第七話 勝てメロス!
T>ラノベっぽいバトル展開です!
メロスの活躍によってバグの消えうせた電気羊は、それまでの見る者の心をざわめかせる目から、機械としてありうるべき無機質な目へと戻った。
めえ、と合成音の鳴き声をあげると、何事もなかったように部屋を出て行った。
それを見送るメロスは、バグの襲撃を無事切り抜けたというのに苦い顔つきだった。
空、どんよりと覆う雨雲に隠れて見えないが、もう日は高い。バグの目的が、王のもとへ間に合わぬよう邪魔することであったならば、それは成功したと言えた。機械を寝坊させたのだから。
もはや、一刻の猶予もなかった。機体の損耗を気にせず走れば、日暮れには王都に間に合う時間とはいえ、王の気まぐれによって日が落ちる前に処刑が行われないとも限らぬ。
これで、妹とは、先日の式が今生の別れとなってしまった。メロスは心中で、別れも告げることが出来ぬことを妹に詫びつつ、小雨の降る村を去った。彼を見送るのは数匹の羊ばかりだった。さらば、ふるさと!
私は今宵、殺される。殺されるために走るのだ。身代りの友を救う為に走るのだ。死ぬるために全力を尽くさなければならないとは、なんという因果だろう。夢に見た科学者の姿が、電子回路の中を木霊する。やらねばならぬ。王に知類の信実の存するところを、なるほど捨てたものではないと思い知らしめるために走らねばならぬ。
たとえ、王にいかほどの感銘を与えることが出来ぬとしても、ただ鼻で笑われる無意味な行いであったとしても、走らねばならぬ。なにより己の良心がために。
そうして矢の如く走るうち、雨雲を起き去り陽光がメロスのボディを輝かした。気温は高かった。生身であれば汗をかいていただろう。
いや、まて。メロスは何の気なしに額を拭った。奇妙なことに、汗をかいたような感覚を、メロスのセンサーは感知していた。製造されてこのかた、感じたことのない気持ち悪さだった。
それを皮切りに、今度は痛む筈のない鋼鉄の足が、筋肉痛のようにひきつりはじめた。呼吸が苦しくなりはじめた。頭がぼんやりとうずきはじめた。
これはいかなる仕業か。メロスは今、まるで人間と化したごとく、肉体の苦しみを味わっていた。疲労困憊である。
そして、肉体の苦痛は精神を蝕んだ。怠け心が蠢くようで、メロスは幾度も立ち止まりそうになった。足の痛みが、まるで己を引き止める妹の嘆きのように思えた。酷く辛い。
これから妹とその婿は、まさしく幸せな生活を始める。かたや私は、死ぬのだ。このような苦しみを味わいながら、踏ん張って走りぬけ、その挙句に死ぬのだ。思うたび、全身の苦痛はいや増してメロスの心身を苛んだ。
それでもメロスは立ち止まらぬ。製造されて始めて、自分の心を叱咤激励するため声を上げ、えい、おう、と走った。ままならぬ心と身体を味わっても、メロスの良心はそれに勝ったのだ。
足並は遅くなれど走り続けて幾刻過ぎたか。太陽は中天に昇っていた。王都への道半ばほどであった。この調子であればなんとか間に合う。もはや未練はなかった。
どこかで舌打ちが鳴る。
その音は疲れに紛れてメロスには聞こえなかった。しかし、その音が鳴った瞬間、メロスの感覚は元の鋼鉄のそれへと戻っていた。苦痛も怠けも、夢幻のごとく消え去った。
そして今度は逆に、開放感。疲れと苦しみがすっと抜け落ちた心地よさが、ぐんぐんとメロスの内で膨らんでいった。
実にスガスガしい、歌でも歌いたいようなイイ気分だった。まったくその通り。まるでこのまま風船のように膨らみ、空中へ浮かびそうなほどだった。
メロスの気分に反応したのか、内蔵ラジカセがご機嫌なナンバーを流し、メロスの口をついて飛び出す。人間で言えば鼻歌のようなものだ。滑らかな楽器とハミングを口ずさみながら、スキップまではじめようといったほどだった。
そうして行く道を見れば、巨大な川が氾濫をしている。昨日の雨によるものか、山も飲み込めそうなほどの荒れ具合。どうれひとつ泳いでみれば心地よかろう。なあにあんな荒水なにするものぞ、なんなら耐水機能も切ってしまえ。そうそれが良い考えよ。
