間章
N> やはり、昔っぽい文章は後輩がうまいな! こうなったら……
暴君ディオニスは、謁見の間に集った三名の風貌を順に眺めた。
王は、これほどまでに人らしからぬ人らを見たことは、一度もなかった。
誓いを残して駆けて行ったメロスを、憎々しげに見送った後のことである。
王はひどく不愉快だった。傲岸と正論を並び立て、できもしない約束をして友を残していったあの不埒者め。所詮、言っていられるのは今だけだ。時が迫り、命が惜しくなればすぐさま己の言葉を後悔して涙を流すに違いない。なんとも痛快な絵になるだろう。だが、それはまだ拝むことが叶わないのだ。磔刑場に縛りつけておいた職工の男の、情けない顔でも見れば気がほぐれるかと思ったが、どれほど固く友を信じているのか、不安の一つも顔に浮かべていないのだから、王はひどく不機嫌になった。
だが、それはそれとして、王には公務があった。
これより、三人の男に報酬を授けるのである。
三名は、いずれも流れの傭兵であった。
長く王都を煩わせていた二十人からなる盗賊団を退治するため、王が直々に雇った者たちである。なんということはない。疑心にかられ、ありもしない兵士と盗賊の癒着を恐れた王が、捨て駒のつもりで用立てさせた者たちであった。
しかし、彼らは務めを果たした。それも驚くほどの手際で、「関係者のおそれあり」と思われた者まで含め総勢二百に上る首を、荷馬車に乗せて届けたのである。兵士たちはメロスの騒動に続いて仰天した。なんという手練れ。その戦闘力やいかばかりか。
そして、皆を戦かせたのは、その所業ばかりではなかった。
「大義であった。表を上げよ」
返事はない。いずれも、顔を上げただけであった。だが、王も、周囲を囲む兵士たちもまた、並々ならぬ重圧を、三名の影より感じていた。
そして彼らは常人では務まらぬ傭兵を生業とする者とはいえ、さらに輪をかけて奇怪であった。いずれも、見たこともないような特異な感傷を王に与えていた。
王は、その三人の男を、順に眺めた。
第一の男は、子供であった。
とても傭兵とは思えぬ、年端もいかぬ童である。ニコニコと笑っており、幼いなりの、一般的な「可愛らしさ」はある。だが、王は一目見てすぐ、「なんという、禍々しさか」とすこぶる不快そうにつぶやき、ザザザ虫でも見るような目をした。その子供の笑顔は、見るほどに吐き気がこみあげてくる。それほどの、違和感があったのだ。
その原因は笑顔にあった。否、これは笑顔ではない。ただの上っ面なのだ。実際のところ、この子供はちっとも笑っていない。その証拠に、この子は、両方のこぶしを音の立つほど握っている。人は、こぶしを握りしめながら笑うことなどできない。偽せ物だ。造り物だ。だがそれが巧妙であるが故に、その分まことに奇妙であり、どこかけがらわしく、へんにひとをムカムカさせている。
第二の男は学生の姿であった。
それが旧時代の、若者が着用していたとされる、学ランなる着衣だということは、王も知識として知っていた。それがいかなる所属を示すものかははっきりしない。しかし、それ以上に、おそろしく美しい少年であった。
だが、この学生もまた、奇妙なことに生きている人間には思えなかった。後ろに腕を組んで直立して、やはり微笑んでいる。しかし繊細そうな微笑には、人間らしさというものが欠落していた。それどころか、生命としてのエネルギーが感じられない。木石か、鉄くずでも見ているような無機質さだけが、学生の姿をした男の特徴だった。それでいて男は美しく、朗らかに微笑んでいるのだがから、やはりどこか浮世離れして、気味が悪かった。
第三の男は、奇怪な老爺であった。
頭髪は白く、かっこうは乞食のように汚らしい。だが、そんな風体であるにもかかわらず、眼だけは異質だった。ガラス玉のように透き通っている。そこにはいかなものも映っていない。故に喜怒哀楽もない。その場にいながらにして死んでいるような、とても不吉な香りのする老爺であった。
