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疾れメロス!  作者: ナギ先輩 & T後輩
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第二話 明かせメロス!

 正義の怒りを胸に秘めたメロスがいかにするか。彼のAIは複雑怪奇な電子回路の火花によって動いているが、それとは逆に単純な男でもあった。

 メロスは真っ直ぐに王城へ向かった。買った物など大腿部の荷積用亜空間へ収納したままだった。

 ガシャン、ガシャンと怒れるアンドロイド特有の重厚な足音を響かせて歩むメロスは、たちまち警邏に捕縛された。

 調べられて、メロスにはこの市を十度制圧して余りある重兵装が施されていることがわかったので、騒ぎが大きくなった。



 メロスは、王の前へ引き出された。


「この兵装で何をするつもりであったか。言え!」


 暴君ディオニスは静かに、けれども威厳を以て問いつめた。その王の顔は蒼白で、眉間の皺は、刻み込まれたように深かった。第三太陽近隣のグランブルー星系人の特徴が色濃く出た姿であった。


「市を暴君の手から救うのだ」


 メロスも静かに答える。王の左右には何者も居ない。ただメロスの周囲を、罪無き兵士達が怯えながら囲み銃口を向けている。強力な兵器を撃てば彼らも巻き込まれる。


「おまえがか?」王は宇宙羊の毛並みよりいっそう青い唇を歪め、憫笑した。「仕方の無いやつじゃ。おぬしには、わしの孤独がわからぬ」


 孤独! メロスの炉心がいや増して熱くなった。今メロスを包囲している兵達は、まさに王のために決死の覚悟で銃口をメロスに向けている。メロスと言うアンドロイドの威力を理解できない者は近衛になどなれぬ。メロスの腕の一振りで、自らの肉体が粉々に消滅すると理解したうえで、怯えながら銃口を向けているのだ。王のために!

 右前の中年の兵士が、懐で彼らの神のシンボルを固く握り締めているのを、メロスのセンサーは感知していた。後方の若い兵士が、微かに母の名を呟くのを、超聴力によって聞いていた。

 これほど多くの者が自分のために命を捨てようとしているのに、王は孤独を嘯く。


「言うな!」とメロスは、いきり立って反駁した。「人の心を疑うのは、最も恥ずべき悪徳だと機械すら知っている。だのに王は、民の忠誠をさえ疑って居られる」


 王はじっとりとメロスを見つめるばかりであった。兵士達はそっと目を伏せた。

 メロスの精巧なAIと純粋な魂は、王への怒りの中にあれども、どこかその場の人々に奇妙な感覚を覚えていた。

 呆れた王だ。確かに人を信じぬ。しかし兵達の王を守ろうとする様子はどうだ。王を尊敬しているではないか。

 メロスの怒りに震える炉心が冷却されていった。民は、少なくともこの兵達は王への怒りばかりではない。

 少しばかり様子を見るべきか。王を撃つべく秘密裏に起動させていた対人小型レーザーへの電力供給を一度止めた。

 知ってか知らずか、王は変わらぬ表情のまま、メロスへ語りかけた。


「疑うのが、正当の心構えなのだと、わしに教えてくれたのは、おまえたちだ。知類の心は、あてにならない。知類は、もともと私慾のかたまりさ。信じては、ならぬ」暴君は落着いて呟き、ほっと溜息をついた。「わしだって、平和を望んでいるのだが」


 王は知類と言った。そうメロスはこっそり驚いた。知類とは人類より広い枠組みの、知能を持つ全ての存在に同じだけの権利があるという思想だ。その中には、セカンドはもちろん、メロスのような機械も、イルカでも、知能を持つあらゆる生命が含まれる。

 メロスの時代、大銀河憲章にも盛り込まれた最高の平和思想である。ただ一点、これを真に実践できるものがほとんど存在しなかったことを除けば、だが。

 それも当然のことだ。知能があるからといって、機械と人間を同じに見れるか。植物を、畜生を、イルカを、どうであろうか。

 誰もこれを実践できず、3巡目のこの時代では忘れ去られた思想である。

 しかし王は知類と言った。メロスのごとき機械を自分と同格の存在として認めたのだ。

 これが兵達の尊敬の所以か。確かめねばいけない。


「なんの為の平和だ。自分の地位を守る為か」メロスは嘲笑した。「罪の無い人を殺して、何が平和だ」


 この嘲笑にどう答えるか、メロスは見定めるためにじっと待った。


「だまれ、骨董品め」王は、さっと顔を挙げて報いた。「口では、どんな清らかな事でも言える。わしには、人の腹綿の奥底が見え透いてならぬ。おまえだって、いまに、溶鉱炉に沈む時になってから、泣いて詫びたって聞かぬぞ」


