5-7話 種明かし
シルバの命令と共にグゥグゥの中身である日本人顔の男が1人現れた。
「クッ……!」
その顔には怒り、恨み、羞恥、あらゆる感情が篭っており、ただ2人を睨みつけていた。
「シルバ、喋ることを許可してやれ」
「おう、喋っていいで」
「一体どうやって……! こんなスキル聞いたことがない……恩寵持ちかお前!」
男はシルバの許可と共に喋り出す。
「お前、グゥグゥとかふざけた名前名乗ってたけど本名は?」
「……グウジン・ジングウジ」
「なんやそれ? 人の名前か? やたら韻踏んどんな。見た目からして勇者やろうけど、勇者ってそんな変な名前なんか?」
シルバは『この世界の人間』なら良いそう反応をあえてする。あくまで日本人であることは最後まで明かさない。
「勇者の国でも変わってる方……ってそんなことはどうでも良い! どうやって俺っちの答えまで見抜いていたか教えろ!」
「お前に質問する権利はない。こちらの質問を一方的に答えることしか許さない。
さて……まずはそうだな王都にいる勇者でお前が強いまたは危険だと思う人間の名前、能力、性格知ってることを全部喋ってもらおうか」
「勇者……? 何故こんなことをしていたのか、今まで一体何人殺してきたのか、そんなことよりも勇者……?」
「おいゴラァっ! 質問を質問で返すなッ! このトンチキ野郎がッ!」
「グアアアアアッ!?」
シルバがジングウジの左腿に蹴りを入れる。鈍い音を立てて骨が完全に折れ、ジングウジは悲鳴を上げた。
「お前のことなんかどうでも良い。何故こんなことをしたのか……想像がつく。お前は常に俺の想像を超えない程度の人間だったから期待はしていないし、お前に求めるのは勇者に関する情報だけだ」
アウルムの目を見たジングウジは大嫌いな人間を思い出す。自分に対して心底どうでも良さそうで、まるで興味がない見下した目つき。
完全にしてやられた経験。
「嫌いな勇者を思い出した……お前……生徒会長に似てるんですよね……生徒会長、布施光……いやこちらではヒカル・フセか……」
「誰がお前の嫌いな勇者の話しろっつった? もう一本行っとくか……」
「待てッ! 待て……! 嫌いなんすよ……でもあいつは強くて危険だと思うから聞いといた方が賢いと思いますけどねぇ?」
シルバが蹴りのモーションに入ろうとした途端ジングウジは大きな声で慌てて静止しながら語り出した。
「強いのは良いとして危険な理由は?」
「カリスマって言えば良いんすかね……とにかく人を惹きつける力が強い、その上、頭も良い……俺っちがここまで頭脳戦でやり込められたのはあなたと生徒会長くらいなもんすよ……」
「お前そんなに賢くないだろ、知識が多少あるだけで知識の使い方が絶望的に下手だな。何故負けたか気になって仕方ないだろう? そしてその理由すら分からんだろう?」
「クッ……言ってくれますね……彼は表向き何の問題も起こしていない品行方正で完璧な人間として有名です……でもそんな人間いないでしょ? 何かしら問題があるはず……」
「あるはずぅ? それお前のただの感想……いや願望やろうが?」
「いや! 皆生徒会長の魅力に騙されてるけど、よくよく考えたら不自然なことが多い……彼にとって運の良い……都合の良いことが起こり過ぎてる……!
あのキャラクターも皆が見たい人物像を意識して作っているという確信があるッ!」
「何か具体的な根拠があって言ってるのかそれは」
酷く感情的な物言いではあるが、ジングウジにとっては間違いない事実として認識しているかのような口ぶりにアウルムは耳を傾けた。
「行動の一つ一つが計算されているような不自然なまでの完璧さ、そして俺っちと討論で戦い勝った後の目つき……あなたと同じような目つきっすよ……人の上に立つ人格の出来た人間の目つきじゃあない……馬鹿な人間を操るのなんて簡単だと言わんばかりの目つき……確かに俺っちは負けたんすけど、それに気がつかない程の馬鹿じゃあないっ!」
「ふむ……根拠はないが感じるものはあったか……」
「そんなん信用なるか? 嘘くさいってか主観入り過ぎやろ」
「どうだろうな、直感というのは案外馬鹿にならんぞ。判断材料の一つとしては聞いておいた方が良い。それでそのセイトカイチョーってのはヒカル・フセの通り名か何かは知らんが、そいつの能力はなんだ? 勇者の集団で人気が高いのなら知ってるだろう?」
「……分からない」
一拍間を置いて、ジングウジは答える。
「分からん訳ないやろうが、さっさと答えろや!」
「いや本当に誰も知らないはずッ! 能力の詳細を口に出すことで効果が発動しないような能力があるのは他にもあって、生徒会長のもそうだという認識がされているから誰も知らないはずなんすよ!」
