第三話 祝えメロス!
T> ばっちり先輩の設定を使わせてもらいました
メロスは風の壁を打ち破り一夜を駆けた。そのあいだ、一睡もすることはなかった。
もとより機械は眠らぬ。しかし、心もギアも一拍の休みもなく走り続けられるのは、特別な機械であったからという他ない。そして、特別な意思も持っていたからだった。
そうして無人の夜道を駆け抜けて村へ到着したのは、明くる日の朝であった。驚くべき速度である。本来ならばサイボーグ馬4頭立ての馬車でも、急いで3日の距離だった。
村の近くの放牧地では、宇宙羊の群れが、真っ青な毛並みをなびかせて、晴天の青空に溶け込むような波をどよめかせている。
メロスのアイセンサーは、その群れの中心で彼の代わりに、電気羊に跨って羊番をする妹の生体データをキャッチした。
向こうもメロスに気づいたようで、電気羊をオートモードに切り替えて羊達の統率をまかせると、集まる羊達の背を飛び石のようにつたって、メロスのもとへ向かう。そして、そのまま彼の胸へ飛び込んだ。
「おかえりなさい兄さん! もっとゆっくりしてくるのかと思ってたわ」
「ただいま。 これから結婚しようというのに、随分おてんばじゃないか」
笑顔で受け止めたメロスがたしなめると、妹は少女のように舌を見せてはにかんだ。しかしすぐに、メロスの体が泥と砂埃で酷く汚れていることに気がつき、眉根を寄せる。
「兄さん、とても汚れているけれど、どうしたっていうの? 一晩走り続けでもしなければ、こんなことにはならないわ」
彼女の勘は実に鋭かった。「実はその通りなんだ」「まあ!」「市に用事を残して来た。またすぐ市に行かなければならぬ。明日、おまえの結婚式を挙げる。早いほうがよかろう」
妹は頬をあからめ、驚きに目を見張る。「明日だなんて! 急な話!」
メロスは彼女の式のための宝石の首飾りを取り出して、首に掛けてやった。幸せな未来を思わせる煌きに、妹の目が喜びに潤む。
「うれしいか。綺麗な衣装も買ってきた。さあ、これから行って、村の人たちに知らせて来い。結婚式は、あすだと」
そして、妹が引き止める間もなく、メロスは彼らの家へ帰り、神々の祭壇を飾り、祝宴の席を調えると、時限起動を設定してスリープモードに入った。
その日の夜、ピピピ、と目覚まし音が鳴り、スリープモードが解除された。先頃の疾走で多少痛んでいた機体も、自己再生機能によりすっかり直っていた。
メロスはすぐに花婿の家へ向かった。外は曇りなのか月の光も無い。もっともメロスは、暗視機能によって真昼のごとくあたりを見渡し、真っ直ぐに歩いていった。
花婿の家は、まだ明かりがついていた。花婿は実直で勤勉な男であった。花嫁にあげられるものを少しでも増やそうと、結婚式に向けて夜遅くまで働いているのだ。
アイセンサーによってその動きを察したメロスは、思わず頬をほころばせたが、すぐに表情を取り繕った後、花婿の家の戸を叩いた。
「こんな夜更けに、いったい誰なんだい」「わたしだ、メロスだ。もうじき、君の兄になる男だ」
喜び家に迎え入れた花婿だったが、メロスの話を聞くにつれ、眉根が中により、うーむ、とうなり声を上げた。メロスは彼に、少し事情があるから、結婚式を明日にしてくれ、と頼み込んだのだ。
「それはいけない! こちらには未だ何の仕度も出来ていない、葡萄の季節まで待ってくれ。そうすれば、あなたの妹に相応しいだけの用意ができるのだから」
「いや、待つことは出来ぬ、どうか明日にしてくれ給え」
やはり花婿も頑強に意志を変えず、また待ってくれといい、メロスも待てぬという。そうして話は堂々巡りのまま、議論は夜明け近くまで続いた。
空も白み始めてようやく、花婿が折れた。メロスの一徹な説得を、花婿の身体の疲れが後押しした。機械は疲れることがないため、はじめから結果は見えていた。
そして、結婚式が始まった。
時刻は真昼。生憎の曇天で太陽は見えないが、メロスたちの狭い家には入りきらぬほど多くの村人たちが集まり、新婦の美しさを褒め称え、新郎の幸運をはやし立てた。
新郎新婦の、神々への宣誓が済んだころ、黒雲が空を覆い、ぽつりぽつり雨が降り出し、やがて車軸を流すような大雨となった。
その不吉な予感にざわつきはじめた皆をよそに、メロスは自分の腕にあるパネルを二、三操作した。彼の口から華々しい音楽とともに、美しい女性と力強い男性の合唱が流れた。ラジカセ機能を起動したのだ。
第2期に流行したラブソングであった。村人達は大雨のことなど早忘れ、陽気に歌をうたい、手を拍った。メロスも、満面に喜色を湛え、しばらくは、王とのあの約束をさえ忘れていた。
祝宴は夜遅くなってなお賑わっていった。メロスはもう音楽を流していないが、村の喉自慢たちが馴染みのバンジョー片手に牧童の詩を歌った。新郎新婦も、良く知るその詩をともに歌った。メロスも歌った。それは、どんな美しい音色よりも彼らの心によく染みこんだ。
メロスは、一生このままここにいたい、と思った。この佳い人たちと生涯暮して行きたいと願ったが、いまは、自分のからだで、自分のものでは無い。ままならぬ事である。
外は未だ大雨が降っている。メロス以外はもはや忘れ去っていたが、メロスだけはその中を走り王のもとへ行く算段をシミュレートしていた。王のもとへ行けばスクラップとなる運命である。もはや機体の大事を考えることもない。リミッターを外せば半日でたどり着く距離であった。
メロスという機械にも、未練の情はあった。ぎりぎりまで、この気持ちのよい村に愚図愚図とどまっていたかった。
明日の日没までは、まだ十分時間が残っている。彼らと最後の別れをしよう。そして、リミッター解除の再起動のために、ちょっと一眠りして、すぐに出発しよう。
兄の決意を知らぬ妹は、今宵呆然、歓喜に酔って頬を赤らめている。メロスは彼女と、彼女の夫となった男に近づいて微笑んだ。
「おめでとう。私は疲れてしまったから、ちょっとご免こうむって眠りたい。眼が覚めたら、すぐに市に出かける。大切な用事があるのだ。私がいなくても、もうおまえには優しい亭主があるのだから、決して寂しい事は無い。おまえの兄は機械であるけれど、人を疑う事と、それから、嘘をつく事が一ばんきらいな男だ。おまえも、それは、知っているね。亭主との間に、どんな秘密でも作ってはならぬ。おまえに言いたいのは、それだけだ。おまえの兄は、たぶん偉い男なのだから、おまえもその誇りを持っていろ」
花嫁は、夢見心地で首肯いた。メロスは、それから花婿の肩をたたいて、
「仕度の無いのはお互さまさ。私の家にも、宝といっては、妹と羊だけだ。他には、何も無い。全部あげよう。もう一つ、メロスの弟になったことを誇ってくれ。」
花婿は揉み手して、てれていた。メロスは笑って村人たちにも会釈して、宴席から立ち去り、羊小屋にもぐり込んで、リミッター解除作業のため、機能を一時シャットダウンした。
その、機能を一時停止したメロスを、じっと見つめる羊がいたことに、誰も気がつかなかった。
その羊の眼は、ガラス玉のように透き通っていた。
N> ありがたすぎる(笑)もくろみ通りだ!




