138話 とっても似ている純血と混血
エルフの市場でお買い物
混血の薬師
友だちの
純血の薬師
そして、ペット
夕食の買い物なのか、村のエルフたちが慌ただしくシートに並んだ野菜や果物などを手にとってしげしげと観察している。
無論、この繁盛を逃すまいと商いエルフたちも盛んになる。周囲には雑貨などが揃えてあったはずのシートのほとんどが食材をフェイスアップしていた。
そんななか異彩を放つ1人とふたりは、未だ目的の物が見つからず。狭い市場をふらふらと練り歩いていた。
「時間帯によって売るものを変えるのか。やっぱり文化が違うな」
明人は、顎に魚臭い手を添えて見慣れぬ商売に目をくれる。
その腕には、リリティアが巻き付くようにしなだれかかっていた。
「精霊の都ユグドラシルからの仕入れは距離があってそれほど頻繁にできないんです。なので、あれもこれもをいっぺんに買い揃えるみたいですよ」
「なるほどねぇ。物流が滞ってるわけだ」
服越しにささやかながらも柔らかい感触が伝わってくる。
パイロットスーツを着ていないために発覚した、奥手な胸の膨らみにドギマギもしよう。
明人は、動揺を悟られて調子に乗られぬよう、耐える。
「……クソッ……一応あるにはあるのか……」
「なにかいいました?」
「いえ、なにも」
殺伐とした会話に興じる人間と剣聖をおいて前を行くユエラは、首を右へ左へ回してエルフの波をかい潜っていく。
ぶつかってしまった若い女エルフが、謝罪の後に自身の薄い胸を抑えながら耳を垂らしていた。遺伝子とは残酷である。
ふとその時小さな影がふたつほど。長い耳ときつね色の獣耳は、両手いっぱいに食べ物を抱えてこちらへ歩いてきた。
「あっ、ハーフなのかな」
ぴこり。細長い耳を揺らしてシルルが喋りかけてくる。
その単語に周囲のエルフもちらりと混血エルフに視線を向けて、すぐに買い物へと戻った。
シルルの横でニーヤが、猫手を器用に使って美しい正方形の薄い焼き菓子をむしゃりと豪快に頬張る。
ユエラもハーフと呼ばれ慣れているのか気にした様子もなく、小さなエルフと視線を合わせて問う。
「ねえ、シルル。どっかでチャルナのお店見なかった?」
「見たのかな。この時間は混むから薬屋さんは端っこで店をだすみたいなのかな」
そう言って、シルルは串の揚げ物で後方を指した。
「そっ、ありがと。いってみるわ」
短く礼をいうとユエラは外套をひらめかせて歩きはじめようとする。
それと同時にリリティアがはっとした顔で突然声をあげた。
一緒になって青いリボンストラップが絡んだ三つ編みも尾っぽのように揺れ動く。
「ああっ!? ニーヤを見て思いだしたんですが、剣が折れてたの忘れてました!」
その通りに今日の剣聖は、腰に剣を帯びていない。ただの聖。もしくは、牙の抜けたリリティアである。
対にゃにゃにゃとの防戦によって折られた安物の剣の代わりは、ない。家に予備もなく、双腕の弟子である明人にもまだ剣を打つことが許されていないため本当に丸腰だった。
「明人さんは、ユエラのことよろしくお願いしますっ。それでは」
明人の腕から離れたリリティアは、反転してぱたぱたとエルフの波のなかに消えていく。
ユエラをひとりにすることは、ありえない。明人とリリティアは、それを堅く誓っている。
「お願いされちゃったよ」
「お願いされちゃってたわね」
いつの間にかシルルとニーヤもおらず。明人が隣に並ぶとユエラものんびりとした様子で目的地を探して歩きだす。
……………
天蓋の葉を仰げば、燃えるような橙が緑を陰らせていた。闇に隠れた虫たちは、昼間より落ち着いた音色を奏でる。
シルルの差した方角にしばし歩いて市場の端。活気は遠のき、木に覆われた村の日暮れは早い。
「いたいたっ! おーい! チャルナー!」
「んげっ!? まーたきやがったな。もう、7日連ちゃんだぜ?」
ユエラは、パステルグリーンのシートにあぐらをかいて木に寄りかかったエルフの元へ、嬉々として駆けていく。
