5-9話 思わぬ再会
シルバが騎士に絡まれている隙にその場を離脱し、目立つことを避けたアウルムは北側のエリアに足を運んでいた。
一度路地裏で『虚空の城』に入り、それなりに裕福そうな商人の衣装に着替える。
ステータスも商人に偽装し、シルバから羅生門の老婆呼ばわりされた死体の髪から作成したカツラを装着して街並みを確認していく。
下級階層のエリアは家が密集しており、日本ならば違法建築と呼ばれるような増改築を繰り返した歪んだ背の高い建物のせいで、日光が遮られて薄暗い。
一方、城壁の中心部に近づくにつれて建物の間隔は広くなっていき日差しも増え、明るく華やかな印象になる。
貴族街は屋敷が一定の間隔で十分なスペースを確保して並ぶ、背の低い土地をふんだんに利用した建築様式らしいが、まだ見たことはない。
軽く調べたところによると、生産系のスキルを持った勇者の数人は貴族街に自分の店を構えて生活しているらしい。
恐らく便利なものは貴族で独占しているのだろう。と、推測がつく。
身なりからして下級貴族の令嬢や子息が裕福な商人の家の者と混ざりながら買い物をしているのを見かける辺り、このエリアは治安が良いことが分かる。
下級といえど貴族の末席にいるものが護衛もなしに街をウロついているという光景は、アウルムからすれば不用心にも程があるが、それが現実として可能なのだから驚嘆する他ない。
「ここか……」
ガイドブックに記されていた目当ての店に到着すると、店員に案内されて店の中に入っていく。
店は化粧品などを扱う女性を主なターゲットとしたものだが、プレゼントをする為に来店する男の客もそれなりにいる為、アウルム1人で入っても悪目立ちをすることはない。
ただ、男の客は大抵が女連れであるので悪目立ちはせずとも、店員の目を引いたのは間違いない。
「いらっしゃいませ。プレゼント用ですか?」
「ああ、取引先のお嬢さん方から話を聞いてね。なんでも髪の色を変えるものがあるとか?」
「はい、こちらです。人気商品なんですよ」
ディスプレイ、陳列が洗練されており勇者の介入を感じさせる店内をザッと見渡すと、目当ての商品が並べられていた。
「ご希望の色はございますか?」
「……うーん、これは困ったな思った以上に種類があるようだ。本当にこの見本通りの色になるのか?」
「ご使用される方の元々の色によって発色は多少変わりますが、明るい髪色の方でしたら基本的には見本通りに染まります」
店員が見本を手に取りながら、地毛との相性を説明するのを真剣に聞くフリをする。
「なるほど暗い色……例えば勇者様たちのような黒髪の場合は?」
「でしたら、一度この脱色専用のものを使い、そこから色を乗せることで綺麗な発色となります。ただ、多少のダメージがあるので、こちらのケアをする『コンディショナー』という商品もご一緒にご購入されるのがオススメです。
他にも、洗髪薬──『シャンプー』と我々は呼んでいますが、シャンプーをお買い求めされる方も多く、女性の方には大変支持されており貴族界で流行した後に、平民にも出回るようになっております」
「そんなものまであるのか……女性は美の追求に際限がないが気まぐれだ。後からこの色の方が良いなどと言われては敵わん……全て頂こう」
「ありがとうございます」
全ての色のバージョンとシャンプー、コンディショナーを相当量購入し、金払いの良い余裕のある商人らしい行動を取る。
もちろん、プレゼントではなく変装用として、そして個人的な使用の為の購入である。
指定の宿に届ける為の手続きをして、代金を先払いし店を出る。
アイテムボックスに入れてしまう方が早いし便利だが、ただの商人としての来店なのでそれは出来ない。
手ぶらで店を出た後は人混みに紛れて些細な会話の内容も全て『解析する者』によって記録し、テキストとして整理していく。
歩き回るだけで入ってくる雑多な情報全てを漏らすことなく収集することで、次第に王都の活動にも適応していく。
「あれ? アウルムだよね」
「ッ!? ……ミアか、何故分かった?」
周囲に溶け込んで他人になっているはずのアウルムに声をかけたのは、デスゲームで会った竜人のミアであった。
「見た目が変わっても動きの癖とか気配は同じだからね。にしても、結局生き残ったんだねあのゲームから。大丈夫だとは思ったんだけど、ちょっと心配だったから良かった〜」
サラリとした白い髪を耳にかけて笑う姿は年相応の女性にも見えるが、彼女の正体も目的も依然として不明であり、アウルムが警戒を解くことは無かった。
「……お前こそ、お師匠と合流出来たのか?」
ミアならば、あのゲーム最後まで生き残る実力はあったはず。にも関わらず、師匠を探してゲームに参加し、居ない上に離脱出来ると知るや否や、時間の無駄だと判断してゲームを降りた。
