『※イラスト有り』196話 されば地下で過去の友を思う
聖櫃と翻る道理
聖女と覇道
罪と後悔
許容と寛容
またも繋がる縁
※後書きにて1匹を追加しました
そうムルルが仮定を呈していると、帽子は語った。
到達した地下にある一室は、およそ研究所とは呼べないほどに乱雑としている。
石の床材の上には、踏み荒らされたガラス片や少女の衣服、寝具がボロボロの状態で朽ちていた。
命じられたままに動いたグールたちによってあらされた部屋は、およそ惨状といえよう。
「んっく、んっく……」
目的の小瓶をこくこく飲み下す。
白茸のような喉がとくりとくりと脈打って、マナポーションが胃の腑に落ちていくのがよく分かった。
「ふはっ、ふぅ……」
困り眉をさらに困らせたムルルは、ベッドであったものにすとんと薄布1枚で守られた丸い尻を落とす。
それからハリムに借りたベストをするりと脱いで、臆面もなく肌をさらけだした。
小さな手指を立てて魔装の修繕を開始する。
まずは首元からわりかし豊かに下着からはみだした餅を隠すように、5指を踊らせる。細指で蒼い糸状の流れを編む。
スレンダーな体型も相まってその様は、まるで鍵盤を歌わせるピアニストのよう。たゆたい流れる光の線は、5線譜のようにさざなみのように揺らいで、銀幕の肌へと紡がれる。そして糸を吐いた蚕のような繭となって黒い布へと変化していく。
くねらせた指には、マナ聖櫃。まばゆい光を放ってネジを回すよう蒼い閃光を転回させている。
「この指輪は、グラカス野郎ガ天才のワタシちャんさんダけに真の名を明かして研究させてたんダ。したッけ、いろいろわかッたことガあるッてわけよ」
ところ変わって、そのすぐ横。話題も順繰りに本題へ移る。
チャムチャムの話し相手を務めるクロトは、落ち着かない。
肢体を晒した少女から、目を反らすように首だけを横に向けた。
「な、なるほどぉーん……。や、やや、やっぱーり……僕の想像通りだったんだねぇ……」
それでも男として気になるのか。黒い瞳だけはちらちらと慌ただしい。
白いくびれのあるスラリとしたイカ腹に、ぽっかりと可愛らしく口を開けたキレイなヘソ。
白雪の如きなめらかでなだらかな肩。二の腕はむちむちとしている。
別の矯めつ眇めつの視線に煽られるムルルは、作業をつづけながらもじもじと肌を桃色へと染めていく。
「……ぁぅ……ちかぃ……」
クロトよりももっと気になる存在によって作業を急かされる。
「なるほどー、そうやって魔装ができあがるんだな。継いで接ぐ感じになんか既視感があるぞ」
制作というものに職人の血が騒ぐ。
明人は、操縦士であり技術者でもあり、その興味が魔法ならばなおのこと、珍しい。
じっくりと魔法を継ぎ接ぎ場面にお目にかかれる機会は、それほど多くはない。
「おい、オマエさんよォデリカシー装備し忘れてんゾ」
「なんだよ? 今真剣なんだから後にしてくれ」
帽子兼保護者の声もただの雑音だった。
指の動きに合わせて、舐めるよう。柔肌を包んでいく魔装を端から端までじっくりと観察をつづける。
「……ぁぅぅっ……!」
観察される側では、見るからに作業の速度が落ちていった。
「待ーて待て待てィ! オレガ悪いみたいな言いかたしてッけド乙女のお着替えをガン見ッてなァねェだろ!」
チャムチャムのいうことももっとも。
ど真剣な目をした明人は、ムルルが魔装を帯びていく工程を隅から隅まで凝視しつづける。
「魔装の制作過程を見る機会ってなかなかないんだよ」
見物される側も拒否する様子はない。
ぷるぷると羞恥に染まりながらも、真っ赤になった瞳を潤ませて、せかせかと作業を急いでいた。
「女の着替えを見れる状況のほうガ、オカシイからな?」
「いや、それは大丈夫だ。割と同居人相手に見飽きてる」
もともと研究室を目指していたのは、ほぼ全裸のムルルが恥ずかしがるから。
だけでなく、グラーグンに怪しまれぬよう罠を張る必要があった。
そんな現在いる地下深くの研究室には、グールによって荒らされ放題となっている。
揺らぐ蒼のなかで、通り道にならなかったのであろう。部屋の辺で寂れたテーブルの上には、陶器やガラスが大量に置かれている。
粉や薬品をはじめとした数々の小瓶から、指や舌など。透明な容器に満たされた黄色い水。そのなかには内蔵意外にも目を背けたくなるような部位までもが浸かっていた。
