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クインテット!  作者: 日生
4章 人魚
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4

「レヴィアタンが泳ぐと海に大きな大きな渦ができるんだ」


 人魚の一匹が代表して言う。人間たちは固唾を飲み、続きを促す。


「だから?」

「渦に乗ると楽しいんだ」

「・・・だけかっ!」


 思わず、ザンは絶叫していた。

 拍子抜けする人間たちだったが、目的はどうあれ事態が深刻であることにかわりはない。


「・・・レヴィアタンは、幻の、怪物・・・どうやって、呼ぶ・・・?」

「そんなこと教えるものか! 醜い人間どもめ、殺してやる!」


 ノアの問いかけを一蹴し、人魚たちはどこからともなく取り出した三叉槍を手に手に、臨戦態勢となる。彼らが陸へ上がって来ることはないが、唯一の出入り口である場所を塞がれている状態では、逃げることもできない。


「さて、どーする? 人魚が嵐を起こすなら止めろって言われてるけど、どーしたもんか」

「全員撃ち殺しゃいい」

「悪党だなー。確か人魚を殺すと災いが降りかかるんじゃなかったっけ?」

「知るか」

「ダメ」

 

 メルは銃を持つザンの腕を後ろから引っ張った。それにザンは舌打ちする。


「お前、また狼男の時みてえに、めんどくせえダダこねるつもりか?」

「ここの人魚は《遺跡》を守ってるの」


 メルは大きな門を指す。


「え、これそうなの? うわやった!」


 視界には当然入っていたものの、そうとは気づかなかったザンやウィリーは、途端に目を輝かせた。


「ゼッテー未発見だよな!?」

「メルちゃんは幸運の女神様だなー。滅多に見つからないもんなのに、メルちゃんが来てくれてからもう二つ目だもんなっ」

「そんなことはどうでもいいの」


 浮かれる男たちの袖を引っ張りメルは先を続けた。


「怪物は玉で呼ぶんだって言ってた。ここにはないって」

「じゃあどこだよ」

「日と月と星の光が降る場所だって」

「なんだそれ」

「まあとにかく早いとこ脱出して、その呼び出しアイテムをこっちで押さえればいいってことじゃん。場所はここを教えてくれた人魚に聞けばいいさ。こんな大人数の相手はしてらんないって」

「つっても出口は水の中だろ?」

「・・・ここ」


 ノアが会話に割って入り、背後の岩壁を示す。誰にも注目されていない間に、ノアはチョークで岩壁に大きく魔術の陣を描いていたのだ。その中央に手をかざし、


「・・・カルン」


 小さく唱えると、内側から外側へ、見えない衝撃が壁を貫き、大穴を開けた。洞窟全体が揺れ、穴の部分を埋めていた岩の塊が一挙に押し出され、外の海に落ちる。


「え、穴開けちゃって大丈夫? この場所崩れたりしない?」

「・・・早く出る」

「テキトーにやるなぁっ!」


 急いでメルを担ぎザンが外に躍り出、ノアとウィリーも慌てて続いた。穴が開いたのは入口のちょうど反対側で、岩礁を飛び移り飛び移り、ロイの待つ船へ戻る。ロイは四人の姿を見つけ、すかさず船を寄せた。


「お帰りなさい。無事で何よりです」

「あれ? ロイ、人魚どうした?」


 小さな船の上には、縛られていた憐れな人魚がすでになかった。


「逃がしました」


 あっさりとロイは白状する。捕虜の情報をあてにして戻ってきた一同は愕然となった。


「はあ!? 何やってんだよ!」

「船を操作しながら見張るのは大変でしたし、必要なことは聞けましたから。何かあったんですか?」

「あった! 今、人魚どもがナントカっつー化け物を呼び出そうとしてて――」

「レヴィアタンですよね」

「そ・・・なんで知ってんだ?」


 勢い込んだザンは肩すかしを喰らった。


「必要なことは聞けたから逃がしたんですよ」

「抜け目ないなあ」


 ウィリーが感心している横で、ザンは「だったら最初に言えっ」と舌打ちした。しかしロイは涼しい顔で舵を取る。


「一旦戻って体勢を立て直しましょう。メルさん、鎮めの歌をお願いできますか?」


 メルが再び荒れる海に向かってアンセムを歌うと、波は穏やかになり、船の揺れは幾分かましになる。だが海が穏やかになっても海の怪物の心は穏やかでない。

 メルを取り戻そうとして人魚たちが洞窟から飛び出し、船に襲いかかってきたのだ。水の中に潜った彼らにメルの歌はほとんど届かない。


「しつけえっ!」

「やめてやめて! 沈む、沈むから!」


 ザン、ノア、ウィリーで船を転覆させようとする人魚を追い払い、ロイが全速力で船を進める。それでも人魚たちを引き離すのは難しかったが、やがて港が近づくと、人間を嫌ってか、海中に人魚の影は見えなくなった。