それと反比例するようにチャルナと呼ばれたエルフは、渋そうに眉をひそめた。
囲うように陳列された商品は、市場のそれと比べ若干ほど禍々しい。
薬草の類であろうしおれた草花、瓶に注がれた紫色をした液体や赤い粉。なかには角の生えた生物の骨のようなものまで並んでいる。
友だちとの合流。女性同士水入らず。
出遅れた明人は、待っているか悩みつつ、のそのそと村道から外れて草を踏んだ。
「おっ! それが噂のユエラの家のペットだなっ!?」
「誰がペットだァッ!? どんな噂だこのやろう!」
無遠慮に指さしてくるチャルナに向かって明人は、ずかずかとスニーカーを鳴らして、怒鳴る。
気を使うのは止めようと、脳が瞬時に判断した。
「にひひひひひっ! 怒ってやんのーっ!」
明人に見下されながらもチャルナは、ノースリーブの革ジャケットから伸びた細っこい腕の先を鳴らして、笑う。
喧嘩気味の空気が漂うなかでユエラは、明人の肩にぽんと手をおいた。
「まあまあ、いいじゃない。似たようなもんだし」
「……あんまり度を越した暴言はオレを泣かせるぞ? 醜く咽び泣くからな?」
不愉快ながらも明人は、短パンから伸びる白く眩しい足を絡ませてあぐらをかいた少女を見る。
そのエルフの少女は、誰かに似ていた。
不均等に陳列された商品に囲まれたボサボサの髪の少女は、とてもしっかりしているようにはみえない。その上、商売をするものとしてはやや格好がラフだった。
襟元のよれた袖のないシャツの上に羽織った、くたびれた色の革ジャケット。そして、余裕のない短パンからはむっちりとした肉厚の色っぽい足が伸びている。だらしなさのなかに香る色気。
整った顔立ちはエルフ族皆一様に。それでも少しだけ大人びた目の端にシワを寄せて人に歯を見せて笑う。美貌と懐っこさ。
「おい、ユエラ。せっかくきたならなんか買ってけよ。あと、魔草の作り方を教えろ」
「私もここを探して買い物をしにきたのよ。それに魔草のレシピと調合の仕方を書いた紙を渡したじゃない」
「あの書き方でわかるわきゃねーだろ!? 調合法が、ゴリゴリだのカンカンだの擬音ってどういうことだよ!?」
大雑把で、僅かに男勝り。怒ると相手を蔑むような睨みをきかせ、だらしないのに色っぽい。
明人は、コミュニケーションにしてはキンキンに響く声を耳に視界ではふたりのエルフをとらえる。
そして、気づく。
「あー、見た目はともかくふたりともソックリだな」
身なりが異なるのは、当然であろう。なにせ混血と純血のエルフなのだから。しかし、その在り方が似ていた。
猿のように吠えていたチャルナが、こちらをギッと睨む。
「ちげーよっ! コイツがオレのことを見て色々真似しやがんだよ!」
ぼさぼさの髪をかき乱してズカズカと明人に詰め寄った。
しかし、その後ろでユエラが喜色満面に返事をする。
「うんっ! 薬師としていっぱい見習うところがあるから。病は気からっていうじゃない?」
「元気よく返事してんじゃねー! あと意味全然ちげーからな!? オレは病気か!?」
怒るエルフのがなりを喜ぶ、ハーフエルフ。
確かに穏やかなリリティアに育てられたにしては、ユエラは跳ねっ返っていた。
他者の前ではさすがにパンツを白日のもとに晒すことはないが家では、あの始末。部屋は3日で足の踏み場がなくなり、テーブルマナーも決して品があるとはいえない。それらすべて家事雑事担当である明人だからこそ身にしみて理解できている。
「チャルナぁ。ポロンの実ちょうだーい」
いつもよりも甘えるような声でユエラは、シートの上に転がっているピンク色の実を手にとる。
拳くらいの大きさで、マーブル模様がとても毒々しい。
「んっ? ああ、いいぜ。2000ラウスな」
感情の起伏の切り替えがやけに早いチャルナは、ユエラからお金を受けとって「まいどぉ」と気のない礼を口にする。
銀貨を短パンのポケットに突っ込みぽんぽんと叩いた。
