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ブラックリスト勇者を殺してくれ  作者: 七條こよみ
4章 ソウルキッチン
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4-4話 必要な暴力


「アウルム様! なんとかしてください!」


 シルバの剣幕を見て、心配そうな顔をするエルフたちを代表してラナエルがアウルムに頼み込む。


「ん? あいつなら心配ない。レベル差は明らかだろ」


「そういうことじゃなくて……」


「それに、俺は忙しいんだ。あいつに構ってられない」


「この状況で他にやるべきことなんてありますかっ!?」


 足を組み、悠然とした態度で椅子にもたれ掛かり、小さめのナイフで歯に詰まったゴミをほじくっているアウルムを見て、ラナエルは大きめの声を上げた。


「おっ、取れた取れた……さて、行くか」


「良かった……やっと行ってくれるん……ってどこに行かれるのですか!?」


 店の出口ではなく、シルバが金を渡した集団のところへ歩き出すアウルムを見て、更に声を上げる。


「ん……なんだお前」


「女……いや、男か? ウィギンズとヨロシクヤリたいってか!? ギャハハッ!」


「ま……冒険者よりは男娼やってる方が似合ってるわな!」


「違いねえ!」


「失せな、及びじゃねえんだよ姉ちゃん」


 アウルムを見て冒険者たちは侮辱することを目的とした会話を始める。


「良いか、冒険者……いや、男ってのは舐められたらそこで終わりだ。そうだろ?


