127話【VS.】後悔に溺れる凶獣 にゃにゃにゃのニーヤ 3
試練を越えて
たどり着いた天と地の狭間
皆が願うのは平和
永久に縛られた複合種を救う異端は
蒼く
そして操縦士だった
『ッ!? ……ごめんにゃさいにゃぁ』
この戦争には、エルフドワーフのときと同等の罪が隠されている。
領を同じくしながら平穏を興じていた者たち。動物の群れ、複合種。そんな者たちが互いを傷つけ合い、抑圧し、見下し合っていた。すべて他の意識を刷り込まれていたとしても。
不本意にも頂点に君臨させられてしまった少女。罪の呪縛に捕らわれぬはずもない。終戦したとして間違いなく尾を引くだろう。
「おいっ! ニーヤ!」
『にゃぅ……?』
僅かに魅了から体のコントロールをとり戻したのか。三角の耳が声に反応を見せる。
和装の袖から伸びるだらりと下がった獣の腕、複合された歪な肢体だった。
そして色あせた彩色異なる瞳。そこからあふれる涙の筋が魅了されてなお頬を濡らす。
だからこそ、伝えねばならぬことがある。蒼に縁どられた左腕を悲しみに溺れる少女へ向ける。鉛の入った拳を真っ直ぐに。
「全員が被害者だ。皆が傷ついて、皆が不自由だったんだ。一方的な謝罪は無責任だろ」
短い期間ではあるが明人は、複合種たちの基質に触れてきた。
「見くびるな……」
勇猛果敢な拳が振るわれ、過去の平和を慈しみ、戦場に優しい歌が流れた。そして、人間はこの戦争で小さな勇気が確かにあったことを知っている。
「アイツらは気高い。正気に戻って謝罪なんかしてみろ。はっ倒されるぞ」
『…………』
「だから、外にでたらまずはありがとうございますにゃ、だ!」
明人は、疾風迅雷の如く大地を駆けた。杓
子定規のように曲がった世界を正すために。
『た……けて……』
「言われずとも!」
淡い光の川が繋がる左腕の腕を突きだして水平線を滑るように走る。
同時に蕩けた顔で明人を見ていたリリティアも大きな青いリボンを揺らして剣を構えなおす。
毒気を浄化するかの如く光の帯が蛇の腕輪にそぞろ流れ込む。意思疎通は可能なれど未だ魅了は健在。
ニーヤも袖をはためかせて接近してくる蒼に飛びかかった。
風を斬って襲いくる横薙ぎの爪。それを真っ向から片腕で受け止める。
「フゥッ!!」
刹那と蒼の激突。パァンという炸裂音。ぶつかり合う1人とひとりを中心に聖水が波紋を作った。
凶獣による猛撃。立ち向かうのは、力への理解と順応性。
「あ、明人さんッ!」
ありえない行動を目前にリリティアは、悲鳴じみた叫びを発した。
2つ名をもつにゃにゃにゃの一撃。無論、その威力は速度と同等で生身ならば腕が引きちぎれてもオカシクはない。
しかし、振るわれた一撃を受け止める腕には濃い蒼がほとばしっている。
一点集中による防御。明人は、意識的に右腕へフレックスを集めることで厚い壁とした。
「大丈夫だ!! 近距離でこのまま吸い切るぞ!! もう誰かが苦しむザマを見るのはたくさんだッ!!」
弾かれたニーヤは、体を開いてよろめく。その眼前に仕向けられたのは金蛇の腕輪。
しかし、すぐに体勢を立て直したニーヤは次の攻撃を繰りだす。
「ハッ!」
下から突き上げるような蹴りをリリティアが銀閃で受け止める。
なおも明人は、魅了の力を吸いつづた。
助けたいと願う心と剣聖への信頼が為せる舞踏。十把一絡げ見えるほどの超接近戦。
限界を超えた人間の動きに合わせて白鳥も呼吸を合わせてくれる。
「もう少しッ! もう少しだッ!」
翌日にくると予想される筋肉痛は他の追随を許さない絶大なものだろう。それでも魅了の吸収は止まらない。
「にゃご……――にゃッ!」
ここで魅了されているニーヤが今までにない動きを見せた。
びしゃりと聖水の満ちた大地に振り下ろされた兎の足。猛烈に開いていく距離。バックステップ。
「まちやが――なッ!?」
反射的についていこうとした明人。それを白い腕がさっと前を遮ってくる。
「ニーヤのマナの胎動が止まりました。きっと《トランス》を解除するつもりです」
いつになく神妙な顔つきのリリティアは、淡々と告げた。
神聖な境界の空気が180度変わる。闘いの熱に火照った体にひやりとした殺気のようなものが入り混じる。
雑な切れ端のようになってしまった白いスカートがゆらり揺らぐ。リリティアは、手にもった剣を握り直して屈むと腰の横に構えた。防御を捨て、後方からの遠心力を乗せて切断する完全な攻めの構え。
「お、おい……。なにしてんだよ……」
リリティアの小さな背を見つめながら明人は、狼狽えた。
