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大陸全土を統べるヴィオラ王国の首都、テールピースは一歩入ればまるで別世界だと人々は噂する。
地方ではいまだ火を焚く時は薪を使い、水は井戸や川から汲み、日没と日の出を基準に生活しているのに対し、中央の主要な場所には電気、ガス、水道が通り、夜でも等間隔に道に設置されているガス灯が一晩中点き、いつでもぼんやりと明るい。
日中であれば整備されたレンガの大通りを小洒落た服装の人間たちが闊歩し、優雅な辻馬車が走る。市場などではずらりと並んだ屋台で怒声のような売り声が響き、活気溢れているのだが、今は人狼の出現によって避難誘導され、すっかり物々しい雰囲気に包まれていた。
ここまで来ると、黒い制服を着たグラウクス職員をたくさん見かけるようになる。狼男を見失った場所ということで、主要な施設の警護担当となっていない者はまず市場に集まったのだ。
「――隅々までよっく調べろっ! 見つけ次第ぶっ放してよしっ!」
市場の通りの真ん中で、飛び抜けて体格の立派な男が大勢の職員たちを指揮しており、その横に黒髪眼鏡の青年の姿があった。
「ロイ!」
すぐにメルは青年のもとに駆けて行く。ロイも気づいて、男との話を中断した。
「メルさん? 一人で来たんですか?」
「ノアと」
メルは後からゆっくり追いついてくるノアを指した。
「おぉ? なんだ、その小さいお嬢ちゃんは」
隣の大男が物珍しそうにメルを見下ろしている。厳つい顔の、ともすればこれこそ人狼なのではと思える、顎髭を生やした中年男だ。
ロイが間に立って二人をそれぞれ紹介した。
「この子がシュトラールからの助っ人です。メルさん、こちらは幹部のディモさんです」
「ああ例の!」
ディモは大きな手を伸ばし、少女の柔らかい金髪を乱暴になで回す。
「ずいぶん可愛らしいお嬢ちゃんじゃねえか!」
「~~イヤっ」
耐えかねたメルはディモを突き飛ばし、ロイの後ろに隠れた。
「それは嫌がられますよ」
乱れたメルの頭を直してやりながら、ロイがディモに注意する。
「そ、そうか。悪ぃ悪ぃ」
当人に悪気はなく、ディモは慌てて謝った。だがメルは警戒して睨んでくるため、困ったディモは近くの店から赤いリンゴを一個取って差し出す。
「これやるから機嫌直してくれや。おっちゃんが悪かった」
「それ売り物ですが」
「ほら、遠慮せず喰え」
メルは渋々受け取り、齧ってみた。皮ごと果物を食べるのは初めてであったが、しゃりりと爽やかな食感と滴る甘酸っぱい蜜に、機嫌も少しだけ直る。
「ディモさん、売り物です」
「わかってるわかってる、金は置いとく。ところで、あの咬みつき犬は来てねえのか?」
ディモは辺りを見回す。
「ザンは大勢が動いている時に率先して動くタイプではないので」
「しょうがねえ奴だなあ。あいつとはいっぺん仕事してみたかったんだが。今度、また手合わせしてえと伝えといてくれや」
「わかりました」
「人狼の情報ありがとな。おめえらはおめえらで捜索頼むぜ。――じゃあなお嬢ちゃん、無茶はすんなよ」
今度は優しくメルの頭をなでて、ディモは指揮に戻った。
「では、私たちも行きましょう」
「どこに?」
「とりあえず人目に付かない場所へ」
三人は市場を離れ、レンガ舗装のない狭い路地裏に入った。この辺りはあらかたディモの部下たちによって調べが済んでおり、狼男は隠れていない。ロイは他に人が来る様子がないことを確認すると、ポケットから折りたたまれたハンカチを取り出す。広げた中には、数本の毛が包まれていた。
「? なに、これ」
メルは一本つまんでみた。少し硬く、ぴんとまっすぐ伸びるそれは少なくとも人毛ではない。
「おそらく狼の体毛です。屋台の柱に引っ掛かっていたんですよ」
「どうするの?」
「確か失せ物探しの魔術があったかと思ったんですが、応用できませんか?」
ロイはノアを見る。
「・・・できなくは、ない・・・が、当たるか、どうかは・・・運による」
