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アヴェ・マリア


そうして1週間がたった――。


「どうしてたジョージ?連絡もよこさないで。坊ちゃん連中とはうまくやってんのか?」


夕飯を終えて部屋へ戻ると、見計らったように部屋の内線がなった。


潮田のおっさんから電話がかかっているという。


俺は廊下に出て、各階に設けられているアンティーク電話の受話器を上げた。


「ぼちぼちだよ。こっちから電話しようにもさ、携帯が圏外なんだわ、ここ」


1週間――。


似合わないリボンタイの制服も、なんだか板についてきた。


俺は毎朝変人のルームメイトを叩き起して白亜の学院へ通った。


昼までの4時間はミュージカル専攻の科目に費やされ、午後の4時間は一般クラスで英語や数学を詰め込まれる。


そんなハードなスケジュールをなんとかこなした。


「それよりおっさん、編入手続きの時、俺の昔のテープ出しただろ?」


「ああ、一番デキのいいヤツ出しといてやった。なんだ?いけなかったか?」


「あれ、3ヶ月以内に録音したものって条件だぞ。選考委員は俺のこと稀少なカウンターテナーだと思ってたらしくてさ、おかげで詐欺師扱いだ。今の実力じゃとても編入許可されなかったでしょうとか、言われたい放題だよ。今日だって同じ音楽科のヤツにさ――」


今日は文化祭に向けて、音楽科各専攻の合同練習が行われた。



くじ引きで決まった相手とセッションすることになり、そこでまた――。


俺は室井とガチンコした。


ピアノ専攻のあいつの伴奏で、ミュージカル専攻の俺が歌うという……またとないバッドシチュエーション。


「なんだよ。言ってやんな、ジョーちゃん。俺の声は金の卵だって。日本のミュージカル界の収益にどれだけ貢献したってな」


「金の卵なんてとっくの昔に割れただろ――」


佐伯は例のごとく合同練習中に寝入ってしまっていた。


もう助け船はでなかった。


1週間のハードな授業のおかげで初日に歌わされるよりはいくぶんマシだったろうが――それだけだ。


下手な歌謡曲さえ歌えるかどうか分からない歌唱力で、俺はミュージカルの名曲『メロディー』を歌わされるはめになった。


それも天敵の演奏で――。


まわりの連中は俺が随分手抜きしてふざけてると思ったらしいが、とんでもない。


本気も本気だった。


「その程度でもプロって呼ばれるんだ?だって――」


演奏が終わると俺を嘲笑うかのように室井はそう言った。


「そんな戯言気にすんな!嫉妬だよ、嫉妬。そこを卒業して戻ったあかつきにゃ、お前には再びスターの座が用意されてんだからな。お前は特別なんだ、しっかりしろ!」


「だといいけど――」


今の俺には、自分の代わりに舞台に立つ数百人のリボンタイたちの姿が見えた。


「とにかくな、そんな山奥で1週間も問題起こさずやってんだから上出来だよ。忘れんな、お前は今でも金の卵だ。勘さえ取り戻せば、またすぐ歌えるようになるさ」


「どうだかね――」



電話を切って部屋に戻ると、カラスの行水を終えた佐伯がバスタオルを頭に被ったままニヤニヤ近づいてきた。


「なんだよ、気持ち悪い」


「女から電話か?」


腑抜けた声で勘ぐる。


「ちげーよ。この前話したろ?事務所のおっさんから」


「なんだ、里親か」


とたんに興味を失ったらしい。


佐伯は退屈そうにバスタオルを放り投た。


「あのなぁ、人を捨て犬みたいに言うな」


「それよりジョージ、キツネザルに仕返しするいい方法を思いついたぞ。最近このあたりにハチが巣してるだろ?あいつの部屋の前に蜂蜜塗ってやろうぜ!さっきキッチンから拝借してきたんだ」


佐伯はでっかい瓶に手を突っ込むと、蜂蜜を口へ運んだ。


「プーさんかよ」


いい方法が聞いて呆れる。


「いいよ、そんなことしなくて」


「なんでだ?昼間けちょんけちょんに言われて悔しいって言ってたろ?俺も悔しいぞ」





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