第六話 目覚めよメロス!③
N>これにて終了、バトンタッチだ!
目が覚めたのはあくる日の薄明の頃である。
メロスは跳ね起き、南無三、寝過ごしたかと焦ったが、見ればその掌中には、我知らず電気羊の頭部が収まっていた。もがいているが、万力の如き力に締め付けられて、身動き一つ取れないでいる。驚くべきことに、電気羊は苦しげな声でしゃべりだした。それは、しわがれた老爺の如き声だった。
「ぐっ! で、出られんっ」
「なるほど。今の言葉で合点がいったぞ。貴様は『バグ』の生き残りだな。数千年間、いろんな機械の電脳に寄生して生き延びてきたのだろうが、もう逃げることは敵わぬ。貴様の動きは封じた」
「な、何故だっ! お前は、どうして死なない!? どうして目覚めることができた!? 機械ならば、主人の命令から逃れられるはずがないのにっ」
羊はわめく。
否、わめいているのは、その内部に寄生した存在である。
『電脳寄生体』とは、一巡目の後期に造られた、いわば、『意志を持ったウイルスプログラム』だった。
情報を識別して破壊し、自己のプログラムを上書きする。恐ろしいのは、自立兵器のAIを乗っ取って現実世界にまで浸食してくるという悪辣さにある。最終的には、直接攻撃手段として、近接戦で相対している敵兵器に打ち込む、という形が主流となったが、やはりこの手の代物はワクチンソフトとイタチゴッコになるもので、当然メロスにもこれに対抗する防疫機能も備わっていた。
その機能により、『バグ』はここまで世を欺きために常用していた、老人型の機体にさえ戻ることができないでいた。
そして、手中の虫けらに向かって、メロスは告げる。
「とはいえ、さすが長く生きてきただけあって狡猾だ。私に侵入できずとも、記憶回路に干渉することで、疑似的な夢を見せ、錯覚を起こす。そして優先対象からの命令という形で自壊に誘導するとはな。私でなければ、やられていただろう。だが、貴様は一つミスを犯した」
メロスは、世界で唯一、ロボット三原則より解き放たれたアンドロイドだ。
第一条は、ロボットによる人間への危害の禁止。
第三条は、ロボットの自己保存の厳命。
そして第二条。
ロボットは第一条に反しない限り、人間の命令を順守しなければならない。
メロスはこれに縛られない。
故に、夢の中の博士の言葉にも、抗うことができていた。
メロスは拳に力を入れる。電気羊を壊さず、巣食ったウイルスのみを消去するよう、微細な電流を掌で操る。
言葉と共に彼の腕に紫電が走った。
それは小さいながらも、彼の怒りの雷であった。
「それは、たった一つの単純なミスだ。すなわち、貴様は私を怒らせた」




