134話 とっても騒がしい昼下がり
終わらぬ戦争
変わらぬ遺恨
それはともかく
人間とエルフの女王は
もう一度契約を交わすため
闘う
食後の運動、皿洗い。汚れた食器を井戸水につけて汚れを浮かせ、白い粉をつけてこする。
スポンジの代わりに瓜のような植物を腐らせて繊維だけを乾燥させた自作たわしを使う。この家では、基本DIY力で成り立っていた。
「ねえ。アンタって妹がいるっていってたわよね?」
「うーん、今生の別れを済ませたからなぁ。居た、が正しいかなぁ」
台所で兄妹のように隣り合って語り合う、1人とひとり。
一方は、前衛的なエプロンを身に纏った人間。もう一方は、ふりふりがたくさん仕付けられた若奥様風パステルグリーンのエプロンを帯びたエルフ。
「ふーん。どんな感じの子だったの?」
「ほい皿よろしく。興味があるのか?」
背の高い兄のほうが皿を洗う。
「よろしくさーれたっ。んまぁ、そこそこには?」
妹が清潔な布で水気を吸い取る。
「んー……名前は舟生夕っていうんだ。そして控えめに言って……」
明人が担当しているのは、家具や食器の制作家の修繕と改善だ、さらには日常的な雑用もこなす。
魔物が蔓延る誘いの森で、護衛が必要なぶん大体は屋内仕事だった。戦闘はしない代わりに専業主婦と休日の父を融合したような万能さを秘めている。
「控えめにいって?」
病気や怪我や自然にまつわるものは、ユエラの担当だった。
それ以外にも魔草をはじめとした薬草の売買も行っているため家の稼ぎ頭でもある。
とはいえ、戦線の縮小にともなって近頃は魔草の売買の回数も減りつつあるのだが。
「才色兼備で美の体現のように綺麗で可愛くてキュートでプリティで、世の男たちなら地面に頭をこすりつけてでも視界に入れたくなるほど最強に可愛い自慢の妹だ」
「アンタがシスコンってことだけは、よくわかったわ」
時間を共有する機会の増えた明人とユエラは、協力して家事にいそしむ。
明人が食事の汚れをたわしでこそぎ落とし、すすぐ。皿を手渡されたユエラが大雑把に水気を拭きとって、日の当たるところにおいてある皿立てに入れる。こうすることで食器棚が湿気でカビることもなく、拭く布に雑菌がついていても日光に晒すことで清潔さが保たれる。二度手間だが1人での作業ではない場合は、こうして役割を決めて分担する。
「んで、最後はどうなったの?」
彩色異なった視線がきょとん、と見上げる。
白魚のような美しい手にもたれたチェック柄の布で大皿の水気を撫でる。
「見送ってさよならだな」
明人は、笑いながら手についた水気をユエラの顔にピッと飛ばした。
驚くようにキュッと目を瞑り。後から頬をぷっくり膨らませたユエラは、切れ長の眼で抗議してくる。
そんな1人とひとりの後ろでは、テーブルについた白と黒が向かい合って茶をすすり、雑談に興じていた。
「ドワーフどもが酒をしこたま飲むもんだからな。近く、貿易のために果実酒の醸造施設の増築を予定している」
「あら、いいですねっ。お酒といえば、辺り近所に酒場が欲しいですねぇ。ウッドアイランド村ならここからでも近いですし」
「むっ……。エーテル領近郊か……」
ヘルメリルは、女王として民のために未来を見据えている。
この民というのは、自国はもちろん、親密な関係にある国の住民のことも指す。決して、エルフだけではない。ヘルメリル自身が口にしたわけではないが、明人はそう考えている。理由は、他種すらも救わんがために激務を請け負い奔走する女王の姿を知っているから。
食後の昼下がり。熟れた夏がくれる黄色い日差し。
窓から入ってくる気持ちのいい風が、家の中を通って開け放たれた玄関より吹き抜けていく。
女王を座椅子代わりにしたシルルは、大きな胸を枕に、頭を預けてすやすやと寝息をたてていた。ニーヤは、地べたに敷かれた明人が普段使いしている寝袋の上で自身の尻尾を抱き、まくら代わりに抱いて家猫のように眠っている。
僅かな平和を楽しむ反面、近くまた戦火が燃え上がる気配があった。そして、明人もヘルメリルがここにきた理由をなんとなく察している。
仕事を終えた明人とユエラは、それぞれリリティアの隣を陣どった。揃う、誘いの森の面々。
ヘルメリルの口元が弧を描き、意味ありげなニヒルの微笑を作る。
「NPCよ。体調の加減はどうだ?」
