第十九話
「おねがい! しなないで!!」
少女は泣きながら目の前の倒れている女性を助けようとした。治癒魔法をかけるが幼児が持っている魔力量では止血するにも難しかった。
「おねがい、とまって......。これいじょう、ちがでてこないで」
魔力が切れる頃合なのか、頭がクラクラする。
それでも少女は手を止めず、魔力を流し続けた。
セレスは崩れ落ちた教会の前で刻一刻と変わる戦況に対応出来ずにいた。被害の大きさに大小が無いのはわかっているが、それでも思ってしまう。あの時の比じゃないとーー。
(光属性が発現した時とは規模が全然違う......)
逃げる事も出来ずに立ち尽くす人。泣きじゃくる子どもに何と声を掛ければ良いかわからず、ただ抱きしめる母親。必死に家族を捜す父親。壊れた建物からあがる噴煙。瓦礫で埋め尽くされた道。
世界は一変した。
「さて、 あの子どもはどこにいますかね~?」
ダンジョンの主はまるでショッピングをしているような感覚で村中の家を一軒一軒、見物しながら歩き回る。
「私は耳が良いんです。だから泣き喚いてくれないと見つけられないんですよね」
無造作に建物を壊して「おや、誰もいませんね」と笑う。
自宅を壊され呆然としている村人の前に行く。
「子どもの姿が全然見当りませんがあなた知っています?」
アゲットの指示で子ども達は教会の地下に避難している。そこにルピナスにもいるのだが、ダンジョンの主はそれを知らない。
「ひぃっ!? た、助けてくれ!」
「答えになっていませんね。私、そういうの嫌いです」
ダンジョンの主が村人の首に手をかけようとするが何者かによって阻まれた。
「早く逃げて下さい」
アゲットがダンジョンの主の手首を切り落とす。しかし、切り落とされた手首は即座に再生された。何事もなかったかのようにダンジョンの主は振る舞う。
「あなたならわかりますか? 子どもの居場所が」
「教える気はない」
(もう少し早く避難誘導が出来ていれば……)
後悔が残るが嘆いている暇は無い。自分が何とかしなければーー。
「......はぁはぁーー」
「おやおや、息が上がっていますね。やはり、こちらはお荷物部隊でしたか」
骨が折れて動かない利き腕とは反対の左手で剣を構えるアゲットをダンジョンの主は嘲笑う。
「一ー守り抜いて......はぁはぁ......一ーみせますよ」
息を切らしながらもアゲットは強気の姿勢を見せる。
アゲットにだって意地はある。王族としてのプライドもある。お荷物と呼ばれて意気阻喪している場合ではない。魔力を練られない代わりに剣を握る手に力を入れる。
だが、ダンジョンの主はそんなアゲットの姿に興味がないとばかりに反応しない。
「はぁ〜。実につまらないですね。子どもの泣く声も聞こえなければ、弱いあなたが相手なんて……。これなら私の城に置いてきた太々しい聖女と遊んだ方が良かったですね」
それでもアゲットは率先してダンジョンの主と対峙する。
力の差は一目瞭然だったにもかかわらずーー。
実戦経験が少ないアゲットには目の前にいる敵しか見えていなかった。周りを窺う余裕もなく臨機応変に指示を出す余地も無い。
だからセレスが予想外の行動に出たのに気づかなかった。
「アゲット様!」
セレスがアゲットに回復魔法をかける。
それを見たダンジョンの主は嫌厭した。
「私の前で聖魔法を使うなんて腹立たしいですね」
濃くなった瘴気にアゲットもセレスも背すじが凍った。
「まずは目障りなあなたから」
セレスに向かって大鎌が振り降された。
次の瞬間、アゲットはセレスを突き飛ばしていた。
「...... お願い、やめて」
村の人々が逃げ回る姿に懇願する。
「...... それ以上、酷いことをしないで」
涙を流している姿を見て自身も涙を流す。
「......ーー助けて」
小さな声で自分の震える体を抱きしめた。
全てが重なった。魔物の大軍に襲われハーキマークォーツ領が壊滅した日とーー。
幼少期に体験した光景がフラッシュバックする。逃げ惑う人々の姿や声。焼けた建物の臭い。変わり果てた光景。
ーー何も出来なかった自分が、また居た。
自分の鼓動だけが聴こえる空間に音が入り込んだ。
「スフィ!」
自分を呼ぶ声が聞こえる。
「スフィ、力を貸せ!」
自分を求める声が耳に入る。
「スフェーン、しっかりしろ!!」
自分を諌める声が心に届く。
ーー誰も優しい言葉をかけない。
ーー誰もが自分に期待する。
(……そうだ。あの時の自分とは違う)
「スフェーンのせいじゃないよ」と逃げ道を用意してくれた優しい家族の代りに自分を叱咤する仲間。
「安全な場所にいなさい」と仲間外れにされていた自分を必要としてくれる友人。
ーー同じじゃない!
