4-2話 迷宮都市
いよいよ、迷宮都市に到着。
荷物の検査と入市を許可する簡単な質問を終わらせて街の中に入ると、今まで見たことのない景色が広がっていた。
「人多っ!?」
まさに都会。武器を持ったイカつい冒険者や、露天で声を上げる商人、酒場やホテルの客引き、喧騒に溢れ、混沌としていた光景にシルバは驚嘆する。
「ササルカもキラドも商人が多めだったが、とにかく冒険者の数が凄いな」
「それにヒューマン以外の種族もめっちゃいるわ。おっ、ドワーフにエルフまでいるやん」
ところどころで獣人種を見かけることもあったが、エルフやドワーフは滅多に見かけない。
だが、この街では種族ごとに固まってパーティを結成している集団もチラホラと見える。
「今日のところは宿の確保で終わりそうだな」
アウルムは残念そうに呟く。
今日のうちに商人ギルドで商店開設の手続きまで進められたらと思っていたが、現在は夕方。
宿のチェックインや積荷を置くための倉庫などの手続きを進めている間に夜になってしまう。
「アウルム様、商店開設となると手続きに時間がかかるので、予約が必要です。宿を取る組みと、商人ギルドに行って予約を取る組みに分かれませんか?」
「そうするか」
「んじゃ、俺が商人ギルド行くわ。ラナエル、リリエル、マキエルついてきてくれ」
「分かった。宿が決まったら場所を念話で連絡する」
シルバは3人を連れて馬車を降りて商人ギルドに向かった。
「お前たちにも念話が使えたら良いんだがな」
携帯電話、インターネットに慣れた生活をしたせいで、どうにも連絡手段の限定されたこの世界は不便に感じる。
シルバとのやり取りは念話で済むが、これから別行動をする機会が増えていくので、彼女たちにも直ぐに連絡出来る手段が欲しくなってくる。
だが、音声のタイムラグなしに通信が出来る手段は領主や王宮などにある、緊急用の馬鹿でかいマジックアイテムのみらしい。
後は手紙、伝書鳩などのテイムされた動物やモンスターとなる。
「魔力を込めると光で信号を発信するマジックアイテムがあります。迷宮都市なら入手出来るかも知れませんよ」
「そういうものがあるのか、高いのか?」
「そうですねえ、二つで一組の金貨1枚ほどです。チカチカと光るだけなので、そこまで複雑な仕組みではないのですが、流通量が少ないんです。緊急の要件を知らせたり、お金持ちの人が呼び出し用に使うくらいで、大抵は人を送れば済む話ですから、そこまで需要もありませんし」
サラエルが唇に指を当てながら、そのマジックアイテムについて説明する。
(なるほど、この世界の人間とは時間の概念が違うんだな。街の時計にも秒針がないし、手紙のやり取りだって数日待つのが普通。送った瞬間に返事が返ってくるというスピード感がないから、それで事足りる。
しかも、何かあっても別にすぐにその場に行ける訳じゃない。俺の『虚空の城』ありきの発想だったか……だが、万が一を考えると必要だな。小熊族にも一つ持たせたい)
念話というのは勇者及び、自分たちにしか使えないユニークスキルに近いものだ。
「なら自分で作って改造した方が良さそうだな。錬金術ギルドに行ったら作り方教えてもらえるだろう?」
「どこかの工房に弟子入りでもしていない限り、普通は錬金術スキルがある者じゃないと教えてもらえませんよ? それに作成方法、素材にもお金が必要です」
「必要ない、素材は自分で集められるし、作成方法も実物を見れば俺の目なら分かる。錬金術スキルも持っている」
「ああ……そうでした、アウルム様は普通の人じゃなかったですね」
サラエルが、悩んだのがバカみたいだと首を振った。
「迷宮にはマジックアイテムとは違うドロップアイテムも結構流通してるようだし、掘り出し物を探すのも面白そうだ」
***
宿のチェックイン作業が終わりシルバたちと合流する。
「予約しにいって正解やわ。それでも3日は待ってくれ言われたから調査官権限使わせてもらった。明日手続き出来るで」
「あんまり見せびらかすもんじゃないが、物件の選定や開業準備も考えると手続きは早めに済ませておきたいしな」
「ギルドのやつも、心得てるもんで、首飾り見せたらそれ以上の追求はしてこんかったし、守秘義務守れよって約束もしてたから大丈夫やで」
「そう言えばお前に嘘はつけないんだったな」
「お二人ともの力ありきですが、ここまでスムーズに問題なく物事が運ぶと、絶対に失敗出来ないというプレッシャーが更に重くなりますね……」
ラナエルは緊張した面持ちで胸に手を当てる。
「しばらくはこれまでの旅で仕入れた商品を売って、小熊族の野菜や果実を売るってプランは聞いたが、仕入れと輸送が俺たちの能力頼りだ。
出入りの商人の量が合わないことに気がつく奴もいるんじゃないか?」
アイテムボックスに入れれば、重量なども気にせずに済むし、『虚空の城』で輸送費もかからない。商売する上では便利過ぎる能力だが、周りから見れば、辻褄が合わないのも確かだ。
「その点は、結局お金とコネと権力と商品の魅力でなんとでもなります。私たちは戦闘はからきしですが、商人の知識、知恵は先祖代々伝わるものがありますので、心配ご無用です。ちゃんと考えてありますので……お手を煩わせるのは、アイテムボックスと『虚空の城』、『破れぬ誓約』、『不可侵の領域』くらいです」
「いや、結構ガッツリ俺たち使うじゃないか」
「何を仰るんです? お二人の為に商会を大きくする必要があり、私たち商人は使えるものは無駄なく全て使う。それならば、お二人の能力も使えるところはしっかり使うのは当然ではありませんか?
