4-12話 善悪の嗅覚
「迷宮の中をうろつくモンスターってやっぱり……あいつちゃう?」
「獲物にかぶりつくから『カブリ』……なのかもな……いや、だが人を食い殺してるわけじゃ無いしな……あれがあいつの戦い方なら、ああするしかないだろうし……早合点は禁物だろ」
オーガミの行動を見ていた二人だったが、人の形が変わるという衝撃的な映像が目に焼き付いていた。
アウルムは早合点は禁物とシルバに言って、自分にも言い聞かせたが、疑念は濃くなるばかりだった。
と言うのも情報と、合致する点がかなり多い。
迷宮で少なくとも中級者向けダンジョンで活動するパーティを目撃者一人残さず全滅させるモンスターは珍しく、知らぬ者が見れば新種のモンスターにしか見えない変身した姿。
それに、肉を食べる事で変身するユニークスキル。カブリは人を食べるという噂から、人の肉を食べる事で得られる力があるのではないか、との予測が立つ。
例えば、食べた人間と同じ姿になる能力。
これは非常に厄介な能力であり、一度逃してしまえば追跡が困難だ。これだけ人の多い迷宮都市ならば再度見つけるのは砂漠から砂金の一粒を探すようなもの。
オーガミは犯人と確定した訳ではないが、マークしなければいけない。それはアウルムとシルバの共通認識だった。
***
「オーガミって、オーカミ、狼から来てて、アイヌ語ではホロケゥカムイとか呼ばれてるよな? で、カムイからカブリに転じたって説はないか?」
「そりゃあいつがカムイって名乗ってたらの話だろ、前後関係がおかしい」
「あ〜そっか……あいつ『悪食』やもんな」
「自分で名乗ってる風ではないけどな。普通自分で悪食って言わんだろ。ただ言葉遊びって発想は悪く無いよな」
肉林のダンジョンから出て、一度仕切り直すことにした二人は『虚空の城』の中で会議をする。
「一旦、オーガミの事は忘れて考えた方が良さそうだ」
「せやな……もう頭の中でオーガミ=カブリの図式が出来てもうて、結論ありきで自分らに都合の良い証拠だけ集めてしまいそうや」
警察の取り調べ、マスコミの質問などにしばしば発生する自分の思っている通りに答えを誘導するような考え方になっていると気付き、シルバは頭を振って先入観なしでカブリについて考える。
「まず、勇者一人一人の調査した方が確実なんやろうけどリスクも高いしなあ……」
「キーラの出番かもしれんな、そもそもあの子の恩寵を発見したからライナーに興味を持ったというのもあるし」
犬のビーストであるキーラは現在、プラティヌム商会のマスコットのような立ち位置にいる。
護衛たち皆の娘のような存在であり、可愛がられている。ただ、日中世話出来る人員がいないので、店の中で読み書きの勉強と時々店の仕事の手伝いをさせている。
自分でも出来ることがあると分かり、自分に自信が芽生えて最近は生き生きとしており、エルフの皆をお姉ちゃんと呼ぶもので、皆キーラを甘やかしている。
そんなキーラだが『善悪の嗅覚』という、相手の善意、悪意を嗅ぎ分ける恩寵を所持しており、セキュリティ面でも一役買っている。
アウルムはシルバが騒動を起こしていた際に鑑定を使ってその恩寵を見抜いていた。
それを利用して迷宮都市にいる勇者一人一人の匂いを嗅がせた方が早いのではないかと提案する。
「俺は賛成出来ひんな……オーガミとかに近付けること自体危ないし、何かあった時に対応がどうしても遅れる」
「なら、犯人を探すというよりは犯人じゃなさそうなやつを操作対象から除外していき絞り込みをかけるってのはどうだ?