そういう能力があることは聞いたことがある。シルバの『破れぬ誓約』も似たような特性を持っているし不自然ではない。
これに関しては嘘をついていないとアウルムは判断する。
「だが、戦闘や活躍から能力を推測出来るだろ……秘密というのは人間の興味を強烈に引くからな。勇者同士でその手の話をしたことがあるはずだ。答えろ」
「…………あくまで俺っちのあらゆる情報をもとにした推測っすよ? エビデンスはないですからね。それでも良いなら話からッ! 蹴るのはマジでやめてっ!」
「それでも構わん。そこまで賢くはないが並の人間よりは頭が良いのは認めてやる。そのお前が話す情報には価値があるだろう」
「俺っちの考えでは、とにかく幸運、ツキが尋常ではないってのが能力の正体というのが一番自然かと」
(ラッキーマンかよ……ふざけたスキルやな)
シルバはジングウジの手前、口にこそ出さなかったがそう思った。
「もしそれが本当なら相当厄介だな」
「はい……因果律──って言ってこの世界の人間に通じるかは分かんないすけど、確率や運命をいじってるとしか思えないほど彼は失敗や不運な目に合ってないっすからね。
生徒会長は趣味でマジックや占いをよく他の人にやってます。それが外れることは殆どない……王族からの信用も厚く、何かと重宝され相談役のような事をやってるのは勇者の間では有名な話すね」
「つまり、仮にヒカル・フセを殺そうとしたところで、能力的には勝っていても彼に都合の良い事が起こり、殺すことが出来ない。そういうことか?」
「でしょうね。カイト・ナオイが魔王を倒したことで有名ですが、その実生徒会長の圧倒的な運のツキが味方したから勝ったとも言われてるくらいですから、生徒会長が負けるのは想像出来ませんね。単純な戦闘能力も知力も高いですけど、不測の事態を難なく乗り越える力の方が非常識なレベルですからね」
ジングウジは馬鹿馬鹿しい能力だと力なく笑った。
(どう思うアウルム?)
(こいつの言うことのいくつかは真実なのだろう。逆に言えば生徒会長ヒカル・フセに関わるとこちらに不都合な事が起こる可能性が高い。今は関わらん方が良いだろうな)
「大体、逆なんすよ……占いって未来を予測してそれが当たって凄いって話じゃないすか? でも生徒会長のは適当にそれっぽいことを言ったら、それが偶然現実になってしまった……みたいなレベルの突拍子のないことが的中しちゃうんですからね」
「なるほど、よく分かった……他に気になる勇者の情報があれば言え」
「はい……」
***
その後、可能な限りジングウジから勇者に関する情報を搾り取った。
「俺っち、死ぬんすよね? 最後にどうやって勝ったのか教えてくれませんか?」
「ダメだ死ね」
アウルムは即答し、シルバにやれと合図をする。
シルバも即座に反応してジングウジの首を刎ねた。
すると、豪華な屋敷はボロボロの廃屋に姿が変わり、魔法が解けたように景色は一変した。
「なんかキツネに化かされたみたいやな」
「まあ、化かされたのはお前とジングウジだけだがな」
「結局、ネタバラシしてくれへんのか?」
「死んだから教えてやるよ」
アウルムがゲームに勝利したトリックが開示される。
まず、ゲームの根底として命の重さを天秤にかけるということがあった。
複雑な問題だったが、ジングウジを解答者にした時点でゲームのコンセプトが崩れる。
「何でや?」
「俺たちが何人殺すかの葛藤を楽しむゲームが、俺たちとどれだけ解答の差を開くか、というゲームに変わってるからだ」
「……?」
「説明を続ける」
まだ要領を得ないシルバにアウルムは種明かしをしていく。
ジングウジが参加すると、ジングウジ自身に負けるというリスクが発生する。これまでのゲームは2人がクリアしただけで、ジングウジの致命的な負けにはならない。
ただ、問題を解いただけ。出題者からプレイヤーに立場がすり替えられている。
そうなれば、ジングウジは嫌でも負けを意識させられる。
また、ジングウジがどういった答えをするのかによって英雄、賢者側の答えも影響が出る。
ここで解答の幅が大きく絞られていく。
助ける人間の数を予測するのではなく、解答の差によってどれだけ助けられるかというルール、駆け引きにすり替わる。
いつのまにかゲームは倫理の問題から算数の問題に変わっている。
加えて、シルバの性格は初対面の人間からも推測がしやすい。自分に関係のない人間を殺すという決断はしないだろうという考えが生まれる。
更には相棒であるアウルムも助けたいと。
そこで、キリのいい数字で合わせてくるのは当然で、素数なんかは絶対に出すことは考えられない。
0は禁止されている。1〜10人殺すのも意味がない。それならば無関係の人間10人殺した方が救える人間の方が多くなる。
アウルムならば50人殺す判断もあり得る。だが、それは簡単過ぎる答えとなる。
