表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/7

後天的例外種発現の史学的再検討

 はいどーも、チーム・ミスリルの瑠璃ちゃんだよ!


 というわけで、好評につき第二弾です。

 異世界の論文を読んでみた~!!

 前回は、ラウルス・ヘゼニアヌス先生の、史学の顔をしただいぶ温度高めの論文を読んでいきました。


 で、今回は別の論文です。


 タイトルからして、だいぶ良い。


 後天的例外種発現の史学的再検討――辺境伯領事件以後の時間的偏りと、哀悼時に流下する涙液の条件仮説――


 長い。

 でも、ちゃんとそれっぽい。

 前回みたいに、緒言の一行目から世界を断罪しに来る感じではない。

 少なくとも、今の時点では。


 よしよし、今回はわりと真面目な史学論文かもしれないぞ~と思って、私は著者名を見ました。


 著者。

 ダフニス・ヘゼニアヌス。


 ……。


 おや。


 ヘゼニアヌス。


 この名字、前回も見たぞ。


 でも、ここで大事なのは、見覚えがあるとかないとかじゃなくて、論文の情報として何が書いてあるかです。


 著者名をもう一回見る。


 ダフニス・ヘゼニアヌス。

 王立学院歴史学名誉教授ラウルス・ヘゼニアヌス私塾。


 はい、気になる。


 私塾。

 まず私塾って何。

 研究室というより、門下生システムの匂いがする。

 しかも姓が同じ。

 となると、普通に読むならまず、ラウルス系の人です。


 弟子なのか。

 親族なのか。

 あるいは、その両方なのか。


 少なくとも、前回の論文と無関係の場所から急に生えてきた著者ではない。

 そこはかなり大きい。


 そして、ここで面白くなってくる。


 前回のラウルス論文は、歴史の解釈権をぶんどりに来る文章だった。

 じゃあ、そのラウルスの名を掲げた私塾から出てきたダフニスはどうなのか。


 単なる後継者なのか。

 反発なのか。

 内側からの修正なのか。

 それとも、名前だけ借りて中身は別なのか。


 うーん、気になる。


 というわけで、今回の査読ポイントは三つです。


 一。

 口承史料と条件仮説が、ちゃんと史学として機能しているか。


 二。

 ラウルス私塾の名を背負ったダフニスが、前回のラウルス論文とどう違うか。


 三。

 この論文が、どの立場から、誰に向けて書かれているのか。


 うん。

 今回は前回より、ちょっと真面目に面白そう。


 本文、貼っとくよ~!


 ◆


タイトル:後天的例外種発現の史学的再検討――辺境伯領事件以後の時間的偏りと、哀悼時に流下する涙液の条件仮説――

著者:ダフニス・ヘゼニアヌス(王立学院歴史学名誉教授ラウルス・ヘゼニアヌス私塾)

要語:イシュの民,後天的例外種,辺境伯領事件,外壁,水結晶,逃亡旅団,血,涙,時間的偏り,口承史料


【要旨】

 本稿は、王国辺境伯領における一連の事件を境として増加したと目される後天的例外種について、史学の立場から時間的偏りを主軸に再検討するものである。従来、筆者は同胞の死を契機として気性の穏やかなイシュの民に怒りが開花するとする仮説を提示してきた。しかし、その仮説は流布の過程で粗雑化し、後天的例外種生成に同胞の死が必要であるという短絡を世に与え、価値付けの歪みを招いた。

 今回、王都において後天的例外種であることが怒りの発現から明らかな二個体と接触し、彼らが死骸の前で示した反応を観察した結果、必要条件は死そのものではなく、死を悼む折に流される清らかな涙の方に偏在する可能性を得た。血と涙に力が宿るという言説を、死骸の脆弱性研究と接続しつつ、限定条件下の涙液という新たな条件仮説として整理する。


【前提と立場】

 王国において、イシュの民をめぐる知は常に政治と隣接してきた。我々が依拠できるのは、事件記録、口承、証言の収束、そして現物の偏在である。ゆえに史学は、原因を発見する学ではなく、偏りを読む学である。

 後天的例外種が辺境伯領事件以後に増えた、という時間的偏りこそが核心である。仮に人為の実験があったとしても、なぜその時期に集中するのか、なぜその地に偏るのかが説明されねばならない。

 筆者は従来、同胞の死が怒りを開花させるとする仮説を提示してきた立場だが、当該仮説は流通の過程で単純化され、生成条件の価値化を誘発した。本稿は、この点を反省しつつ、王都における新たな観察を基に、条件仮説の再構築を試みる。


【資料と方法】

 一、元反乱軍関係者への聞き取り。水結晶崩壊の直接要因に関し、外壁への穿孔が崩壊を招いたとの証言が多数集積している。証言には語り手の贖罪による誇張も混入するため、収束する点のみを採用する。

 二、逃亡旅団に関する証言の整理。反乱直後、イシュの民が押し寄せながらも暴力に依らず、聖女を救出し撤退したという証言が反復される。

 注:当該聖女は稿を執る今、魔王と称される者である。

 三、死骸の脆弱性に関する既発表の所見再掲。生前のイシュの民は鞭打ちで表層が裂ける一方、矢傷が通らないとする記述が反復される。しかし死骸は、一般の獣皮同様に容易に加工可能であった。生と死の境で、同一の皮膚が別物になる。この断絶は、血や体液など、死後失われるものが関わる可能性を示唆する。

