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準備を整えた一同はさっそく先程と同じ船に乗り込み出航した。化け鯨に襲われたこともあり、慎重に進む。やがて岩礁の多い地帯に入ると、さすがに難航であるため船を止めた。
「さて、どこにあるか――」
誰ともなく呟いた瞬間、ざばりと船の横で水しぶきが上がった。
「っ危ね!」
海から飛び出した青白い手がメルの腕を掴んで引きずり込もうとし、慌ててザンが反対側のメルの腕を掴んだ。
船のヘリに人魚が取り付いている。すかさずノアが人魚の二の腕に銃弾を撃ち込むと、悲鳴を上げて手を放した。
「囲まれています!」
海の中には光る鱗を持つ影がいくつもあり、円を描くように船の周りを泳いでいた。すべて、洞窟にいた人魚たちである。
「その子を返せ!」
「そーだ! 一緒に遊ぶ約束なんだぞ!」
時折、水面に顔を出して人魚たちは叫びながら、船に突進する。
「っ、やめろこのっ、焼き魚にすんぞ!」
「どうやら先回りされていたようですね」
「冷静に言ってる場合じゃないってうわっ!」
逃げることもできず船は大きく揺らされて、あえなく転覆する。海に落ちたザンはまだメルの腕を掴んだままであり、人魚が群がる前に水底の岩礁を蹴って飛び上がった。
「二度もさらわせるかバーカ!」
メルを抱えて高い岩の上まで登り、足下の人魚に勝ち誇る。他の三人もなんとか海から上がり、すぐにロイがザンに呼びかけた。
「早く人魚の玉を奪ってください!」
するとそれまでメルのことしか気にしていなかった人魚たちが急に色めき立つ。
「なに!? そんなことさせないぞ!」
それこそ一斉に、人魚はどこかへ泳いでいく。
「彼らの後を追いましょう!」
「よっしゃ!」
ザンはメルをその場に置いて、狙い通り動いてくれた人魚を地上から追う。岩壁を次々と飛び移り、足場のないところでは、水面すれすれを泳いでいた人魚の背を踏み、やがて後ろと左右を切り立つ岩壁に囲まれた窪地に、禍々しい赤黒い光を放つ玉が、無造作に転がされているのを見つけた。
大勢の人魚の血を吸い続けた石だ。ザンは最後に先頭の人魚を蹴り、石を目がけて跳んだ。
だがいきなり水面から飛び出したヒッポカンポスが、宙にいるザンの横腹に強烈な頭突きを喰らわせた。
「――っが!?」
完全に不意打ちで避けることができず、ザンは海に落ちる。海中では武器を持つ人魚たちが待ち構えていた。
(やべっ!)
鉾先が肩をかすめ、血が暗い海をわずかに彩る。
次の攻撃をかろうじて身をよじってかわしたところ、その背に再びヒッポカンポスの突進を受け、一気に肺の空気が吐き出された。
ごぼりと耳の横を大量のあぶくが通り過ぎる。たまらず水面に上がろうとするが、人魚の攻撃が邪魔をする。
(ぐっ・・・マジで、やばっ・・・)
意識が遠のきかけた時、頭上の水が割れた。人魚が何匹か吹き飛ばされ、ザンは腕を掴まれ引き上げられる。
「――がっ、は、はあっ、はあっ・・・!」
「大丈夫かぁ?」
岩礁にザンを引き上げたのはウィリーで、海を割ったのはノアの魔術だ。ノアは波のしぶきに本が濡れないよう気をつけながら、ページを開き襲い来る人魚を蹴散らしている。
ザンもすぐに立ち直って再び窪地を目指した。
「よ、っと」
水面から飛び上がったヒッポカンポスをウィリーが撃ち落とし、ザンは無事、玉の傍へ降り立った。玉も玉の周囲も妙に鮮やかな色をした血がこびり付いて生臭く、掴めばぐちゃりと嫌な感触がついてきた。
「触るな醜い人間めっ!」
焦った人魚は槍を投げるが、そんなものには当たらない。
「どけ魚ども!」
「返せ人間!」
怒鳴りに怒鳴り返して、人魚たちは一斉にザンへ飛びかかった。もともと窪地は狭く、海に近い。両手を広げて襲いかかる人魚らを避けるスペースなどありはしなかった。
「っ、ノア、ウィリーっ、どっちか取れ!」
押し倒される直前、ザンは大体の方角へ玉を放り投げた。
玉は宙を舞い、たまたまノアが掴んだ。すると人魚たちは一斉に方向転換する。
「・・・」
「おおっと!?」
近くに逃げ場のなかったノアはウィリーに玉を放り、人魚に押されて無言で海へ落ちた。
「返せぇぇぇっっ!」
「ちょっ、待ってぎゃああっ!」
焦ったウィリーは適当に玉を放り、頭突きを腹に喰らって落ちた。
「あ、おいこら何やってんだ!」
すでに解放されていたザンが岩礁を飛び移って玉をキャッチ。しかし下に足場はなく、あえなく海に落っこちた。
(っ、要は、こいつらに石を使わせなきゃいいんだろ!)