(いや、それよりもどうやってあの場所から王都に来ている? 俺たちですら裏技で馬を走らせ続けて昨日到着したばかりだ)
この王都でミアと再会しているということ自体おかしいのだ。計算が合わない。
「まだなんだけど、絶対王都にいるよ。気配をうっすらと感じたから間違いないね。あ、移動手段が気になってるのはお互い様だよね?」
「……飯でも食うか? 奢るぞ」
「本当に? 丁度お腹空いてたし助かるよ!」
(なんなんだこいつ……放置するには危険過ぎるが敵に回すのも賢くない……それに敵意や悪意のようなものは今のところないようだし、情報を集めるべきだな)
少なくとも自分と同程度、もしくはそれ以上に頭が回るかも知れないミアはアウルムの抱いていた疑問を読んでいた。
先手を取られて更に警戒心を強めるが、それだけで敵対するのは早計だと自身に言い聞かせた。
個室のある飲食店に入り、注文を適当に頼み、喉を潤す為にジュースを流し込むと早速本題に入る。
「どうやってあそこから王都まで来た? 普通に考えたらあり得ない速さだ」
「勿論、普通の手段じゃないけど、どうやってだと思う?」
「考えられるのは……竜人族についてはよく知らないが、お前自身が空を飛べるか、飛竜のような空を飛ぶモンスターを使役しているか、転移系の能力があるか、といったところか。じゃないと計算が合わない」
「へ〜やるね。そうだよ私は飛竜も扱えるし、空も飛べるんだ。すぐに転移系って発想が出てくるのは自分たちも持ってるから?」
「……いや、俺は馬を乗り換えてほぼ休みなしで王都に向かっただけだ」
「俺は……? シルバは一緒じゃないの?」
「抜かせ、シルバも一緒に来てると誘導した質問をしたからあえてそう言っただけだ。分かりきってるだろ」
「若い割にやるね」
ミアはちょっとした駆け引きを交えながら面白そうに会話を続ける。
「若い? 見た感じ同じくらいに見えるが竜人族はヒューマンと老い方が違うのか?」
「何歳に見える?」
「おい、面倒なババアみたいな質問はやめろ」
「え〜つまらないねえ君は……ヒューマンの若者の君からしたらお婆ちゃんも良いところって年齢だから実際ババアなんだけどね」
「お前そんな歳下のガキの俺に飯を奢られて何とも思わないのか?」
「男に奢られる価値のある女だと思われるのは何歳になっても嬉しいものよ」
「…………」
ミアは細く白い指でしなを作って胸を寄せる。シルバならこれで落とされていただろうと考えながらその様子を無言で眺め、無視した。
(鑑定に出た情報と一致か……どうせなら若いと言った方が舐められて警戒心を下げる方が楽だが、あえて高齢でそれなりに経験を積んでいることを匂わせるということは、隠す気がないということか?)
「冗談はこのくらいにして……結局、支配人グゥグゥはどうなったの?」
「ゲームに勝って、殺した」
「ああそうなの? 勇者を殺すのってあなたたち的に大丈夫なの?」
「待て、何故支配人グゥグゥが勇者だと思った?」
驚きもせず、予測の範疇に過ぎないといった反応で、殺したことに対するこちらの心配をするミアは、支配人グゥグゥが勇者であることを確信しているようだった。
「何故って……言うまでもないから?」
当然の帰結であり、それ以上の説明が必要か? とミアは首を傾げる。
「それよりも、ヒューマン的に……いやこの国の人間的に勇者を殺しちゃっていいの?」
「……ヒューマン的に勇者だからといってヒューマンを殺していいことにはならんからな」
「へえ、そういうこと……でさ、結局アウルムって何者なの? ただの冒険者ってのはナシね」
「条件がある」
「私──いえ、私たちの目的と他言無用ってとこかしらね」
「話が早くて助かる」
話の先読みによりスムーズな会話が続けられることにアウルムは次第に心地良さを感じ始めていた。理解力の違いによってストレスを感じない会話をこの世界で出来るのは貴重な機会だ。
「俺は──俺たちはこういうもんだ」
「国家治安調査官ね、なるほど。それなら事情は理解出来る」
アウルムはやや躊躇する素振りをあえて行い、首飾りを見せて身分を明らかにする。本当の正体の隠れ蓑として、普通であれば秘匿するべき身分を開示することにより、ミスリードが出来る。
これが目眩しとはミアでも流石に気付くまい。
「何かしらの情報を元にあそこへ行き、犯罪者を調査した結果、たまたまそれが勇者だった。それだけね」
「たまたま勇者だった。それだけだ」
「じゃあ私たちについても、教えるね。私はお師匠と共に旅をしている。お師匠は記憶喪失で記憶を取り戻す為の旅。
僅かな記憶の残滓から、勇者が関係しているってことだけ分かってて、その手掛かりを求めてあちこち移動しているの。特に強い影響力のある勇者を探して。