**



 陸に上がると、まず宿へ戻って濡れた服を着替えた。特にメルはだいぶ体が冷えていたためゆっくり湯にも浸かった。

 その間に、ロイらは村長宅へ事情説明と村民の即刻避難させるよう頼みに行った。


「嵐は防げないんか?」

「善処しますが、最悪の事態を想定しておいてください。相手は人の力の及ばない化け物ですから」


 ロイは一切、希望的観測を告げなかった。

 よってダグも村長も神妙に受け答える。


「実は大昔にも、この一帯はひどい津波に呑まれたことがあるんや」


 特に村長の語り口は重い。


「ご先祖様は、人魚が現れたら山へ逃げろと言われとった。昔にも今と同じことがあったんかな」

「その可能性は高いと思います。避難場所に心当たりはあるんですね?」

「ああ。急いで皆を避難させる。何よりも命を繋ぐのが一番や」


 村長らは即時に行動を起こした。海沿いに住む民は常に海の恩恵と被害を受ける。津波で家や船が流されることがそう珍しいことではないために、緊急避難の手順も心得ており、外部が口を出す必要はなかった。


 五人は人魚がレヴィアタンを召喚する前に玉を奪うべく、宿で作戦会議をすることにした。風呂上がりのメルももちろん加わる。


「どうやらセイレーンと戦ったあの辺にあるそうです」


 人魚に尋問したロイは玉の大体の在処まで聞き出していた。これで探索範囲はだいぶ絞られたが、それでもまだ広い。


「おおざっぱだなー」

「メルさんが聞いた、日と月と星の光の降る場所という話から考えるに、少なくとも水底ではなく地上にあるのではないかと。おそらく漁師たちが人魚を目撃したというのも、その玉に血を吸わせるため陸に上がったせいだと思いますよ」

「そんなら、あとは行って探すしかねえだろ。早いとこ片つけようぜ」


 一同は再び海に出るべく装備を整える。

 特に準備するものもないメルは、椅子に座ってぼーっと仲間の様子を眺めていたが、適当に視線を泳がせた先に、ちょうど、濡れた手袋を交換するロイの姿が目に入り、動きを止める。

 じっと凝視しているメルに、そのうちロイが気づいた。


「どうかしました?」


 メルは傍に来たロイの黒い手袋を指す。


「・・・右手」

「え? ああ、すみません。見えてしまいましたか」


 ロイは困ったような笑みを浮かべ、自分の右手に左手を添える。


「ご心配なく。ただの火傷の痕です。これでも薄くなってきてはいるんですよ」


 メルが知る限り、ロイはいつも黒い手袋をしている。その理由は、甲から指先までまんべんなく広がっている、赤黒く変色した痛ましい痕を隠すためであったのだ。


「・・・痛い? 歌う?」


 メルは、癒しのアンセムを歌ったほうがいいかを問いかけている。

 その気遣いに微笑み、ロイはやんわり頭を振った。


「これは十年以上も前の古傷なので大丈夫ですよ。痛くもありません」


 癒しのアンセムは即時の傷を治すことはできるが、古傷の痕を消す効果はない。実際、ロイはすでに何度も歌を聞いているのだ。

 メルは納得して引き下がった。


「ところでメルさん」


 今度はロイが尋ねる。


「人魚が《遺跡》を守っているとのことでしたが、なぜそんなことをしているのかは言っていませんでしたか?」

「誰も扉を開けないように」


 メルは瞬きの後に答えた。


「丘の女王? に、すごく怖いものが中にいるんだって、教えてもらったって言ってた。だから《遺跡》を守ってる人魚を殺したらいけないの」


 その時、ロイの目が大きく見開かれた。


「女王・・・そう、ですか。やはり、関係ないわけがないか」


 たったそれだけのことで、ロイ何かを悟ったようである。


「丘の女王ってなに?」


 メルはじっと、ロイを見上げた。


「妖精の女王のことですよ。丘に限らず、森や山などにいることもあります。人魚も妖精の一種ですから、陸と海でも交流があるのでしょう」

「妖精の女王?」

「と言っても、人間の王のように妖精たちを統治しているわけではありません。要するに無法者の中で最も力の強い化け物ということです」


 いつもの解説に、妙な力が籠められているのをメルは感じた。

 笑みを作っていても目が笑っていない。


「・・・妖精、嫌いなの?」

「はい、とても。彼らこそ私がこのチームに入れられた原因ですから」


 いきなりのカミングアウトにメルは面食らう。

 その時には、ロイは柔らかい眼差しを取り戻していた。


「今度お茶でも飲みながら、ゆっくりお話ししましょうか?」

「・・・教えてくれるの?」


 彼らが自分のことについて、部外者に明かすことはないだろうと、メルはすっかり思い込んでいたのだ。

 ロイは、驚くばかりの少女を覗き込む。


「私たちの正体を深く尋ねないのは、自分が同じことをされると困るからですか?」


 眼鏡の奥の目つきはどこか探るようである。気づいたメルはすぐに表情を消した。


「・・・困らない。ロイは、私が人間以外の何かに見えるの?」

「いいえ」


 ロイは素直に首を横に振る。


「メルさんは私が何に見えますか?」

「・・・人間」

「ありがとうございます」


 黒い手袋を嵌めた右手で、ロイは取りなすようにメルの頭を優しくなでた。


「上手に誘導すれば、ザンたちも話してくれますよ。本当に知りたくなった時には遠慮なく訊いてください」

「・・・」


 メルは押し黙って、それ以上何も尋ねることはなく、この場での会話は終わってしまった。

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