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第十四話

「殿下! ゲルマ副隊長! 大変です!! 子どもが一人行方不明に!!」

 この一報が本格的な戦いへと続く合図となった。



 少女が行方をくらます少し前ーー。


 セレスは視線を感じていた。一人ではなく複数人が自分を窓ごしから覗いている眼差しを。

(あ~。イライラする。何なのよ!)

 侮蔑的な視線には慣れているが、生憎好奇心で見つめてくる視線には慣れていない。はっきり言ってどう対応して良いのかわからないためストレスが溜まる一方だ。

「聖女様、聖女様ってうるさいのよ」

 子どもの無邪気な笑顔が嫌い。素直な言動が嫌い。疑いを知らない真っすぐな心が大嫌い。 突き放しても強く罵っても、諦めずに相手を受け入れようとする態度が理解出来ない。

 ーーだから外に出たくないのだ。

 セレスにとって部屋で過ごす方が快適だった。

 それなのに......。



「ま〜た、聖女様の様子を見に行ってたの?」

 ソヨゴが村長の孫であるルピナスに声をかける。

「……うん。 朝ごはん、あまり食べていなかったから大丈夫かなって思ってーー」

「大丈夫、大丈夫! あの聖女様は好き嫌いが多いだけだから!!」

「でも、お水も飲んでいないよ?」

「ああ、それは水が冷たくないからでしょ」

「聖女様はお水が冷たい方が良いの?」

「生温いと怒れるよ。 あと器が汚れていたり……」

 そこまで言いかけてソヨゴは口を閉ざした。朝食に出た料理を思い出す。欠けた器に盛られた味気ない料理は農村では珍しくない光景だ。生きるのに必要な水だって温くても飲れば十分なのだ。王都や商業が盛んな街では当り前のことがここでは違う。贅沢な環境に慣れてしまっていたため忘れてしまっていた。

「え~と、あれだよ。あれ! 聖女様は初めての長旅で疲れているだけだから大丈夫だよ! うん。だからね、そっとしておいてあげた方が聖女様は喜ぶよ、きっと。疲れた時は休息が一番だからね」

 ソヨゴは苦し紛れに笑顔で誤魔化し通した。「ほら行こうね!」とルピナスの小さな手を握り皆んなの所に歩き出した。


 ルピナスと離れたソヨゴは昼食作りをしているスフェーンと合流した。台所に着いて早々、スフェーンに泣きつく。

「スフィ! どうしよう!! 俺、失敗したかも〜?」

「へぇ~。じゃあ、挽回したら?」

 スフェーンは作業の手を止めずソヨゴに応対してあげたのだが、あまりにも適当な返しに傷ついたソヨゴはスフェーンにクレームを入れた。

「どうしたの? 何があったのって聞いて! あと、ソヨゴはいつも格好良いから大丈夫だよって言って!」

 スフェーンは既視感を覚えた。この面倒臭い会話運びを。答えを求めている訳でもないくせに話しを聞いて欲しいが故に質問形式にする言葉選び。すっかり忘れていたが自称・自由を愛する天才こと長兄ディアンを思い出し、苦虫を潰したような表情をソヨゴに向けた。

「ひどい! そんな嫌悪感を出さなくても!!」

「………………あぁ~はいはい。勝手に話し始めて良いよ。適当に聞いておくから」

「今の沈黙長すぎない!? ねえねえ!」

「ーーじゃあ、俺様が話しをしっかり聞いてやるよ」

 駄々をこねる子ども(ソヨゴ18歳)を一瞬で黙らせたのは仁王立ちしたジェードだった。

「えっと……その……ーージェード様にお聞かせするような話ではないので……」

 しどろもどろになるソヨゴとは対称的にジェードは強気な姿勢を崩さない。

「俺に言えなくてこいつには言える内容かぁ〜。すげ~気になるな。遠慮しなくて良いぜ? 恋バナから政治の話まで何でも聞いてやるぞ?」

「いやいや。そんな高尚な話じゃないので大丈夫です!」

「聞いて欲しいんだろ? 口外しないから安心しろ」

「本当に大丈夫です! 同じ価値感のスフィに相談したかっただけですので!!」

 押し問答の末、ソヨゴとジェードはスフェーンにより邪魔になるからと台所から追い出された。


 ーー後にスフェーンはソヨゴの話を聞いておけば良かったと後悔することになるのだった。



『ーー女神は一人の少女に力を授けました。そして、こう言いました。


 この力は万能ではありません。願いが強ければ強いほど失うものが大きくなるのです。


 少女は迷わず言いました。

 笑いたい時に笑い、泣きたい時に泣ける世界を下さい。我慢しなくても良い世界を。


 少女は結末を知らないまま眠りにつきました。   


 ー一おしまい』


 静かに物語が綴れた本が閉じられる。

 表紙に描かれた少女の髪を小さな手がなぞった。寝る前に母親が自分にしてくれる仕草を少女も真似する。

「せいじょさま、いいこ。いいこ」

「ふふ。 ルピナスは本当にこの物語が好きなのね。さぁ、ルピナスは大人しく寝る良い子かしら?それとも?」

「いいこだよ~。きょうもいっぱいおてつだいしたもん!」

「そうね。じゃあ、おやすみなさい」

「おやすみなさ~い」

 ルピナスが目を瞑ったのを確認した母親は部屋の電気を消し静かに扉を閉めた。


 誰でも知る物語。

 でも解釈は一人一人違う。

 それでも語り継がれるのは、この世界に必要な話だったからーー。



 部屋にこもっているセレスに昼食を運ぼうとしたスフェーンは扉の前に佇むルピナスを発見した。

「気になるなら一緒に入る?」

 優しく話しかけてくれたスフェーンと目を合わせるがルピナスはすぐ下を向いた。

「......聖女様に怒られない?」

 大好きな絵本に出てくる聖女様が目の前に存在しているのが嬉しくて何度も、何度も話しかけてしまった。その度に「一人にして」「邪魔しないで」「もう少し静かに出来ないの?」と言われてしまった。ーー困らせてしまった。嫌われてしまった。