感情が高ぶったときに見せる火の粉の如き紅の燐光。じわりと染まっていく燃えるような朱色の髪。
「彼女は複合種と複合種の間に初めて生まれた突然変異種です。道理に混血種が追加される以前からこの世界に君臨する異端ともいえますね」
混血とは異なる種の結合。ハーフエルフであるユエラのようにヒュームとエルフの血が半々に混ざりあって生まれたもの。
そして、にゃにゃにゃは動物と動物のかけ合わせ。リリティアの口ぶりから察するに混血と同じく希少種なのだろう。
色々と思考を巡らせて明人は、あることに気づいてしまった。
「……雑種か」
「ええ。彼女は狐と狼の交配です。比較的魔法の得意な狐と強靭な肉体の狼。どちらの特性をも兼ね備えた最強の獣です」
「どっちもイヌ科だけどさぁ……種の交配の仕方がいい加減すぎるだろ……」
あまりのいい加減さに明人は、うなだれた。
緊張の糸は緩んでいるが話の通りだとすれば、状況は最悪だ。
このルスラウス世界でのハーフとは半々ではなく2種の力を合体させたミックス。
それはおそらくおねむのリリティアが本気をだすほどに強敵なのだろう。
「嫌にゃっ! もうみんなに酷いことなんてしたくないにゃ! もう、もう……!」
袖を振りニーヤは、目にいっぱいの涙を溜めていやいやと首を振る。
異変は突然起こった。両腕の白い毛がどばどばと生えそぼり、膨らんだ着物の合わせが爆発するかの如く下から押しあげられる。
許しを請こう悲鳴と毛の津波も止まず。むくむくと形作られていく。4本の獣の足とマズルの長い狐の鼻が伸びていく。
複合種は種々様々な見た目をしている。ワーウルフの男のように狼然としているものもいれば、ジャハルのように人の成りで暮らすものもいた。それはきっと環境に適した姿に変えているのだろう。水に住まうマーメイドの魚の尾は、地上で不便極まりない。だからこその《トランス》の魔法。
僅かに後ずさった明人は、ほのめく蒼をちらつかた。感情と同期してフレックスも動揺した。
「おいおいおいおいっ!? でかくないかッ!?」
どんどん膨らんでいく毛の塊を前にしてもリリティアは、微動だにしない。
「にゃにゃにゃはおっきいですよ。巨大すぎるが故、2足に化けているんです」
「冷静だね!? ってかワーカーよりでかいぞコイツ!?」
「まー……昔闘ったことがありますからね。あのときは眠くて負けましたけども」
見上げるほどに巨大な体躯だった。
ぐるぐると喉を唸らせこちらを睨む鳶色の瞳。獰猛な牙と巨木のような4つの足。灰かむり色をした大狐がそこにいた。
臆病をぶり返した明人の判断は早い。
「――あああっ! これは無理だッ! オレ家に帰るッ!!」
満を持しての断念。勝ちの目が見えず、纏った蒼も切れかけの電球のように瞬いた。
震える膝と蒼白になった顔。体中から血液が心臓に集まってしまったかと錯覚を覚える。手足は冷え切って心臓は怒涛の勢いで鼓動を繰り返す。カオスヘッドに勝利した面影はもうない。
そんな怯えきった明人に向かって駆ける影がひとつ。青竹の如き艷やかな長髪と剣聖を真似た前髪の端の小さな三つ編み。
外套をはためかせてユエラは、唱える。
「《グリーンウィップ》!」
聖水の下から塔の如く湧き立つ緑の蔦。
ズズズンズズズン。操縦士に聞き慣れた地鳴りとエンジンの脈打つ音。
『間に合ったッすー!』
ピチチのハツラツとした声がスピーカーから流れる。
待ちに待った援軍の到着を前にして折れかかった膝に力をこめた。同時に纏っている蒼も安定する。ユエラがいればこの局面でもなんとかなる、と。
そして、明人は行き当たりばったりでも堂々と指揮を開始した。
「リリティアは正面だ! ユエラは側面で捕縛狙い!」
「ふふっ、了解です」
「ほんっともうしょうがないわねっ! 私だってめっためたに疲れてるんだから!」
不死鳥の如き烈火の鳥が笑って飛び立ち、自然魔法使いは文句をいいながらも野太い蔦をうねらせる。
黄金色の空を写した水平線はどこまでもつづき雲が輝く。遠方では死闘を鑑賞する天使が羽を優雅に扇がせている。
人間は、仲間を信じて機を待つ。その瞳は、世界の安寧と自身の混沌の結末を眺めていた。
「WANYAAAAAッ!!」
暴れ狂う大狐。頂点を向いたふかふかの尾っぽをくねらせて正面に佇むリリティアへと飛びかかる。
黒鉛の爪だけでゆうに人の大きさを越えて、巨大。
それを見越していたかのようにユエラは、着地点から蔦を生やして足をすくう。着地狩り。
『いけいけいけーッす!』
