⑤
夕刻になって、俺は解放された。
わけも分からないまま寮に戻ると、それを見計らったように潮田のおっさんから電話がかかってきた。
「ジョージ! 一体どういうことだ?」
「どういうことって……」
受話器から飛び出してきそうな剣幕で、おっさんはがなりたてた。
「校長から電話で聞いたぞ。来月一杯で退学するって言ったそうじゃないか!それもなんだ?理事長の坊ちゃんをボコボコにしたんだって?一体どういうつもりだ!」
「……そう、なってるのか?」
どうやら俺は、罪を認めてこの学院を去るという条件で解放されたらしかった。
「人ごとみたいに言いやがって、ちゃんと説明しろよ!入学してまだ一ヶ月だぞ?」
説明するも何も、一番事情が飲み込めていないのはこの俺なのだ。
「黙ってないでなんとか言え!」
途方にくれていると、部屋から姿を現した佐伯が俺を手招きした。
「ごめん、おっさん。今はなんとも言えないわ。でも俺、間違ったことはしてないから」
それだけ言うと、俺は一方的に電話を切った。
「ジョージ、やっと出所してきたか」
小走りで部屋に戻った俺を、佐伯は笑顔で迎え入れた。
「蒼井さん」
部屋の中には蒼井さんがいた。
「ごめんね。驚いただろう?」
「驚くも何も、意味分んないまんまです」
俺はクローゼットの陰に隠れ、昨日から着たきりだった制服を脱ぎ捨てた。
「でもどうやら俺は、来月一杯でここを去ることになってるらしいっすね……」
私服に袖を通し顔をのぞかせる俺に、蒼井さんは肩をすくめて見せる。
「そう。上を納得させるにはこっちから退学を申し出るしかなかったんだ」
「行き当たりばったりというやつだぞ、ジョージ」
「それを言うな、悠人」
茶化す佐伯に、蒼井さんは顔を赤らめてみせる。
まんざら冗談でもないらしい。
「しょうがないよ、俺がいいって言ったんだから。でもその、来月一杯ってのは何?」
「時間稼ぎだよ。来月末に文化祭があるから、それだけは参加したがってるって同情を買ったの」
それで、執行猶予一ヶ月か。
「一ヶ月の間に、理事長の本性を暴いて退学を取り消すことが出来ればお前の勝ち。それができなきゃ――」
佐伯は長い脚を組んで、呑気に紅茶を啜る。
「俺様のサティが冥土の土産だな」
「それ、最低だな」
一寸先は闇。
ついこの間までこいつと同じ舞台に立つ気でいたのに、今の俺は行き場を失った崖っぷちだ。
「とりあえず、岬に会って真実を確かめなきゃ」
俺は着替えてすぐ、岬に会いに行く気でいた。
「バカ、そんなことできるわけないだろう」
佐伯が、玄関へ向かう俺を呆れた声で呼び止める。
「なんで?」
「理事長は、ボディーガードまで雇って岬くんを完全に部屋に閉じ込めてる。表向きは室井くんの事件があった上、岬くんは君に暴行されたことになってるからね」
蒼井さんは俺を宥めるようにベッドに座らせた。
「それじゃ、岬とは会えないの?」
俺は二人の手前平静を装いたかったが、思いのほか情けない声を出していた。
「ロミオとジュリエットだな、こりゃ」
佐伯はゴロリと自分のベッドに横になった。
「こんな時までオネムかよ!」
俺はイライラして佐伯に枕を投げつけた。
「眠いに決まってるだろ。誰が真夜中にクマちゃん差し入れしてやったと思ってるんだ!」
枕が佐伯の手からブーメランのように戻ってきて、俺の顔面に直撃する。
「待てよ……」
一発食らった俺はひらめいた。
佐伯が顔を上げる。
きっと佐伯も同じことを考えついたはずだった。
「ロッククライミングか!」
案の定、同時に叫ぶ。
「ダメダメ、そんなの。危険すぎる!」
俺たちのやろうとしていることを理解した蒼井さんが、険しい顔で首を振った。
「大丈夫だよ。俺、運動神経はいいから」
「だからって怪我でもしたらどうするの?」
「でも岬に会わなきゃ!会わなきゃなんにも始まらないんだ!」
恋は盲目とはよくいったものだ。
俺は既に自分の危険を省みる頭など持たなかった。
「ミツキ、止めても無駄だ。今ヘタに止めたらこいつ正面突破しかねないぞ?それこそまた大問題になる」
佐伯は、どこか楽しんでいるようだった。
「ジョージ、金曜の夜まで待て。俺がその間にお前をスパイダーマンにしてやるから」
「なんで金曜?」
首を傾げる俺を尻目に、佐伯は満面の笑みで頷いた。
「悠人、お前まさかこんな時に……」
何事か悟った蒼井さんは大きなため息を吐いた。
「ただ夜這いかけるだけじゃつまんないだろ。それにこんな時だからこそだよ。たまにはパアっとやろうじゃないか?なあミツキ」
蒼井さんは、かけていた眼鏡を外し目頭を押さえた。
「蒼井さん……?」
いつもの穏やかな目つきが一変する。
「どうなっても知らないからな」
蒼井さんは、今まで見たこともないワイルドな顔をして笑った。




