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22枚目 疑惑の中心にいるクライ

 ヘイグリッド――魔女衆が、教会の禁忌に触れた疑惑がある。


 そしてラトレイナが語るには、それの研究にはヘイグリッドの娘であるクライが被検体とされている……とのことだ。


 無論「可能性がある」という程度のことだが、彼女の身を蝕む呪いを考えればあり得ない話ではないだろう。


 彼らが禁忌に触れて何を成そうとしているかは分からない。


 しかし、危険な目論見であることはほとんど確実なのだろう。

 アグルが滞在してから一度も姿を見ないヘイグリッドの妻――魔女衆頭目ティアルス・レヴィアテイルの存在が関わっているとラトレイナたちは睨んでいるようだ。


 我が子さえ利用する禁忌の研究。

 しかし、それを行っているという確たる証拠を掴むことは容易ではない。


 なにせアグルもラトレイナたちもグラトニル城に滞在する身だ。

 地の利は魔女衆にあり、監視の目がある以上は自由に動くことだって難しい。


 アグルもなし崩し的に力を貸すことになったが、結果は同じ。

 捜査は難航し、何の進展も見せることなく数日の時間が経過していた。


 元より、魔女衆側も今回の事態を予期して備えていた節がある。

 簡単に手掛かりをつかめるはずもなく、ラトレイナが腹いせにアグルへあの手この手でちょっかいを仕掛けてくる日々が続くが……まあ、時間がかかるのは予想できたことだ。


 ただ、唯一。

 予想外だったことを挙げるならば――


 その間、クライが目を覚ますことはなかった。


「…………今日も、起きないか」


 沈みゆく茜色の夕焼けが差し込む窓から視線を外し、アグルはぽつりと呟く。


 クライの自室である。

 静寂に満ちた広い室内はどこか空虚な印象を抱かせ、部屋の主が未だ目覚めない事を教えてくれる。


 ……静かな環境と言うのは絵を描くのにもってこいの状況だが、この現状ではそれを喜ぶことはできなかった。


 アグルは小さな嘆息を漏らしつつ、部屋の主であるクライが眠るベッドへと歩いた。


 ベッドで静かに眠り続ける銀髪の少女。


 わずかな寝息が聞こえていなければ、驚くほど精巧な人形にも見紛うほどだった。

 芸術品のように端正な顔立ちは瞼を閉じたまま微動だにすることなく、もう何度も見た彼女の寝顔をアグルに見せてくれる。


 アンシアによれば、クライがここまで目覚めないのは初めてらしい。 

 魔術、そして科学の領分である医学の粋を以って彼女の生命維持は出来ているという話だが、しかし、そのどちらでも彼女を目覚めさせることは叶わなかった。


 専属の医者いわく、身体の異常はどこにもない。

 強いて言うなら久しぶりの外出で多少は疲れがあったようだが、彼女が眠り続ける原因は別にある。


 ……コイツの身を蝕む、呪い。ねえ……


 果たして、それは本当に呪いなのか。


 娘が目覚めない中でも、父であるヘイグリッドは研究にこもりきり。

 加えて母のティアルスはやはり姿すら見せない。


 挙句には研究の方に多くの従者もかかりきりで、こうして依頼主が眠り続けて暇を持て余したアグルがクライの様子を見ている始末である。


 ――果たして、そんなに研究が大切なのだろうか。


 いや、きっと彼らにとっては研究の方が大切なのだろう。


 なにせ(ラトレイナの憶測通りであるなら)禁忌の研究である。

 それを我がものにできるというなら、研究を優先するのも頷ける。一般的な研究肌の魔術師なら考えそうなことだ。


「……さて」


 時刻は夕方。

 クライが目覚めない以上、アグルがずっと見ているわけにはいかない。


 アグルにできるのは、ただ見ているだけ。

 この後は仕事を終えたアンシアと交代して彼女がクライの着替えなど身の回りの世話をする手はずとなっている。


 ……時間的にはもう少し暇があるが。


 暇つぶしに描いていたキャンバスなどは先に片づけておいた方がいいだろう。


 そう考えてアグルがベッドに背を向けた、その時だった。


「……ん、んん……」


 小さな、呻くようなか細い声と、身じろぎの音が聞こえた。


 すぐにアグルは振り返る。

 ついさっきまで穏やかな寝息を繰り返していたクライの身体がかすかにもぞもぞと身じろぎし、ゆっくりとその瞼を開いた。


 ぼんやりとした紅い瞳。

 クライが、目を覚ましたのだ。


 あまりにも突然のことに息を飲むアグル。

 だが、いきなり大声を上げるのはよくないだろうと軽く深呼吸をし、努めて落ち着いた声でクライに語りかけた。


「起きたか、クライ」

「…………アグル?」


 ぼんやりと焦点の合わなかった彼女の瞳がだんだんとアグルに定まっていく。

 目覚めた直後で状況を上手く呑み込めないのだろう。クライは困惑顔で身体を起こそうとする。


