135話 とっても懐かしいエルフの村
決戦まで後数日
買い物に訪れたのは
ウッドアイランド村
キングローパーと戦った村
すべてが始まった村
明人が伝えた作戦の詳細は、できるだけ救済の導の本拠地を隙間なく包囲すること。そして、とにかく時間を稼ぐことだった。
それに対してヘルメリルは、国民の食料に手がつかない程度の日数を提示してきた。
無論、明人もそれを飲んですべてを快諾した。
救済の導によって支配されたピクシー国の首都、日と月の都レグノロームへ攻め込むまで残り3日。
大狐は、目のくらむような早さで滑るように切り開かれた森を駆けた。
「WANYAAAAN!!」
獰猛な猛りを聞いた魔物たちが、蜘蛛の子を散らすようにそそくさと逃げていく。
人間と重機による自然破壊の跡は、誘いの森からドワーフ領とエルフ領を隔てるヤーク川までつづいている。
道を囲う木々は、キングローバーが通った際に付着したぬるぬるの粘液が乾いて白く固まっている。そのためエルフたちにシルクロードと呼ばれ、便利に使われている。
駆ける大狐の絵筆のような太い尻尾に巻きつけられた明人は、叫んだ。
「あああああ!! 死ぬ死ぬ死んじゃう!! 死ぬってコレェ!?」
自然魔法使いによるエルフの女王を侮辱した罰は、ウッドアイランド村に到着するまでつづく。
…………
「シルルにゃん! 村を案内してにゃ!」
「わかったのかなっ!」
《トランス》で大狐から元の体に戻ったニーヤと自分の村に帰ってきたシルルは、小ぶりな尻を揺らして元気よくぱたぱたと村のなかを走っていく。
「ここにくるのもキングローパーを倒したとき以来ですね」
ほくほく顔のリリティアは、白いスカートを花びらのようにひらめかせてくるりと回った。
「私は、ちょくちょくきてるけどね」
外套を羽織ったユエラも、短いスカートから伸びる綺麗な形のほっそりとした足を繰り出して歩く。
自然と一体化した村に明人は、ほうほうの体でたどり着くのだった。
「はぁはぁ……し、しぬかと、おもったぁ……」
震える膝を押さえるようにうなだれる。
半ば強制的に拉致されたため散弾銃のRDIストライカー12もなければ、パイロットスーツも着用していない。
あるのは、どうやっても外すことのできない呪われた指輪くらいなもの、《マナレジスター》と金蛇の腕輪、《チャームスポイト》のみ。
そんな明人を見てユエラは、にししっと歯を見せて笑った。くびれた腰に手を添えて、ピンとよくしなる指を向ける。
「ふふんっ、ざまぁみなさい! うちの女王様を弄ぶのは大罪だからね! 最初から首を縦に振ってればよかったのに!」
「オレはそういう人間なんだよっ!」
「じゃあ帰りも縛るから」
「ごめんなさい。心から反省しています」
「よろしっ」
そう言って、ユエラは迷うことなく苔生した村道をいく。
エルフとヒュームの混血は、過去を洗い流してすっかりエルフの輪に加わっていた。
日は僅かに傾いて葉と葉の隙間から木が屋根を貫く家々を照らす。葉に遮られて日の当たらない村には、ひんやりと涼しげな風が豊かな樹皮の香りと鳥のさえずりを運ぶ。
買いたい物があるという家主の無理やりな提案によってウッドアイランド村にやってきた。
先を歩くリリティアの三つ編みを犬のリードのように掴んで明人は、ぼんやりと歩きながら思い出に浸る。
突発的な災害キングローパーによる激闘。ユエラとエルフの架け橋となるために行ったチェーンフレイム作戦。後悔と機転と剣聖による救出。そして、戦争。
すべてが真新しい記憶だった。
「あっ、そうです。明人さん手を繋ぎませんか?」
思考中の耳に届いた凛とした声。こちらがわに伸ばされた薄く綺麗な手のひら。
明人は、何気なく掴んでいた三つ編みを離して、その手を握り返す。
すると、リリティアは糸のように目を細めて微笑んだ。
とても剣を使っているとは思えないほどきめの細かい絹のような肌。体温が僅かに高いのか触れている箇所がほんのりと暖かく感じた。
「うふふっ、手を繋いでお買い物なんてデートみたいですねっ」
「私もいるんだけどー……」
「じゃあダブルデートですねっ!」
「おいこら。それだとひとり見えないなにかがいることになるぞ」
のんびりとふたりと1人は、緑の道をぽくぽく歩く。
まばらに生えた樹木を縫うように。青竹のように艷やかな深い緑色をした腰まである長髪、ユエラの背中を見ながらつづいた。
ときおり村の長耳エルフたちが「あ、剣聖様よ!」とざわついて、たまに「キングローパーキラーのふたりもいるぞ!」とささやかな喧騒に包まれる。
明人は、リリティアが剣聖と呼ばれて讃えられることを少しだけ嫌に思っている理由を理解した。