 四、王都における二個体への接触観察。蛇の形質を持つ個体、および猫の形質を持つ個体である。筆者研究室における会話や所作を記録した。


【観察】

 筆者の研究室において、保存されたイシュの民の遺体群の前で、二個体は長く手を合わせた。これは近年、王都でも広まりつつある作法であり、外壁の街ではいただきます、ご馳走様の形として理解されていると聞く。

 注目すべきは、その沈黙の質である。怒りが即時に外へこぼれようものなら、彼らは即座に破壊へ傾くはずであった。しかし実際には、まず黙祷が置かれ、次いで怒りが言葉として立ち上がった。怒りが先ではない。悼みが先である。

 両者は、怒りを抑制されたイシュの民の通念に反して、怒りを言語化し、さらに暴力を示唆する発言すら躊躇しなかった。これは黙祷の沈黙と矛盾せず、沈黙の後に言葉が立ち上がるという順序の一部として観察された。

 その際、蛇の形質を持つ個体は、過去に遊んだ同胞の名を呼び、失われた熱を語った。

 そして、筆者が最も強く記すべきものは涙である。二個体の目元に、静かな涙が溜まり、落ち、拭われぬまま残った。重要なのは、それが通常の悲嘆の潤みとは異なり、怒りが生まれる瞬間に現れた点である。特殊な涙、とあえて書いておく。


【考察:条件仮説の方向転換】

 従来の筆者仮説は、同胞の死が怒りを開花させるという筋であった。この筋は物語として強く、ゆえに世に流通しやすい。死が必要、という理解が独り歩きし、後天的例外種の価値を吊り上げる。価値が上がれば、人は条件を作ろうとする。史学者が一行の言葉で刃を与えることがある。

 ゆえに本稿では、同胞の死を必要条件から外す。必要なのは死そのものではなく、死を悼む折に流される崇高とも言うべき涙である可能性が高い。ここでいう涙は、悲しみの産物であると同時に、価値観の産物でもある。二個体は、同胞の死の前でなお、イシュの民は敵対しないと言い切った。

 【資料と方法】二に示した逃亡旅団の証言群もまた、イシュの民が自らを敵対者として位置付けぬ傾向を反復しており、価値観の持続を示す史料として扱い得る。暴力を回避する価値観が保持されているからこそ、怒りは即時の暴発ではなく、終わらぬ連鎖となることへの忌避として立ち上がる。

 この価値観の保持と、静かに落ちる涙との同時性を、筆者は偶然とは見ない。血液や涙を採取しても、力は検証されていない。ゆえに単体ではない。条件である。

 すなわち、限定的条件のみで流し得る特殊な涙である。その一滴は、感情の層を揃えたときにだけ落ちる。ここに後天的例外種発現の鍵がある、と筆者は暫定する。

 なお観察対象の二個体は、怒りを抑制されたイシュの民の通念に反して、怒りを言語化し、さらに暴力を示唆する発言すら躊躇しなかった。怒りを発現した事実(観察)により、後天的例外種であることは自称に依らず明らかである。


【補論:外壁返還と場所の関連】

 王国辺境伯領特区の政策により、外壁はイシュの民へ返還された。外壁や水結晶がイシュの民の造作であることは、理解不能な原理で空中に固定され、水が流れ続けること、現物の偏在により疑い難い。

 また、水結晶崩壊の現場に居合わせた元反乱軍からの聞き取りでは、外壁に穴を開けたことが崩壊を招いたという証言が収束する。これが事実ならば、外壁という場所が、後天的例外種増加という時間的偏りと接続する可能性がある。

 ただし、場所と涙の条件の接続は、現時点で根拠が薄い。涙は王都でも流れ得る。ゆえに、場所は条件を増幅させる器であって、条件そのものではない可能性がある。


【課題】

 一、涙液の条件の言語化。条件だけを切り出す方法を要する。

 二、時間的偏りの精査。辺境伯領事件以前の例外事例の有無、事件後の増加の実数、地域差の把握が不足している。

 三、外壁、水結晶、返還政策との関連。関連がありそうであるが、根拠が少なく、今後の課題である。

 四、倫理。前稿が招いた価値付けの歪みを、筆者は忘れてはならない。史学は刃である。

 五、熱、ならびにそれに似た徴。現時点の手段では捉え難い条件が示唆された。


【結語】

 後天的例外種の増加は、偶発か人為かの二択で片付く現象ではない。事件を境とした時間的偏りは、歴史の側から見れば因果の入り口である。

 本稿は、同胞の死を必要条件から退け、死を悼む折に流される涙、すなわち限定条件下の涙液を鍵とする仮説へと舵を切った。これにより、死そのものの価値化を抑え、観察の焦点を悼みの条件へ移すことを意図する。

 だが、意図が常に結果を支配するわけではない。ゆえに筆者は、結論を強く閉じず、むしろ揺れを記した。史学は、完成させない勇気を要求する。


【参考文献】

 ダフニス・ヘゼニアヌス.死骸の脆弱性に関する覚書――生前皮膚と死後皮革の断絶について.私塾紀要(ヘゼニアヌス家文庫)第七輯.王都.

 ダフニス・ヘゼニアヌス.鞭打ち痕の史料学――表層損傷と矢傷不達の記述比較.私塾紀要(ヘゼニアヌス家文庫)第八輯.王都.

 ダフニス・ヘゼニアヌス.辺境伯領事件前後における例外事例の散見――時間的偏りの予備報告.私塾紀要(ヘゼニアヌス家文庫)第九輯.王都.

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この話で気になった方へ
本編 転生、水の都の悪役令嬢——私、悪くないもん!—— 最初から読む
『怒り』って何だろうと考えてたら、壮大なプロローグができた。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