 その言葉でメロスは理解した。王は平等であらせられる。人もセカンドも機械も、全ての知類を平等に疑っておられる。

 もとは、疑いを持つ前はさぞ名君であったのだろう。思えばあのセカンドの少女は市内に母と住んでいる様子であった。普通セカンドの家族は郊外へと追いやられるというのに。

 それがいまや、平等の目を持っていたが故に、何者をも平等に疑う暴君へとなってしまったのだ。何事があったのか。

 メロスに王が猜疑に悩まされるようになった原因は分からぬ。しかし、かの暴君をただいたずらに殺せばよいうという訳ではないことは分かった。

 王が死ねば次の王が立つ。はたして彼は、機械やセカンドを知類と見ることができようか。

 王は悧巧だ。殺してはならぬ。ならば、私がすべきは、今ここで嘘偽りのない覚悟を、口だけで清らかなことを言っているのではないことを見せて、命を賭して王をいさめるべきか。しかし。


「ああ、王は悧巧だ。自惚れているがよい。私は、ちゃんと死ぬる覚悟で居るのに。命乞いなど決してしない。ただ、――」と言いかけて、メロスは足もとに視線を落し瞬時ためらい、「ただ、私に情をかけたいつもりなら、処刑までに三日間の日限を与えて下さい。たった一人の家族に、妹のように思っているあの娘に、亭主を持たせてやりたいのです。三日のうちに、私は村で結婚式を挙げさせ、必ず、ここへ帰って来ます」


 メロスにとっては、あの妹のことだけがただ心残りだった。それさえ済めば、王のため、ひいては知類のため喜んで溶鉱炉へ身を投げる覚悟だった。


「ばかな」と暴君は、嗄れた声で低く笑った。「とんでもない嘘を言うわい。逃がした小鳥が帰って来るというのか」

「そうです。帰って来るのです」メロスは必死で言い張った。「私は約束を守ります。私を、三日間だけ許して下さい。妹が、私の帰りを待っているのだ。そんなに私を信じられないならば、よろしい、この市にセリヌンティウスという職工がいます。私の無二の友人だ。あれを、人質としてここに置いて行こう。私が逃げてしまって、三日目の日暮まで、ここに帰って来なかったら、あの友人を殺して下さい。たのむ、そうして下さい」


 それを聞いた王は、そっと口元を歪めた。さて、このポンコツもロボットのはしくれ。ロボット三原則に従い、自分が壊れようとも人の命を奪うことは出来ぬはず。

 いやいや、それこそがこのロボットの巧いところよ。こいつは帰ってなど来ないに決まっている。なにせわしを殺しに来たとのたまうポンコツよ。三原則など気にも留めておるまい。

 とすれば、騙された振りして、放してやるのが面白い。そうして身代りの男を、三日目に殺してやるのも気味がいい。これだから信じられぬと、わしは悲しい顔して、その身代りの男を溶鉱炉に突き落としてやるのだ。世の中の、正直者とかいう奴輩にうんと見せつけてやりたいものさ。


「願いを、聞いた。その身代りを呼ぶがよい。三日目には日没までに帰って来い。おくれたら、その身代りを、きっと殺すぞ。ちょっとおくれて来るがいい。おまえの罪は、永遠にゆるしてやろうぞ」


 王の言葉にメロスはぎょっとした。王の猜疑はこうまで深いものか。


「なに、何をおっしゃる」

「はは。いのちが大事だったら、おくれて来い。おまえの心は、わかっているぞ」


 あまりの言い草にメロスは地団太を踏み、地響きが鳴る。

 なるほど、確かにメロスはやろうと思えば友を見捨てて逃げることもできる。メロスはロボット三原則に縛られてはいなかった。

 しかし、それ以上に大切な友情と良心にかけて、必ず帰ってくることを誓うのだった。



 深夜、セリヌンティウスは王城に召され、大型バイクの爆音を鳴り響かせてやってきた。

 暴君ディオニスの面前で、佳き友と佳き友は、二年ぶりで相逢うた。セリヌンティウスは無言で首肯き、メロスをひしと抱きしめた。メロスの体内を流れる不凍液の血潮が、セリヌンティウスにすべてを伝えた。

 セリヌンティウスは、バイクとともに縄打たれた。

 メロスはすぐに出発した。走りだせば、風を破る爆音とともに残像すらも消え去った。

 初夏、廃棄衛星の影すら見える、澄み切った夜だった。


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