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ブラックリスト勇者を殺してくれ  作者: 七條こよみ
4章 ソウルキッチン
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4-13話 シェフ・ミタライ

 


 オードブルから始まったコース料理はアウルムとシルバを驚かせるには十分なものだった。


 一つ一つ、料理名から食材、調理工程などを細かに説明され、楽しみ方を教わる。


 フレンチのコース料理のスタイルが踏襲されているが、どの料理も聞いた事がないものばかりで、味の想像がつかない。


 しかし、一度口に運べば、もう一口、また一口と手が止まることはなかった。


 この世界で取れる食材を利用し新たな料理を開発して、それをコースとして出しているようで元の世界で知っている高級な料理が食べられると期待していた点では望み通りではなかった。


 ただ、高級かつ美味しい料理を食べるという点では文句のつけようがなく、土地や食材にあった料理を創意工夫しているシェフ・ミタライの技量に感心した。


 同じワインでも例えば日本とフランスでは湿度、気温あらゆる要素が異なっており、味わいも変わると言われている。


 食事の最中に飲むワインも、それぞれ料理に最適なマリアージュをもたらすべく選び抜かれており、異世界グルメとは、まさにこの料理のことだと二人は確信していた。


 極めつけはデザートとドリンク。一見するとただの目玉焼きかと思ったが、目玉焼きの見た目をしたフルーツと寒天で出来たもの、更には分子ガストロノミーの技術が使われた分子カクテルまで出てきた。


 仕組みは分かっていても、これを魔法があるとはいえこの文明の発展度合いの世界で再現するかと驚きを禁じ得ず、あっという間に時間は過ぎ去っていった。


「失礼します、シェフのミタライです。お客様、私の料理はいかがだったでしょうか?」


 全てコースを食べ終えて、温かい茶を飲んでいるところにシェフが現れる。


 天井に届きそうなほど高く、長いコック帽を被った30代程度の日本人顔を隠そうともしない、目に力のある男が入室して来た。

 雰囲気で言えばベンチャー企業の社長のようなギラつき、野心を感じさせる目つきだ。髪型もジェルのような整髪料で整えているように見える。


「美味かったです、どれも見た事がない料理ばかりで驚きましたわ」


 シルバは正直にこの料理のここが凄かったと現地人であるフリをしながらも丁寧に答える。

 アウルムもシルバに同意しながら時々口を挟んだ。


「それは良かった……ありがとうございます。さて、本日のお会計なのですが、お二方は冒険者……でよろしいのですよね?

 んんっ……え〜貴族の方、商人の方であれば心配ないのですが……冒険者の方は危険な商売故、明日死んでもおかしくないという性質から、失礼ながらその場で勘定をさせて頂きとうございます」


 確かに、失礼な物言いだと感じる者もいるような提案だった。しかし、店からすれば冒険者という不安定な金だけ持っている存在は社会的な信用が低いというのも事実で、それはSランクだろうと変わりはしない。


 Sランクだろうと死ぬ時は死ぬし、貴族、商人よりは明らかに死亡リスクが高い。


「そして、次のご予約はこの場でして頂く必要がありますがいかがなさいますか? あっと……うっかりしておりました、ある条件を満たさない限り二度目のご来店は出来ません」


 ミタライは付け加えるように言い出す。


 一見さんお断り。高級な店、こじんまりとした店においてそのルールが適用されていることは珍しくなく、トラブル防止にもなる為理解は出来る。


 ただ、この店、一見さんお断りシステムは無かったからこそ、迷宮都市について日の浅い表向きはただの冒険者アウルムが予約出来た。


 では、次の来店に必要な条件とは何なのか? 経済力? 誰かを紹介すること? 何かしらの便宜?


 聞いた事のない提案に二人は無言でアイコンタクトを取りながらも、困惑した。


「まず、お会計ですが……お二人で60万ルミネでございます……お支払い可能でしょうか?」


(たっかいな〜!)


(それなりの値段がするのは想定してたが、流石に驚いた。それよりもだ……)


(こいつ俺らのことちょっと見下してんな?)


(俺らってか冒険者全般だろうな)


 念話でやり取りをする。言葉のニュアンスからミタライに侮られていることを感知した。この手の視線には性格的にも職業的にも敏感な二人である。


「可能だ。金貨6枚で構わないか?」


「ありがとうございます……ただ、こちらもそれなりに高額な請求をしている自覚はあります。そこで私と一つ、勝負をしてみませんか?