プロファイリングってのは大量にいる容疑者から、条件に当てはまらない者を弾いていく為のものだしよ」
「ん〜なら、マジックアイテム製造者のクリタ、定食屋のウエダ、辺りはシロっぽいか? どっちも好戦的なタイプじゃないし……後はパーティ組んでる勇者も仲間の目があるから難しそうやな」
「レストランのミタライはまだ顔すら見た事ないから判断出来んが……丁度前から予約してた順番が明日だ。クリタ、ウエダの容疑を晴らした上でミタライの態度を見るとするか」
「その二人は店に行くだけで簡単に会えるし接触難易度も低いし……まあ、大丈夫か。たまにはキーラにもお出かけさせたりたいしな。まだ子供や、楽しい時間はいくらあってもええ」
「俺らの仕事に若干巻き込んでしまってるのが申し訳ないがな……」
***
翌日、クリタとウエダの匂いを嗅いでもらう為、ライナーとキーラを連れて街に出かける。
「いきなり無理言って悪いな、他のやつらの仕事時間も狂わせてしまった」
「水臭えな、兄貴たちの用事ならいくらでも付き合うぜ。世話になってんだから」
ライナーに詫びると、いつでも頼ってくれと不満を感じさせない様子で胸を叩いた。
「で、最近どうだ?」
「どうも何も最高だぜ。安心して眠れる場所、稼げる仕事、腹いっぱい食える美味い飯。そんで五体満足の身体まで戻ってきた。
でも、一番嬉しいのはキーラがよく笑うようになったってことだ……そういう状況を作ってくれた二人には、いつだって『腹を見せる』ぜ」
腹を見せるとは、ビーストにおける頭が上がらない的なニュアンスを持つ尊敬の念を抱いたことを示す言葉。
「そうか……飯はバランスを考えて沢山食えよ。身体を気遣って万が一に備えるのが仕事だ」
「ありがてえけど、これでも元冒険者。飯の大事さくらいは分かってるつもりだ」
「余計な世話だったか」
「いや、俺たちが遠慮して食ってないことの心配してたんだろ? 兄貴たちは意味が無いことを嫌うのは皆分かってる。食べろというには、それなりの理由があるってのを俺たちも理解してるぜってだけだ」
「ああ、遠慮するな。お前らが食うに困らんくらいの稼ぎは余裕であるからな。それよりも店がデカくなったら更なる人員補充が必要だ。『こいつは……!』と思うやつがいたら紹介してくれ」
「勿論、腕と信用第一でヒューマン以外でしょ?」
「当然だ」
アウルムとライナーが仕事の話をしている間、シルバはキーラを肩車しながら話をしていた。
「たか〜い!」
「あんまり暴れると危ないで〜……お店はどうや? 楽しいか?」
「楽しいよ! それに私とパパの名前書けるようになったよ!」
「お〜凄いなあ、勉強頑張っててキーラは偉いなあ」
「うん! エルフのお姉ちゃんたちが教えてくれるんだけど、皆字が上手なの!」
「皆商人やからな〜キーラは大人になったら何したいってあるんか?」
「う〜ん……」
キーラはシルバの頭の上に顎を乗せながら考え込む。
「分かんないけど、パパのお手伝いしてあげたいな」
「そうか……うっ……キーラは偉いなあ……」
「シルバお前泣いてんのか? ……ってライナーお前もか」
虎のビーストと銀髪のデカい男が人通りの多い往来で涙を流しながら歩く異様な光景に周囲の人間もギョッとする。目立つから泣くのをやめろとアウルムが言っても涙が止まらない。
献身的なキーラの良い子過ぎる発言に二人とも胸を打たれていた。
流石のアウルムも、こんな純粋な子供をブラックリストの件に巻き込むのは罪悪感を覚えたようで、涙こそ流さなかったものの、気持ちがやや沈んでしまった。
***
昼から店を開ける前に決まった時間に店先を掃除するウエダに会い少しだけ話をする。
ウエダはとにかくマニュアル人間で常に決まった行動をしなくては気が済まないタイプということを理解しているので、会うのが簡単だった。
ただ、掃除をする時間を乱されたことに若干挙動に落ち着きのなさが現れたが、キーラの判定によると善意9割、悪意1割の極めて善良な人間であることが分かった。
感情の乱れを察知するアウルムのユニークスキル『解析する者』でさえ、感情の内容までは知る事が出来ない。僅かな情報でも得られることはありがたく、それ故にキーラの存在は大きかった。
続いて、マジックアイテムを作るクリタであるが、端的に表現するのであれば『オタク』という言葉につきる。
いわゆる、ステレオタイプなまでのオタク。早口で商品の説明を捲し立て、聞いてもいない個人的な話までする。