「良くもなく悪くもなく。万全ではないけど寝てなくてもいい感じだな」
その問いに明人は、首や肩を回しながら答えてやった。
右腕には、小さくなったとはいえ大きな内出血の跡がある。F.L.E.X.使用による限界を超越した力の後遺症。筋肉の破壊跡。
「ぶっ壊れたガラクタじゃなくて油が切れた機械くらいには、動くようになったよ」
「もとよりポンコツのくせによく言うじゃないか」
「ポンコツはポンコツなりにがんばって生きてんだ」
それを聞いて、ユエラとリリティアは互いの目を見合うとくすくす鈴を振るように笑う。
しかし、ヘルメリルは気にした風もなくいつも通りシャープな顎を上げてつづけた。
「ドワーフもワーウルフ、複合種も救済の導の本拠地を潰そうと躍起になっている。ピクシー共も首都を盗られて怒り心頭のようだ。すでにピクシーの情報通り、敵の拠点の包囲も済んでいる」
淡々と告げられる現状報告。方針というよりは決定事項のように。
ドワーフは、100年にも及ぶ魅了によってすでに数は500程度にまで減った。複合種も遺恨と苦汁をなめさせられるような扱いを受けて怒らぬはずがない。はじめは弱りきっていたピクシーも自国奪還のために闘うだろう。
傀儡のように踊らされた者たちは、にゃにゃにゃ救出から7日経った今でもまだ前線に残っている。
救う戦は終わった。残りは滅ぼす戦だけ。
明人は、わざとらしくやれやれとおちゃらけてみせた。
「そりゃそうだ。あれだけコケにされて怒らないほうがどうかしてるだろ」
長テーブルを挟んで向かい合って笑む1人とひとりの姿は、まるで茶飲み話をする友だちのよう。
しかし、内容は戦争という血生臭いもの。
「そうだ。それに私も他種の意向に同意している」
「ほぉん……がんばれよ。最後のひと仕事だな」
丸投げされた明人の応援をヘルメリルは、するりと無視してなおもつづける。
「そこでワーウルフ国の王カラム・カラル・ランディーを始めとした種の王すべてからの提案があった」
ほらきた、と。明人は、次に聞こえてくる願いをすでに知っている。
そして、ヘルメリルも明人腹積もりを理解した上で茶番を展開しているだろう。ユエラとリリティアすらも。
「貴様に指揮をとってほしい」
「やだ」
即決の即答だった。
堪えきれなかったのか、座についた面々全員が吹きだす。勝手知ったる者たち同士のやり慣れたやりとり。
鞘があれば、剣がつく。明人が戦場いれば、世界最強の剣士である剣聖もいる。1人とひとりが立ち上がれば、実質無限にマナを保有する自然女王もついてくる。
勝てる戦であろうとも、人間さえ口説き落とせれば桁違いの戦力が約束されているこの状況で、誘いにこない理由がない。
どれほど優秀な交渉人でも報酬を寄越さねば、明人は断固として動かざること山の如し。臆病が治りかけているとはいえ利己的なのは、もはや正確だった。
しかし、ヘルメリルとて酒場で見せる負けず嫌いは相当なものである。
天を仰いでふぅ、と深呼吸じみたため息をついた。日焼けを知らない白っぽくすべすべとした頬が微かに朱色にそまる。
「フフッ……。今回も前回の賭けと同様に……私がなんでも貴様のいうことをひとつだけ叶えるというのはどうだ?」
僅かに照れが見えつつも愚直なほどに真っ直ぐ投げられた条件。その笑みには、相当な覚悟が秘められている。
明人もニヤリと片側の口角を吊り上げた。
「その言葉を待っていたよォ……。前回友だちだから気を使って膝枕程度に押さえてやったのにィ、あの仕打ちだァ? 雪辱を果たさせてもらおうかァ?」
テーブルを挟んで対峙する人間とエルフの女王、男と女。
前回、狼の姫との決闘をした際に明人は、苦渋を舐めさせられている。あんまり雄感まるだしのハードな欲望のみなぎる願いは可愛そうだと気を使った結果、ヘルメリルは約束を守らなかった。
「前のときにキチンと約束を守ってくれてたなら……今回も膝枕程度で収まったんだがなァ?」
カタカタと震えながら青ざめているリリティアの横で、明人は顎を上げ下卑た笑みを浮かべると手指を無作為にわしゃわしゃとする。
しかし、ヘルメリルはどうじた様子もなく膝の上で寝ているシルルをぎゅっと抱きしめた。
「ああ、いいだろう! この私に叶えられるものならばなんでも叶えてやる!」
「約束を守れよ? もし前回のようなことがあったらァ……?」