 勝てば今日の払いは無料。負ければ二度と来店は出来ません」


 そら、来たと言わんばかりの提案。


 金貨6枚の料理が無料。これは誰だって嬉しい。

 だが、相手は勇者。どんなユニークスキルを所持しているか不明、ブラックリストのカブリである可能性も排除出来ていないのだから、無料の裏にある代償の方が気になる。


「勝負の内容による。それに、負けた場合のリスクがこちらにとって軽過ぎる。逆に不自然だ、イカサマしようってのが見え見えな誘い文句だと思われても仕方ねえぜ、シェフ?」


「……? 軽過ぎますか? 私の料理を一度知っておきながらもう一度食べる事は絶対に出来ないのですよ?」


 シェフ・ミタライはアウルムの指摘に一度間を置き、何を言ってるのかと言わんばかりの困った表情を見せた。


(こいつ……!)


(相当なナルシストで傲慢、反社会的傾向あり、盗聴器の件も含め怪しいな)


 シルバはシェフの態度に内心怒りを覚えて、奥歯を噛み締めた。アウルムは言葉の節々から発せられる心理を分析していた。


「──そうか、で、勝負の内容は?」


「至極簡単。冒険者の方でもご理解頂けます内容です。単に食材に味の良し悪しを比べるだけのこと。私の料理は素晴らしいですが、それをしっかり理解出来る方に召し上がって頂かないと意味がありませんからね。

 なに、心配ありません……舌の肥えてらっしゃる方は簡単に看破されますので。自信はおありですか? お受けしますか?」


「ちょっと待ってくれ、良し悪しの基準、それにこっちが正解してても、そっちが違うって言ったら俺らが間違えたことにならんって保証があるんか?」


「……当然のご指摘ですね。では味を比べる方をお一人、事前に答えを知っている方をお一人で問題ありませんか?」


「へえ、それならフェアやな? じゃあ俺が答えを先に確認する係、こいつが比べる係で文句ないか?」


「担当はどちらでも構いません」


「先に言っとくぞ、リスクが低かろうと俺らにイカサマしてるのが分かったら容赦せんからな?」


「はい、しかしそこまでおっしゃるのでしたら、イカサマしていると十分言い張れるだけの証拠を出して頂かなければなりませんが? 私は善意で提案しているだけですので。納得出来なければ正規の料金だけ頂ければ構いません」


 シェフ・ミタライはシルバの威圧を微風のように受け流し、絶対的な自信を見せながらも挑発を続ける。


「言うたな?」


「はい。ただし、お客様同士で答えをサインや暗号などで教える行為は当然禁止させて頂きます。それが発覚した際は金貨30枚支払って頂きます」


「分かった」


『破れぬ誓約』、締結。これで互いにイカサマをすることは出来なくなる。


 ただ、アウルム、シルバにとってこれは何ら問題のない提案であった。


(馬鹿が! ギャンブル、心理戦、イカサマ勝負、全部俺らに勝てる訳ないやろうが!)


 アウルムとシルバの能力の組み合わせ的に、もっとも効果を発揮し成功を収められる職業を一つ挙げるとすれば間違いなく賭博師、博打師である。


 常にこの手の勝負事の裏にはイカサマがついて回る。親が有利となる勝率の操作、平等に見せかけた不平等なルール、手業、枚挙にいとまがない。

 この世界においてイカサマとはバレなければイカサマではなく、騙される方が悪い、カモ、甘ったれなのだ。


 単に運だけの勝負など殆ど存在せず、イカサマありきの騙し合い、イカサマすら一種の技量。見抜くのも技量という認識。


 まず、アウルムの人間の心理に関する知識とそれを補強する反則的な観察眼の『鑑定』及び『解析する者』の前にはイカサマなど無意味で見え透いたものとなる。


 そして、シルバの『破れぬ誓約』の前では絶対に約束を破ることは出来ない。口約束が時として死を意味するほど重くなる。バレた後に「やっぱりなし!」「悪かった!」「何のことだか……」などの言い訳、しらばっくれ、一切無意味。


