君と出会った日
「レックス。お前が『召喚士』なんて、何かの間違いだったんだよ。学校の恥だから消えろ。この件は担任の許可ももらってる。むしろ辞めさせてくれと懇願されたくらいだ」
俺は唐突にクラス長のビーンにそう告げられた。一瞬頭が真っ白になり、思わず反論してしまった。
「何でだよ、座学の授業じゃ君より上だったろ。今でも学年一位は俺なんだぞ。そこまでして学んでるのに、何で学校から――」
「筆記試験は、な。だったら余計にこの学校にゃ必要ねえ。だってお前、一度も『召喚』に成功したことないだろ。極小精霊ですら使役できねえのに、『召喚士』を名乗られたら困るんだよ。先生も言ってたぜ、才能ないくせに勉強だけは頑張るから言い出しづらいってな。はっ、そうやって学校にしがみついていく計算だったか? だったら残念だな」
その言葉に思い出すのは……学校に入学した日の事。十歳になると『神託』を受けてそれぞれが生きる道……職業を神から与えられる世界で、俺は『召喚士』の資質があるとされた。
その証に、確かに俺の右手には召喚紋と呼ばれる紋章のような痣が刻まれている。これが反応すれば、召喚できる存在がいるという知らせになるらしい。
だが、いざ育成学校に来て、適性試験を受けてみると――水晶玉に紋章を添えることでどんな存在を召喚できるのかを知れるもの――そこには、何も無かった。
皆、炎の精霊だとか魔獣とか人形とか、それぞれ召喚できるものが手元の水晶に浮かんでいた。だが、俺の水晶には何も映っていなかった。
だが、『神託』が間違えたなんて事は世界中を見ても中々前例が見つからないことだった。
その日から、俺は神にすら見捨てられた『忌み子のレックス』と呼ばれ、無能扱いを受けていた。だが、そんなある日……学校の生徒会長である少女に「キミが召喚士なのは間違いないよ。きっと、いつか運命の出会いがある」と慰められた。
我ながら単純だが、感動した。『召喚士』とは優しい職業なのだ、と。
だから頑張れた。だから続けられた。どれだけ忌み嫌われようとも、いつか俺を主人と認めてくれる何かと出会えるからと。
だが……あれから六年。カリキュラムの八割を学んでも俺の水晶玉は空っぽのまま。
確かに、そろそろ身の振り方を考えるべきかもしれない……。
ジーンは、そんな俺に続けざまに言う。
「お前の荷物は纏めて校門に置いてきてやったよ。これだけで学校公認だって分かるだろ。お前の見込みはゼロだったってな」
「……ゼロなんかじゃない。俺にも期待してくれる人はいた」
「はっ。そんなモン、見せかけに決まってんだろ。とっととオレの視界から失せろ……俺は『猛獣使い』だぜ? オレがキレたら、お前なんか使い魔が食っちまうぞ」
確かに、ジーンの実技試験の成績は学年で一位だ。筆記試験の方は下層にいるが……だが、それで学年主席の座はもらっている。それが現実。全知であっても全能でなければ意味が無い。
それが、この学校の出した結論。なら、従うしかない……。俺はただ魂に刻んだ言葉を吐き出すだけが、精一杯だった。
「いつか俺は……誰も見たこともないようなものを召喚してみせる」
その言葉に、教室重中が爆笑に包まれた。だが、それでも俺は……。
「ふんっ、下らねえ。テメエみたいな無能に何が出来るってんだよ!」
ジーンが俺を教室から蹴り出す。誰もいない雨降る校庭で、また俺は呟いた。
「俺は絶対に、独りなんかじゃないんだから……!」
◇
この世界ができる前……かつて、旧文明と呼ばれた時代があったらしい。そこには魔法も魔物も無くて、カガクという文化だけが発達し、争う相手は人間同士ばかりだったそうだ。
だが、もう語られることのない謎の事件により、その時代に生きる人々は絶滅した。過去に生き延びた人が発見された事もあったそうだが、彼らの言葉は妄言としか捉えられなかった。
――七千万年前から蘇ってきた『恐竜』が七十億の人間を滅ぼした。
そんな話、信じられるわけがない。
「信じられない、か……今の俺と同じだな」
