泣かないで (雪柳)
白い光が降り注ぎ、磨かれた大理石の床は波打つ水面のように反射して揺れる。
空白をまとった彼女が嬉しそうに笑う。
彼女に手を伸ばした彼は優しい眼差しで彼女をみていて。
祝福の雨が降る。舞う花びらと拍手、友人知人の明るい声。
たくさんの「おめでとう」を受け取って笑う彼女の姿は、きっと私が今までみたどの彼女よりも美しくて、どの彼女とも違った。
「きらきらで、きれいなまま、だなあ」
初めて会った頃の冷たい、硝子の宝石とは違う。
降る雪とも、霜柱とも違う。
揺れながら立っていた頃とも、脆くて強いあの頃とも。
自信に満ちて、今を嬉しい、楽しい、とみせることに本当の意味で慣れている。それはとても、ほんとうに。
「泣けちゃうな」
ここまで深く気にしている相手は珍しい。
珍しいから、自分の感情を何と呼ぶべきなのかもわからない。
それでも、そう「よかった」と思う心は本物で嬉しいのも本当で幸せを願いたいのも変わらない気持ちだから、私は目一杯の拍手で新郎新婦を迎えることにした。
「ゆきちゃんじゃん!元気?」
「金治…さん?」
「そうそう、えー、覚えててくれたんだ!」
「ゆかちゃん大人っぽくなってる…!っていっても、そうだよねえ。もう9年とか?」
「同窓会ゆきちゃんいなかったもんね」
「ごめんね、いろいろあって」
「由香、とゆきちゃん」
「咲花ちゃん!久しぶり〜」
久しぶりに会った級友たち、こうして集まっている参加者たちをみると彼女の交友関係が広いことがわかる。というか、維持する能力が高いというべきだろうか。
「咲どう?こないだの」
「金森商事との取引が持ち上がってる」
「そっちじゃなくて、見合いのこと」
「あ〜お見合い…それならゆきちゃんに聞きなよ、一番やばそうでしょ」
「んん〜失礼じゃない?咲花ちゃん、それは。お見合いね、お見合いって感じじゃなかったよ。この人を選びなさいよ〜って圧を感じるみたいな…?」
「え゛」
「待って待って、いいのそれ」
「いい歳だよ~とか言いたくないけど、うちはそういうのまだまだ強いし、お祖父様の意向がねえ…ふふ、でも良い人だよ。だから私もその人を選ぼうかな〜って。で、咲ちゃん?」
もう何年も会っていなかったのにこの話題、あの夏の意趣返しのようなものだろうか。隠すことでもない上に、そのうち界隈には広まる話だ。というか一部にはもう広まっているはずなので否定することもない。
あ、だから今聞いてくれたのかな。
元通り話を三嶋さんへと戻す。
「あ゛〜もう、こっちはまあ…私はまだ仕事がしたいわけ、やりたい事も今受け持ってる仕事も後輩もこれからって所なのにそんな面白そうな時にぜーんぶ人に任せて家庭にはいれとか無理無理」
「咲花ちゃん…かっこいいね?」
「荒波にもまれて仕事人間になったんだよ〜こいつ」
「由香だって相手いないから仲間じゃん」
「はあ?すぐ出来ますー」
「とかいって、宮崎とか夏原さんは向こうで新郎の友人に声かけてるけど?」
「……いやあ…まだいいかなー。ね、ゆきちゃん」
「ふふっ、なんか、変わらないね。あはは」
そうだ、学生の頃もそうだった。
私たちのクラスは成績が優先されていたから、一般入試の子も内部の子もいて、家柄も様々で。
お互いに影響されあって、他のクラスよりちょっぴり雑で。
「いや〜変わったよ、うちらもゆきちゃんも」
「そうかな?」
「うん」
「そっか」
それでもなんだか懐かしさに目を細めたくなって、私は眩しいものをみた気になった。
置いてきたものがまだそこにあるみたいに。
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白崎ゆき。
由永川に通っていた、この結婚式に呼ばれたかつての友人たちが皆、彼女の様子を伺っていることには本人も気がついているだろう。
もとはこのあたりの伝統織物工場を経営する会社の娘で、今は縁由木グループの会長の孫娘。
彼女に気に入られれば、近づければ、と寄ってくるハイエナが後を絶たない金の華。
「でも、また会えてよかったよ」
甘い喋りが、ふと掻き消えた。
それでも浮かべられた笑みは穏やかで、あの頃のように柔らかい。
「…永嶺さん、いや、葵と仲直りしたんだね」
「えっどゆこと」
「もともと喧嘩なんてしてなかったよ。タイミングが合わなかっただけ」
戸惑う由香には申し訳ないけれど、聞いておきたかった。
その返答がこれ、とは。
「嘘つき」
「ちょっと!」
「わあ…あ、いいよ、大丈夫。」
彼女が軽く手を振ると、遠くで動き出そうとしていた警備員たちがもとの姿勢に戻っていく。
正直、手を出したことに後悔してきた。
「…あれ、ゆきちゃんの?」
由香が問う。それに彼女は緩く頷いて、首を傾げる。
「伯父と兄のお友達みたい」
繋がりのある警備会社ということだろう。
「喧嘩してないっていうのは本当だよ。タイミングが悪かったっていうのも、間違ってないと思うけど…三嶋さんが聞きたいことって、別のことみたいだね」
知らなかった一面というのはこういうことなんだろう。