「ところでよぉ、んなもんなんに使うんだよ? 買ってくのは、母乳のでがワリぃ新ママくらいだぜ?」
「ちょっと実験調合に使おうと思ってるの。クラーク樹木とかメディーの実とかを使ってね」
「変な組み合わせだなぁ……。まーた性転換ポーションみたいなキテレツなヤツ作る気だな?」
「まあね。今回の注文はリリティアからのお願いなのよ」
「お、マジか。剣聖様の依頼ならオレも無料で協力すんぜ?」
薬師トークがとまらない。
チャルナもああ言ってはいたが、なんだかんだユエラと話が合うらしい。
明人は、大きく伸びをして今夜の晩ごはんのメニューを予想する。
リリティアの作る料理にハズレなし。しかし、ここは異世界で、人間の出身地は日本である。
納豆食べたし、鯖の味噌煮食べたし、味噌汁飲みたし、妹に合いたし。口にはださぬが、明人の欲望は留まることをしらない。
そんな暇をもて余していた明人の目が、とある商品に吸い込まれた。
小汚い木の値札に書かれたルスラウス大陸の文字は、男がときめくに十分な威力をもち備えている。
「な、なあ……この、惚れ薬ってのはなんだ?」
黄色い声の薬師トークに水をさされたふたりは、震える右手にもたれた小瓶を見つめた。
するとユエラは、明人から小瓶を奪ってあっけらかんと言い切る。
「アンタには必要ないものよ」
「そうだぜぇ? 恋愛をそういうのに頼ったらオシマイよ」
やれやれとため息を吐いて、チャルナもつづく。
「じゃあ、なんでこんなもんが店頭に並んでるんだよ?」
「ズバリっ! 結婚して長い時間共に過ごすことで風化してしまった熟年夫婦の愛を再燃焼させるためだ! セットで必ずこの精力剤が売れるぜ! 少子化対策ってやつよ!」
このルスラウス世界の妊娠率は、とても低い。そのかわりに死を思わねば寿命はない。
とはいえ、魔物や事故、恨みなどに殺されてしまう者が多いため意外に物騒ではある。
子を宿すことも難しく、数10年単位の妊活ともなれば、薬物に頼ることも致し方ないか。
「なるほどね。ヘルメリルとかジャハルに……いやっ、ダメだ。合理的使うべきだな……。……そう、きっと別に求めるヤツがいるはずだ」
正論を浴びせられた明人は、己のなかで惚れ薬を諦めるべく心を鬼にして理由をこじつけて納得してみせた。
「おっ、合理的たぁなかなかわかるヤツじゃねーか! ちなみにこれはオレの発明品なんだぜ!」
チャルナは黄緑色の目を爛々とばかりに輝かす。
遠慮なしに傷心した明人の背中をバシバシ叩く。
「ペットなんていって悪かったなっ! オレの名前は、チャルナだ! かわいい名前だろ? チャルナ・オン・アンダーウッド! よろしくなっ!」
○○○○○
語らずとも別に構わずな語られるSSコーナー
……………
「ねえ、明人。なんで精力剤が一緒に売れるかわかる?」
「……はぁ?」
「だって、元気になるだけの薬よ? おかしいじゃない?」
「いや、元気になるからこそ惚れ薬の真の価値が――」
「なんで?」キョトン
「おー、澄み渡った綺麗な目をしている」
「へ? あ、ありがと」
「まずは保健の、保体の勉強をしようか。きっと答えは、男性の項目の10ページ以内に書いてあるぞ」
「そうなの? 避けてきたから、あんまり男性の項目だと気が乗らないわね……」
「おう、藥師ジョークだな。ユエラは、女専門の医者かなにかか?」
「いや、違うけど? 何回も私に治療されてて……実は、明人ってバカでしょ?」
「おいこら。自分の無知を棚上げしてオレを貶すとはいい度胸だな」
「……なによう。やる気なら受けて立つわよ」ムスー
「ユエラの下着入れのなかを全部もっさりかぼちゃパンツにすり替えてやろうか?」ニヤリ
「なぁっ!? ひ、卑怯よ!」
「ほお、よく知っているじゃないかユエラくん。さすが半年も一緒にいるだけのことはあるな」
「ふふんっ! 当然でしょ!」
「オレの店の前で漫才すんなよなー」




