4-3話 開店準備
「シルバ様、ようこそお越しくださいました」
商人ギルドに入ると、まずは冒険者風の見た目であるアウルムとシルバに注目が集まる。次に美しく胸の大きなエルフのラナエルに目が映り、視線はそこに留まり続ける。
この場にいるのは、太った中年男性が過半数を占め、若く、女というだけ、健康的な体型をして武器を携帯しているというだけで目立つ。
シルバが昨日アポイントをとったギルドの担当者が、丁寧な物腰で挨拶をしてきた。
「今日はよろしく頼むわ」
「はい、お任せ下さい」
受付ではなく、奥の別室へと連れられる。店の共同オーナーとしてアウルム、シルバの二人。それに運営の実質的な責任者であるラナエルの三人で部屋に入る。
「私、商人ギルド迷宮都市支部の副ギルドマスターを務めています、ハーシェスと申します。本日はよろしくお願いします」
ハーシェスは水色の髪、紫の瞳の細身で、モノクルを左眼にはめ込み、やり手の商人を思わせる優雅な姿勢で挨拶をする。
「俺はもう分かってるとして……こっちが相棒のアウルム。俺と同じAランク冒険者で、アレや分かるな?」
「はい、承知しております」
平身低頭で、ハーシェスは調査官という事情も分かっていますと、頭を下げる。
(シルバ、お前彼が何者か分かってて、彼に声をかけたのか?)
(ん? たまたま声かけた奴が副ギルマスやっただけやで、ラッキーやんな)
(そうじゃなくて……気付いてないのか、彼はトーマス・キラドの御用商人の系譜のものだぞ。だから、ここまでペコペコして便宜図ろうってんだよ)
(じゃあ……やっぱりラッキーであってるやん!)
(そうなんだけどな……いや、もう良い。お前のラッキーを褒めておこう。でも、この街はトーマス・キラドとライバル関係にある貴族が統治してるから、その子飼いも多い。調査官の首飾りは見せない方が良いぞ)
アウルムは念話で、シルバに真意を聞くが全くの偶然。完璧なタイミングで幸いにも、この街の商人ギルドで最も声をかけるべき人物との接触に成功しており、最速で正解に辿り着いていた自覚の無さにアウルムは呆れ返っていた。
トーマス・キラドの配下のご機嫌を悪くする、ハーシェスにとって死を意味するのだから、便宜を図り愛想良くするのは当然だ。
「さてさて、俺らはAランク冒険者相当の実力があり、それを買われて今の地位にいる。生活の安定と、仕事を円滑に進める為にも拠点となる商店の開業が必要。ここまでは分かるな?」
「はいっ、それはもちろん!」
ニコニコとハーシェスは揉み手をしながら、うなずく。
「開業に必要なもんはなんや?」
「はい、ご説明させて頂きます。基本的に必要なもの、手続きは5点あります。
まず、信用調査ですが……これは問題ありません。
次に、商人ギルドの年会費を最低でもCランクまで引き上げ、納めてもらいます。
次に、物件の選定及び土地の確保です。この後、候補地をご案内します。
そして、店の登録です。露店ではない、通常の店は土地の住所が書かれている必要があります。これは商人ギルドに記録されます。
最後に、これは必要というかまあ、当然なのですが売れる商品です。プラティヌム商会──で、よろしいのですよね? 何を売られるつもりですか?」
ハーシェスの説明は結論から話して非常に簡潔。時間の貴重さを理解しているやり手の商人らしいものだった。
「それに関しては私から説明します。まず、各地を旅しながら集めた香辛料や塩、美術品、衣服、雑貨はもちろんのこと、目玉となるのは野菜と果実です」
ラナエルが立ち上がりプレゼンを始める。
「ほほう、野菜と果実ですか……それはまた……」
「ご懸念は分かりますが、心配ありません。こちらをどうぞ」
ラナエルは肩掛けカバンからいくつかの野菜と果実を取り出し、テーブルに並べる。
「……失礼します」
ハーシェスは接待相手から、商人の顔に切り替わり厳しい目つきで検分を開始した。手に取り、あらゆる角度から眺めて、香りまで確認する。
「待ってや、切り分けるから食べてみて」