「ここは……ケホッ、コホッ」

「お前の部屋だよ。まずは水を飲め、話はそれからだ」


 突然せき込みだしたクライを見てアグルはすぐに水差しからコップに水を注ぎ、彼女の背をさすりながらゆっくりと飲ませてやる。


 アグルに支えられながらコク、コク、と時間をかけて一杯の水を飲み干し、ようやくクライは落ち着きを取り戻してくれた。


「……わたし、は」

「オレ達が店に戻ってきた時にはもう倒れていたぞ。その前のことは――ああ、聞きそびれてしまったな。お前はどこまで憶えている?」

「……急に、熱くなって。周りが燃えて――」

「燃えて?」

「…………ううん」


 彼女はその先を続けなかった。


 言いかけた台詞を隠すようにクライはそっと瞼を伏せる。


「ごめんなさい」

「仕方がないさ。お前にとっては久しぶりの外出だったんだろう? 謝るならむしろオレの方だ。……すまなかった。お前を気にかけることができなかった」

「そんなことない」


 頭を下げるアグルに、クライはふるふると首を横に振った。


「最後は、こんなことになった。けど……楽しかった。見たことないモノや、食べたことないもの、アグルはたくさん教えてくれた。だから……」


 クライがまっすぐにアグルを見つめる。


「ありがとう、アグル」

「……気を遣うのは、オレのつもりだったんだがな」


 彼女のまっすぐな瞳に見つめられて、アグルはポリポリと頬をかいた。


 ……まさか、謝るつもりが逆にお礼を言われるとはな。


 出鼻をくじかれたような気分である。

 どこか気まずい沈黙が二人の間に漂いだし、たまらず話題を変えようとしたアグルよりも先に、クライの瞳がわずかに見開かせた。


 クライは何かを探るかのように毛布の中をまさぐるようにもぞもぞと手を動かし、すぐにポスっと毛布の中にもぐり込んでしまった。


 突然の行動に唖然とするアグルだが、仮にもクライは少女だ。

 流石に毛布をめくるのはよくないだろう。アグルは仕方なく毛布越しに彼女へと問いを投げた。


「……クライ、どうかしたのか?」


 クライからの返事はなかった。


 代わりとばかりにクライがポイっと毛布の外へと投げ出してきたので、思わずアグルはそれを受け止める。


 布の感触。

 アグルは自分の掴んだモノを見た。


 それはパンツだった。


「…………………………」

「履きたくない」


 渋面を浮かべたアグルの前に再びクライが姿を見せた。


 毛布が大きく翻り、クライの瞳と同じ紅いネグリジェ姿の肢体がアグルの視界にさらけ出される。

 続けて膝立ちになったクライはスカート部分をちょんと摘み上げた。


 露わになったのは、つい先ほどまではパンツが隠していた――


「描いて、アグル」


 クライの裸身であった。

 アグルはたまらず渋面を浮かべ、大きなため息を吐き出す。


「起きて早々それかよ。クライ、今のお前は病み上がりみたいなものなんだから――」

「パンツを」

「――少しは体調をな? 考えて――」

「描いてほしい」


 ごり押すように身を乗り出し、クライの瞳がまっすぐにアグルを見つめる。


 寝ている間にパンツを履かされていたことで怒っているのだろうか。

 ずずいと身を乗り出してくる彼女の顔はむっとしかめっ面になっていた。


「それとも、やっぱり……魅力がない?」

「…………」

「おっぱいの方が、好き?」

「――――ああ、もう! 分かった、分かったよ!」


 いわれのない疑惑まで突きつけられ、たまらずアグルは折れた。


 ……まったく、こっちは心配してやったっていうのに。


 体調の心配はまだ残るが、彼女がやれと言うのならば仕方がない。

 ここは大人しく彼女の要求に従うとしよう。


 やれやれとアグルは肩をすくめて道具の準備にかかった。


「まったく、起きたらすぐこれか……それと言っておくが、色気づくならせめて下着を上下とも着れるようになってから言いな。お前にはまだだいぶ早い」

「寝るときは付けない方が普通」

「……なんでお前が知ってる?」

「アンシアが言ってた。寝るときはパンツだけでいい」

「アイツ――いや、だったらせめてパンツは履けよ」

「やだ」

「…………」

「それと、わたしだって成長してる」

「だからって見せなくていい」


 おもむろにネグリジェを脱ごうとしたクライの腕を掴んで止める。


「あと、描き終わったらちゃんとアンシアや他の従者たちに身体を診てもらえ。それを守れないんならオレは無理矢理お前をアイツの元に連れていく。いいな?」

「わかった」


 こくんとクライが頷き、ベッドから出ようとする。


 そして、


「……あ、れ?」

「そら見たことか」


 膝から崩れ落ちそうになった彼女をアグルが抱き止めた。


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