王国祭なら強い勇者もいるし、勇者自体集まっているからお師匠なら絶対にここに来るって思ったって訳」
「記憶喪失か、それは大変だな。魔法でどうにかなる領域でもないしな」
「そうなのよ、大した手掛かりもないまま彷徨ってるんだから……ねえ、『クラウン』って知ってる? 国家治安調査官なら情報たくさん持ってるでしょ?」
「国家治安調査官なら、情報がタダじゃないってことくらい分かってるだろ。俺たちに関係しない情報の話をするなら知ってるか、知らないか、すらタダでは答えられない」
「ちぇ〜やっぱダメか」
『クラウン』について知らないと答えても、知らないということ自体が情報になりうる。ミアであれば、知らないというだけでたどり着く答えもあると考えれば、最適な答えはどちらとも言えないである。
そして、クラウン自体については知っている。その名を口にした瞬間、一切反応しないように感情も身体もコントロールする必要があった。
『クラウン』──ブラックリストのNo.1だ。知らないはずがない。
むしろ、クラウンについてはこちらとしても殆ど情報がなく、ミアが自分たちよりも多少クラウンを知っているという思わぬ収穫を得られた。
会話の流れから察するにクラウンとミアの師匠の記憶喪失については何からの関連がある。
クラウンに記憶を奪うような能力があるとすれば、この情報はあまりに大きな価値を生む。
ミアがそう思わせるように仕組んでいる可能性もあるが、クラウンの名を口にした事実は無視出来ない。
そして何より、ミアとその師匠は勇者を標的にしている。
自分たち以外にも勇者を狙っている存在がいる。もしかすると、こちらの知らない勇者についての情報をもっている可能性もある。
ミアと関わるリスクを踏まえても、関係を持っておくことで得るメリットの方が大きいとアウルムは判断する。
「ギブアンドテイクだ。何を差し出せる?」
「それはアウルムが何が欲しいかによるね。勇者についての情報?」
「別に俺たちはお前たちと違って勇者じゃなくとも国内の犯罪に関連する情報であれば価値があると判断する」
嘘ではない。勇者に直接関連しなくとも犯罪者同士のネットワークから足がつくことは少なくない。
それに勇者を狙っている調査官という印象を抱かれても困る。
「まあ、それはそうか……そうだねえじゃあ私とお師匠の強さについて聞きたいんじゃない?」
(悪くない情報だ……やはり俺たちがミアの強さをある程度把握していて、そのミアの師匠は更に強いと考えると、師匠が強者を探しているという事実。
その強さから相手にしている勇者の強さも相対的に推測出来る。しかも俺がそれを先ほどから考えつくということまで織り込み済みか)
「聞こうか」
「私はステータスだけでいえば、戦闘向きの勇者とほぼ互角か少し劣るくらい。師匠はユニークスキルという馬鹿げた勇者の力の相性が悪くなければほぼ確実に勝てるくらい強いね。ほぼ全ての魔法が最高クラスで体術も達人級で、勇者以外に魔王を倒す術がなかったから戦わなかったけど、それがなかったら今頃、お師匠は世界の英雄だろうね。あ、カイト・ナオイは別ね。あいつヤバすぎ」
「つまり、単純な戦闘能力ではなく勇者特有の力の搦め手のような攻撃以外は対処出来る。
師匠の記憶を奪ったやつがいたとして、そいつがクラウンだとお前たちは考えているわけだ。クラウンの能力は戦闘タイプではないと……」
「さっすが、あったま良い〜!」
ミアは指を鳴らして、アウルムを褒めるがアウルムはその態度に気を悪くする。
「馬鹿にしてるのか。まあ、良い……その情報には価値がある。俺がクラウンについて知ってる情報を開示してやるが、情報の中身には文句を言うなと先に断っておく」
「やっぱ知ってるんだ」
「ふん、茶番だな……クラウンは勇者でまず間違いない。そしてクラウンは勇者が召喚されてから最初に勇者を死に追いやった存在だ。
この世界に召喚され右も左も分からぬ状態でたった1週間で同胞に手をかけるような奴……らしい。あくまで噂だがな。俺が知ってるのはそのくらいだ」
「ふ〜ん……十分だよ」
「さて、悪いが用事があってな。約束通り奢ってやるから足りないものがあったら適当に注文していいぞ。先に出る」
「分かった。多分また顔合わせるだろうけど」
「……用事もなく来るなよ?」
「最近の若者は冷たいね〜」
「勝手に言ってろババアが」
捨て台詞を吐いて店を出る。どのみち同じタイミングで店を出たのを誰かに見られるのも都合が悪い。
シルバからの頭の痛い連絡を受けて、ミアとの会話中に顔に出さなかったことをアウルムは我ながら褒める。
(フレイにキラド卿に、想定外のミアと今日はやたらと人に会わんとならん日だな)
シルバと集合する為、ハアと息を一つ吐いて歩き出した。