ノアは本のあるページを開き、その辺の小石で地面に魔法陣を描き出す。完成したところで、ロイから獣毛を受け取り、陣の中央に置いた。
「手を・・・」
次に、ノアはメルに手を差しのべた。
「?」
「運が・・・ありそうな者が・・・やると、いい」
メルはよくわからないながらノアの正面にしゃがんで、右手を出した。ノアはメルの細い手首を掴んで魔法陣の真上に持っていき、手の平をかざすようにさせた。
「見つけたいものを・・・思い、浮かべて」
メルが目を瞑ると、ノアは呪文を唱えた。
「・・・マスィール、アイン」
瞬間、体毛が燃え、発せられた光がメルの手の上の空中に文字を書く。
「・・・北東・・・ケヤキの生えた・・・家」
ノアが文字を読み上げるや、光は消えて後には何も残らない。
「北東というとまるで逆方向ですね。急ぎましょう」
占いに従い、三人は王都の北東地区へ向かった。
南西を中心に捜索の輪が徐々に広がっていっているため、こちらにはまだ他の職員の姿はなく人々も普通に出歩いている。混乱が生じている気配はなかった。
表通りをあらかた見て回ってもケヤキの木はなく、三人は裏通りに入る。どこであっても、裏と名の付く場所にはあまり行儀のよろしくない者が溜まる。ここらは道も建物も薄汚れて飲み屋が密集していた。
ケヤキの木を探していくと、やがて一軒の飲み屋の隣にそれを見つけた。中から喧騒の声が聞こえている。
「当たりですかね」
ロイとノアが腰の拳銃に手を掛けた瞬間、全開にされた扉から人間が飛び出し、向かいの店の壁にぶつかって落ちた。
あきらかに、尋常ならざる力に吹き飛ばされた様子である。
「メルさんはここにいてください」
二人は拳銃を抜き放ち、店の中に突入する。人狼がいればすぐさま射撃するつもりで見たものは、
「――雑魚どもがぁっ!」
円卓に立ち、ゴロツキたちを蹴り飛ばしているザンの姿だった。
「・・・」
二人は力無く、銃を降ろした。ザンはロイたちの存在に気づいてもいない。酒瓶を片手に、次々と回し蹴りを繰り出すグラウクス職員も、はたからは十分ゴロツキに見えた。
「ザン!」
そこへメルが躊躇なく入っていき、ザンに駆け寄った。少女の存在はかなり目立つ。頭に血が上っているザンもさすがに気づき、
「メル!? なんでこんなとこにいやがる!」
最後のゴロツキを蹴り飛ばし、慌てて円卓から降りた。
「それはこちらが聞きたいところなんですが」
銃をしまい、ロイが声をかけた。メルに続いて他二人の仲間の姿も視界に捉え、ザンは怪訝な顔になる。
「なんだよお前らまで。なんかあったのか?」
「狼男が街に潜伏しているんですよ」
「はあ? マジか」
「職員総出で捜索しているところです。こんなところを見つかったら、減給だけでは済みませんよ?」
「ちっと飲んでただけだろーが」
「そもそも勤務時間中ですし、飲むついでに暴れないでください」
「向こうが絡んできやがったんだ。で? その狼男がここらにいんのか」
「それは・・・」
ロイは答えあぐねてメルを見やった。
「メルさん、もしかしてザンを思い浮かべましたか?」
「?」
メルはきょとんとしている。次にノアを見ると、こちらは首を傾げた。
「当たるか、は・・・運次第」
「・・・仕方ありませんね。地道に探しましょう」
責める相手もなく、ロイはさっさと頭を切り替えることにした。
地道に、と聞いたザンは早々にやる気を失い、倒れた椅子を起こして座り直してしまう。
「どうせ他の奴らも大勢いるんだろ? 俺ぁここで飲んでるぜ」
「これだけ暴れておいてよく居座れますねー。客も店員も消えてますが」
「酒さえありゃあいいんだよ。大体、ウィリーの奴もいねえじゃねえか」
「そういえばそうですね」
「ねえ、いるよ」
「あ?」
メルはザンの腕を引き、店の隅を指した。
積み重なっているゴロツキたちの後ろ、大きな体を精一杯縮こませ、頭からテーブルの下に潜り込んでいる者がいる。その尻には焦げ茶色で半月型の尻尾が生えていた。
「アレはちがうの?」
「――アレだぁっ!」
即座に、ザンは隠れる者の襟首を掴んで引き出した。