何のために自分は力を付けたのか? 何が自分に出来るのか?
答えはもう出ている。
スフェーンの瞳に光が宿る。落ち着いたら呼吸が楽になった。次に何をしたら良いか思考が働いた。
「あの大型蝙蝠。絶対ぶん殴る!」
「殿下!!」
アゲットに振り降ろされようとした大鎌は宙を切った。
「殿下、大丈夫ですか!?」
ソヨゴが身を挺してアゲットを守る。
「ありがとう」と短くお礼を述べたアゲットは再び立ちあがる。だが、体力に限界がきていたせいで膝が笑いソヨゴに肩を貸してもらわないとまともに立っていられない程だった。
(一ー情けない。それでも王族か?)
心を奮い立たせるが、体は別の反応を示す。
「醜いですね〜。その必死な姿……」
ダンジョンの主は鼻の先でせせら笑う。
「あなたはよく頑張りましたよ。一ーでは、さようなら」
再び大鎌が振り降ろされようとした、その時ーー。
ドン!!
2つの音が重なった。
一つは自分の足元に。残りの一つは後方から。
「......なる程、集合体かーー」
手ごたえの無さに声の持ち主は地面から槍を引き抜く。バチバチと電流が帯びている矛先をダンジョンの主へ向ける。
「ーー誰です、あなた?」
ダンジョンの主は貫かれた体を元に戻しながら侵入者に問いかけた。
「まず自分から名乗るのが礼儀だろ? そんな事もわからないのか?」
太太しい態度の男にダンジョンの主は苛立ちを覚えた。
「憎たらしいですね。まあ、あなたの名前なんてどうでも良いんですが、楽しみを邪魔されたのでただでは済ましませんよ」
「ほう? そんな小さな口でよく大口を叩けるもんだな、蝙蝠野郎」
「減らず口を! この下等生物がっ!」
ダンジョンの主が咆哮と共に魔力を練りあげる。それを見たソヨゴが槍の使い手に声をあげた。
「先輩! ここはキャンセルゾーンです! 魔法が使えません!!」
「だから何だ? いつも言ってるだろ。騎士に必要なのは体力と経験。そして運だと」
騎士団の服装を身に纏った銀髪の青年はダンジョンの主に向かって電光石火の早さで突進した。
「スフェーン! 君の大好きなお兄様が来たよ〜!」
ダンジョンの壁を破壊してディアンは現れた。
その姿はまさに異様。 ダンジョン攻略にはふさわしくない軽装姿だった。ちなみに手にはどこから入手したのかわからないがピコピコハンマーを持っていた。さすが奇人変人のトップを独走する男。意味がわからない。
ディアンがダンジョンに足を踏み入れると、体の重さが変わった。一瞬で闇魔法が相殺され、元の重力に戻る。ディアンの魔力量はダンジョンの主の魔力量を凌駕していた。
「ディアン!? なんで、お前がここに居る?」
ディアンの上司であるゲルマが説明を求めるがディアンは反応せず......。スフェーンの元へ一直線に駆け寄った。
「わぁ! かわいいね! それって聖女の服? スフェーンってば白い服を滅多に着ないから新鮮だね! うんうん。やっぱりスフェーンは何でも似合うね」
口早にディアンがスフェーンを褒める。
「おいコラ! 話しを聞けディアン!!」
ゲルマがディアンに近づこうとするがピコピコハンマーで撃退される。
「ちょっ...... (ピコン!) .....いい加減......(ピコンピコン!) だぁ~くそっ!! 腹立つ~!!」
ゲルマの言葉の間あいだにディアンからの攻撃音が入る。叩かれても痛くないのだが間抜けな音が妙に頭にくる。
「やめなさいよ!」
スフェーンがたまらずディアンとゲルマの間に割って入る。
「......ス、スフェーン!? そんな……ひどい! 僕よりそっちを選ぶなんてーー。正気に戻りなさい、スフェーン! スフェーンのお兄様はこの僕!! 格好良くて強〜い見目麗しい優しい僕なんだから!!」
「触らないで下さい。ーー私が知っている兄達は厚顔無恥で唯我独尊。ろくでなしの奇人変人どもです」
最後に「近寄らないで下さい」とスフェーンは念を押す。それを聞いたディアンは泣き喚いた。
「え~んえ~ん。スフェーンが冷たいよ〜!」
「なんだ、この茶番は……」とは誰も口にしない。何故ならピコピコハンマーで叩かれるなんて間抜けな真似はされたくないからだ。だが聞きたい事が多々あるのでスフェーンを通して話し合いが出来るか試みる。
「えっと……スフィ? ーーじゃなくてスフェーン?」
「僕の可愛いスフェーンを気安く名前で呼ばないで!」
まずスピネルが声をかけるが見事に邪魔された。
「相変らず強烈だな、お前の兄貴」
「僕よりスフェーンに近付くなんて、この不届き者!」
ジェードが耳打ちしたら見事に嫉妬された。
「おいコラ! ディアン!! いい加減にーー」
ゲルマが話し始めたら見事にピコピコハンマーで連打された。
「何で俺だけ扱いが違うんだよ!?」
「僕は一週間以上もスフェーンと離れていたのに、ゲルマは一緒だった! おまけにご飯まで一緒に食べた! 許さない!」
「完全に八つ当たりじゃねぇか!!」
「うるさい!!」
そう叫んだのはスフェーンだった。ディアンの手からピコピコハンマーを奪い取り、 兄の頭を叩く。
ピコン!