もし外れたら、取り返しがつかない解答差が生まれる。
ジングウジに50人の判断をすると思わせて25人。もしジングウジが50人と答えれば差の25人も助けられる。
ここまでが、アウルムとシルバが導き出すであろう答え。
「なるほどな……でも俺は50人って答えた。結局最後までその答えには俺は辿り着けへんかった。しかも土壇場で最後は勘でなんとなく『50』やと思った。
言われたら納得やが、ジングウジは自力でそこまで読めた。それは凄い、認める。
でも、分からん。お前が俺が50人って答えると確信した『何か』がまだ説明されてないやろ? 俺が土壇場で50って解答する予測を立ててたんか?」
「そうじゃない……俺が土壇場で『50』とお前が勘を働かせた『つもり』になるよう誘導した」
「はぁ?」
そんな事ができるのかとシルバは目を細めて怪しいものを見るような目つきでアウルムに注意を向けた。
「ここからが本当の種明かしだな。なら、そうだな……1〜9で好きな数字を頭の中に思い描いてみろ。3とか8とかなんでも良い……思い描いたか? 答え変えても良いんだけどな……良いな?」
「おう」
「答えは『7』か?」
「ッ……!? そうや……どうやった? 俺のボディランゲージから読み取った?」
「じゃなくて、答えを誘導した。イチからキュウって言った上で、具体例としてサン、ハチって口に出しただろ。だから心理的には既に1,3,8,9の選択肢は削られる。
そこで俺は更にいつもより『な』というワードを忍ばせて無意識に7に行くように誘導している。
更には俺の動きは身振り手振りからも7に向けた小細工、『現実となる幻影』による気がつかない程度の刷り込みもした。これでほぼ確実にお前の答えは『7』になる。
ゲームが始まる直前にお前にだけグゥグゥとは微妙に違う現実が見えていた……いや、俺が見せていた」
「ってことは……グゥグゥが25人にたどり着いたのはあいつの頭の良さを見込んで何の仕掛けもしてないけど、俺にだけ50人の暗示をかけて俺だけ騙されてんか?」
「敵を騙すには味方からって言うしな。答えを事前に示し合わせたりカンニングする事は禁止されていたが、お前に答えは教えてないだろ? お前が自分で50という数字を選択したんだからな」
「選択した気にさせたんやろ……エグいわお前。マジで俺が一番騙されてるやん」
「そうだよ。お前が騙されてるっていう予想外の事をしないと勝てなかったからな。あいつの賞金が金貨100枚って時点で2500枚用意出来ないのは分かりきってたしな。
あいつは投資は自分の資産の3割までといったところかな? までしか出さないという性格も加味して2500枚の誤差を出させ払えないという結末を狙った。
そしたらお前が口約束させた『破れぬ誓約』も発動してゲーム自体その時点で終わる」
「もしあいつが金持ってたら?」
「その時はその時だろ。同意して命をかけて一攫千金狙う奴の命の面倒まで見る必要あるか?
無駄な犠牲者は出さん方がいいってのは俺も賛成だが、ギャンブル要素は元からあったしな。
結果的に犠牲者が増えることはなかったしそれでいいだろ」
「まあ……うん……結果的に誰も俺らが殺したことにはなってないし、それをグチグチ言っても意味ないのは分かるけどビビったな」
「俺だって一応賭けだったから多少緊張したんだぜ? 手持ちの金全部払ったら拘束される日数はクリア出来たけどほぼ文無しになるからな」
「あっ……そうか、手持ちの金払ってたらそもそも日数減らせたんか」
「そこを今思い出してくれて助かった。ゲーム中に思い出されることが唯一の懸念だったな。それで答えがブレる可能性あったからな」
「俺が一番の不安要素かよ!」
ダンッ! シルバは怒りで地面を踏み鳴らし、それに合わせてアウルムがピョンとジャンプする。
「ダチョウ倶楽部せんでええねん!」
「……冗談はさておき、王国祭までに王都に辿り着けるか……のんびりしてる時間もない。出発するぞ」
「徹夜かよ」
そうこうしているうちに日が登り始めて明るくなってきていた。
移動出来る時間は限られており、王国祭が始まる前日には前乗りしておき、情報を集めておきたい。
王国祭まで後8日。馬を走らせてハイペースで順調に進めば向かえばなんとか間に合うかという行程。
ジングウジの集めていた金を全て回収し金貨423枚といくつかの金品をアイテムボックスに収納。
死亡したゲーム参加者と会場を周囲に影響のないよう注意を払いながら焼き払うと2人は王都へと向かった。
ブラックリスト勇者──残り17人。
1名、討伐成功。
ファイルナンバー17『支配人』
被害者数:581人
ブクマ 100到達しました! ありがとうございます!
引き続き『ブラックリスト勇者を殺してくれ』をよろしくお願いします。