第8話:嵌められた男
額に手を当てて、俺はゆっくりと深呼吸した。
「寿命?」
「はい。この度は、誠にご愁傷様ですが」
神妙な面持ちで、白花那姫神と高美蔓姫神が頭を下げてくる。
「死因はともかくとしても、運命的にはどうしようもないのが現状です」
「マジで?」
「はい」
大きく溜息を吐く。
ダメ元で、訊いてみる。
「あのさ? 往生際が悪いって思うかもだけれど、何とかならない? 前ここに来たときにも言ったけど、やり残したことが沢山あって、死んでも死にきれないんだよ。そりゃあさ、ほとんどの死者がそうだって分かっているし。我が儘だって自分でも思うけど。頼むよ。俺に出来ることだったら、何だってするからさ? それこそ、これでいいっていうのなら、また異世界に行って救ってきてもいいし」
「ん? 今、何でもするって言いました?」
うん?
「また異世界を救ってきてもいいと?」
流れ変わった?
ふと、二人に視線を戻すと。
二人は、何というか「計画通り」っていう感じの邪悪な笑顔を浮かべていた。
「おい? 待てやこら? 何だよその顔っ!? 何企んでやがるっ!」
「いえいえ? 企むだなんてとんでもない。人聞きの悪いことを言わないで下さいよ」
「あくまでも、私達はU沢さんが少しでも納得のいった上で人生を全うすることが出来て、十王の審理で少しでもよい審判が下されるような。そういう提案をするだけですから」
ものすっごく疑わしいんだけど?
俺は、はっきりとそんな視線を向けてやった。
「そもそもですね? 規則によりはっきりとは言えませんが、実を言うと本来のU沢さんの寿命はまだまだ先だったんです。遺伝子のおかげか、日々の生活習慣の賜物か分かりませんけど、健康そのものだったわけですし?」
「まあな。だから、納得いかないんだが?」
特に、テクノブレイクだなんて死因。あくまでも記憶に無いが、だとしてもちょっとやそっとの行為で死ぬとは思えないし。
「さらに、先日は異世界を助けて貰ったので、その分の功績として現世の利益もささやかながらに与えられるはずだったんです」
「その現世の利益ってどんなものだったんだよ?」
ギャンブルか何かで数百万円ほどのお金が、手に入るようになるとか? あるいは、少し寿命が延びるとか? それくらいなら、まあ理解出来るんだが。
「ええと、そうですね? ブラウザゲームのガチャで、どうしても欲しくなった新キャラが実装されたとき、一発で引き当てるくらいです」
「ショボいわっ!」
確かにそれはそれで嬉しい。だけど、世界を救った功績が、それって。もう、ほとんどただ働きに近いじゃねえかと。
こいつらさ? 物凄いのにピンハネしてない? 異世界からどんな風に報酬が支払われているのか知らないけど。
「で? それがどうしてこんなに寿命が短いことになるんだよ?」
「一言で言えば、U沢さんがやらかしてしまったからです」
「何を?」
「ナニを」
うん? 何か、妙なイントネーションで返事してこなかったか? こいつ。
「前回に生き返る直前、U沢さんが高美蔓姫神先輩を手篭めにしてしまったのが、すべての原因です」
「ちょっと待ていっ!? あれは、確かに俺が悪かったけど、未遂で終わっただろうがっ!?」
そう叫ぶと、高美蔓姫神は大きく目を見開いた。
ふるふると顔を左右に振る。
「そんな。そんな、酷いっ! さっきの『心から謝罪する』って言葉。嘘だったんですね? 私にあんな事しておいて。あんまりよっ!」
「わあっ」と涙を流し、彼女は両手で顔を覆った。
俺は呻いた。
「いや、それは確かに悪かったと思うし。反省しているのも嘘じゃないんだけど。でも、未遂だったし、こうして反省して謝罪もしたし。そのせいでここまで寿命を減らされたんだとしたら、流石に納得いかないというか」