水中ではどうしたって人魚に敵わない。奪い返される前に、ザンは海底へ潜り、手ごろな岩へ向けて、玉を持った手を大きく振りかぶった。
超人的な怪力を持つ男は水の抵抗に遭いながらも、十分に玉を砕くことのできる力でもって、叩きつけたのだった―――
**
冷たいしぶきは雨のように降りかかる。怪物が起こす渦は想像以上の規模で、中心部ではすっかり海底が露わになってしまっているほどだ。四人は一番高い岩壁に避難しているものの、いつ波に飲まれるかわからない危険に脅かされている。なぜなら渦巻く波は時折、雲に触れそうなまでに高く上がるのだ。
渦の中にはちらほらと人魚の影が見え隠れする。他にも化け鯨や色んな海の化け物が渦にまじり、笑い声のようなものまで聞こえてくる。
「・・・レヴィアタンを呼ぶには人魚の祈りを海へ解き放つ―――つまり祈りを込めた玉を海中で割ることを意味していたんですねー」
ロイの解説はいつもより淡々としたものだった。言っている本人も聞いているメンバーも呆然と、荒れ狂う海と、頭だけでも島かと思えるほどに巨大な、鯨のごとき怪物を眺めている。
召喚されたレヴィアタンは口から炎を、鼻から煙を吐き、思うままに海を泳ぎ回る。港の被害は甚大なものとなろう。しかし不死身の巨大生物を止めることなど、地上の生物には到底不可能なのである。レヴィアタンがどこかへ消えるまで、四人もまた陸には帰れない。
メルは人魚の背に乗り渦で遊んでいる。聞こえる笑い声の中には彼女のものも含まれていた。
「・・・やっぱ俺らが怒られんの?」
「怒られるだけで済めばいいですが」
「不可抗力だった、って、言ってもダメか?」
「・・・メル、楽しそう」
無邪気な少女の笑顔をせめてもの救いと無理やり思い込むしか、このどうしようもない状況を耐える術が四人にはなかった。
**
結局、レヴィアタンは小一時間ほど存分に泳ぎ回った後、遥か沖へと帰っていった。メルをなんとか回収し、港へ戻ると村は大破していたが早めの避難のおかげで、人的被害はなく、村人たちからは比較的感謝された。
駅まで流されてしまったため、帰り道も苦労しつつ本部へ戻る間、今回の件で結果的にザンがレヴィアタンを召喚してしまったことは報告しないでおこうと四人は示し合わせていたのだが、うっかりメルの口止めを忘れていたことでゼノンにばれ、たっぷり説教を喰らった上に、再びリラの村へ戻って瓦礫撤去などの作業に従事することとなった。
「・・・クソっ、なんで俺のせいなんだよ」
泥を掻き出しながらザンが毒づく。知らなかったのだから仕方がないだろうというのが彼の言い分だったのだが、上司には通じなかった。
同じく横では、ロイやウィリーやノアが、悟りを開いたかのような表情で淡々と泥を掻き出している。
「まあ、このくらいで済んでよかったじゃないですか」
「昇給した分が全部下げられたけどな。《遺跡》発見のボーナスが帳消し。ほんと笑えるー」
「笑ってられっか!」
「笑うしかないって」
男たちが愚痴をこぼしながら泥にまみれている傍で、少女が美しい歌声を響かせている。
癒しのアンセムは働く村人たちに活力を与え、すっかり青くきれいに戻った海の景色と共に、彼らに嵐の後の安堵をもたらした。
4章終了。
怪物メモ
・レヴィアタン
別名リヴァイアサン。雌の一匹しかいない。
蛇の姿で描かれることが多いが、もとは魚に近い姿だったよう。