小魚とオーバーワーカーは、甲高い声援を発してふたりを鼓舞した。
異世界の人間にとっては短くも長いような気がするような闘いだった。しかし、複合種にとっては永遠ともとれるであろう長期の戦争。
覇道の呪いによって引き裂かれた絆と縁。互いに傷つけ合い、醜く傷つけあった嫌悪の過去。
手と手をとりあった多種族によって救われた複合種たちは未来を歩むために命すら賭けて挑んだ。
美しい世界。それを夢見て明人は、蒼き閃光となる。
「おおおおお!!」
見てみたかった、ただそれだけ。見ることが叶わなかった希望のあふれる世界。
元いた世界をすてた人間は、世界を跨いでひた走る。友との約束を胸に意義のある死を求めるために。
だからせめてこの地に自身の生きた証を刻むために。
「WANYA!?」
ニーヤの胴を蔦の上を伝って明人は、ふかふかの背にしがみついた。
「どうだ! これで手も足もでない――うぉ!?」
「あ、ああ、あきとさん! が、がが、が、がんびゃってくださいっ!」
囮の役を終えたリリティアは、手持ち無沙汰げにおろおろしている。
「というか、アイツなんで蒼いの? それになんでこの鉄巨人も光ってるの?」
ユエラは、もう役目が終わったことで安心しきっていた。
なので明人はひとり奮戦する。
「NYA! NYA! NYAAA!」
背中の異物を振り落とさんとニーヤは、暴れる。さながらロデオマシーンの如く。
光の帯は確かに魅了吸収の腕輪に伸びている。狙いは、ゼロ距離での吸収だった。
「おいこら! 暴れるんじゃないよ!?」
猛抗議すると申し訳無さそうな声が脳に直接入ってくる。
『ご、ごめんにゃさいにゃ……。あっ!』
「あっ、てなにっ!? ――ああああああ!」
その時、しがみつかれた大狐が猛スピードで走り出した。
稲妻の如きスピード。明人は、風に当たった旗の如く上下にはためく。それでも決して離しはしない。なぜなら、ここで死ねば、成せずに死ぬから。
目もくらむほどの早さで大狐は、扉のなかへと駆け込んだ。
棺の間を抜け、棺の連なる長い廊下が飛ぶように視界を流れていく。
「ぐぅっ! ま、まずい……!」
明人は予感した。
この先がもし理想郷への神槍へ繋がっていたら、と。
その奥では理想郷への神槍の前で複合種たちが帰りを待っている。
そこにこのスピードでこの巨体が突っ込んだとしたら。さらに、魅了の光が未だに衰える気配はない。
考える。もはや人体の限界を越えて腕は、ミシミシと筋繊維の切れる音を発している。それでも最善策を思考する。
「っ!」
そんなとき、明人の視界に映ったのは己の左手だった。
グローブが切りとられ左の薬指1本のみが露出している。
薬指に半年間居座りつづけるのは、銀を基調としたブルーラインの入った呪いの指輪。まなまなちるちる、改めて、《マナレジスター》。触れた中級程度の魔法を散らす指輪。そして、触れた相手のマナを散らす指輪が存在を発している。
「WANYAAAARA!!!」
迫りくる白光の門。灰色の大狐はそこを目指して地鳴りを起こして吠える。
明人は己の浅はかさを後悔した。
そして、戦争の終焉を迎えるために唱える。
「《マナ――!!」
ブルーラインがくるくると蒼い光を放ちだす。
魔法を解除するのであればわざわざ吸う必要はなかったのだ。
「レジスタアアア》ッ!!」
唱え終わると同時に白い綺羅びやかな光が視界を支配した。
網膜を焼くような眩い光があふれる。と、同時に蒼が失せた手から力が抜けた。体がふわりと放りだされる。フレックスの切れ、限界。
薄らいでいく意識。光のなかで死を待つ間に明人は、ささやかなながらの思いを口にした。
「せめて……狐状態だったらコンコンっていえよ……。ワンじゃないでしょ……」
遺言とするにはあまりにも粗末な言葉だった。
○○○○○
語るほどでもないから小さく語られるSSのコーナー
……………
「あ、明人さあああん!」タタタッ
『いっちゃったッすねぇ』
「いっちゃったわねー。ところでなんで蒼いの?」
『ふひー疲れたッすぅ……』
「ねえねえ、なんで蒼いのよ? あと安心しすぎじゃない?」
『たぶん大丈夫ッすよぉ。ふにゅうッすからねー』
「ずいぶん信用してるわね。で、なんで蒼いの?」
『いやー、それにしてもファーストキスだったッす』
「なっ!? 私だってそうよ! 治療で唇を奪われるとは思わなかったわ!」
『お母様がお父様の治療でよくしたてたッすよ?』
「……まあ、ノーカンにしましょ」
『そうッすね』
「で、なんでアイツとこの鉄巨大は蒼いの?」