シルバがナイフを手に取り、梨を空中で捌いて皿に乗せる。
「おお、お見事です。流石Aランク冒険者ということですね。では、頂きましょう……」
シャクっと小気味良い音を立てて、梨を頬張り味を口の中に行き渡らせる。
一度大きく目を開いてから、うんうんと頭を動かして突き出た喉仏を動かして飲み込み、口を開く。
「信じられません……今まで食べてきた梨の中で一番新鮮で、瑞々しく、糖度も高い。迷宮都市近辺でこれほどの質のものは手に入れることが難しく、栽培している農家も耳にしたことがありません。
それに、この新鮮さを保っていることに裏打ちされた輸送技術……もし特別なノウハウがあるのでしたら、是非商人ギルドにて買取りさせて頂きたいのですが……」
ハーシェスは梨の味を絶賛し、その味を保つことが出来る保存と輸送について目をつけた。
アイテムボックスによる時間停止と、『虚空の城』による輸送は、教えられないが商人としては喉から手が欲しいものだと言うことは分かる。
「申し訳ありません、そこは我々の商売の肝となる部分ですので、公開は出来ません」
「いえ、承知の上で念の為聞いただけですので、構いません。それについては私も商人ですので、理解しています。他のものも、これらと同等の質と考えてよろしいのでしょうか?」
「ああ、全部美味いで。売れると思うか?」
「勿論です。迷宮都市は肉は豊富に取れますが、野菜や果実は供給が足りておりませんし、これは領主様にお出しされても恥ずかしくない逸品だと、副ギルドマスターとして胸を張って言えますね」
「ならば、手続きをさっさと進めて物件案内をして欲しい。出来るだけ拠点は早いうちに欲しいのでな」
「はい、ではこちらの書類に記入と年会費の差額だけお支払いが済みましたら早速ご案内させて頂きます」
***
記入と納金を終えて、迷宮都市を案内されながら物件を周る。
「──こちらが、最後の候補地となります」
5件ほど、初めて店を持つ駆け出し商会にしては良い土地を紹介されて、最後の物件の前に到着する。
「居抜き物件か」
アウルムがそう呟き、目にしているのは元々立派な商会があったという建築物で、オーナーが違法な物品の売買をしていたのを摘発され、廃業に追い込まれたものだとハーシェスは言う。
「日当たりよし、広さも十分。倉庫と、従業員用の居住スペースあり、ええんちゃうか?」
シルバは満足そうに店の中を歩き回る。
「この辺りの治安は?」
一方、アウルムは慎重派で簡単に納得はしない。
「はい、衛兵の警備ルート上にあり、大きな商会が立ち並ぶエリアなので問題ありません。前のオーナーの増改築により、分厚い扉で守られた地下室もあり、緊急時の際はそこに避難することも可能です」
「購入するとしたら、いくらだ?」
「1億5000万ルミネです」
「たっか……」
「うん、やはりそれくらいはするか」
資本金まるまる吹き飛ぶ金額に二人は眉をひそめる。
「アウルム様、シルバ様ちょっとよろしいですか?」
ラナエルが二人の反応を見て、声をかけ内密な話をしようとする。
ハーシェスは心得ており、会話が聞こえない距離まで下がる。
「何も、まるまる全額を一度に払う必要はないのです。5000万ルミネを頭金として払い、残り1億ルミネは商人ギルドから融資を受けて少しずつ返しましょう」
「借金するんか? ……それはどうなんや?」
「何か考えがあるのか?」
1億という大金を借金するというラナエルの提案に、元々手取り20万あるかないかで生活をしていた時期もあった、一般市民の元日本人の二人としては気後れをする。
「はい。まず、5000万ルミネ払い、手元に5000万ルミネ使える資金を残す方が大事です。手元に動かせるお金を置いておくというのは経営の基本です。
そして、ギルドから融資を受けるということは、ギルドにとっても我々は良い客になるのです。良好な関係を築きやすくなり、少しずつ確実に返済していくことで信用も上がります。商人ギルドとの関係が良ければ、商人としての生命線、信用という点で大きなアドバンテージになります。