『先日、うちの子ッたら優秀すギて不死の薬を完成させちャッたわけ。次の聖女に飲ませるためのヤツをダ』
チャムチャムから聞いた話によれば、不死薬はすでにグラーグンの手に渡ってしまっている。
そうなるともうもはや手の施しようがない。
処刑後にシステムで甦った無垢な聖女へ使うことは明らか。なにせこの世界は、死を思えば死ねる。死を思えば、寿命という残り時間与えられる。それを無視するのは、システムから逸脱させたいということに他ならなかった。
不死となれば、監禁しても永遠に死ぬことはなくなる。そうなってしまえば、もはや拡散する覇道の意思に抗うものはいなくなる。
クロトはその事実に「最低だ外道だ」だの「そんなの呪いじゃないか」など、眉を逆立てて憤慨した。
しかしそんなことは明人にとってどうでもいい。救うことがマストであって、滅ぼすことはできたらいいなの夢物語程度である。
もとより敵のバックグラウンドなぞ、明人にとって些細で矮小――掃いて捨てるようなもの。
ただグラーグンに関して気になる点があるとすれば、聖女に向ける殺意が高すぎることくらいだった。
「なあ、クロト」
それともうひとつ。聖女とは関係のない、もっともやらねばならないことがあった。
赤ら顔のクロトは、明人に声をかけられたことで虚を突かれるかの如く、飛び上がる。
「――は、はいぃっ! む、ムルルちゃんのことなんて見てなんかないですよっ!?」
すると未だに主人を蹴られたことを根に持っている帽子が、げたげたと下品に笑った。
ちなみに蹴られた主人のほうは、あまあまさくさくですでに懐柔されている。
「ウッヘッヘ! 同性の裸すら見れねェッてか! お嬢ちャんズいブんとウブいジャねーか!」
「うっ! う、うう、うっさい! だから僕は男なんだって!」
もう何度目かのやりとり。証拠を見せつけてやれば刹那で決着の突く話。
言い合うふたりを尻目に明人は、ゆっくりと歩み寄る。
「そういう設定ッてやつダろゥ? ハッハー! ズいブんといい趣味してんジャねーのよ! 彼氏の趣味か!?」
「彼氏はいない! もう、信じてくれないなら好きにすればいいさ! で、フニーキさんなんです!?」
ふーっ、ふーっ、と。収穫前のようなたわわと語気を荒げてこちらを向く。
そのナイスバディーを纏う蒼は――《ストレングスエンチャント》は、戦闘直後に解除された。
今は豊胸薬によって膨れた胸部意外は、自然体となっている。
のそりのそり。離れていく明人を見て、帽子は黙り、ムルルも不思議そうに小首を傾げた。
「? ……フニーキさん?」
引き締まった体のイカツイ大柄が近づいてくる。
優しげを意識して塗られたクロトの瞼がアイシャドウごとぱちぱち瞬いた。
若干の距離を開けて明人は、クロトと向かい合う。
そして、ふんわりとしていた空気が一変する。
「助けてくれてありがとう。それと……ごめん」
「……え? あ、ど、どうしたんですか?」
腰を曲げて、頭も下げる。
後頭部が相手に見えるほどの深い謝罪だった。
声音は低く。それでもありったけの誠意を込めて。
守られた。1度ならず、次いで2度。クロトのお陰で、本来であればグールの餌となっているはずのムルルも仲間に加えることができた。
明人の胸中にとり巻いていたやるせなさは、失態の責任を仲間にかぶせてしまったこと。それがどうしても許せないでいた。
「オレが不甲斐ないばっかりにクロトを危険な目に合わせた。許して欲しいとは言わない。ただ、謝罪させてくれ」
しんっ、と。あたりが静まり返った。
視線は、雑多に散らばる部屋の面影へ。
直立不動の姿勢のままに。黒い脂ぎった髪を低く、低く。
「そういうところですよ」
すると、ぽつりと声が鼓膜を震わせた。
少女のように高めで、撫でるような声だった。
「そういうなにをするのにも卑怯だけど真摯なところ。見た目は怖いけど、真面目で優しくて。だからきっと、サナもアナタに心を許したんです。ルナだってとっくにもう心を開いていると思います」
球体張った黒いスーツの肩へ、ぽんと頼りない手が添えられる。
「そういうところがアナタを……、僕がフニーキさんのことを信じられた理由なんです。だから僕のほうからはもうなにも聞きません。アナタについていくと心に決めたから」
クロトは、なにも知らない。