顔もふっくらとしていて、髪の寝癖はつきっぱなし、歳の割に幼い印象を受けるほど身嗜みに気を使っている様子がない。
何より、キーラという少女を見る目が危ないものを感じた。
それでも、キーラの判定は善意6割、悪意4割。危険人物と断ずるには悪意が少なく、単にロリコン気質があるだけで、実際に危害を加えるようなタイプではないと感じられる。
冒険者を食い殺すという犯人像とも一致しない。
勇者に関する情報をベラベラとキーラに話して興味を引こうとした点では収穫アリと言える。
用事も済んだので、キーラの欲しがるものを適当に買ってやり解散となった。
***
「お前、皆キーラに甘いって言ってたけど財布ガバガバやったやろ、俺の時もっとケチやん」
「あのな……子供かお前は。9歳だぞキーラは。9歳と張り合ってズルいってか」
「認めろや、キーラには甘いやろ?」
「今日の働きの対価を出しただけだが?」
「素直じゃないやっちゃな〜」
シルバはアウルムの頬をグリグリと押す。アウルムは鬱陶しそうにするが、正直なところ、キーラに甘い自覚があったので反論はしなかった。
「そろそろ予約の時間だから用意しないとな」
「あっ、ドレスコード制やっけ?」
「ああ。まあ金持ち商人や貴族も出入りする場所だから当然といえば当然だがな」
虚空の城で、規定に引っかからないようにそれなりに値の張った衣装に着替えて、髪や髭など、身嗜みを整える。
「ボタン掛け違えてんぞ」
「えっ? あ、ホンマや恥かくところやったわ」
「お前より同行者の俺が恥かくからな」
「それ言うならお前も歯になんか挟まってるで? 俺に恥かかせんなよ?」
揚げ足を取り合いながら、勇者の経営するレストラン『ラ・ミタライ』に到着して受付のボーイに声をかける。
「冒険者の夏蝕のアウルム様、冬蝕のシルバ様ですね。確認出来ました、ご案内致します」
ボーイに案内されるまま店の中に入る。
(定食屋のウエダも清潔やけど、ここも他の店とは違う掃除の行き届き具合やな。やっぱり衛生観念は日本人の方がかなり上や。
飯食う場所となると、この世界に日本人がいて良かったって多少思うよな)
(それには完全に同意する。今は慣れたものだが、安心して食えるってだけで満足度は段違いだ)
日本人などのワードは出せないので、念話で店内を観察した感想を言い合う。
個室に案内される。部屋の大きさはホテルの一室よりやや大きい程度。二人で食事を楽しむには十分なスペースがあり、圧迫感もない。
「当店、初めてのお客様ですのでご説明させて頂きます。当店は勇者としても知られる、シェフ・ミタライ独自のルールで運営されており、勇者の国の仕来りに混乱されることもあるかと思います。
まずは、こちらの『オシボリ』にて、手をお拭きになってください。そして、こちらの『ナプキン』をこのように首から掛けて料理の汚れがつかないようお使いください」
「なるほど、勇者の国では随分と清潔さを重んじられるようで、それでいて気配りもされているとは……」
現地人の反応らしい演技をしながら、ボーイの説明に付き合う。
その後も細かいルールを教えられたが、アウルムシルバ共に元は日本人の社会人であり、レストランにおけるテーブルマナーくらい知っているので、特に混乱することはなかった。
気になったのは、とにかく日本流のマナーにこだわったシェフだなというくらい。
「こちら食前酒になります。料理が一つずつ運ばれますので、しばしお待ちください」
ボーイが出ていき食前酒の入ったグラスを手に取る。
どう言うわけか、室内には盗聴のマジックアイテムが隠されていたので、重要な会話は念話ですることになった。
勇者の偵察をしにきたのだから、最初から最後まで楽しいままで終わるとは思っていなかったが、やや予想外の展開に出鼻を挫かれた感があり、警戒は怠らない。
(まさかシャンパンまであるとはな)
(俺たちが考えつきそうな発明は先に誰かやってんだろうよ)
(前の世界にあった料理とか商品開発でチート生活は無理やけど、逆に金さえあれば欲しいと思ったもん手に入るのはラクかもな。作るの大変やろうし)
(俺たちはそういうチートする為にこの世界に来たわけでもないし、勇者に迷惑してんだ。良いところくらい楽しんだって闇の神様も文句は言わねえよ)
舌の上で弾ける炭酸と、フルーティさの中に混じった苦味のあるシャンパンを堪能している途中でコース料理の一皿目が運ばれてきた。




