エピローグ
『――シミュレーション・シャットダウン。全プロセスの終了を確認』
深夜のモニタールーム。
無機質なシステム音声が響くと同時に、若いオペレーターが疲れたように息を吐き、首の後ろを揉んだ。
「お疲れ様です。……やっと吐きましたね」
「ああ、疲れた。まさか一つの隠匿座標を特定するのに、ここまで仮想空間を回す羽目になるとはな」
白衣を着た主任研究員が、冷めきったコーヒーを流し込む。
壁一面のディスプレイには、フリーズしたままの「竹神村」の夜の森と、枯れ井戸の前でうずくまる少年の姿が映し出されている。
「ログの出力、終わりました。今回の被検体、メンタルブロックの自己防衛が異常に強固でしたね。
自身の『トラウマ』をベースに、あそこまで精密な村のテクスチャと、五層にも及ぶ防壁コンポーネントを自動生成するとは」
「まったくだ。システム側でその防壁を『村の呪物』という形で可視化してやったというのに、一つ解除させるたびに心拍数が跳ね上がるんだからな。面倒な作業だったよ」
オペレーターは淡々とキーボードを叩き、報告書のフォーマットを埋めていく。
「しかも四層目の解除時、被検体の防衛本能が暴走して自死プロセスに入りましたからね。急激なバイタル低下で現実でも心停止した時は、どうなることかと」
「AEDのショックのせいで、五層目の防壁データが破損したからな。
修復している時間が惜しかったから、シナリオを最終フェーズの『逃亡前夜』まで強制スキップさせたが……まあ、結果的にそれが功を奏した」
主任は手元のタブレットをスワイプし、回収班からの短いテキストメッセージを確認した。
「被検体は結局、防壁が壊れたことでパニックになり、過去の記憶を完全にトレースし始めた。そして、自分が最も愛する対象を守るために、最も安全な場所へデータを隠匿した」
「……セクター198-6、神社の枯れ井戸。我々が欲しかった『現実のSDカードの隠し場所』ですね」
「ああ。見事な自白だ。……現地に向かった回収班から、先ほど『確保』の連絡が入ったよ」
「了解しました。では、この仮想空間のデータはフォーマットします」
オペレーターがエンターキーを叩く。
ディスプレイに映っていた竹神村の景色が、そして被検体が命懸けで守ろうとした少女の幻影が、何のエフェクトもなく、ただの「0」と「1」の羅列に戻って消失した。
ガラス張りの防音壁の向こう側。
無機質な実験室のベッドでは、ヘッドギアを外された被検体の少年が、激しい痙攣と共に意識を取り戻していた。
自分が犯した取り返しのつかない過ちに気づき、声にならない絶叫を上げ、顔をぐちゃぐちゃにして泣き喚く哀れな少年の姿。
だが、その声は分厚い防音ガラスに遮られ、こちら側には一切届かない。
「さて、始末書の準備でもするか。被検体は予定通り、次の解体ラインへ回してくれ」
「はい。お疲れ様でした」
二人の大人たちは、ガラスの向こうで壊れてしまった少年に一瞥もくれることなく、ただ淡々と翌日の業務引き継ぎを始めた。