それはヒュームの特性を活かすために明人の考えた企み。乗せられた被害者ともいえる。
それでも蒼を手に乗せたクロユリは、しっとりと目を細めて語る。
「きっとアナタは僕たちになにも話さない。どこからきたか、どこへ向かうのか、名前だってフニーキさんじゃないんですよね?」
攻めるでもなく口元は、やわらぐようにゆるい孤を描く。
許容するよう笑む上で、ハートの髪留めに飾られた黒い前髪が、はたと揺らぐ。
「でも、それでいいんです。そうやって僕が自分の意思でフニーキさんについていくと決めたんです。だから頭を上げてください」
頭を上げれば、無垢な顔がほがらかに咲いていた。
明人は、クロトを過小評価していた。
双子をとられかけたときのように。ただ流されて、流されつづけるだけの流木だと思っていた。
しかしその実、芯があった。大黒柱にも負けぬ強く折れない、双子を守るという信念を掲げた少年がここにいた。
「まあ、偉そうなことを言っちゃいましたけど……。それでもフニーキさんは僕の命の恩人ですし? 仲間ですし? ふふっ、助けるのは当然じゃないですか!」
恥ずかしさを振り払うようにクロトは、頬を掻いて目を泳がせた。
だから明人も同じようにいつもと違う笑みを作って、伝える。
これではもう手放せない。これを手放すようであれば、別れを済ませた仲間に顔向けができない。
イージス隊として、操縦士として、共に同じ時を吸う仲間として。
『変革は望みません。ですが……もし、叶うのであれば……この子のように救ってくれますか? あの子のことも』
遠い過去に、白鳥が口にした心の声が聞こえた気がした。
キングローパーを倒して、アザムラーナの村から帰宅途中に聞こえてきた小さな願い。
――でも……ここからは違う。
ここからは明人自身の闘いになる。
無責任な、ではなく己による己のための、守る闘いとなった。
左手の薬指には、聖女の祈りを乗せて差しだす。
「絶対にクロトもサナもルナも助けてやる。このゴミ溜めから重機で、全員引っ張り上げてやる」
凛々しくも猛々しい宣言した。
明人に吐いたツバを飲むつもりは毛ほどもない。
クロトもなんの迷いもなく、聖女の祈りの乗った手と手を繋ぎ合わせる。
「はいっ! よろしくお願いします! それに、僕にもできることなら……。あー、できること? ……巨乳になる以外ならなんでも言ってくださいっ!」
爽やかなやる気に満ちたその真下。襟で羽ばたくリボンと中途半端に中ほどまで開かれた紺のブラウスのなかで、色気がふるりと弾んだ。
するとタイミングを見計らったかの如く。1階へとつづく階段の闇に、愛想の良い顔がぼんやりと浮かび上がる。
「終わりましたよー……ってあれ? なんか青春してました?」
「お疲れさん。工作の方はうまくやれたか?」
「ええ、言われた通り完璧な仕事をしてきましたから安心してください」
ハリムのにこやかに孤を描く口元には、おびただしい量の血痕がこびりついていた。
白いシャツも黒に近しい紅に染まり、指輪も消失している。
コードネームは、腐食食い。ゾンビパワーとやらを補給した上に、偽装工作までも終わらせたハリムを、帽子が迎える。
「おー腐食食い、お疲れちャんさん。青春ッつーのかねェ? 男と女デ友情は成立しねェと思うゾォ」
ムルルの魔装も残すところ脇腹のみとなっている。
体操するように手を大きく上げて脇腹へ、細く輝くマナの糸を送っていた。
「んー、僕は成立する派かなぁ?」
「そらァオマエに性欲ガねぇからダろ」
「なんだかんだで有り得そうな気がするけどなぁ……。よっと」
落ちていたベストを拾い上げたハリムは、襟を正すようにビシッと決め込む。
それだけで長身の青年は、ウェイターとなる。
脱出の準備は、おおよそ整った。生きた情報を得たレジスタンスの任務は完遂された。
あとは見つからぬようアジトへ戻るのみ。
明人が歩く後ろを、いつものようにクロトがちょこちょことつづく。そのさらに後ろハリムがいて、最後尾にまだ衣服を直し直しムルルが行く。
昇る明人は、下りの階段のときよりも幾分か歩調が軽いことに気づいた。
「ふっ」
それがなぜか尊くも、嬉しかった。
するとふとしたように、クロトが背後から尋ねてくる。
「ところで重機ってなんですか? 聞いたことのない言葉ですけど」