俺は学校のある王都から出ていって、かつて住んでいた凶暴な魔物だらけの山へと帰っていた。
この道を歩けるのは俺が超強いから……なんてわけがない。単に逃げ隠れが得意だっただけだ。かつて両親が俺という赤ん坊を邪魔だと捨てたらしい山……本来なら、食われて終わる所だったのだろう。
だが、どんな魔物も近づかない一点を見つけた。それこそが人生最大の奇跡だった。自分の脚で走る事が出来るようになった辺りでそこで俺は巣を作り、果実を食べて生活していた。
そして、約十年後……帰ってきた俺の巣には、もう誰もいなかった。ただ朽ち果てた巣があるだけ。山での生活に必要ないものは売って食料に換えてきたから手荷物も少ない。あの頃は希望があった。大人になれば何かができると。
だが今は……何も無い。何も無いのだ。十六年を懸けた俺には、何も……。
「俺だって、見放したくないよ……だけど、なあ神様。あんたの『神託』は……本当はどこか間違えてたんじゃないのか……?」
天を見上げてただ歩く。雨雲はどこまでも広がっているようで、既に全身びしょ濡れになっている俺の体をそれでも冷たく射る。
そんな俺に畳みかけるように、一匹の巨大な蛇が高い高い樹の上から振ってきた。しまった、Aクラス魔物のヘヴィアナコンダだ!
この辺りに魔物は出なかったはず……この十年で環境が変わったのか!?
とにかく俺は必死に逃げ、昔とは違うルートで走り出した。それがいけなかったのだろう。
「――っ! うわあああ!」
俺は足を踏み外し、突如として現れた大地の亀裂の中へと飛び込んでいってしまった。ただただ、落下の感覚だけが全身に汗を流す。
このまま落下死、死後も誰にも見つけられず、か……俺みたいなのには、ちょうど良い末路かもな。
そう思って目を閉じた俺を……決して柔らかくない何かが受け止めた。見てみれば、それは楕円形になっている数メートルほどの大きさの卵……のような岩だった。いや、ただの岩なら俺は死んでいた。だけど、この卵らしきものはその曲線で衝撃を減らしてくれたのだ。
「ここは……何だ?」
死ななかったとはいえ、それでも全身が痛めつけられ満身創痍になった俺は周囲を見渡す。そこは何もかもが朽ちてしまったような洞窟が広がっていた。床を敷き詰めているのは何かの膜が水晶化してしまったような石。
壁は巨大な何者かがえぐり取ったようにも見える。もし実在したならば、神の爪痕といった所か。
そして……何より目を惹くのは、壁に埋め込まれるようにしている、あまりにも巨大な化物の骨だった。
横に十数メートル、縦に二メートルほどもある一匹の怪物。これより大きな魔物だっているだろう。だけど……骨になってなお俺にこれほどの圧をかける者は居まい。
「……こんな奴の近くには、凶暴な魔物も近寄りたくないってか?」
俺はどうにか吐き出した、引きつった声でジョークでも言うように呟く。だが、その声さえ反響もせず怪物に食われていく。
「でも……カッコイイな。こんな奴を召喚できたら、最高の『召喚士』に……」
と、骨に触れた瞬間……ぶわっと周囲が明るくなった。見れば、床だった水晶状の石が青い光を放っていたのだ。またしても混乱する俺を差し置いて、そこには見たこともない小さなものから大きなものまで走り回っている……そう、まるでこの骨が生きていた頃の映像のようなものが流れていた。
「……キミ達は、『恐竜』……なのか?」
その時、俺は何故かそう口にしていた。根拠なんかない。神の声が聞こえたわけでもない。だが……これこそが恐竜なのだと、俺の魂が理解していた。
この光は共鳴。使い魔と人が契約できる時に見られる現象だ。学校でも何度か契約の儀を見学した時に見かけたことはある。
だが、これほどの光は見たことがない。一体、何が起こってるんだ……?
――シュウゥ……。
その光に釣られてきたのか、またヘヴィアナコンダが亀裂の中へ大口を開けて振ってきた。このくらいの高さ、蛇には何の関係もないのか!?