「ハッハッハ! クドいぞっ! 今回は語らず、いやエルフ女王の名誉を賭けて受けて立つ! その代わりニィ……?」
弾ける火花、ぶつかり合う邪悪と邪悪。
裏切られて傷ついた男、今回の明人はひと味もふた味も違う。
「ああ、救済の導を蹴散らしてやるぜェ? 犠牲ゼロの最高の作戦があるんだよォ?」
犠牲者ゼロの言葉に動揺したヘルメリルは、僅かに劣勢に陥った。
「ぎ、犠牲者ゼロ……だと? NPC風情が豪語しおったな?」
優勢をもぎとった明人は、イスから立ち上がって対峙する女王に歩み寄る。するとヘルメリルは、怯えたように眠るシルルの髪に顔をうずめる。
「どうしたァ? 女王様よォ?」
「うぐっ……! そ、その条件であれば……で、できるだけ、が、がんばると、しよ、う……」
詰め寄ってくる男を見上げてヘルメリルは、もじもじとレースのスカートの下で白いふとももをこすり合わせた。
ここで明人は、じゅるりと口を袖で拭ってさらに追い詰めをかける。
「じゃあ、先に条件を発表させてもらうか!?」
「ぐぅぅ……」
誰がどう見ても耳の先まで真っ赤にしてヘルメリルは、歯噛みした。
そして、明人が勢いよく指さした先。そこにあったのはシルルの頭、ではなくその奥を示している。大人げないほどに大人な大きな胸。
しかし、その時ヘルメリルは笑った。
「フッフッフ……ククククッ! ハァーハッハッハッハ! しょせんは女を知らぬ程度の男だな舟生明人・ティールよ!」
フルネームで呼ばれ、今度は明人がたじろぐ番だった。返しにキレもなく、無論余裕もない。
「なっ……! なんだと!? 童貞でなにが悪い!」
逆に、ヘルメリルの顎はどんどん上がっていくばかり。もはや真下を見るように目の前の男を見下げている。
そして、驚きの言葉が飛びだした。
「その程度! もう覚悟しているわッ! じゅ、5分くらいなら好き放題に! で、できるだけ優しく! ならば触らせてやろう!」
女王の生き様がここにあった。例え我が身を削ろうとも民を思う本物の女王の姿が。
鷹の爪のような色になった長耳をヘルメリルは、風切り音がでそうなほど上下に振り乱す。
その健闘と威厳を讃えて明人は、ため息混じりに優しく笑う。
「ハァ……わかったよ。ヘルメリル」
「そ、そうか! や、約束は守ってやるっ! だから――!」
ヘルメリルは苦しそうに眉を寄せるシルルを更に強く締め上げていく。
しかし、明人はまだ条件を口にしてはいない。
「じゃあ、その胸でオレの顔を正面から5分間挟んでもらう」
室内の空気が壊死した。
ユエラは両手で顔を覆って見ないふりをしている。リリティアももはや燃えカスのよう真っ白くなって燃え尽きている。
今回の明人は、戦争時以上に全力だった。
一度初対面のときに触れたヘルメリルの胸に触れたことがある。しかし、その感触はあまりにも一瞬で楽しむ余裕もなかった。だからこそ、今回は全力で堪能する構えだった。前回の裏切り行為がなければここまでは至らなかっただろう。
凍りついたヘルメリルは、口を鯉のようにぱくぱくさせるだけ。
「じゃあ、約束守れよ。クックック、そうしたら最高で最悪の勝ち方をさせてやる」
明人が珍しく喉を鳴らして笑い、凄惨な昼下がりは過ぎていく。
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語らずが語らなかったので語る、語るSSコーナー
……………
「ゆえら……やっぱりおおきいむねがせかいをうごかしてるんですかね……?」ポカーン
「わ、わかんないっ! なんかもう顔が熱くてわかんないよぉ……!」ブンブン
「ああ……わたしのあきとさんが……あきとさんがめりぃに……」
「エッチよ! スケベよアイツ! 私の国の女王様のお、おおお、おぱーいをさささ、触るなんてッ!」
「……はっ!」
「ど、どうしたの? リリティア?」
「わかりました。私は、すべてを悟りました」
「それ、悟ってないヤツがいうセリフ――」
「ユエラ、あなたにお願いがあります!!!」
「ひゃっ、ひゃいッ!?」
「……」ゴニョゴニョゴニョ
「……え? えぇ!?」
「では、シルルさんを送っていくついでに――いざ! ウッドアイランド村へ!」
「ええええええ!!」
「なにやってんだアイツら?」
「と、とんでもない……とんでもない約束をしてしまった……!」カタカタ