小気味好い音が響く。
「何で兄様たちはここにいるのよ?」
低い声音で問いかける。
「スフェーンの身に一大事が起こったから……」
「そうじゃない。稼いでくるまで顔を見せるなって言ったよね?」
「ちゃんと魔の三角ゾーンから見繕ってきたもん。だからスフェーンに会いに行っても良いんだもん」
「じゃあ、何で手ぶらなのよ?」
「手ぶらじゃないもん」
「はぁ? 戦利品はどこよ?」
「そのピコピコハンマーが戦利品です……」
「この馬鹿たれ! いつも言ってるでしょ? 金目の物を拾ってこいって! こんなの売れるわけないじゃない!」
テンポ良く繰り広げられる兄妹の会話に「聞きたいのは、そこじゃない」とその場にいた騎士達は内心ツッコミを入れる 。......否。 確かにピコピコハンマーの出所も気になっていたが今は違う所に関心がある。
(ーーどうやって話しを戻そう?)
脱線し過ぎている兄妹に気づいてもらう方法がわからない。
ーーだが、事態は呆気なく好転した。
「さっさとあの大型蝙蝠をぶん殴ってお宝を探すわよ! 兄様、早くブラッド兄様と合流しましょう!!」
スフェーンはディアンを引き連れてダンジョンを飛び出した。
血気盛んにダンジョンの主を打ち取りに行く二人の背中に残された者たちの声は届かなかった。
「…………結果オーライか?」
「…………結果的には、そうですね」
ゲルマとスピネルは顔を見合わせて長い溜息をついた。
スフェーンとともに目の前に現れた人物を見てアゲットは2重の意味で仰天した。 この国で最高戦力を誇るディアン・ハーキマークォーツが見たこともない武器を手に軽装姿で現れたからだ。
(まさか援軍要請でこんな凄い人たちが来るなんて……)
ハーキマークォーツ家の兄弟は性格こそ問題大アリだが戦闘能力は申し分ない。それこそハーキマークォーツ家が反乱を起せば国家転覆を狙えると囁かれるほどに。
「アゲット、大丈夫?」
スフェーンが心配そうに尋ねる。
ブラッドが戦ってくれているおかげで回復出来たアゲットはスフェーンとディアンに頭を下げた。
「不甲斐無くてすみません」
「アゲット、顔をあげて。ーー私もさっきまで情けない姿を晒しちゃったからおあいこね。私はここから挽回するよ。アゲットは?」
「もちろん、挽回するよ。王族としての意地を見せるよ」
アゲットの顔つきが変った。冷静さを取り戻し人々の避難誘導を始める。
(ーー僕にはまだ力が足りない。足を引っ張らないよう援護に回らないと)
アゲットは自分の力ではダンジョンの主に到底、勝てないと認めた。ならば、自分に出来ることは一つ。スフェーン達が戦いやすい場を作ること。それが今、出来る唯一の事だと考えた。
アゲットが立ち去った後、事態を未だ理解できないでいたセレスに声がかけられた。
「セレス様は何故ここに?」
まさかセレスが危険を侵す真似をしているとは思わずスフェーンは驚いた。
「何故って......アゲット様をーー王族を見捨てたら寝覚めが悪いからよ」
セレスに芽生えた小さな意地。口では生意気な事を言っても心は違う。 その変化が嬉しくてスフェーンは思わず声を出して笑ってしまった。
「ふふっ」
「ちょっと! 失礼過ぎるわよ。私は私に出来ることをやっただけよ」
セレスは膨れっ面をしてそっぽを向いた。
「そうですね。ぐっすり寝るには明日出来ることは明日にとっておくぐらいの心の余裕があった方が良いですからね」
「......なんか微妙に違う気がするけど?」
言いたい事はわかるようなわからないような......。そんな事を思っていると力強い声で引き戻された。
「ーー行って下さい、セレス様。あなたが出来る事をしてきて下さい」
セレスは軽く頷き、その場を離れた。
「遅かったな、二人とも」
「お待たせ、ブラッド兄様。アゲット達を守ってくれてありがとう」
「構わん。可愛い妹の友達だからな」
「そうだよ〜。僕たちは可愛いスフェーンのためなら例え火の中、水の中どこだって駆けつけるよ!」