前の二人には、違和感があったが、この老爺の顔には、それすらない。あらゆる印象というものを、王はその顔に抱けなかった。それほどまでに、老爺の顔には特徴がなかったのだ。目を閉じたものなら、一瞬でその顔を忘却してしまう。どんな醜い生き物でも、死体であっても、それなりの見どころというのがあるものだが、この男はそういったものがない。その異常さが、居心地の悪さを与え、見る者すべてに不安定な気持ちを抱かせていた。
三名の傭兵。
いずれも、異様にして異常な者たちだ。
それも、子供と学生と老爺という組み合わせである。
傭兵としても異常であり、そもそも人らしさというものからして外れている。見かけばかりが人のようで、内面はひどく人間離れしている。人の心の醜さを知る王は、この者たちがよほど汚れた魂の持ち主なのだろうと想像した。王を不愉快にさせたあのアンドロイドの方が、よほど人間臭いとさえ思えた。
「……ふむ」
そこで、褒美を与えようとしていた王は思いついた。
それはすばらしい名案であり、ささくれていた心がヌルリと溶けるのを感じた。
王は、磔刑上で縛られているセリヌンティウスへ目を向けた。
「おい。職工の男よ。貴様は今もあの友を信じているか」
「応とも」セリヌンティウスは、すぐさま答えた。「友情に偽りはない」
「ほざくがいい。ならば貴様には一切の不安もないと申すか」
「無い! メロスは必ずやってくる。そしてこのシラクスに、否、誰よりもあなたに正義の心を示すだろう」
「ならば」王は、今度は三名の傭兵に向けて言った。「傭兵達よ。お主らに次なる依頼を申し付ける。さきほど王都より去った者。あの不愉快な機械人形からすべてのものを奪ってこい。報酬は弾む。加減はするな。なあに、もしもあやつの正義とやらが真に尊いものであるならば、この程度の障害にくじけはすまい。神もお見捨てにはならないだろう」
王の蒼白の顔はいびつに歪んでいた。
機械人形に対し、得体の知れない傭兵をぶつけるのだ。
打倒したならばそれでよい。所詮は、この程度の妨害さえ越えられぬ誓いだったのだと笑ってやる。そして、たとえ苦労の末に突破しても、わずかながらに時間を稼げたなら十分だ。その一時が、きっとあの木偶人形に、諦めの言い訳を与えるだろう。処刑にわずかに遅れて参上し、王の妨害のせいで遅刻したと情けなく叫ぶのならば傑作だ。
高らかに笑う王に一度だけ頭を下げると、三名の傭兵は黒い風のように消え失せた。
その様を確認し、王は再びセリヌンティウスへと顔を向けた。
王の表情は満足げであった。
「どうだ。いかなアンドロイドとはいえ、あれほどの強者をすべてしのげるか。それを越えてこの王都までたどり着けるか。いや、それどころか、心をしっかりと保つことができようか、いやできまい」呵々と笑って、王は言葉を連ねる。「ならば職工よ。お前の縄を解いてやろう。どこへなりと失せるがいい。信じたことが間違いなのだ。わざわざ戦々恐々として待たずとも、そうすれば三日後に死ぬことは免れるかもしれんぞ?」
それは悪魔の誘惑であった。もちろん王に縄を解く気などさらさらない。命惜しさにセリヌンティウスの心が折れる様を見たかったのである。
だが、セリヌンティウスはうなずかなかった。どころか「笑止!」と一喝すると、王に向かって声の限りに叫ぶのだった。
「口を閉じられよ愚かな王! メロスは負けぬ。そして諦めぬ。だから俺は義に生きる友を決して疑わぬ! この場に坐して彼を待つ」
「ええい、戯言をほざきおって! 誰か! この男の口に縄をかませよっ」
「好きにするがいい。だが、いかな困難があろうとも理は変わらぬ。メロスは決して約束を違えぬ。メロスの走りは止められぬ! そしてその姿を心に刻みたまえ! 王よ」
望んだ反応をえられず、くやしがる王にセリヌンティウスは吼えた。
彼の胸には、大地よりも不動な、友への強い信頼があったのだ。だが、それでもあの不気味な三人の男が、何をするのかについては分からない。得体の知れない傭兵達は、それほどまでに言いようのない不気味さを放っていたのだ。月を見上げながら、腹心の友の無事を男は祈った。
神よ。メロスの道行きを守りたまえ。
そして、走るのだメロス。流星よりも速く。放たれた矢よりもまっすぐに。
T> なるほど太宰治シリーズからの~ですね。『魔界都市』みたいなノリになってます先輩www 次はメロスの帰省シーンですね。