商売に関しては一任して頂けるのですよね?」
「逞しいな……いや、悪かった。使えるものは全て使い勇者の情報を集めるだけの力を持つように尽力してくれ」
「皆、信頼してるからよろしくたのむで。俺らは金増やすことに関してはセンスないからな」
「適材適所です」
エルフたちは自信ありげに微笑んで礼をした。
やっと、役に立てる準備が整ってきたと皆やる気になっているようだ。
「ああ、そうそう……戦闘からきしで思い出したが、皆にはしばらく迷宮に潜ってもらいレベル上げしてもらうからそのつもりで」
思い出したようにアウルムが呟く。
「「「ッ!?」」」
先ほどまで自信たっぷりだった表情からサッと血の気が引くのが見えた。
「あ〜別にアウルムは意地悪で言うてるんじゃなくて、俺らと別行動する時間が増えるからいざと言う時に自分の身を多少守れるくらいの力つけさせるのを協力するって話やしな?
ほら、皆……アレやから狙われたりすることもあるやろうし」
「顔が良くてデカパイの金持ち商人エルフは男に狙われる」
「言い方ぁッ!」
「いや、この際だからハッキリ言っておくべきだ。犯罪において、被害者の生活リスクという考え方がある。
犯罪者は基本的に狙いやすいやつを狙う。失踪しても誰も探さない、身寄りのない人間──家出人、ホームレス、路地に出る娼婦、子供、女なんか特に危ない。
金を持ってるやつもリスクは高いが、大抵は護衛がついており、馬車移動だ。
となると、やはり金を持っていて、護衛がついておらず、見た目の良い女である皆は危険だ。ここは冒険者の街だから、ただのチンピラに見えてもレベルが高いことだってあり得る。
話は聞かん奴らには暴力で対抗するしかない」
「あの〜……護衛の奴隷などを雇えば良いんじゃないでしょうか?」
ヨフィエルが手を挙げて、おずおずと発言する。
「忘れたか? この国では奴隷はヒューマンしか奴隷として所持出来ない。しかも闇の神の使徒という立場にある以上、ヒューマンは出来るだけ身近に置くことが出来ない。よって、奴隷という選択肢は無くなる」
「あっ……そうでした、すみません」
ヨフィエルは耳を下げて、悲しそうな顔をした。
「いや怒っているわけではないから気にするな」
「でも真面目な話、戦闘向けの用心棒みたいなやつは雇った方がええんやろうなあ。ヒューマン以外でよ」
「そんな簡単に信頼出来るやつが見つかれば問題解決だがな……」
「そう上手くはいかんよなあ……」
シルバは両腕を後頭部に置いて、目を閉じた。
「取り敢えず、迷宮都市についたことだし各々がやりたいことがあると思う。皆、やりたいことがあったら今のうちに共有しておこうか」
「俺は前から言うてたけどメインの武器のアップグレードしたいのと、自分で剣の調整出来るように鍛治屋で技術勉強したいな。『非常識な速さ』で破壊されても復元出来るけど、咄嗟の時に1本しかないのは危ないしな」
「シルバは鍛治屋と……でも職人って頑固者が多いがそんな簡単に勉強させてもらえるとは思えんがな」
全員が分かるように紙にアウルムが書き込む。
「まあ、合う合わへんもあるし、色々な工房まわるつもりやから、すぐに上手くいくとは思ってないわ」
「なら、よし。皆は?」
エルフたちは、それぞれ必要なものや調べたいことがあると言っていたので、それを書き込む。
明日にでも出来そうなこと、優先度の高いもの、時間がかかりそうなもの、優先度の低いものを仕分けてスケジュールを立てていく。
「な〜んか、皆遊びが全然ないなあ」
「それは思った。息抜きも大事だし急ぎと優先度の高いことを終わらせ次第休みの日を設けよう。街の中をのんびり歩き周るだけでも、普段とは違う視点で発見が出来たりもするしな」
特に迷宮都市は店を出す場所なのだから、知っていて損なことなど殆どないだろう。
些細な情報が役立ってくることはあるし、仕事仕事であまり視野が狭くなるのは良くないというのが全員の共通認識となりつつある。
やはり、余裕を持つことが生きていく上で大事なのだ。と、アウルムは締める。
「じゃあ皆、明日から頑張ろうな! まずは飯や!」
明日から本格的に活動する英気を養う為、本日の夕食は豪勢なものだった。