次の瞬間、メロスの腕が機関銃へと変形したかと思うと、地鳴りに音を響かし、荒れる川中へ秒間1000発を叩き込む。
「そこに隠れているのだろう。出てくるがいい。こんな詐術で私は壊せぬ」
先瞬までの浮かれ具合はどこへいったか。メロスは眼光冷たく言い放った。
すると荒水が、凍りついたかのように一瞬停止した。巨大な渦が、荒れ水の流れる倍の速度で逆巻いた。メロスの言葉への返答は、渦に巻かれて撃ち返された、秒間1000発の鉛玉であった。
軽く身を捻るのみでメロスはそれを交わし、アイセンサーの中心を、けして渦から離さない。
「ふうむ。 唯人なら、僕の妖術で与えられた疲れと怠けには勝てない。よしんば勝ったとしても、その後の心地よさの落差にまいってしまうのに、やはり機械か」
若者の声がした。渦が逆巻く速度を激し、螺旋の奥に現れた水底に、学生服を羽織る美男子が立っていた。
「では、直接破壊しよう」
彼が何事かを呟くと、それに応えて水面が弾け、水の飛礫がメロスへ閃いた。銃弾に倍する速度であった。
メロスは残像を残して左へ飛び退った。水弾はメロスの影を引き裂き、後ろの木々の幹を消し飛ばした。哀れにも支えを失った樹冠が地に落ち弾ける。なんという威力だろうか。
「随分上手く水を操る。覚えがあるぞ。お前は第二期のシャーマン共の末裔か」
彼らは一種の超能力者であった。シャーマンたちは自然物を自在に操り、支配することができた。第一期の最終戦争の後、荒廃の中からはじまった第2期の文明が、わずかに残された自然を取り戻そうと、人々の進化を促した結果とも言われている。
第二期の初期から中期において、彼らは他の人々より神の如く崇められていた。当然だろう。彼らの祈りによって、強酸の雨は恵みの清浄雨となり、汚染地帯は豊穣の土地へと生まれ変わるのだから。第二期の世界の支配者となるのは、当然の流れだったろう。
もっとも、そう長くは続かなかったのだが。彼らはあまりに数が少なかったのである。彼らは一つの血統のもとに交配を繰り返し、その中でのみ極稀にシャーマンの力を持つものが生まれる可能性があった。
一握りの能力者への権力の集中は、人々のあいだに天地の差のごとき格差を生み出した。それでも初期においてはシャーマンの力なくば、生存すらままならなかったため、人々はその支配を甘んじて受け入れた。
やがて、文明は安定期へ向かい、第一期の記憶も彼方へ流れ出た頃、ほんの数年、シャーマンが一人も生まれなかった時期があった。それが、彼らの支配の最後であった。
今でも彼らの遺伝子はどこかに残っている。大河の中の血の一滴ほどの薄まって入るが、それはときおり先祖返りのごとく、彼のようなシャーマンの末裔を生み出すのだ。
「そうとも。メロスよ、人工の破壊者よ。自然力に屈服するがいい」
その言葉を掛け声に、再度水の弾丸が発射される。音速で跳躍するメロスには当たらないが、間断無くばら撒かれる水のショットガンは、メロスに立ち止まることを許さない。
木々をなぎ倒し地を抉り、泥だまりを作りながら水弾は徐々にメロスの逃げ道を封鎖していく。さらには、水面から数本の水柱が立ち上り、鞭のごとくにしなりメロスを狙う。
しかし、メロスの機体性能は人知を超えた所にあった。横殴りの嵐のごとき水弾の一切をかわし切りすり抜け、伸びる水鞭を手刀で切り裂く。そして、弾雨の先に青年までの道を見出した。二人の目が合った。
一息に飛び込む。戦いを終わらせるため、メロスは地を踏む足に力を込めた。青年が笑みを浮かべた。
「水だけしか使えないわけでもないよ」
はっと気がついたメロスが足元を見る。踏み出すために地を蹴るはずの鋼鉄の足が、ずぶずぶと半ばまで地に飲まれていた。
顔を上げれば、水弾が迫っていた。今までのようにばら撒かれているのではなく、メロス目がけて何万もの飛礫が、真横に落ちる滝のように轟いた。
