。
“戻ったら、結衣と一緒に決めたいことがある”
“一緒に?”
“ああ。だから、それまで少し待っていてくれ”
何のことなのか聞いても、ノクスは戻ってから話すとしか教えてくれなかった。
(一緒に決めたいことって、なんだろう……)
「ユイ様?」
部屋に入らない結衣に、レティシアが声をかけた。
「…なんでもない」
(大丈夫、1ヶ月なんてあっという間だから)
その後も、事あるごとに豊は結衣を誘った。
ちょっと外を歩いてみないか、とか、飛竜の竜舎に行ってみよう、とか。
何度か断った頃、突然エレンが部屋へとやってきた。
「エレン、どうしたの?」
朝の話では、豊と訓練に行く予定ではなかっただろうか。
「ちょっと話がしたくてさ」
「今お茶入れるからちょっと待って…」
結衣が背を向けた時、不意に影ができてすぐ近くに気配を感じた。
「結衣ちゃんさ…」
思いの外近い場所からエレンの声がした。
「ど、どうしたの?」
エレンが一歩前へ出るたびに、自然と後に下がる。
「気のせいだったらいいんだけど…」
とうとう背中が壁にぶつかって、ゆっくりと伸びたエレンの腕に退路を塞がれた。
「僕たちのこと避けてる?」
これはいわゆる壁ドンというやつではないだろうか。
ジリジリと近づいてくるエレンは、女性だと知っていてもキラキラして見える。
視線を逸らそうとするけれど、頬に当てられたエレンの手が逃さないとばかりに結衣を追い詰める。
「〜〜っ!その!見ちゃったの!」
「何が?」
首を傾げるエレンから出る色気は一体なんなのか。
顔を赤くさせながらも結衣は白状した。
「お兄ちゃんとエレンが…その…手繋いでるとこ」
「…!」
エレンが1歩後ろに下がった。
「…ごめん」
エレンの声が一段下がった気がした。
「気持ち悪かったでしょう?…僕みたいなのが君のお兄さんと、なんて…」
「それは違う!」
思っていたよりも大きな声が出たけれど、結衣は構わず続けた。
「そういうんじゃないの! エレンがどうとかじゃなくて!」
「……?」
「お兄ちゃんが誰かとああいうことしてるの、初めて見たから!」
「……初めて?」
エレンはにわかに信じられないという目で結衣を見ている。
「お兄ちゃん、学生の頃すごいモテてたの」
「…豊が?」
「うん。親衛隊まであったらしいよ」
「親衛隊?」
「えっと…お兄ちゃんが好きな人が集まってたというか…」
「…。」
結衣の脳裏には、学生時代の苦い思い出が蘇る。
「私が学校に入った頃まで噂残ってたもん……。あの時、本当に嫌だったな……」
「どうして?」
「全然知らない人に『豊さんの妹なの?』って急に話しかけられるんだよ!?」
エレンは思わず笑った。
「そんなに有名だったんだ」
「本人は何にも知らないけどね」
「……知らない?」
「告白されても気づかなかったから」
「さすがにそれは……」
「『好きです』って言われて、『お前も米が好きなのか!』って」
「…嘘でしょ?」
「本当だって」
『俺、エレンのことが好きだ』
豊の言った言葉が思い出される。
じわじわとエレンの顔が赤くなっていくが、結衣はそれに気づいていない。
「だからお兄ちゃんが自分から誰かを好きになったの、私が知ってる限り初めてで……」
「…っ」
結衣の言葉に、思わずエレンは顔を覆った。
綺麗だとか、好きだとか、事あるごとに言う豊。
てっきり手慣れているものだと思っていたのに…。
「…もういい」
「…え?」
「その話、もういい…」
項垂れるエレンの耳が赤い気がして、結衣は少しだけ安心した。
「だから嫌だったんじゃないよ。なんていうか……むずむずしただけで」
「……むずむず?」
「子どもを見守る親みたいな……」
「結衣ちゃん妹だよね?」
「分かってるよ!」
二人で笑い合った後、エレンが改めて口を開いた。
「……じゃあ、それが理由で僕たちを避けてたの?」
「避けてたわけじゃ……二人でいたいかなって思って」
「気を遣ってたんだ」
「……うん」
エレンはしばらく結衣の顔を見てから、ふっと笑った。
「でも、それだけじゃないでしょう?」
「え?」
「魔王様がいなくなってから、結衣ちゃんちょっと変だよ」
「そんなこと……」
「寂しい?」
「……っ」
「魔王様のこと、好きなんでしょう?」
「なっ、なんで…!」
今度は結衣が顔を真っ赤にする番だった。
「やっぱり、ね」
エレンは確信していたように頷いた。
「……その……」
「うん」
「ノクスも……好きだって」
「…………え?」
「言って、くれて……」
エレンの目が丸くなる。
「じゃあ、両思いなの!?」
結衣は顔を真っ赤にしながら、小さく頷いた。
「なんだ!そうだったんだ!」
あの無駄に態度だけには出ていた魔王が、しっかりと好意を口にしていたことに、エレンは安心した。
「……待って。じゃあ何でそんな顔してるの?」
「……。」
「両思いなんでしょう?」
「うん……」
「魔王がいないから寂しい?」
「それも……ある、かもしれないけど……」
落ち着きなくモジモジとする結衣は、思い切って口を開いた。
「……エレン」
「なに?」
「両思いになったら……どうすればいいの?」
「…。どうすればって……?」
「だって、好きって分かって、それから……何するの?」
何をするって…そう考えて、感情のままに豊の唇を奪ったのを思い出すエレン。
手も繋いだし、二人きりになってそれから……。
「お兄ちゃんとエレンは、手繋いでたでしょう?」
結衣の言葉に、エレンは思わず目を見開いた。
顔を赤くしながら、恥ずかしそうにどうしたらいいのか分からないと言う結衣。
急に胸を締め付けるように込み上げてくる感情がエレンを襲う。
(この可愛い生き物は一体なんだ…!?)
たまらず結衣を抱きしめる。
「結衣ちゃんはそのままでいて…!」
「えっ!?そのままって…?」
「別に何かしなきゃいけないわけじゃないよ」
「でも……」
「結衣ちゃんが魔王としたいことをすればいいんじゃない?」
したいこと…結衣が視線を落とした先には、契約印の刻まれた手。
「……手、繋いでみたい」
「うん、それでいいんじゃない?」
エレンが部屋からいなくなって、結衣はソファに倒れ込んだ。
エレンは結衣のことを馬鹿にするわけでもなく、やってみたいことをすればいいと言ってくれた。
ほんの少しだけ気持ちが楽になった結衣は、翳した手の印をじっと見る。
(帰ってきたら…)
まだ先の話だけど。
(帰って来たら、私から言ってみようかな…)
おまけ
「…豊」
「どうした?」
「結衣ちゃんが可愛すぎるんだが…」
「…?」
「どうしよう…僕が兄だったら絶対嫁に出したくない」
「…何があったんだよ?」




