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岬の後を追った理事長は、自分が袋の鼠になったという事実に、まだ気づいていないに違いない。


舞台裏からステージへ上がる扉はすでに中からロックされていた。


二人が舞台裏に飛び込んだのを見計らって、理事長が逃げられないように、佐伯か蒼井さんが扉を閉ざしたのだろう。


俺と潮田のおっさんは大回りして会場の入口へと走った。


入口付近には、無数の人だかりができていた。


俺たちは人込みをかき分け中に押し入ると、無遠慮に通路のど真ん中に立ちつくした。


「これは……」


さっきここを出た時と、明らかに中の様子が違う。


会場の両脇をマスコミが埋め尽くしているのだ。


入口付近の大混乱は、これにつられて来た野次馬だろう。


「どういうこと……?」


俺は潮田のおっさんを振り返った。


「それが、さっき両腕にギプス巻いたキツネみたいな男がよ――俺んとこ来て言ったんだ。今日のためにマスコミに声かけてたみたいだけど、規模が小さすぎるってさ。だから自分が情報流して連れて来たんだって」


「室井だ……」


あいつのジャーナリストとしての執念は、いまだ失われちゃいなかったのだ。


理事長は虫ケラを甘く見た。


両腕をやられ、ピアニスト生命を断たれた虫ケラは、図太く別の才能を発揮したのだ。   



「そいつが持ってた記事読んでびっくりしたよ、もし真実ならえらいこった。それでお前の後を追ったのさ。あれは、本当なのか――?」


おっさんの問いかけに答える間もなく、会場の照明が落ちた。


辺りが真っ暗になった次の瞬間、オーケストラブースに照明が当たった。


タクトを掲げた蒼井さんが、俺を見て軽く片手を上げた。


いよいよ、時は来たのだ。


「いいや。真実は今から明かされる――」


幕の下りたままのステージにスポットライトが当たった。


向かい合って並ぶ二つの影が映し出されたと同時――。


蒼井さんはタクトを振り上げた。


『地獄の怒りに燃えるこの胸』


激しい旋律にのせて影が歌い出す――。


「なんてこった……」


おっさんだけじゃない、会場中のあちこちから同じ声音がもれた。


だが驚くのはまだ早かった。


スルスルと幕が開き、その声の主が現れると、場内は騒然とした。


「おい、男の子だ! 彼が歌ってるぞ!」


「さっき、ピアノ弾いてた子よ!」


「なんて声だっ…!」


真っ白なスーツをまとった天使のような少年が――。


理事長であり父親である男を目の前にし、ソプラノよりも高い奇跡の歌声を張り上げているのだ。



「恵介、やめろ!お前が私の保護なしに生きていけると思うのか!」


理事長の空しい叫びは、岬の力強い歌声にかき消される。


もうこの世にあってはならない者の歌声――。


音楽史にその名だけを残し、闇に消え去った堕天使。



現代に甦ったカストラートが今――。



俺たちの目の前でベールを脱いだ。





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