メロスは手刀を閃かせ弾丸を散らし、上体の最低限の動きで可能な限り命中を避け、そしてそれでも捌ききれぬ濁流に飲まれた。
一瞬の後、水は地を抉り、メロスの人型に小島をわずかに残して巨大な湖ができた。
そして見よ、眼前にクロスさせ頭部を守るメロスの両腕をはじめ、彼の全身の装甲は、老いた枯れ木のごとく罅割れ火花を散らしていた。もはや内蔵の銃火器類も機能しない。
それは、湖を発生させるほどの大威力を受けて、なお原形をとどめるメロスの頑強さに驚嘆すべきか、それとも、かのメロスをここまで破壊したことを賞賛すべきか。二人はお互いに苦い顔である。
「心も身体も、本当に丈夫な奴だ。何故あれで壊れないのか」
「……」
「まあ、いいさ。次は耐えられまい」
青年の言葉に呼応して、再度水弾の濁流が押し寄せる。しかも、今度はメロスの四方、湖と化した一帯全方位からである。
もはや、メロス一貫の終わり。しかし、メロスの足元から爆炎が上がった。足を飲み込む地を吹き飛ばし、メロスは唯一残された逃走経路、空へと羽ばたいた。
「まだ、そんな余力があったか! しかしこれで終わりだ!」
叫ぶ青年の命によって、水弾はメロスを追尾するように天へ昇った。空で無防備に立ち尽くすメロスの眼は、しかし冷静な光を湛えたままだった。
「仮に、仮にお前の力が、真に自然によるものであれば、私は既に破壊されていただろう。しかし……」
眼前に水弾が迫ったとき、メロスの身体から火花が散ったかと思うと、突然爆発が起きる。その衝撃波は、メロスの身体を吹き飛ばし、青年の立つ渦へと飛び込ませた。
「自爆で避けるだと!?」
「お前の自然力には意思がある! 自然の驚異は意思など存在しないからこそ脅威なのだ! もはや対処は容易いぞ!」
メロスは渦底の地面へ立ち、ゆっくりと青年へ向かう。全身から火花を散らし、先ほど爆発が起きた箇所など、内部配線がこぼれる惨状だが、その気迫に青年は後ずさりをした。
「自然の力が、機械などに……!」
意気をふるって、青年の言葉が水を操る。渦壁から無数の水弾が迸り、メロスを狙った。しかし、その無数の一つすら、ゆっくりと動くメロスの機体を捉えられない。
何故か。メロスはただ、ある道を選んで歩いただけである。すなわち、メロスを狙えば水弾が青年の肉を穿つような道を。青年は気づかない。自分の水弾に篭った、自分が傷つくのを避けようという意思に。
もはや、メロスは青年の眼前に仁王立ちとなった。
「自然の力。私にも操れる自然現象が一つだけある」
メロスの胸部装甲が開き、そこから何かキラキラと光る粒子が溢れた。
「ゼッフル粒子という。高熱に反応することで急速に発熱膨張の連鎖を起こし、爆轟現象があらわれる。ようするに」
「……やめろ!」
青年の顔色が蒼白になり、もはやメロスを仕留めることなど忘れ、自身を守るための水を集めようと叫ぶ。
メロスはにやりと笑うと、それより早く内燃機関を激しく回転さえ、破壊された装甲から高熱の火花を散らした。
「爆発だ」
二人は眩い白に飲み込まれ、音が聞こえないほどの爆音とともに衝撃波が弾ける。渦の壁は脆く四方へ散逸し、数十キロ先の野山ににわか雨を降らせた。
普通の川程度にまで水量の減ってしまった流れの中から、鋼鉄の手が岸へと這い出る。川から上がったメロスは、馬のように大きな胴震いをして水を振るい、片手に持っていたものを一気に引き上げた。
水しぶきを立てて、あの青年が川から引きずり上げられた。青年は気絶していた。しかし、驚いたことに大きな傷は一つもなく、命に別状はない様子だった。
この青年は確かに自然に愛されているのだというべきか、水が偶然に彼を包み込み、皮膜となって衝撃と熱を吸収した。
そして、争っている間ならともかく、もはや決した後であれば、何も命をとることはあるまいと、メロスは思ったのだ。
メロスは青年を近くの木陰に寝かせ、走り出した。足を踏み出すたび、電子回路がエラーを検出してアラームを鳴らした。傷は深い。
陽は既に西に傾きかけている。




