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「カストラートの手術は、通常八歳前後までに行われなければならないとされた。男性ホルモンを完全に遮断する必要があるからね。事故があったとされる十年前、岬くんはちょうど七歳。時期は差し迫ってきていた――」


 蒼井さんは、真っ青になった俺の顔を直視できずに顔を背けた。


「はじめの記事に戻ろう。リエコさんが息子を連れて心中を図った場所は、岬病院の屋上だ。正確に言うと、屋上にある緊急用のヘリポートのあたりから、リエコさんは身を投げている。妙だと思わないか? 心中するのにそんな人目につく場所を選ぶかな?」


「どういうこと……?」


「じゃあ、ここにもうひとつだけ憶測を加えてみる。もしこの時リエコさんが、夫の悪魔のような計画に気づいていたのだとしたら……どうしたと思う?」


「息子を連れて逃げる――じゃあ、岬のお母さんはっ!」


岬を連れて逃げ出すところだったのか――? 


「おそらくリエコさんは、ここで息子と逃走するためのヘリを待っていたんだと思う」


母親は息子を守ろうと必死の思いで屋上のヘリポートにたどり着く。


けれど悪魔の目的を達さんとする男は、執拗に追ってきた。


常軌を逸した男と揉み合いになり、母親は屋上から不意に、もしくは故意に転落してしまう。


残された岬は――。


『あれは真実じゃない――』


それから十年の時がたったある日、出会った俺にそう語る。



「間違いないよ!リエコさんは岬と心中なんかしてない。岬は事故になんて合ってないんだ!岬は……きっとその夜理事長につかまってカストラートにされたんだ!」


全身が総毛立った。


いてもたってもいられず俺は固い壁に拳を撃ちつけた。


「落ち着いて、結城くん。今の段階じゃすべて憶測に過ぎない。これは僕らが勝手につなぎ合わせたシナリオだ。なんの証拠にもならない」


 蒼井さんは悔しそうにベッドに書類を投げ出した。


「違うよ、蒼井さん。俺たちに証拠なんか必要ないんだ」


「え……?」


俺は震える手で蒼井さんの肩をつかんだ。


「俺たちは岬の――恵介の真実に気づいてやるだけでよかったんだ」


誰にも気づかれない深い闇の中で、あいつはずっと――。


真実に気づいてくれる誰かを待っていた。


「あいつが合唱コンクールでカストラートの歌声を披露したのも、室井の書いた記事を自分でばらまいたのも、真実に気づいて、自分を助け出してくれる人間を待ってたからだ――」




昨日あいつは俺に、自分が父親に暴行されるところを黙って見てろと言った。


俺はあいつが俺の身を守るためだけにそう言ったんだと思ってた。


でも本当はそうすることで、あの男の本性を俺に知らせたかったのかもしれない。


それなのに俺は我慢できずに飛び出して。


俺がこのまま退学になったりしたら――。


あいつの真実は、また闇の中に葬り去られてしまう――。


それこそ理事長の思う壺だった。


「蒼井さん、どうすればいい?俺はまだここにいなくちゃいけない。あいつを助けてやるって約束したんだ。その後なら俺はどうなったって構わない。でも、今はダメだ!」


「結城くん……」


蒼井さんの聡明な目が、真っ直ぐに俺を見つめた。


「方法はなくもない……。でも正直、そのあと君がどうなるかは僕にも分からない。君はここをやめたら行く場所がないんだろ?本当にそうなってもいいの?」


俺は手の中で悪魔の計画書を握りつぶしていた。


「構わない。蒼井さん前に言ったよね?俺はこの件と深く関わる人間になる気がするって。俺がこの学院に来たのは――きっとあいつを助けるためだ」


万が一つにも、岬を助け出す方法があるのなら――今の俺はどんな可能性にだって賭けただろう。


「分かった、やってみる。午後まで待ってて」


蒼井さんは立ち上がると、意を決したように言った。


「理事長に先手を打つ――」




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