4-11話 悪食
迷宮都市に来て1ヶ月以上が経った。
護衛組の研修を終わらせてプラティヌム商会に合流させ、商売は今のところ特に大きなトラブルが起こっていない。
早速、野菜や果実が貴族や有力商人の間で話題になっており、商売としては順調な滑り出しに成功した。
アウルム、シルバは商売にはほぼ関与せず、冒険者としての活動を行うようになった。
午前中は上級者向けダンジョン『変幻の迷宮』にて、ユニークスキルに頼らず普通の冒険者と同様に攻略に挑む。現在は100階層中の40階層まで到達している。
勇者パーティとして有名なナオイソードが過去にダンジョンを完全攻略しているが、以降は攻略者は出ていない。現在、攻略組でトップを走るのはSランク冒険者のみで構成されたパーティ『混沌の覇者』。
二人は特に面識はないが、有名なパーティなのでメンバーの顔と名前くらいは知っている。
午後はユニークスキルを使用したより実践的な戦闘訓練を行う。
合間に情報収集や、店に顔を出して従業員の様子を見ることが日課となりつつある。
そろそろシルバが剣を一つしっかりと完成させられるスキルが身につきそうだと言っている。
「全クリしようと思ったら二人はキツいよな」
既にレベル100の大台を超えた二人だが、思いの外攻略に手こずっていた。ダンジョン内の安全スペースで休憩を取りながら雑談をする。
「前線でアタッカーのお前と、後方で魔法攻撃主体の俺しかいないからな。盾役のタンクが一人、前衛、後衛が後一人ずつは欲しい」
「これ以上二人で攻略進めたとしても怪しいよな」
「それも問題だな……ライナーたちを連れて行くのも実力差的に難しいし、別に攻略自体が目的でもないし、ゆっくりやるしかないだろ」
「それでも今のところ稼ぎは思ってた以上やな。俺らが集めた素材も自分らの店に直接卸して、捌けるし」
1ヶ月と少しで2000万ルミネほどの収益があり、懐には随分余裕があることにシルバは満面の笑みを浮かべる。
「俺たちの場合は維持費が他の冒険者に比べて掛からなさすぎなんだよ。最高級ポーション以上のスペックの原初の実がタダで入手出来る。武器が壊れてもお前が治せる。補給もアイテムボックスがあるし、持って帰れるドロップアイテムに制限がない。
──だが、金を稼ぐのが俺たちの本業ではないからな? こんな生活ずっと続けるわけにもいかない」
冒険者として稼ぐにはこれ以上ないくらいの好条件が揃っている二人ではあるが、それをする為にここに来たのではないとアウルムは忠告する。
「分かってるって……で、その本業やけど、そろそろ真面目に動かんとな」
シルバが真剣な顔をして、本題を切り出す。
「とは言っても『カブリ』に関しては情報が錯綜しててなかなか見つけられんからな」
迷宮都市には華々しい成功者の名声が轟く一方で、夢を散らし命を落とす者も多い。
ハイリスクハイリターンなこの街では誰かが死んだという話が溢れかえっている。
ダンジョンで死亡者が出た場合、ただのモンスターに殺されたのか、それとも勇者に殺されたのか、判別がつかない。
死体は残らず、目撃者もいない。それが冒険者の最期としてありふれた結末なのだ。
「やっぱり、ソロで活動してる勇者が怪しいんじゃないの?」
迷宮都市には冒険者として活動している勇者が思った以上にいた。確認出来ただけでも5人はいる。
冒険者以外にも定食屋のウエダ。高級レストランを経営するミタライ。マジックアイテムショップを経営するクリタ。
クリタに関しては勇者の顔を変えるマジックアイテム、『ダミーリング』の制作者であることも判明している。警戒して、クリタの店では何も購入していない。
これではどの勇者なのか特定出来ない。勇者の居ない場所に一人だけ勇者がいれば間違いなくクロだが、勇者がそこそこいる場所では勇者イコール犯人と決めつけられない。
「まずカブリの情報の錯綜っぷりが予想外だった。というかカブリという言葉が迷宮都市における恐怖の代名詞的な扱いになっていて絞り込めない」
「階層のボスモンスターだとか、迷宮を移動するユニークモンスター、迷宮に住む人喰い盗賊なんて説もあるくらいやしな」
いつの間にか、死亡原因が特定出来ない行方不明の冒険者を殺した要因を、カブリにやられたと言う迷宮都市特有のスラング化しつつあった。
「して、捜査官さんよ……どうするんや?」
「調査官な。死体が発見されにくい以上、解剖なんかは無理だ。冒険者が死ぬのはことさら珍しい場所でもない。だが、目撃者はいてもおかしくないだろう?」
迷宮をうろついて分かったことがある。よっぽど上位の階層でもなければ、他の冒険者と顔を合わせるし、あっちにモンスターの群れがいるから気をつけろ、と注意するのは基本中の基本。
