第7話:男の罪
ふと目を開けると、目の前が真っ白だった。
どうにもこうにも、濃い霧の中というか、そんな場所である。
うん、何というかこう、ものすっごいデジャブを感じる。
何しろ、前回のあれは、ほんの数日前の出来事だったのだから。
でもって、薄々こうなるかなあとは思っていた。
白いスモークの奥から、見知った姿が現れる。
黒髪ロングストレートの少女。白花那姫神だ。
「ご機嫌よう。U沢さん」
「ああ。ええと? こんにちは。で、いいのかな?」
何分、こっちの時間の感覚がよく分からんのでそう言った。
「ええ、構いませんよ。それで、どうして来て頂いたか、分かりますか?」
白花那姫神が冷たい目で睨んでくる。
「心当たりはあるけれど。念のため、教えて欲しい」
「そうですか」
大きく、白花那姫神は溜息を吐いた。
「聞いたところによると、U沢さん。あなたっていう人は、生き返りの直前に高美蔓姫神先輩を襲ったそうですね?」
やっぱりその件か。
俺は呻いた。だが同時に、気掛かりでもあった。
俺は深く、頭を下げる。
「否定はしない。その話については、自分でも本当に悪かったと思う。異世界での生活にストレスを感じて、精神的にまいっていたのは確かだけれど、だからって許されることじゃない。男として、最低な真似だったと思う。心から、謝罪します。あの人にしてみたら、もう自分は顔も見たくない存在だろうけど、せめて反省していることだけでも伝えて欲しいと思う」
これは、嘘偽りの無い俺の本心だ。
時間が経って、頭が冷えてきたら後悔した。俺は、何て酷い真似をしてしまったんだって。実際に行為にまで及ばなくて、むしろ助かったって。そう思った。
でもこうして、受け入れて貰えるかどうかはともかく、謝罪の言葉を述べる機会が与えられたのは、せめてもの救いだったのかも知れない。やっぱり、彼女にしてみれば、それで救われるものかどうかは分からないが。
「その言葉に、嘘偽りはありませんか?」
「え?」
その声に、俺は頭を上げた。白花那姫神の声とは違う。
スモークの奥から、今度は眼鏡を掛けたお姉さん。高美蔓姫神が現れた。
その姿に、俺は息を飲み、呆然とする。
「あ、ああ。はい。本当です。心から、反省しています。本当に、悪かったと思う」
今度は高美蔓姫神に、俺は頭を下げた。
どんな風に罵られるか、それは分からない。けれどそれは甘んじて受け止めよう。俺は、それだけの過ちをしてしまったのだから。
「分かりました。それなら、私はその謝罪を受け入れます」
柔らかい声が、俺の頭の上から聞こえてきた。
「本当に?」
「ええ」
思わず、体が震える。涙が零れた。
「ありがとう。本当に、ありがとう。許してくれて」
「もう、いいんですよ。頭を上げて下さい」
くしゃりと顔を歪めながら、俺は顔を上げた。ダメだ、涙で視界が滲んで、高美蔓姫神の顔がよく見えない。
「それだけ、大変な思いをしてきたっていうことなんですよね。本当に辛い思いをした人が、その辛さから思わず人肌の温もりを求めてしまうという話は、私も知らない訳ではありませんから」
「そっか」
でも、だからといってそれを許せるかどうかは別の問題だ。それを理解し、許せる彼女に、俺は尊敬の念を抱いた。
「それに、U沢さんがこれまでずっと、色々と現世で辛い目に遭ってきても、それでも腐らず真面目に誠実に生きてきたことは分かっていますから」
「うん」
俺は、小さく息を吐いた。
確かにこれまで生きてきて、人生色々とあった。それでも、道を踏み外さずに生きてきたことが、本当にささやかな誇りだったりする。他人にしてみれば、何を当たり前のことをと言われるかも知れないが。
でも、そんな誇りを認められた気がして、俺は少し、救われた気がする。
