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名前の残し方

「女性名で堂々と出されたやつ、ないのか問題です。」

「あるわ。」

「あるんだ。」

「ええ。」

「来た。」

「来たわね。」


 ◆


「チーム・ミスリルの瑠璃ちゃんだよ!」

「こんにちは、チーム・ミスリルのミスリルです。」

「ラウルス・ヘゼニアヌス。」

「ええ。」

「ダフニス・ヘゼニアヌス。」

「ええ。」

「サンドロス・グリッド。」

「続けて。」

「このへんの名前、どう思う?」

「急ね。」

「急だけど気になるでしょ。」

「気になるわね。」


 ミスリルは少しだけ首を傾げた。


「ラウルスは男でしょう。」

「うん。そこはいい。」

「いいのね。」

「いい。そこは目撃情報がある。男。」

「ええ。」

「問題は、ダフニスとサンドロス。」

「ええ。」

「この二人、ほんとに男?」

「さてね。」

「うわ、その返し。」

「だって、私は会っていないもの。」

「そうなんだよね。そこ大事。」


 私はすぐに続けた。


「でもさ、地球でもあったみたいなんだよ。」

「何が?」

「女性が、そのまま自分の名前で出しても、そもそも読まれないとか、最初から軽く見られるとか。」

「……。」

「だから男性名義を使う。」

「なるほど。」

「うん。中世とか、その後の時代でも、そういうのあったっぽい。」

「爆発がない。」

「うん?」

「この世界の人間社会には、爆発がない。」

「うん。」

「つまり、技術だけじゃなくて、社会の積み上がりの方も、そのくらいの水準と考えた方が自然でしょう。」

「あ。」

「女が堂々と論文を書いて、内容だけで読まれる世界ではない。」

「そうか、それくらいの水準なんだね。」

「ええ。」


 私は、ダフニスの名をとんと叩いた。


「じゃあダフニス。」

「ええ。」

「これは、かなり怪しい。」

「怪しいわね。」

「論文の中で、自分の旧仮説が刃になったかもしれない、ってあそこまで正面から書くの、だいぶ切実だったもん。」

「ええ。」

「しかも、題材が後天的例外種。涙。哀悼。そういうところへ寄ってる。」

「ええ。」

「もちろん、男が書かないとは言わない。」

「もちろん。」

「でも、読む側が勝手に男だと決めて読んでるだけかもしれない。」

「その可能性はあるでしょうね。」


 私は、今度はサンドロスの名を叩いた。


「サンドロス。」

「ええ。」

「こっちは観測論文としてかなり誠実。」

「ええ。」

「でも、だからこそ逆に、怪しい。」

「逆?」

「だって、あそこまで観測を積んでるのに、ところどころ言葉がすごく慎重なんだよ。」

「空そのものが、一瞬だけ太陽になったのだ、と表現するほかない。」

「そう、それ。」

「断定したいのに断定を我慢している。」

「うん。」

「内容を通すために、かなり気を遣ってる感じがある。」

「そうそう。」

「つまり。」

「つまり?」

「名前だけ見て男と決めつけるの、だいぶ危ない。」

「そういうこと。」


 少しの沈黙が落ちた。


「でもさ。」


 私は言った。


「見分け方って、あるの?」

「ないわ。」

「ないんだ。」

「少なくとも、名前だけでは。」

「うん。」

「内容の熱の入り方で、なんとなく察する人はいるでしょうけれど。」

「うん。」

「それも結局、読む側の偏見込みよ。」

「あー。」

「女っぽい題材だから女、というのも雑だし。」

「うん。」

「冷たい論証だから男、というのも雑。」

「うん。」

「だから結局、見分け方なんてない。」

「いいねえ。」

「いいの?」

「いい。そこが一番おもしろい。」

「あなた、そういうの好きね。」

「好きだねえ。」


 私は、そこで少しだけ笑った。


「で、ここで急に気になるのが。」

「なに。」

「女性名で堂々と出されたやつ、ないのか問題です。」

「あるわ。」

「あるんだ。」

「ええ。」

「来た。」

「来たわね。」


 ミスリルは、少しだけ間を置いて言った。


「フランチェスカ・ウァレリア・フォン・ミッチェル。」

「うわ、来た。」

「でしょう。」

「やっぱりそこか。」

「そこよ。」


 私は身を乗り出した。


「でも、最初から論文として殴り込んだわけじゃないよね。」

「ええ。」

「外交官として名を持っていた。」

「ええ。」

「貴族でもあった。」

「ええ。」

「だから、女性名でも最初から弾かれなかった。」

「全部が全部、内容だけで読まれたわけではないでしょうね。」

「そうだよね。」

「でも、その条件があったとしても。」

「うん。」

「女性名で流通した、という事実は大きいわ。」

「大きいねえ。」

「しかも、書簡で鍛えられた。」

「うん。」

「やり取りの中で、ものを見る言葉が育っていった。」

「うん。」

「だから後に論文を出せた。」

「うん。」

「それは、革命でしょう。」

「わあ。」

「なによ。」

「そこ、すごく好き。」

「そう。」


 私は、しばらく紙束を見下ろしていた。


「つまり整理すると。」

「ええ。」

「ラウルスは男。」

「はい。」

「ダフニスとサンドロスは、名前だけでは何も決められない。」

「はい。」

「この世界の人間社会では、女性が学者として読まれるために、男性名義を使うことがあり得る。」

「はい。」

「そして、女性名で正面から流通した例として、フランチェスカ・ウァレリア・フォン・ミッチェルがいる。」

「はい。」

「これ、強いね。」

「強いわ。」


 私は、そこでにやっとした。


「でさ。」

「うん。」

「最初に言ったじゃん。」

「なにを。」

「同じ場所で仕入れた、って。」

「ああ。」

「どこを漁って見付けてきたかは、ご想像にお任せするよ、って。」

「ええ。」

「実はこの二つの論文、まさにそのフランチェスカ・ウァレリア・フォン・ミッチェルのところを漁ったんだよね。」

「でしょうね。」

「ばれてた。」

「最初から。」

「ひど。」

「ひどくないわ。綺麗に繋がっていたもの。」

「うわ、急に褒めるじゃん。」

「事実よ。」


 私は笑った。

 ミスリルも、少しだけ笑った。


「というわけで。」

「ええ。」

「論文の中身を読んでたら、いつのまにか名前の話になって。」

「ええ。」

「名前の話をしていたら、女が名を残す話になって。」

「ええ。」

「最後に辿り着くのが、ミッチェル。」

「ええ。」

「綺麗だねえ。」

「綺麗ね。」

「じゃあ、また次回。」

「また次回。」


 異世界ネットは来てないけど。

 名前は、ちゃんと残るみたいです。

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