「なーんか、過大評価されてるっぽくて嫌だな」
「明人さんも私の気持ちをわかってしまいましたか」
共感されて嬉しいのか、リリティアは繋いだ手をぶんぶんと大きく振る。
すると、前をゆくユエラが振り返って蠱惑的な笑みを浮かべる。
「うししっ、アンタの場合、戦争が終わったらLクラスと同じくらい有名になっちゃうんじゃない?」
「あっ! それすごくいいですね! いっそのこと明人さんもLクラスにしちゃいましょう! 私がニーヤのときみたいに2つ名を考えます!」
嬉々としたリリティアの提案を聞いた明人は、恐怖した。
明人は気づいている。この世界のいたるところにセンスのない名前が溢れていることを。
ドワーフ領のカカココ山からはじまり、ゴブリン討伐のクエストでいったカラカラ林など至る場所に剣聖の影が見え隠れしている。
「あのさ……もしかしてリリティアって明記された地域の名前を捻じ曲げたりとかしてる?」
キョトン。明人の疑問にリリティアは、小首を傾げた。
「捻じ曲げたりはしてませんよ? 昔、もっとセンスのいい名前に変えるよう王たちに提案はしましたけど」
リリティアはとにかく押しが強い。
明人がエーテル国の神より賜りし宝物の模造品である《マナレジスター》を発動させるたびに訂正してくる。
近頃では、《チャームスポイト》を《みりょみりょきゅうきゅう》という名前に変えるよう強要までしだしていた。
「やっぱりリリティアのせいだろッ! それはただの権力の乱用だ!」
「え? そんなことないですよ? ただいうこと聞いてくれるまで通いつめただけですっ」
指をピンと立ててリリティアは、ほがらかに頬を緩める。
渋い顔をした明人は、剣聖に詰め寄られた王たちに同情した。恐らくは、今は亡きドワーフ王はきっと心が折れたのだろう。
「諦めなさい。リリティアって一度こうだと決めたら突進して絶対に譲らないタイプだから」
「むーっ、失礼ですねっ! 私だって町や村の名前くらいは伝統があると思って薄目で見てるんですから!」
ぷんすこ。湯気をだすようにリリティアは、僅かに紅潮した頬を膨らませてみせる。
しかし、ユエラは頭の後ろで手を結んで見もせず、ブーツで木陰を踏みながらゆるやかな歩調で歩くだけ。
そんなくだらない話に花を咲かせている間に、周囲の景色が市場のように様変わりしていた。
小さなエルフの子供が駆け回り、母親と思わしきエルフはもった籠に果実をいっぱいに詰めて追いかける。女性のエルフは今夜の晩のおかずを考えるように商店の前で空を眺め、威勢のよい男のエルフが手にとった野菜を売り込む。
色鮮やかな食品と地球と比べてローカルな物品が苔の上に広げられたシートや簡易的な木の屋台に並べて売られていた。
降り注ぐか細い日の線に照らされた市場と小さな村でも活気のあるエルフたち。自然に溶け込んで生活する新緑の髪と笹葉の耳の美男美女は、まるでおとぎ話にでてくる精霊のように美しい。どこぞのドワーフや複合種の雄雌で体の形が違うちぐはぐさが嘘のようだった。
「へぇー、物見市場かぁ。つーか、女エルフってユエラみたいに全員スカート短いんだな……」
不意に明人は、ここにきた理由を尋ねるのを忘れていたことに気づく。
「なあ、ユエラ。なんでオレたちここにきたんだ?」
「はぁ? 今更すぎるでしょ……」
長耳を下に向けて渋い顔をするユエラへ、雑踏に負けじと明人が怒鳴る。
「拉致だったんだからしょうがないだろぉ……。それにあの方法でここまできたんだから記憶ぐらい飛ぶっての……」
そして、ユエラは立ち止まると呆れたように首をゆるく横に振った。
前髪の端で編まれた深緑色の三つ編みも少し遅れて首を振る。
「拉致じゃなくて、お乳のためよ」
「…………」
白けた明人をよそに振り返ったユエラの顔は、ムフーっと。
それはもう最高のドヤ顔だった。
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語られる可能性も考慮しつつ語る語られないSSのコーナー
……………
「いい加減まなまなちるちるって呼んでください!」
「まーたはじまった……。絶対に嫌だね!」
「いいじゃない。まなまなちるちる」
「ほら! ユエラもこういってますし、多数決です!」
「絶対にいーやーだー!」
「なんでですかぁ!? 毎晩耳元で唱えつづけますよ!」
「それも嫌だわあっ!」
「もう……。じゃあいっぺんいってみたら?」
「そうです! 口がきっと記憶して自然と唱えてしまうはずです!」
「はぁ……。まなまなちるちるってぇ?」
キィィィィン
「発動してんじゃねえええ!!」