「あと、確かにU沢さんはどうしようも無いドスケベかも知れませんが、それ故にエロスには強い拘りと信念を持っていて、普段ならあんなエロ創作物にありきたりなシチュではもはや欲望を満たせなくなっていることも、よく分かっていますから」
「流石にそこまで突き抜けたドスケベじゃないわっ!」
前言撤回。やっぱりこの女、全然敬意とかそんなの持てないわ。
襲ってしまった本人が言っても説得力が無いのは自覚しているし。男である以上、スケベなのも否定出来ないが。
俺は、大きく溜息を吐いた。
「まあ、ともあれこれで用件は済んだと思うんだけど。それなら、もう帰らせて貰っていいかな?」
「あー、それなんですけどね?」
白花那姫神が人差し指を立てた。
何か、嫌な予感がする。
「U沢T也さん。あなたは、死にました」
「またかよっ!?」
俺は叫んだ。
「いや? でもあれだろ? ここに呼ぶために一時的に魂を肉体から切り離したとか、そんな感じだろ?」
「いいえ? 違いますよ?」
「え? じゃあ、死因は何?」
「テクノブレイクです」
「何でだああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ~~~~っ!?」
俺は頭を抱えた。こんなの絶対おかしいよ。
「嘘だろ? 全然記憶が繋がらねえって? 俺、今回は絶対にそういう真似してないって。高美蔓姫神に対する罪悪感でいっぱいになってて、そのせいかそういう気になれなかったんだからな? 男の性って意外と繊細に出来ているんだぞ? 女の子の裸見たらそれだけで反応するほど、単純に出来てないんだからな?」
「と言われましても? U沢さん、ここに来るまでのこと、どこまで覚えてますか?」
「パソコンに向かって小説書いてた。というか、そのネタ出しに詰まってた。大雑把には展開見えているけど、詳細のイメージが浮かばないところがあって――」
「はい、こちらが証拠の映像です」
白花那姫神は右手の平を上に向けた。その手の上に映し出された映像に、俺は吹いた。
モニターには見覚えのあるブラウザゲームの画面が映し出されていた。しかもこのゲーム、R-18要素もあるので、当然えっちなシーンもある。でもって、よりにもよって画面にはえっちなシーンがでかでかと映し出されていた。
ちなみに俺は、またもや下半身丸出しで。机の上に白目を剥いて突っ伏していた。
「何でこうなっているんだよっ!? 全然、覚えが無いぞっ!」
「亡くなられる直前、ショックで一時的に記憶が飛ぶことはよくあります」
「それは前回も聞いたっ! その上でネタ出しからこうはならんって言ってんのっ!」
「どうせ、読まれない底辺小説じゃないですか」
「だから、それは心を抉るから言うなって言ったでしょうがっ!」
辛辣なことを言う白花那姫神に、怒鳴る
「ネタ出しじゃなくて、タネ出しに励んじゃったんですね」
「やかましいわっ!」
今度は、つまらない下ネタを言ってきた高美蔓姫神にツッコミを入れた。
「今回は、ネタ出しに詰まったU沢さんが、気晴らしにこういうゲームを始めたところ、いつの間にか気晴らしに没頭しすぎて、ついつい――。と、そういう筋書きです」
俺は眉をひそめた。
「筋書き? おい? さっき、筋書きって言ったか?」
「いいえ? 記憶にありませんよ?」
「嘘こけやっ!」
「スジガキで興奮するとか。やっぱりロリコンの変態」
「そんな風に考える方が心が汚れているわっ!」
立て続けに白花那姫神と高美蔓姫神にツッコんでいく。
俺は肩で息をした。本当にもう、相手していて疲れるこいつら。
「まあ、経緯はともかくとして、U沢さんにはこのままだと、死んで貰うしかありません」
「何でだよ?」
「寿命が尽きたからです」
白花那姫神の言葉に、俺は声を失った。