「はいはい」
照れ隠しにスフェーンは適当に相づちを打つ。ディアンもブラッドも面倒くさい面が多々あるが、それ以上に安心感もあるのは事実だ。
だから、つい気が大きくなってしまう。
「あら? 随分、小さくなったわね?」
「最弱種族の人間めが!」
思い通りに事が運ばない苛立ちと小馬鹿にされた事でダンジョンの主は憤怒する。ありったけの魔力を練りあげ村を覆っていた白い霧を黒く染めあげる。瘴気の渦が逆巻き、土や瓦礫を巻きあげた。
「聖女も子どもも関係ない! お前達を葬ってやる!!」
「そんなことはさせないよ」
ディアンが囁いたと同時に足元から広大な魔法陣が展開された。光り輝く魔法陣はゆっくり上空に昇り小さな粒を降り落としていく。
ーー黒い霧が晴れた。
「......凄い」
アゲットの口から賞讃の言葉が漏れた。ディアンの魔力量の多さと複雑な魔法陣の構築にそれ以上の言葉が見つからなかった。
「よくも相殺してくれたな!」
「そんなに怒ることではないはずだよ? 僕の魔力量の方が君より勝っていた。ただそれだけだよ」
ディアンの落ちついた声音が力の差を痛感させる。
「さて、君は暴れ過ぎた。もう眠る時間だよ」
「ふざけるな! 私はヴァンパイアロード。お前たち人間に負ける私ではない!!」
「いいや、お前の負けだ。キャンセルゾーンに頼った時点で負けは決まっていた」
ブラッドが槍を繰り出す。雷魔法の特性はスピード。光の速さで突かれたヴァンパイアロードの体がみるみる小さくなっていく。
「おのれ!」
的を小さくして相手からの攻撃を逃れようと分裂を試みるがスフェーンに阻止されてしまう。
「そうはさせない!」
スフェーンは蜘蛛の子を散らすように逃げる分裂体を光線束で絡めとっていく。
「これで終りだ」
ブラッドが一匹一匹を確実に仕留める。
やがて集合体の中から毛色の違う蝙蝠が姿を見せた。
「おのれ! おのれっ!!」
口調に余裕がない。同じ言葉を何度も繰り返す。ヴァンパイアロードは捨て身の覚悟でスフェーンに向ってかぎ状の爪を振り下ろした。
「道連れにしてやる!」
「お断りよ!」
スフェーンは雷光を纏った鞭でヴァンパイアロードの体を拘束する。 そこへ透かさずブラッドが飛雷一閃をお見舞し、ディアンが稲転を落とした。
雷鳴が轟き、視界が一瞬白くなる。高燃を発しヴァンパイアロードが燃える。
「ーーやはり、その力……。呪われし一族め!!」
ヴァンパイアロードは核を残し消滅した。
「ふぅ。 終ったね」
「あいつらの捨て台詞はいつも同じだな。つまらん」
「さぁ、帰ろうか」
スフェーンが魔石となる核を回収し、戦いの終りを告げる。それを聞いたブラッドが感想を述べ、ディアンが手を叩き帰宅を促す。
スフェーンが知っている日常。
アゲットが見守る世界。
ーー非日常が終わり、またいつもの生活に戻る。
「帰ろうか、じゃないわよ! 帰る前にお宝を頂戴するのよ。あの蝙蝠野郎が座っていた椅子にとりつけられた宝石を剥がして売る。 わかった?」
スフェーンは兄二人に指示を出す。
「シャンデリアも持って帰ってね。あと、カーテンも外して。あれ、結構良い生地だから。……それと机の上にあった銀食器も回収! あとはーー」
「スフェーン?」
アゲットがスフェーンの肩に手を置き、やや強めに肩を掴む。
「それは後にしようね、スフェーン」
「......あっーーはい」
我に返ったスフェーンはアゲットの笑顔を見て「しまった!」と反省した。優しい笑顔に騙されてはいけない。何故なら、目が全然笑っていないから。
「しょんぼり顔のスフェーンも可愛い! さすが僕のスフェーン!!」
「相変らず目敏いな、スフェーンは。それでこそ俺の妹だ」
ハーキマークォーツ家にしか扱えない雷魔法。
闇属性と対になる光属性で唯一攻撃系の魔法は魔物たちにとって脅威となっている。
彼らと対峙した者は必ずこの言葉を残す。
『呪われし一族』とーー。