しかしその問いに答えたのは、明人じゃなかった。
『だめですの……だめ、じゃないですのよ? いや、やっぱりダメですのよ。アレが1番エマージェンシーですのよー』
闇から這い上がる途中でまたも肉声とは別の声が木霊する。
「またあの声だぁ!? 幻聴じゃなかったんだあ!?」
青ざめながら先頭の明人に向かってクロトは、抱きついた。
「……え? ……なに今の? まさか、幽霊!?」
ゾンビであるはずのハリムも血色の失せた顔で周囲をおろおろ見渡す。
「まァ、死体バッかダからな……。いてもオカシかないガなァ……」
「……ぁぅ……こ、こわい……」
カタカタ。小さな体が震えれば、一緒になって帽子も震えた。
まさかそれが天使の囁きであるとは思わないだろう。油でカラッと揚がったかの如く、一党が慌てふためく。
そして教会を背にしてアジトへの帰路を密やかに逆走する。
仲間を増やしたネズミたちは、きた道を危なげなく、辿りながら気配を殺す。
「……マナを溜める、か……」
しかし明人だけは、まったく別のことを考えていた。
その蒼い指輪が――翻る道理が、聖櫃程度のくだらないものではないことを信じることしかできない。
夜が見えるほどに蒼い月は、聖女に進行される神の御首。
それは潜む彼らをただ静かに、淡く蒼く照らすだけ。
○○○○○
魚族のお姫さま
ピチチ・ナルセル・ランディー
身長:131cm 体重:40kg B80 W52 H70
年齢:☓3才
性別:卵を産むほう
種族:マーメイド
能力:世界の先駆けローション魔法
趣味:歌を歌う
かっこいい感じの本を読む
好き:ぬるぬる
舟生明人(未熟ゆえの憧れ
程よい湿度
英雄の物語
嫌い:差別
ビビリ
尾っぽが乾燥する
汚い大人
※注釈:意外と機転が利く
魔法の修行が嫌い
喋ると尾っぽが戻っちゃう
尾っぽが乾くと痒くなる
未熟だがローションの魔法だけ異常に得意
魚に下着なんてありません
そんなピチッと跳ねる未熟な小魚のSSコーナー
……………
「ふにゅうが単身突撃ッすか!? 無謀ッすよぉ!」ポフン
「ピチチ。尻尾が戻ってるわ」
「母さまは冷静すぎッす! そう思わんスか!? ねっ! アルティーさんッす!」ピチピチ
「え、あー……そうなんですか?」
「なんでポカン顔なんスか!? アルティーさんも知ってる男ッすよ!」ピッチピッチ
「いえ、そうではなく……あの方ならきっと大丈夫な気がー」
「目が曇ってるんじゃないッすか!? どう見ても無謀ッすよ!」
「いえー、盲目なのでー……」
「コラッ、ピチチ! アルティーさんを困らせるんじゃありませんっ!」ペチ
「あいだぁッす!」ピチン
「信じて待つのも乙女として寛容なのよ。わかった?」
「うぐぐッ、すぅ……」シュンピチ
「でもぉ、ピチチちゃんはなぜそんなに気にかけてしまうかピジャニアさんはご存知ですか?」
「きっと群れの仲間と認めたおかげかと――」
「ラヴッす! 愛の力ッす! 尾っぽが乾くほどヒートラヴっす!」ピチッ
「え……? 娘が壊れてしまった……?」
「ハァァンッ! 愛ですか!? 愛のなす技なのですね! 幼いピチチちゃんもユエラ様のように愛を与える側に回ったということですね!」
「そうッす! ふにゅうはワタシがいないとダメなんッす!」ピチン
「あぁぁ……なんて純粋な瞳! 堂々たる態度……! きっとその愛と愛が重なるときより激しく燃え上がるのね……!」
「……あの、目が見えてないんですよね?」
「母さまは黙ってるッす! 愛も知らない女は、入れない話題ッすよ!」ピッチ
「……愛の果てにアナタを産んだのはワタクシよ?」
「愛……。ああ……なんて儚くも心地のよい響き……」
「……この子、本当に反省してるのかしら?」
「そうッす! ふにゅうは、人なんちゃら! ワタシはマーメイド! 死ぬまでずっと一緒にいたいッす! いっぱい幸せにして最後まで添い遂げるッす!」ピピチ
「……母です。娘が恋をしていることをエルフたちの目の前で知りました……」
「なんて正直で愚直な! これぞ愛! 愛、愛! ピチチちャん! 応援させてください!」
「ありがとうッす! メルティーさんも一緒に愛を歌うッす!」ピチチッ
「明人さん……早く帰ってきてください……」
ザワザワ
「教えてあげただけなのかな……。だけどコイツら、スゲェうるさいのかな……」ジトー