学生の頃の彼女はふわふわとして地に足がついていないような、誰とでも仲良く、子犬のような扱いをされていた。
社会に出てから再会した時の彼女は家柄の重さを纏っていて、それは私も同じだったから、仲間のように感じていて。
それは気の所為だったと思い切り、当てられた。
住む場所が違うことを決定的に見せつけられた。そんなつもりはなかっただろうけれど、触れられないと理解した。
今ここにいる彼女はそれらとも違う。
「葵の前から居なくならないで。わかってるでしょ」
「相変わらず優しいね、咲花ちゃん」
纏う雰囲気はそのままに、けれども声の響きはふわふわとした甘さを含むものへと戻り。
「いなくならないよ、約束する?」
「する」
「…っ、ほんとに?ふふ、じゃあしよう。ほら、ゆかちゃんも」
互いの小指を絡め合って、この場にも歳にも似合わない約束をした。子どもの遊び歌で、学生みたいに、約束をした。
「新婦が呼んでるよー、白崎さん」
「わあ、たいへん!ごめんね、行ってくる」
披露宴はまだ終わらない。
「ねえ、さっきのなに?怖かったんだけど」
「ごめん」
「いや、うん…いいけど。あたしも約束してよかったのかな」
「よかったよ、居てくれないと困ってた。…ほんとにごめん」
「よくわかんないけどさあ、葵のこと、ほんとに好きだねーあんた」
「そりゃ、友達ですから。由香だったとしても同じことしてたよ」
「え〜照れるなあ」
泣いている新婦と、その新婦の化粧が崩れないように涙を拭う彼女の姿がある。
学生の頃とは反対の、いや、あの頃と変わらないように見える姿が、そこに。
「ゆきちゃんは約束したことを破ったりはしないって思うよ」
「よく知らないのに?」
「ちょっと、それは嘘じゃん」
そうかな。そうかも、でも。
「なに?もう、反転アンチみたいなことして。っていうか、事情を考えたらさ、うちらは人のこと言えないっていうか、理解できちゃうでしょ。ゆきちゃんのあれこれは、他所から見てたあたしでも大変そうだったし、実際あれは大変だと思うよ」
「ハイエナがいて?」
「そう。ましてや葵ちゃんは、一般入学で。もとの白崎さんの立場ならもっと早く捕まってあげてたんじゃない」
由香の顔を伺うように振り向くと、彼女は呆れ顔で私を見て、それから彼女たちへと視線をずらす。
「なんとなく、そういう話だと思ったけど。違う?」
「…違わない」
「そ」
約束を違えるような人ではないと、わかっている。
できない約束をしたことなんて、一度だってなかったことも覚えている。
私が葵の髪を結ぶと、絵画を前にした時のように笑って「きれいだね」と笑っていた。私の手を取ってすごい、器用だね、なんて楽しげに。
けれど自分では触れることもせず、触れさせることもなかったように思う。葵が連絡先を知らない、と言わなければ私だって意識しなかった。それぐらい当たり前に、さり気なく、彼女はそこに居て、それらを意識させない振る舞いをしていた。
「白崎さんのやり方ってすごく円滑で面倒に思うの」
「でも実際、あれが一番自然だった…って思うけど?てかそれはさ、めちゃくちゃ気を使う、大変な手間のかかる方法で、」
「わかってる、わかってるよ」
ただ、相談されなかったことが寂しかっただけ。
友達だと思っていたのが、自分だけだったみたいで。
「はいはい、うちらも行こ。ゆきちゃーん!」
「ちょっと!」
手をつかまれ引っ張られるままに躍り出て。
「由香、咲」
「あおちゃん〜ずっと友達でいて〜」
「なあに、それ」
「ゆきちゃんも、約束」
「私も?約束するまでもないと思ってた。ね、咲花ちゃん」
眩しいものをみるように細められた瞳の奥底に、あの頃と変わらない温度があることを理解して。
「約束して。4人で…いや、もっと呼ぼう」
「ええ…!?もう〜わかったよお〜約束、約束」
「ゆき、雑にしちゃダメよ」
「葵ちゃん…!」
大丈夫、大丈夫だ。
これならもう、誰も彼女の手を離したりしない。
誰も彼女を見失わない。
今度こそ、きっと、彼女が泣かなくて済む。
私の友達は泣かなくてすむ。
「仕方ないなあ。じゃあ葵ちゃんも、ゆかちゃんも、咲花ちゃんも!私の結婚式にも来てね。ん〜クラスメイトの連絡先集めるの大変だあ」
「さぼってたゆきが悪い」
「さぼってたわけじゃないよ。知ってるでしょ?」
「…」
「助けて〜咲花ちゃん。お友達でしょ?」
くすくすと笑う。
変わらない、変わらない。
やっぱり全然、変わらない。
「あ〜もう!わかった!」
「わあい!ありがとう」
だからこれでいいことに、する。
・三嶋咲花
それなりのお嬢様。
長女。下に妹が二人いる。
葵に憧れを持ちつつもと世話心を刺激されていた。ゆきが葵から離れたあとは心配で見ていられなくて、葵の側にいるように。親友と呼べるかもしれない。
大学時代は葵、由香、咲花の並ぶ姿がよく見られた。
・金治由香
それなりのお嬢様。
事情はよく知らないけどそれぞれに共感もできてそれぞれに事情があると割り切っている。
もちろん、葵と咲花は親友だから誰かの味方をするならそちら二人の肩を持つ。
明るく人の空気を読むのが上手。