 イカサマを見抜き、イカサマを抑止する能力を持っているのだから、こういった勝負ごとに負けるはずがない。


 一方、ミタライは相手を侮っている上、イカサマもバレないという慢心がある。


 それが致命的な敗因となった。


 ***


「これで終わりか?」


「馬鹿な……1つも間違えないだと……!?」


 ナプキンで口を拭きながら、何とも張り合いのない勝負、まるで児戯だと言わんばかりのアウルムにシェフ・ミタライは愕然とする。


「終わりか? と聞いているのだが?」


「最後の品をお出しします……」


 彼はそう言って一度部屋を出た。何か仕掛けてくるのであれば、この後なのは明らかだ。二人は警戒を怠らない。


 一方、ミタライは厨房に入ると、コック帽を掴んで投げ捨て、調理台を叩いた。


「馬鹿な! 冒険者風情が5問連続正解だと!? 正解は一つ、ダミーが二つで単純に33%! それが5回続くなら1/243で約0.4%! 運が良いと断じるにはあまりに良過ぎる!」


 ここまで、ミタライが冒険者を下に見るのには生い立ちに理由がある。


 ミタライ・テツヤの祖父は有名なフレンチレストランのオーナーであった。

 厨房内では非常に厳しかったが、ミタライと遊ぶ時は優しい祖父で、色んな店に連れて行かれて舌を鍛えさせてもらっていた。


 ミタライ自身、家庭環境もあり料理を作るようになり、家族は美味いと言いながら食べてくれる。満足であった。


 ある時、行儀の悪い客と祖父は揉めた。追い出したは良いものの、その客は食通として知られた芸能人であり、自身のブログで店を酷評した。


 それまで、誰しもが美味いと唸る名店で、悪い評価などほとんど聞いたことがなかったにも関わらず、便乗したのか、偉いとされる人物の発言に影響を受けたのか、「美味しくなかった」「値段ほどではない」などの不名誉な感想がインターネット上で書かれ始める。


 ミタライはこの時、知った。

 ──馬鹿は味が分からない。

 美味い不味いの判断は誰かの意見でひっくり返る。美味いと言われれば美味いと感じるし、そうでもないと言われたら、確かにそんな気がする。


 食材の味など、前提の情報次第でいくらでも変わってしまうのだと。


 この経験から、ミタライは味音痴、貧乏舌と呼ばれるような味覚の繊細ではないものに対して強い敵意、恐怖を覚え始める。


 そして、異世界に召喚されて得た能力はレストランを思い通りに運営するもの『神域厨房』。その能力を使い、味の分かるものにだけ、料理を作るようになり始める。


 ただ、性格に問題があり、トラブルが発生したので王都での活動が出来なくなり、王都に次いで食材の豊富な迷宮都市に辿り着く。


 迷宮都市の性質上、冒険者が多く敵に回すことも良くない。そこで、冒険者の中にも差をつけることにした。


 事実、店には常連の味の分かる冒険者の客がいくらかいる。味の分からない者を排除しようと、味が分からない者が無様に文句を垂れているだけ。という印象を与えることに成功し、今のところ問題は起きていない。


 冒険者にとって、勝負事で負けた事実は大きい。勝負を受けて負けた手前、強く反論が出来ないのだ。


 では、何故ミタライがアウルムとシルバにここまで食ってかかるか、それは盗聴を警戒した二人が念話で会話をして、声に出すのは「美味い」ばかりだったからだ。

 ミタライが軽蔑する味の分からない馬鹿たちの、「美味い」の連呼ほど癪に障るものはなかった。


 クリタにわざわざ作らせた盗聴のマジックアイテムは客がどんな感想を言うかを確認する為のものである。


「ふ〜落ち着け……あの金髪が何かしらの手段でイカサマしてるのは間違いない。でないとあの正答率はあり得ない。食べた時は明らかに悩む素振りが見えた……だが方法が分からん……」


 ミタライはアウルムが食べる様子、シルバが何か合図を送っていないかを、つぶさに観察していた。


 シルバは何もしていないように見えた。運だけで連続正解は流石に無理とくれば、アウルムの味覚が鋭いとも思える。だが、それにしては回答までに悩む時間があった。


「考えろ……味覚、運、イカサマ、全ての可能性を考えて、あいつを間違えさせなければ……! あんな奴らに二度と俺の料理を食わせる気はない……! ……ッ! そうか……その手があったか……」


 厨房で頭を抱えていたミタライに一つの攻略法が浮かぶ。

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