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彼がどれだけ美しいかって――。


俺の実用的なだけの脳ミソが下手な詩を読むぐらいにだ。


一瞬で俺の心をとらえた佳人は、次の瞬間再び走り出した。


同時に高くのびる本棚の隙間を縫うようにして、背後からいくつかの人影が走り抜けて行く。


俺はようやく事態を把握した。


彼は追われているのだ――。


思いがけない非常事態に、俺の手の中から本が滑り落ちる。


心臓がバクバクして焦燥感が全身を襲った。


どうしようと思う間もなく、俺は使命を受けたみたいに走り出していた――。


本棚の一番奥に、裏庭へと通じるガラス戸が見えた。


羽のような髪がそこをすり抜けた後、制服姿の男たちが次々裏庭へと消えた。


なんの追っかけっこかさえ知らないまま、俺はその最後尾についていた。


『ジョージ、お前は昔っから正義感だ』


何日か前に事務所で聞いた潮田のおっさんの声がよみがえってきた。


閉まりかけた扉を押し開け、俺は派手に裏庭へと飛び出す。


山奥のせいか、外は9月頭とは思えないくらいひんやりと涼しかった。


「手間かけさせんなよ」


静けさの中で耳を澄ますと、木陰から話声が聞こえてきた。


どうやら美しい獲物は捕獲されてしまったらしい。



足音を忍ばせ、声のする方へ近づくと――。


男たちが3人、太い木の幹を取り囲むようにして彼を追い詰めたのが見えた。


悪党どもの背中で顔こそ拝めないものの、木の幹にぴったり体を合わせる形で、先刻の奇跡は立ちすくんでいた。


「なんで逃げるかな?別にとって食おうなんて思ってないぜ」


男の1人が、いやらしく笑った。


この学校にも、こういう連中はいるんだな。


たちの悪いイジメかただの悪ふざけか状況は把握できないものの、どちらが悪ものかは見るからに明らかだった。


俺は男たちの背後からそっと距離をつめた。


「ちょっと話を聞かせてくれって頼んでるだけだよ」


両脇に立った2人の男が、獲物を逃さないよう大木に手をついてケージを作っていた。


そのせいで肝心な芸術品だけが、俺の視界から完全にシャットアウトされていた。


「うっとうしいな…」


もしかしたらこれはおっさんの言う正義感なんかじゃないのかもしれない。


今の俺はもう一度彼を見たいという欲求、そのために邪魔なものを排除したいと念じているだけだった。


俺は今になってようやく悟る。


「よし」


自己満足のための衝動。俺はいつもその衝動だけで動いているんだって。


「ねえ、いつまでもそんなだからさ。俺たちだって休み明けてまでお前の尻追っかけまわすハメになってんだよ?強情張らないでそろそろ協力してくれよ」


真ん中に立つリーダー格の男が、そう言って俺の興味の対象物に手をかけた。


悪の触手が、純白のブラウスに食い込む。


それを見たとたん――。


俺の頭にカッと血がのぼった。


言うに言われぬ不快感。


そして当然のように――。


「おいっ、やめろよ!」


後先考えず飛び出して、俺は男の襟首をつかんでいた。


「誰だ?」


驚いたのはデキの悪いボンボンどもだった。


俺に猫づかみにされたリーダー格の男は、細いキツネ目を出来得る限りに見開いて、俺を振りかえった。


目の前に立っているのは、ここでは見かけない街のチンピラだ。


それだけでも十分サプライズなのに――。


室井むろいくん!彼、結城丈児だよっ!」


あろうことかそのチンピラは、ミュージカル界の神童・結城丈児のなれの果てなのだ。


「すげぇ。本物だよ…っ」


取り巻きの2人から思い通りの反応が返ってきたので、俺は内心ホッとした。


実際のとこ、佐伯のショックがまだ尾を引いていたのかもしれない。


「結城丈児ね…誰でもいいけど、僕から手を放してくれる?」


室井と呼ばれたキツネ目の男は、興味なさげに俺の手を振り払うと、キザな仕草で着衣を正した。




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