私はエルフなので、ヒューマンの国では信用を得ること自体難しかったのですが、お二人はヒューマンですのでその点の問題も解決しています。
融資を繰り返して行いながら資金を増やしていく方が効率的です。お二人の力がありますので、経営が傾くことはまずあり得ませんから、心配無用です」
「なるほどな、やはり俺たちにはそんな発想が無かったから任せて正解だ」
「ラナエルがそう言うならそうなんやろ。専門家の言うことは聞いとくべきやな……よし、分かった! それで行こう」
借金、と聞くと拒絶反応が出やすいものだが、ビジネスとはそういうものらしく、二人は大人しくラナエルの提案を受け入れた。
***
「ひとまず、開店の目処が立ったってことで乾杯ッ!」
「「「乾杯ッ!」」」
宿屋の食堂にて全員で酒を飲み、料理に舌鼓をうち、これからの希望を楽しく語らう。
辛い過去、長い旅、それが今好転しつつある。頑張った甲斐があるという実感が湧き出し、自然と笑顔が出て、開放的になる。
「……チッ、おい静かにしろお前らッ! うるせぇんだよッ! 雑魚がっ!」
同じく食堂で食事をしていた5人組のパーティ冒険者が、怒鳴り声を上げる。
「「…………」」
一団は目を合わせて、黙る。そして、シルバが立ち上がる。
「あ〜、確かにちょっと嬉しいことがあってはしゃぎ過ぎたところはある。うちのモンが迷惑かけたな……これで酒でも飲んでくれ」
シルバは銀貨を1枚取り出して机の上に置き、場を納めようとする。転生前のクラブのセキュリティをやっており、アル中になった父を持った身としては、酒はあくまで周囲に迷惑をかけないもの。という認識だったので尚更、申し訳ないと思った。
「へっ、分かってるじゃねえか……でもこれじゃあ足りねえな。人数分だ」
リーダー格のヤギ髭を蓄えた赤髪の男が、鼻で笑い顎でクイっと仲間の方を見ろとジェスチャーをする。
「5人で全員か?」
「そうだ」
「分かった……迷惑かけてすまんかったな」
更に4枚銀貨を取り出して、誠実かつ穏便に事態の収集を図る。
舐める、舐められる以前に実際、自分たちは騒いでいて周りに迷惑をかけていた、というのは間違いなく逆ギレするのはシルバにとって筋が通っていないことだった。
「へっ、腰抜けが」
仲間の目が釣り上がったキツネのような顔つきの男が大人しく金を出すシルバを笑う。
仕方ない。何を言われようが実際迷惑をかけたし、この程度のことでキレては居られない。
「立ち上がった時はヒヤッとしました……よく何事もなく場を収められましたね」
「……リリエル、俺は何も闇雲にキレるイカれ野郎じゃないで。俺らが悪かったんや、もう少し声小さめで楽しもう」
シルバは俺をどんな奴だと思ってるんだと、笑いながらグラスに手をかける。そこに、シルバに声をかける男たちがいた。
「よお、にいちゃん……俺らもうるさくて迷惑してたんだ、迷惑料もらえるかな?」
「「へっへっへ」」
ニタニタと笑いながらシルバの肩に手をかけて迷惑料をせびる別の冒険者パーティがいる。
「なあ、こいつらアンタらの連れか?」
「ああん? そんな奴ら知らねえよ話しかけんな木偶の坊がっ!」
「そうか……」
シルバは迷惑料を払った赤髪の男に声をかけて確認を取り、罵声を浴びせられ、うんと頷いた後息を吸う。
「こんのッ! ダボがあああぁッ! テメェ便乗してんとちゃうぞゴラァッ!? 俺はッ! 最初に発言する勇気もないくせに周囲の雰囲気に乗じるクソが一番ムカつくんじゃあああぁッ!」
ガシャーンと激しい音を立てて、持っていたグラスを話しかけてきた男の顔面にぶち込み、一撃で倒す。
「「ッ!?」」
瞬間湯沸かし器のごとく、一瞬で怒りの頂点に達し、キレるシルバの豹変ぶりに周囲は瞠目する。
「オモテ出ろゴラァッ!」
シルバはグラスをぶつけられて、卒倒したリーダーにビビっている仲間二人の首根っこを掴み、無理やり外に引きずって行き、店から出た。




