第六章 その6 合流
(2017/10/24)連番を間違えてたので修正しました。
「池……だよな?」
キイチは首を傾げる。何度見ても、アンジェリカのスマートフォンがある四百五十メートル南東は噴水池の中だった。景観用の噴水であれば、深さはせいぜい腰のあたりまでだろう。もしそんなところに人がいたら、たとえ沈んでいたとしても見つからないはずはない。そもそも水没したスマートフォンではたとえ防水であっても電波自体が届かないだろう。
不意にタワー内に響いていたサイレンが止まった。キイチは反射的に身をかがめる。
『うるさいから止めたわよ』
館内放送のスピーカーから聞こえてきたのは、聞き覚えのある声。
「カナ……」
『あら、声だけで分かるなんて、さすがね。愛の力は偉大だわ』
「なに言ってやがる」
『ちなみに、あたしの方からはキーくんの姿は見えるけど声は聞こえないから』
「……それコミュニケーションとれないパターンじゃねえか」
『キーくんが見ざる、あたしが聞かざる、最後のお姫様は言わざる、かしら』
「うまいこと言った気になってんじゃねえ」
『それより早くしたほうがいいんじゃない?』
「くそっ、あいつほんとは聞こえてんじゃないのか」
キイチはオフィスを飛び出してモニタ室に向かった。
モニタ室にいたのはカナ一人だった。相変わらずブルマ姿で、椅子の上で片膝を抱き、サブノートPCを叩いている。キイチが勢いよくドアを開いても動じもせず、モニタから目を離さない。
「ラミアさんは?」
キイチの問いにも視線を向けずに淡々と答える。
「爆弾のタレ込みを続けてるわ。爆発が防げない以上、一件も残すことなく通報して住民を避難させなきゃいけないから。で、お姫様の足取りは掴めたの?」
「掴めたような、そうでないような」
キイチはアンジェリカのスマートフォンが噴水池の中にあるらしいことを話した。
「キーくんはその位置情報をどうやって割り出したの?」
「どうって、位置情報の強制要求を投げて、その戻りパケットから割り出しただけ、だけど」
ふむ、とカナは握った右手を唇に当て、キイチの方に向き直った。
「つまり、既存のシステムを使ったわけじゃなくて、自分で復号したってことなのね」
「ああ」
「キーくん。四百五十メートルという距離と、南東という方角でピンと来ない?」
「え……あっ」
キイチがちっ、と舌打ちする。
「測地系の違いか」
「そ。箱庭都市のGPSは世界測地系そのままで返すから、一般に使用されている日本測地系に変換しないと南東に四百五十メートルずれる」
「って、ことは……このセブンアイズ・タワーの中にある、てことか?」
「そうなるわね。回収されたのか、あるいは最初から置いていったのか」
そんなことあるのか? キイチは自問する。
あのとき、時間がない中であっても最善を尽くそうと考えれば、サイバーセキュリティ特務課が自分の居場所を捕捉できるスマートフォンは必携アイテムだったはずだ。ならば、なぜそのスマートフォンがここにある?
「アンジェリカは、ここにいる……?」
もしアンジェリカがここにいるとしたら、このセブンアイズ・タワーの倒壊をほったらかしておくわけにはいかなくなる。セブンアイズ・タワー倒壊の引き金となるビル爆破が止められないのであれば、最後のピースとなる「なにか」を止めなければならない。
だが、未だにその「なにか」は分かっていない。
最後のピースを見つけるか、それともアンジェリカを見つけて脱出するか――限られた人手では並行することは難しい。
キイチの肚は決まっている。だが、カナはどうだろうか。あまりアンジェリカにいい印象を持っていないカナが、協力してくれるだろうか。
「あたしのセーフハウスに来る前一時間から、今までの監視カメラの映像を出すわ。モニタ四台ずつ分担で」
カナは当然のように言った。
「え……」
「時間がないわ。分担しないと間に合わない」
「あ、ああ」
キイチはカナの隣の回転椅子に腰を下ろし、リアルタイムモードからプレイバックモードに切り替わった監視モニタを見上げる。
「カナ……その、ありがとう」
「礼を言われるようなことじゃないわ」
カナは監視モニタから目を離さない。
「あんなに美しい銀髪や顔を隠したり、簡単に命を危険に晒したりするなんて、美への冒涜だわ。絶対、傷なんてつけさせない」
「あ、ああ。そう……だな。よかった……カナはアンジェリカのこと、嫌いなのかと思ってたから」
「嫌いよ」
キイチは思わず振り向いて、表情の変わらないカナの横顔を見つめる。
「あたしには彼女が三千世界随一の美の化身である、という自覚があるってだけ」
「……それ、自覚って言葉はおかしいんじゃないか?」
「時間がないって言ってるでしょ。助ける気はあるの?」
「あ、ああ。悪い」
キイチはどうにも収まりのよくない気持ちのまま、監視モニタに向き直った。




