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12枚目 実際に見て、触る

「ひょっとして、アグルの方が物知り?」

「け、決してそんなことは……ッ!?」

「そりゃ、オレは色々と旅してきたからな……」


 アグルは単に、実際に見て聞いたから話せているだけだ。

 別に人よりモノをよく知っているなんてことはなく、今話しているのも現地へ行けば知ることのできる程度のモノである。


 何の目的もないアグルの一人旅。


 それがアグルに何の影響も与えることはなく、積み重なったのは小手先に見聞きした旅先の土産話と絵の技量くらいのものだった。


 アグルはきっと、教会騎士という身分から逃げ出した時から変わることなく――


 ……いや。それは別に関係ないだろ。


 横道にそれた思考を振り払い、アグルは言葉を続けた。


「……といっても、オレが見たのだって何年か前の話だ。今はまた様変わりしていたっておかしくはない。こういうものもあるって程度で憶えておくといい」

「うん。わかった」

「って、アナタがまとめないでください!」


 まったくもう! と肩をすくめながらアンシアがページをめくる。

 先ほどの話で興味がわいたのだろうか。アンシアはパラパラと何枚かの絵を飛ばしてから、ふとその手が止まった。


「おや、これは……ブルムライト、ですか?」

「なんだ、知ってるのか?」


 ブルムライトはカウレインからかなり遠く離れた国内の街だ。


 近年に目覚ましい発展を遂げた都市の一つで、その町並みは昔ながらの住宅街の奥に真新しい工場群がもくもくと黒煙を空に昇らせる風景が広がっている。

 産業革命で国が大きく変わってからはどこにでも見るようになった、何の変哲もない景色の一つである。


 しかし、アンシアは不審そうに眉をひそめる。


「……この街に、工場なんてありましたか? 街並みは記憶の通りですが……確か、絵の視点から見える場所だと工場のある場所には広大なバラの花畑があったはず……」

「ん? ああ……近くに大きな鉱山が見つかったんだ。そこから土地の貴族が大きな企業とかを呼び込んで大規模な再開発が行われたんだ。まあ、さびれた町に工場が出来て発展する、最近じゃよくある話だが……なんだ、知らなかったのか?」

「ええ、確か、錬金術師がその土地を治めていな、と」

「ああ……錬金術の分野は半分くらいは『あっち』寄りだ。科学に鞍替えするのは別におかしなことじゃない。それに科学だろうが魔術だろうが、発展のためには多少の犠牲もやむなしってのが常識だろ。科学による発展で世界はめまぐるしく変化してる。少しくらいは外に出てみるのもいい勉強になるだろうさ」

「それは…………」

「実際に見て、聞いて、触れる。それ以上の学びは――」

「できない」


 場の空気を断つような、クライの冷たい声が遮った。


「わたしは、外に出られない」


 感情を抑え込んだ、諦観のような言葉。熱を感じられない無機質な声にアグルが彼女を見ると、宝石のような彼女の紅い瞳がまっすぐにアグルを見つめていた。


「……それは、お前の中にある呪いが理由か?」


 コクン、とクライが頷く。


 それに続けてアンシアが声を上げた。


「お嬢様の呪いは、現在さまざまな魔術によって抑え込んでいます。全く外に出られないという訳ではありませんが……万が一というのはあります。出られたとしても、せいぜい 近隣の町などが関の山でしょう。アグル、アナタも知っているはずです」

「……ああ。すまない。軽率だったな」


 確かにアンシアの言うとおりだ。ぎろりとアンシアに睨まれてアグルは素直にクライへ謝罪する。対しクライはフルフルと頭を横に振って、


「悪気がないのは分かってる」


 言いながら彼女はおもむろにアグルへと手を伸ばし――


 ふに。


 突然、アグルの頬を引っ張ってきた。


「……何をする(ひゃにおしゅる)?」

「実際に見て、触ると、理解できる?」

「ひょうだが……いきなりオレで実践するな」


 すぐにクライの手を引き剥した。

 無遠慮に引っ張られた頬がわずかに痛い。


「もっと触って、いい?」

「断る」

「…………ざんねん」


 どこか名残惜しそうなクライの視線がアグルに向けられてくるが、それを叶えてやる理由はない。

 話に区切りがついたとばかりにアグルがスケッチブックを片づけると、それをじっと見つめていたクライがおもむろに口を挟んできた。


「もし、外に出るときは」

「ん?」

「アグルと一緒に行きたい」

「なァッ――」


 クライの後ろで声にならない絶叫を上げるアンシア。

 しかし当人のクライには聞こえなかったらしく、クライは至極平然とした表情のままアグルへと続けた。


「アグル、わたしの知らないことたくさん知ってる」

「……なんだ、そういうことか」

「それに、パンツも描いてくれる」

「別にスカートはめくらなくていい!」

「……もしかして、ダメ?」


 めくろうとしていたスカートから手を離し、クライがこちらを見上げてくる。


 アグルをじっと見つめてくる紅の瞳。

 まるで子犬のような純真な瞳を受けてアグルは「うぐっ」と呻き、やがて観念して肩をすくめた。


「……いいや。機会があれば付き合ってやるよ」

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