第12話:剥離する境界線
深夜、紗夜の座敷牢を辞めた直後のことだ。
屋敷へと続く角を曲がった瞬間、僕は思わず古びた土蔵の影に身を隠した。
数人の村人たちが、一列になって歩いてくる。
彼らは松明も持たず、声も発さない。
ただ、その手に「青白く光る板」を握りしめている。
村人たちは一言も発さず、機械的な動作で板を民家の板壁や、足元の地面にかざしていた。
板が通り過ぎるたび、その表面の景色が、一瞬だけデジタルノイズのように歪む。
まるで、不出来な絵画の塗り残しを、上から修正しているかのような光景。
(……なんだ、あれは)
そもそも、この竹神村は本当に実在する場所なのだろうか。
紗夜を閉じ込め、逃がさないために、村長たちが作り上げた精巧な「偽物の箱庭」なのではないか。
そう疑った瞬間、周囲の蝉の声が、録音された音源を再生しているような安っぽい電子音に聞こえ始めた。
*
翌、8月4日。
三つ目の難題『火鼠の皮衣』を探しに、僕は村の外れにある「忌み小屋」を訪れた。
小屋の中央。埃を被った祭壇の上に、それはあった。
竹取物語に謳われる「燃えぬ皮衣」ではない。
そこに横たわっていたのは、泥で固められた「僕自身」の形をした人形だった。
そしてその泥人形が、皮膚のように全身に纏っているのは、半透明で粘着質な――特殊な繊維で編まれた防護服のような、無機質な膜。
「……っ」
近づくだけで、脳が激しく拒絶反応を示す。
石鉢や玉の枝の時とは比較にならない、暴力的なまでの熱が全身を突き抜けた。
「やめて……」
泥人形の口元が、微かに動いた気がした。
掠れた、僕自身の声で。
「うるさい……これは、呪いだ。僕を惑わす、ただのまやかしだ!」
僕は叫び、自分と瓜二つの泥人形に掴みかかった。
その表面に張り付いた「皮」を、爪を立てて剥ぎ取ろうとする。
ベリッ、と生々しい音が小屋の中に響く。
その瞬間、自分の背中の皮を、生きたまま剥がされるような激痛が走った。
「あああああああッ!!」
あまりの痛みに視界が真っ赤に染まる。
熱い。痛い。痛い。痛い。
脳が、現実ではない「痛覚」を強制的に叩き込んでくる。
今、僕の体で何が起きている?
誰かが僕の頭の中に直接、ナイフを突き立てているのではないか――。
「それでも……壊してやる……ッ!」
紗夜の声がリフレインする。
『全部壊したら、一番大切なものが、なくなっちゃう気がするの』
……黙れ。
君は洗脳されているだけだ。僕が君を助け出すんだ。
僕は泥まみれになりながら、その透明な皮を、最後の一片まで引き裂いた。
その瞬間。
小屋の壁が、激しいノイズと共に一瞬だけ完全に消え、その向こう側に「無機質な銀色の壁」が剥き出しになった。
ポケットのスマホが、これまでで一番大きく震える。
三つ目の、打ち消し線。
「はは、ははは……」
僕は泥まみれのまま、一人で笑った。




