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ディスコミュニケーション


「ええ、お任せください!! この鬼塚が責任を持って田中先生を運ばせていただきます!!」


 多摩川先生の言葉が自分に向けられたものだと思ったのか、鬼塚先生は胸を張って立ち上がる。


「何言ってるんですか? 馬鹿なんですか?」


 だが、我が校の保健医は笑顔を浮かべたまま、猛毒を吐いた。


「ば、馬鹿?」


 鬼塚先生の表情は、綺麗な女性から到底出るはずのない言葉をぶつけられたことへの困惑を隠しきれていない。


「おっと、失礼。馬鹿は言い過ぎましたね。でも、私が田中先生を運ぶよう頼んだのは鬼塚先生ではなく、そこの庭村君なので」


 ん? なぜ俺の名前を知っている?


「しかし力仕事なら、この体育教師である自分の方が適任かと!!」


「女性を運ぶのを力仕事と言うなんて、デリカシーがないですよ?」


「なっ、それは......」


「さあさあ、鬼塚先生は生徒のお尻を守るためにも、ネズミでも探してきてくださいな」


「そんなことは私の仕事ではなく、それこそ庭村にやらせれば」


 瞬間、多摩川先生が纏っていた柔らかい雰囲気が霧散するのを感じた。


()()()()()なら、鬼塚先生でもできますよね? ()()()()()()()() あ、それともまだお尻が痛みますか?」


 相変わらず笑みを浮かべているものの、多摩川先生は明らかに怒っている。


「っ、今すぐ探してきます!!」


「いってらっしゃーい」


 鬼塚先生は、多摩川先生の威圧に大量の冷や汗を流しながら、逃げるように去って行った。


「さて、と」


 鬼塚先生を見送った多摩川先生は、現れた時と同じ笑みを浮かべ、俺の方へと振り返る。


「田中先生を運んでくれてありがとね。今鍵開けるから待ってて」


「......ありがとう、ございます。


『クエスト"田中先生!?"達成。報酬"風邪薬"を獲得』






「うん。過労ね、これは。しばらく寝たら大丈夫かな。ま、念のため明日は無理矢理休ませて病院に行かせるかな」


 ベッドに寝かされた田中先生の額に触れ、多摩川先生はそんな診断を下した。

 気のせいかも知れないが、先ほどよりも田中先生の表情は安らいでいるように見える。


「ところで、君がコットンが言ってた庭村君だね?」


 田中先生の診断を終えた多摩川先生は、くるりと体を回し、ベッドから少し離れたところに立っていた俺の方へと体を向ける。

 ......コットン?


「あ、コットンって言うのはそこで眠ってる田中美琴先生のことね。美琴の"こと"を取って、コットン。可愛くない?」


 可愛い、のか?


「......そう、ですね」


「はい、ダウト。可愛いわけないじゃない」


「え」


「さ。話したいこともあるし、とりあえず座りましょうか」


 なんだこいつぅ。






「コットンはさ、頑張り屋さんなんだよね」


 俺と多摩川先生は、向かい合った状態で、お互い別の椅子に座っている。

 椅子は二つとも、回転式の丸椅子だ。


「私が知ってる教師の中で、一番生徒思いで一番生徒のことをよく見てる。それも、誰かを特別扱いとかせず、平等に生徒を全力で愛してる、田中真先生ってのは、そんな先生なんだよね」


 白衣を着た目の前の美女は、くるくると自分の座る椅子を回転させ始めた。


「そんな先生が、去年あたりから一人の生徒をやけに気にし始めた。

 誰のことかわかる?」


 そんな質問と同時にぴたりと椅子の回転を止め、じっとこちらを見つめてくる。


「正解。庭村君です」


「え」


 何も言ってませんが?


「頼まれたら断れない。周りの目を気にしすぎ。発する言葉には細心の注意を払う」


 真っ赤な唇から発されたいくつもの言葉は、ぞわりとさせるように俺の心臓を掠めていく。


「えっと......」


「これがコットンがよく言ってる庭村君の評価だね」


「......そうなんですね」


 やっぱり、田中先生はよく生徒のことをよく見ている。そのことは、俺を安心させると同時に、心の内を見られているような恥ずかしさも覚えさせる。

 そんなことを思っていると、目の前から熱い視線を感じた。


「な、なんでしょう?」


「......君はあれだね。思ったよりもずっと、おしゃべりだ」


「え?」


 世界一のコミュ障と名高い庭村さんですが?


「口が、じゃなくて、顔が、って意味ね。いや、顔というよりは目、かな?」


「目?」


「そう、目。

 君はきっと、胸の内には喋りたいことが沢山あるんだろうね。沢山あるから、どの言葉を口に出していいのか、分からなくなっちゃう。

 分からないから、その答えを他人に委ねちゃうんだ。

 他人が出したその答えは、君が考えたいくつもの答えの一つと同じだから、それが正解だって、認めざるを得なくなる。

 それを何度も何度も繰り返して、いつからか、自分の考えが分からなくなっちゃった」


「......」


「......なんて、分かったようなこと言ってごめんね? でも、君は、こんな風に無理矢理でも指摘しないと自分が悩んでることにすら気づかないんじゃないかと思ってね。

 悩め、若人。悩むことは誰でもできるけど、歳をとるほど、悩んでられる時間なんてなくなる。だから、今持ってる時間全部使って悩んでみせるくらいの気概は見せろよ、少年」



 この時代の医療技術は、とても高いです。なんと、どんな難病でも治せちゃうスーパードクターがいるとかいないとか。

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