やばい、とにかく適性が見つかったのは何よりだ。だけど……『恐竜』の召喚なんて、いきなり上手くいくわけがない!
――ピシ、ピシピシ……。
と、そこで背後から何かが割れる音が聞こえてきた。反射的に振り返ると、そこには俺を受け止めてくれた卵らしき……いや、今まさに何かが生まれようとしているのを見ればまさに卵だったのだろう……それが、ひび割れていっていた。
――GYAAOOOO――!
そんな轟音のような産声と共に現れたのは……呼吸より先に血を好むように俺へ飛びかかってきた、灰色の固そうな皮膚を持つ怪物。前門の蛇、後門の怪物。ああ、本当にこれまでか……!?
そう思ったのもつかの間。粘液を垂らしながら駆けだしてきた怪物は俺ではなく、その向こうにいたヘヴィアナコンダに食らいついた。
大きさとしては良い勝負……いや、体長三メートルを超えるヘヴィアナコンダよりはやや小さいか。だが……その凶悪なまでの顎は、いとも容易くヘヴィアナコンダの喉を噛み千切ってしまった。
「す、すごい……! 何て、何て破壊力だ!」
首を振り下ろす一瞬だけでAクラスの魔物の肉体を食ってしまった。それも、まだ生まれたての子供が。そんな事実、どこの世界に行っても信用してもらえないだろう。
ぎょろりとした瞳のある巨大な楕円形の頭部の大部分を占める頬まで裂けた口には肉を切り裂くために生えてきたような牙が数多生えて、なだらかなラインを描く首から胸まで返り血で濡れている。
体に対しては小さめな前足にはしかしそれでも大型のナイフほどの爪が生えている。そして、その巨躯を支える強靱そうな脚。その後ろには長すぎない尾が揺れている。
その姿は、骨として遺っている彼と同じ形をしていた。
「これが……恐竜だ!」
しかも、その体からは微塵も魔力を感じない。魔力という強力な力を纏わず、ただ肉体に宿る力がこれなのだ。ああ、こんな奴が蔓延れば七十億人が全滅したって信じられる。
それはまさに善も悪も関係無く食い散らかす暴力の体現。そしてよくよく見てみれば……俺の右手に刻まれている召喚紋から一筋の青い光が恐竜に向かって線を繋ぐように放たれていた。
――命じよ。
そんな声が聞こえた気がする。そうか、契約してくれるのか……こんな俺と、ああ、本当だった。運命の出会いは、確かにあった。
俺が今、ジーンを食い殺せと言えばそうしてくれるだろう。あの学校をぶち壊せと言えば殺戮の限りを尽くしてくれるだろう。こんな世界は殺してしまえと叫べば命尽きるその時まで戦ってくれるだろう。
だから、俺は命じるのではなく……ただ、願った。
「俺と……友達になってくれ」
つう、と知らぬ間に涙が一筋流れる。ああ、そうだ。俺の願いなんて、俺の頑張りなんて、そのためだけだった。
俺はただ、一緒に生きる仲間が欲しかったのだ。
すると、恐竜は確かに頷き……光も纏わず全身を縮ませていく。腕は細く、脚はしなやかに、大きな頭は精巧に、尾は小ぶりに残したまま。見る間に姿形を人間と最も接しやすい……人型を取っていた。
「はい、ご主人様」
そして、聞こえたのはそんな涼やかな、だけど甘い声。
よく焼けたように健康的な褐色の肌、肌色を残したような銀髪、翠の双眸はじっと俺を見つめていた。
「契約は、成されました。私は確かに貴方の友達として、この一生を遂げる事を誓います。そのための体作りにほとんどの力を使ってしまいましたので、元の姿での戦闘能力しかありませんが、よろしいでしょうか?」
何が起こっているのか、なんてもうどうでも良かった。理解する時間はこれからたっぷりある。だから今は……素直に喜ぼう。
「もちろんだ。ありがとう。名前を聞かせてくれないか?」
「それはご主人様が決める事です。私は、貴方の使い魔となったのですから。固体名はティラノサウルスですが……」
ただ、この運命の出会いを、喜ぼう。
「君は……それじゃあ、ティレスだ。俺は今この時から……『恐竜使い』だ!」
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