ならば、カブリを直接見たものが居ないというのは逆に違和感がある。そのことにシルバは気がついた。
「そうか! ソロ冒険者は数が少ない上に大抵は初心者。初心者なら行くダンジョンは初心者向けの『洞穴』しかない。しかも、あそこは人が多い。目撃者が絶対にいる! でもおらんってことは、人が少ないダンジョンで、パーティを狙ってる上に皆殺しにしてるってことか!」
「モンスターに襲われたら一人くらい生き延びることもあるだろう。だが、そんなやつがいるとは聞いたことがない。ならば全員殺してるのは間違いない。パーティが全滅したって話なら聞く……しかもそんなに多くはない」
「いいやんいいやん! 絞れてきたな!」
シルバは道筋を立てて推理していくアウルムの話を聞き、興奮する。
「だが、ここからが問題だ。パーティが全滅したらそのパーティメンバーから話は当然聞けない。そのパーティメンバーがどういった奴らで構成されていたのか、そいつらを知ってる連中を探して聞き込みする必要がある」
「お〜っと、雲行き怪しくなってきたな?」
迷宮都市に滞在する冒険者の人数を頭の中でイメージしたシルバはとんでもない作業が待っていると顔を青くする。
「地道に続ければ出来るかも知れんが時間がかかり過ぎる。そこで、さらに絞り込む為に知恵を使う。パーティが全滅したって話をグラフにまとめてみた。
これは冒険者ギルドが統計を取ってたから簡単だった」
「ああ、毎日ギルド前に張り出されてるやつか」
交番の前にある交通事故による死傷者を表示する看板のように、登録したギルドカードから死亡者の判別が可能であり、注意喚起の目的で毎日更新されているものをシルバは思い出す。
だが、大抵の人間は他人事のように考えてそこまで深刻に数字を見ていない。日常の風景と化しているものだ。
「でだ、二週間分のデータしかないわけだが……これを見てどう思う?」
「曜日で偏りがある……?」
アウルムの書き記したグラフには週の終わりの曜日に偏った死亡者数があるように見える。
「そうだ。ダンジョンのモンスターや構造が曜日によって変わるという話は聞いたことがない。自然の影響でなければ、この偏りは人為的なものと思われる。曜日で言えば今日だな……今日が狩りの日なんだろうな」
「つまり、この曜日に全滅したパーティを知ってるやつを集中して探せばいいんか!」
「それでもかなり大変なんだがな……」
「いや、待てよ。何も俺らが探さんでも冒険者ギルドに依頼かけて待ってればあっちから連絡してこんか?」
「……賢いな。依頼者側になるって発想はなかった」
シルバの柔軟な思いつきにアウルムは舌を巻く。
「そうとくれば早速冒険者ギルドに行こうや!」
「そうするか……」
立ち上がって、座り込んで尻についた土を払い、ダンジョンを出る。
***
冒険者ギルドで、特定のパーティについて何か情報を持っている者がいれば報奨金を出すと依頼を申請する。
生きているパーティの情報を聞くものならば、文句を言われるだろうが、死亡している者を知ってるかという依頼であれば、問題はまず起こらない。
死亡に関する情報を集めて、その者たちを問題を洗い出し、対策するのも冒険者の戦い方だと認識される。それでも金を出すとギルドに依頼するのは珍しく目を引くはずだと、二人は、いくばくかの期待をした。
「お、アウルム……あいつ勇者やろ?」
「だな……見たことない奴だな」
冒険者ギルドで、日本人顔の男を発見して本人に聞こえない程度に会話する。
毛皮の黒いコートとダボついた服を着ているので、目立っていたのだ。
「おめえら迷宮都市に来て浅いのか? あれは『悪食のオーガミ』だよ。乱暴なやつだから関わらん方がいいぜ」
『悪食のオーガミ』と呼ばれる男は何かモンスターの骨を咥えて、こちらを睨みつけながらバリッ! っと音を立てて骨を噛み砕いた。
「聞こえてるぜ、そこの金髪と銀髪」
オーガミは怒りを隠さないまま二人の方に歩いてくる。どこか動物的な凶暴さの滲み出た顔つきだと二人は感じた。
「文句あんのか? 殺すぞ?」
「……言うたんこいつやで?」
「ッ!?」
シルバは「勇者やろ?」としか聞いていない。オーガミを怒らせるような事を言ったつもりはなく、近くの冒険者の味方をする気もないので正直に言う。
一方、チクられた冒険者──名はヴィガというが、彼はまさか売られるとは思ってもおらず、シルバの方を見て顎が外れそうなほど口を開いて言葉を失っていた。
「テメェ……ちょっと顔貸せや」
「こんばんはオーガミ君」
ヴィガの胸ぐらを掴んだオーガミに声をかけた怖い者知らずは定食屋の店長ウエダだった。
「……ウエダか、後にしろ」
「分かりました。後とは何分後ですか?」
「後は後だ! お前と話すの疲れるから嫌なんだよ失せろ!」