「この期に及んで否定するだなんて、何て無責任な。高美蔓姫神先輩は、傷口を抉られるような思いをしながら、取り調べに答えたんですよ?」
「何て?」
訊くと、白花那姫神は顔を真っ赤に染めた。
「何て事を言わせようとするんですか? セクハラですセカンドレ〇プですっ! そんなこと、言える訳無いじゃないですかっ! 第一、ここには高美蔓姫神先輩もいるんですよ? いくらU沢さんを許したと言っても、その心の傷をまた抉るような酷い真似。出来る訳がありませんっ!」
「いや? そんな事言われてもな?」
説明されないことには、こっちも理解のしようが無いのだが。
「ううん。いいの。ありがとう白花那姫神さん。私から、説明するわ」
高美蔓姫神は顔から手を離し、白花那姫神を制した。涙を拭う素振りをする。
その顔は、俯いたままだが。
「U沢T也は高美蔓姫神に服従魔法と発情魔法をかけ、続けた。『抱かせろ』。高美蔓姫神の顔が驚愕に染まる。彼女は『男の人っていつもそうですね』と批難するものの、U沢の心には届かない。むしろ男の欲情を煽るだけだった。『逃げなきゃ』と高美蔓姫神は思うものの、服従魔法の効果でどうしても脚が動かないし、転移も出来ない。恐怖で震える高美蔓姫神に、U沢は近づき、彼女のほっそりとした背中に左手を回した。そして、右手で高美蔓姫神の顎を掴み、くいっと持ち上げる。体勢的に、二人の体はほぼ密着した形だ。高美蔓姫神の胸の先や下半身がU沢の体に微かに触れ、それらは敏感な刺激となって彼女の淫らな感覚を高めさせていく。否応なく意識してしまう男の温もり。逆らえない雄の強さに、高美蔓姫神の雌の本能は堕ちろと囁く。『だめ、このままでは』と思うものの、高美蔓姫神の吐息には既に甘いものが混じり始め――」
「またそのパターンかああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
俺は、顔を上げて吠えた。
「あのさ? それで、どこまでどんな風に話したっ!?」
「U沢さんが屹立した男性で私の体を貫いたまま延々と乱暴に揺さぶり、何度目か分からない欲望を注ぎ込んで、私が気を失ったあたりまでです」
「完全に捏造。冤罪じゃねえかああああああああああああぁぁぁぁっ!! ぎりぎり、合っているの冒頭だけで、直後に白花那姫神が来て俺を生き返らせて終わっただろうがああああぁぁぁぁっ!!」
「失礼な。証拠もありますよ?」
そう言って、白花那姫神がポケットから写真を取り出し見せてくる。
「アイコラああああああああああぁぁぁぁぁっ!?」
しかも雑。ものすっげえのに雑。
どこのエロビデオかエロ写真を元にしたのか知らんけど、女優と男優の顔にそれぞれ高美蔓姫神と俺の顔を貼り付けただけ。おかげで、どっちもカメラ目線になっているし、顔と体の比率もおかしいっ!
だいたい、そんなときにどこの誰が悠長に写真を撮るっていうんだよ?
「これだけ、証言と証拠が揃っていては仕方ありません。U沢さんの寿命は大幅に削られることになってしまいました」
「嘘だろおい」
気が遠くなる。
この世に……いや、あの世に正義なんてありゃしねえ。
「ちなみに、この一件から、このまま十王の審理に赴いても、重い刑罰が下されてしまうことになると思います」
「ああ、そう」
何かさ? 俺もう疲れた。疲れちゃったよ。
「一応、またU沢さんに異世界を救ってもらって。そうやって頑張って貰えば、再度寿命を延ばしたり、高美蔓姫神先輩にした罪も相殺出来るんですけど」
「どうします? U沢さん?」
笑顔を向けてくる白花那姫神と高美蔓姫神を見ながら、俺は思った。
この子達さ? 公務員って絶対に嘘だろ?
本当はさ? 組織の女に手を出したって言い掛かりで、延々と集り続けるヤクザだろ。
俺は、一時の感情で高美蔓姫神に手を出したことを心の底から後悔した。ここに来る前とは全然違う意味で。