 ──後から後から面倒ごとがやってくる。


 こいつには舐めてかかっていいと思う馬鹿が後を断たないからな……俺たちがこれからこの街で活動するにあたってそれは迷惑だ。

 お前らはさっき誠意を持って対応したシルバを『雑魚』とか『腰抜け』と言ったし、俺も男娼扱いした。よって、迷惑料として有り金全て出したら見逃してやる」


「「「「「…………」」」」」


 冒険者たちは、こいつ頭がおかしいのか? と、この国特有のジェスチャーを使い、無言で目を合わせた。


「プッ……ププッ……」


 一人が笑いを堪えていたが、その堰が決壊する。


「「「ギャーハッハッハッハッ!」」」


「ヒィ〜俺らを笑い死にさせるつもりかよ!」


「男娼じゃなくて道化だったか!」


「ア〜ハッハッハッハッ! いや〜笑わせてもらった……だが、俺らに舐めた口聞いたのは許せねえなあ?」


 ひとしきり大笑いしたのち、リーダー格のウィギンズと呼ばれる赤髪の男が睨みを利かせて低い声を出す。


「ボコボコにされて犯されたいみたいだなお前……なんだその反抗的な目は?」


「……犯す? 大したモノを無いのにどうやって?」


 凍えるような青い目がウィギンズを捉えていた。


 直後、ウィギンズの股間に違和感が生じる。


「なっ……なんだぁあああっ!?」


「どうしたんだよウィギンズ!?」


 ウィギンズが血相を変えて立ち上がり、ベルトを外してズボンを脱ぐ。


「おいおい、食堂で脱ぐなんてマナーがなってないな」


「ッ!? 」


 ウィギンズは自らの股間に一体何が起こっているのか、慌てて確認した。すると、股間にはネズミがグルグルと忙しなく駆け回っていることが分かった。


 否、それはウィギンズの幻覚である。


 ウィギンズだけに見えていて、仲間たちには何も見えない。


 だが、ウィギンズの太ももをしっかりと掴んだネズミと目があった。


「このッ!」


 そのネズミをウィギンズは必死で追い払う為、暴れ回る。だが、ネズミはどうやっても離れないし、掴むことも出来ない。


「ッ!? ウィッ……テェ〜〜〜ッ!?」


「ど、どうなってんだウィギンズ!?」


「とってくれ! こいつとってくれ!」


「とってくれって……何を?」


「馬鹿! 見えねえのかよ!?」


「いや、見えねえって……そう言われても、なあ?」


 ウィギンズの仲間は一体何がどうなっているのか、さっぱりだと首を傾げる。


 ウィギンズの必死な姿を見るが、特に被害もなさそうなので訳が分からないと口々に言う。


「……? あれ? 痛くねえ……血も出てねえ……テメェ幻術使いか! ふざけやがって!」


 タネが分かれば大したことないと、侮辱されたことに対する怒りが湧いてきたウィギンズはアウルムを睨みつける。


「幻術……? 本当にそうか? もう一度よく見てみろよ?」


「お……おい……何なんだよこれはぁッ!?」


 再びウィギンズが股間に視線を移動させると、今度は何匹ものネズミがいる──ような幻術を見せられる。


 だが、この幻術、ただの幻ではなかった。


「うおあああああああああっ!」


 一斉にネズミが股間を噛みちぎり始める。そして、その幻は現実となり、ウィギンズの股間は自身の血で真っ赤に染まり、ビュービューと血を吹き出す。


「クックック……穴あきチーズみたいになっちまったなあ……?」


 アウルムはその様子を見て肩を震わせて満足そうに笑う。


「ひえええええ」


「なんなんだよぉこれはぁ!?」


「ウィギンズ大丈夫か!?」


「ダァッ……だ、大丈夫な訳あるカッ……殺せそいつを! 今すぐ!」


 ウィギンズが股間を抑えて歯を食いしばり、なんとか止血をしようと試みながら仲間に指示を出す。


「さて有り金全部出すか、アイツと同じ目に会いたいか選んでくれ……もっと酷いコースも用意出来るが?」


 そうアウルムが言うと、ウィギンズの仲間たちは震えながら金を全て出した。

 ウィギンズの腰にかかった袋もひったくり、投げ渡した後は血まみれの彼を抱えて大慌てで宿屋から飛び出した。


「ん? なんかあったんか?」


 すれ違いでシルバが食堂に戻ってきて走っていく男たちを親指で差した。


「ああ、敬意が足りてなかったんでちょっと礼儀を教えてやっただけだ……店主っ!」


「は、はいっ! なんでしょうか!?」


 その光景を見ていた小太りの頭のてっぺんが禿げた気の弱そうな店主がアウルムに呼ばれて、今にも死にそうな顔をしながら近付いてくる。


「迷惑をかけた。グラスと床の掃除代はいくらだ?」


「い、いいい、いえっ! そんな! 頂けません! 結構です!」


 アウルムが血のついた袋から金を取り出して弁償の意思を見せると顔を青くしてブンブンと首を振り、手を前に出して硬く固辞する。


「俺らが壊して汚したんやから受け取ってもらわんと、俺らが礼儀知らずやと思われるやろ? やから受け取って欲しいわ、なっ? 分かるやろ?」


「はいっ! はいっ! 分かります!」


 シルバは店主の背中をポンと叩いて笑う。安心して欲しいという意図を込めたのだが、周囲からは受け取らないと殺すぞと脅されているように見えた。と後にエルフたちに指摘される。


 弁償と迷惑料こみで金貨3枚渡すと、十分だと店主は震えながら、感謝を述べた。


 ***


「お二人とも、何故あんなことを?」


「「あんなことって?」」


 部屋に戻った後、二人はエルフたちに説教、または尋問を受けてきた。


「冒険者を殴ったり、血祭りにあげたりしたことですよ、何故ですか?」


「何故って……」


「なあ?」


 何を当たり前のことを聞くんだとシルバとアウルムは互いの顔を見て、納得のいかない顔をする。


「筋通ってへんかったやろ?」


「舐められたら困るからな?」


 二人して、息を吸うように行動しただけだと言い張る様子を見て、エルフ一同で深くため息を吐いた。


「乱暴やと思うんか?」


「乱暴でしょう?」


 一番優しい性格をしているソフィエルが言うまでも無いでしょうと、言葉を返す。


「鼻と歯折っただけやん。殺してないで」


「ソフィエル、お前は馬の扱いが得意だろ? 飼い主が馬に舐められたらどうなる?」


「……言うことを聞きません、馬は頭が良いので」


 いつも馬車の扱いを任せているソフィエルに敢えて馬の話をする。


「そうだよなあ、舐めたら困るよなあ? 冒険者ってのは殆どの奴が言っちゃ何だが馬より頭が悪い上にベラベラと喋るんだよ。なんなら馬より厄介だ」


「ああアウルムの言う通りや。例えば1人にタダで商品配ったら俺も俺もってドンドン便乗して、貰えへんかった奴は文句言い出すやろ。別に損してないのにやで?」


「その上、俺らが腰抜けだと吹聴されてみろ。俺たちがオーナーやってる店まで舐められて面倒な連中が手出ししてくるぞ。俺らが腰抜けなら俺が守ってるお前らを良いように出来るってな」


「……あれはデモンストレーションも兼ねていた、と言うことですか?」


 ヨフィエルが真意を探るように聞く。


「結果的にはな。別に、意図してやった訳じゃ無い」


「簡単な話、大一番の商売する時に取引先行く時は一番ええ服着て、商品の見栄えも意識した箱とか布で飾るやん?


 ──それって相手により良い印象を与えて、こっちも舐められへん為の駆け引きをやってるわけやん?