「待てばいいのか、失せればいいのかどっちですか?」
「チッ……マジで面倒くせえなお前……もういい興が削がれた」
「ヒィ〜ッ! お、覚えてやが……ッ!」
オーガミはパッと掴んでいたヴィガから手を離して床に落とし、忌々しそうにウエダを睨む。
ヴィガは這いながら捨て台詞を吐こうとするも睨まれて、それ以上は言わずに怯えながらその場を去った。
「お客さんの……アウルムさんとシルバさんこんばんは」
「「……こんばんは」」
チラと二人を見てウエダはイラつくオーガミを無視して挨拶をする。
「おいっ! こいつらと話してんじゃあねえ! 今は俺だろ!」
「でも、知っている人に挨拶はするのが決まりですからね。母からそう教わりました。挨拶をすれば皆さん気持ちがいいって」
「オレが邪魔されてイラついてんのが分かんねえか? その『挨拶』のせいでよお?」
「分かりませんでした。どうして挨拶をしたら邪魔したことになるんですか?」
「なんなんだよお前は! 分かんねえか? ってのも本当に質問したんじゃなくてお前を非難してる文脈だろうが! 邪魔だっ! どけっ!」
オーガミはウエダよりは小柄ではあるが、しっかりと鍛えられており、筋肉の乗った太い腕でウエダの肩をドンと押してギルドを出ようとした。
「──触るな」
憮然とした表情のウエダであったが、オーガミに触れられた途端、目つきが鋭くなり声も低くなった。
「はぁ?」
「二度と僕に触るな、僕は触られるのが嫌いだ」
「じゃあテメェは二度と話しかけてくんなボケっ! 俺はもうお前とは話さねえっ! ……あ〜イラつくぜ、協定がなかったらお前なんか殺してやるところだ、命拾いしたな。でも次会ったら殺す、俺の前に顔出すんじゃねえぞクソ間抜けがっ!」
「じゃあ今は誰と話してるんですか?」
「……チッ」
オーガミは中指を立てて、それ以上は言葉を発さなかった。
「店長は何故ギルドに?」
「仕入れですよ。今日は仕入れの日だから行かないと」
「そうなんか……仕入れから調理、接客まで一人でやるなんて大変やな。従業員は雇わんの?」
「オーガミ君と同じで皆怒って辞めちゃうんです。僕人の気持ちを察するのが下手なんです。ちょっとしたことが気になってそれを指摘するのがやめられないんです」
「ふーん、まあ今の店好きやから応援してますわ」
「ありがとうございます。料理は会話が必要ないし、人に喜んでもらえるし、細かいことが気になる僕が能力を発揮出来る場所なんです」
「向き不向きあるからなあ、んじゃまた行かせてもらいますわ」
「またっていつですか?」
「っと……そうやった、細かいんやったな……え〜、店空いてる日に予定が合えばやから特には決まってないけど」
「そうですか……お待ちしてますね」
ウエダと少しばかり会話をして解散する。勇者とたわいの無い雑談をするというのが奇妙な感じだと二人は笑った。
勇者とは厄介で、イカれた連中というイメージがどうしても拭えず、比較的真摯な対応をする素朴なウエダと会話をしていると、日本に戻ったのかとさえ錯覚してしまう。
「行くか……」
「ああ、『悪食』ってのはちょっと引っかかるやろ。それにあの好戦的な態度」
オーガミのニックネームについた『悪食』というところと、殺すという言葉が簡単に出てくる辺り、警戒するのは当然のことで、オーガミの追跡を始める。
***
オーガミを追跡した結果、彼はドロップアイテムではなく死体ごと残るダンジョン『肉林』に入っていったと判明する。
後から続いて入り、こっそりとオーガミを観察する。
単純に、どんな能力があるのか。カブリではなくとも好戦的な勇者についてはいくら情報を持っていても損はないと、徹底的にマークする。
「おい……そんなんアリか?」
「ユニークスキルってマジで何でもありだな」
しばらく観察した結果、オーガミのユニークスキルが判明する。
モンスターに囲まれた際、オーガミはアイテムボックスから肉を取り出して食べ始めた。
初めはモンスターに対してお前たちも今から食ってやるぞと挑発しているのかと考えたが違った。
肉を飲み込んだ後、オーガミは変身した。
ゴキゴキと骨が変形し、動物のような毛が生えて、爪や牙まで揃う。
あっと言う間に二足歩行の獣に姿を変えたのだ。
獣人とは、獣の特徴を持った人であるが、オーガミの場合は人の特徴を持った獣。という印象を受ける。
グルルと唸り声を上げながら、涎を垂らして、前傾姿勢でモンスターに襲い掛かり、あっという間に死体の山を築く。
変身を解除したのか、効果切れなのかは不明だが、人の姿に戻る。
そしてその場で解体して、肉を切り出していくつかをアイテムボックスに収納する。
オーガミは更に奥へと進んでダンジョンの中へ消えていった。