 それが、見た目とか商品じゃなくて暴力とか迫力ってだけ。これで皆が店やってもあの店は手だしたらあかんなって噂がそのうち広がるやろ」


 シルバが商売に例えて説明して理解を求める。そう言われるとそうかも、と何人かは納得した顔を見せたがラナエルとソフィエルはまだ納得してなかった。


「私たちは暴力とか争いごとが苦手な種族です……だから、ちょっとショックで……」


 ソフィエルは胸の前に手を当てて、ギュッと握りながら辛そうな顔をする。


「今まではお前たちの経験を配慮してそういったものから遠ざけてきた。だが、迷宮都市で荒くれ者の多い冒険者もいるこの街で商売をやる以上、無視出来ん現実だ」


「言ってることは理解出来るんですが……ああ言った日常は私たちには難しそうで……その、交渉とか駆け引きでなんとかならないものでしょうか?」


 ラナエルが苦しそうに言葉を絞り出した。


「同じ言葉を喋るからと言って会話が成立するとは限らん。だが、暴力は誰にでも通じる。

 野蛮だと思うか? だがこれがいつの時代、どの国にだって共通したルールなんだよ。だからダンジョンで理不尽に抗う力をつけてもらうと言ってるんだ」


 アウルムとシルバは暴力を肯定している訳ではないが、やはり暴力によってのみ解決するしかない。という選択を強いられることが冒険者生活で何度もあった。


 日本的な倫理観は危険過ぎる。平和な日本の感覚でいたらすぐに死ぬ。繰り返すうちにこの世界で強かに、冒険者らしく生きる方法を経験から学習していた。


 高ランク冒険者は馬鹿では務まらず、やはり賢さが生存に繋がっており、今まで会ってきた高ランク冒険者は性格が悪くとも、馬鹿ではなかった。

 会話が会話として成立する。


 問題は馬鹿故に冒険者しか出来ない連中。Aランクまでいけないくすぶった連中。

 不良、ヤンキーなんて比にならないレベルの頭の悪さと暴力性でもって、利己的な行動に出る救えない者たち。


 エルフたちを守るという立場である以上、弱気な部分を誰かに見られでもしたら、それは遠からず彼女たちに危険を及ぼす。というのは肌感で理解していた。


 ましてや、この地に根を下ろすとなると、より深刻に影響してくる。だからこそ、引いてはいけないのだ。


「別にさあ、皆のこと批判してるとか、差別してるとか思わんといて欲しいねんけど……会話の通じる商人と守られる側の女の発想やわそれ。甘い」


「「「ッ!」」」


 シルバはいつもよりも強い言葉を使った。常に相手を気遣う優しい言葉を投げかけるシルバが言ったからこそ、彼女たちにその言葉は深く刺さった。


「そう……ですね……確かにおっしゃる通りです。私たちは平和ボケしていたのかも知れません。


 これまでの旅が安全で快適だったからこそ……いつの間にか、争いごととは程遠い世界で商売にだけ目を向けて自分たちのやるべきことをやっていれば良いと漠然とした甘えがあったのかも知れません」


『不可侵の領域』、『虚空の城』、過保護なほど危険なことからは遠ざけて、ヴァンダルからも遠ざけて、傷ついた心にストレスを与えないようにしてきた。


「故郷と家族を失ったあの時の気持ちを忘れかけていました……いえ、忘れさせてくれていたんですね。

 そして、しかるべき時──今、私たちにそれを思い出させてくれました」


 燃える森、燃える仲間の監禁された屋敷、その光景がフラッシュバックするラナエルの瞳からはスゥッと涙が溢れて顎に伝う。


「ラナエル、やろう」


「私たち、強くならないと」


「強くなったらお母さんたちも神の世界で喜ぶ……きっと……」


「二度と後悔したくない」


「これが今の私たちがやるべきことなんだよ」


 ラナエルを中心に集まり、泣きながらも強い決心をして互いを抱き合った。


「結果オーライ……やな?」


「全く想定していなかったがな」


 偉そうなことを言ったが、2人は普通に標準的な日本人より気が短い方であり、攻撃的な方だ。流石にその自覚はあり、メンツ、筋合いが多少あるとは言え、簡潔に言うなら「カッとなってやった」という範疇だとは口が裂けても言えなかった。


 エルフたちが寝入った後、2人は怪我をさせた冒険者の元へ行き、怪我を治した後、プラティヌム商会の関係者に手を出したら次はこの程度じゃ済まない。

 と宣伝をしに夜中に出歩いていたことを彼女たちは知らない。


 後にプラティヌム商会のオーナーは正体不明の凄腕冒険者という情報が流れ始めるが、正体は誰も掴めなかった。

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