 幼いながらもルピナスは会いたいけど会っちゃいけないと自分の気持ちと葛藤していた。

「う~ん......怒られるか怒られないかで言ったら怒られるね。でも、それはルピナスに対してじゃなくて僕に対してでもあるかな?」

「えっと、どういうこと?」

「つまり、怒られるなら一人も二人も一緒ってこと」

 だから一緒に入っても大丈夫だよとスフェーンは伝えた。

(あとはルピナスの気持ちを尊重しよう)

 スフェーンは控えめに扉をノックした。部屋に入りサイドテーブルに運んできた昼食を置く。普段なら部屋の扉を閉めるのだが今日はわざと開けておいた。

「昼食をお持ちしました。どうぞ」

 いつもよりややゆっくりめの口調で丁寧に器を差し出す。

「またパンとスープだけなの? いい加減、違うものが食べたいわ」

 セレスが飽きないようにスープは具材や味付けを変えたりしていたのだが、それではお気に召さないらしい。

「夕食ではもう少し豪華な料理が食べられますので一ー」

「どうせ大した事ないんでしょ? だから田舎は嫌なのよ! もういいから、さっさと下がって」

 語尾を強くしたセレスに部屋から追い出されたスフェーンはルピナスに片目を瞑って「ね? 怒られたでしょ?」と小言で話しかけた。行きと違い手ぶらになったスフェーンはルピナスの手を握りながらセレスの部屋を後にした。



 しばらくしてからセレスより「水が飲みたいから持ってきて」と依頼が入ったのでスフェーンは水汲み場に出かけようと立ちあがった。一緒にいたルピナスも立ちあがりスフェーンの後をついていく。

(お料理は出来ないけど、水を運ぶお手伝いなら出来る)

 いつもはスフェーンが気を遣ってセレスの欲しいものを言われる前に用意しているのだが、この日は違った。ルピナスの目の前で初めて聖女がお願いをしたのだ。しかも自分でも出来る仕事を。  

 喜びながらルピナスはスフェーンの後ろ姿を追いかけた。

「騎士様、氷魔法を使えるの!? すご~い!」

 水の入ったコップの中にスフェーンは一口サイズの氷の塊を2つ程造った。それを見たルピナスは大騒ぎ。コップに人差し指の先をあて冷たい感触に目を輝かせる。

 水魔法から派生する氷魔法は上級魔法に分類される。王都から遠く離れた田舎だと上級魔法を扱える人間を見る機会は少ない。よって、ルピナスは絵本の中でしか見たことがない魔法に興味津々だ。

「さて、お水が用意出来たから持っていこうか」

「うん!」

 トレイを受けとったルピナスは慎重に進む。スフェーンに扉を開けてもらいセレスの前に「どうぞ」と持っていく。

 セレスは無言で受けとり一気に飲み欲した。氷だけが残ったコップを再度、無言でトレイに置く。窓の外を見つめルピナスと目を合わせないようにした。

 ルピナスは返却されたコップに視線を落とす。

(......聖女様が飲んでくれた!)

「ありがとうございます」や「お味はどうでしたか?」と話したいが経験上、聖女様が嫌がるのを知っているから我慢する。

「では、セレス様。失礼します」

 スフェーンに優しく肩をたたかれたルピナスは、スフェーンに習い一礼して部屋を出た。扉が閉まった瞬間、ルピナスは「やった〜!」と声を出してスフェーンに笑顔を向ける。だが、スフェーンに「し〜ぃ!」と注意されて、すぐ口元を手で覆い隠す。

「良かったね、ルピナス」

「うん!」

 二人は小さく笑い合いながら廊下を歩いた。


 窓の外を見ていたセレスの瞳に子ども達の姿が映った。大人に交じって農作業の手伝いをしている。

 ふと、スフィと一緒に水を運んできた少女が思い出された。あの少女より小さい子を見た事がないのでこの村で最年少なんだろうと考える。

(まあ、5歳ぐらいなら力仕事は無理ね)

 顔は何度か見たことがあった。一番よく話しかけてきたからーー。

「......今日は静かだったわね」

 昨日までの態度と違うことに気づく。でも、それが何? とすぐ考えないようにする。

(私は聖女なのだから気安く話しかけないで欲しいわ)

 自分の言うことは絶対。命令したことに対してお礼なんて言わなくても良いのよ。

「ーーだって私は特別なんだもの」

 セレスは自身でも知らないうちに気持ちの変化に蓋をしていた。自分が造り出した聖女像に亀裂が生じているせいでストレスが溜っていることをまだ知らない。

「あぁ〜イライラする! おかげで喉が渇いたじゃない!」

 セレスはスフェーンが待機している部屋に乗り込んだ。

「スフィ! 今すぐ水を持ってきて!!」

 セレスは乱暴に扉を開けて開口一番、怒鳴った。だが、あいにくスフェーンの姿は無く、部屋にはルピナスが一人いただけだった。

「何でいないのよ!」

 セレスの気嫌はさらに悪くなる。

「まったく使えないわね! いつから居ないのよ? スフィがどこに行ったか知らない?」

 怒りを抑えられないままセレスはルピナスを問いつめる。

 あまりの剣幕に声を出せないルピナスをセレスは一瞥した。

「もう、いいわ! スフィが帰ってきたらすぐに水を届けるように言っておいて!!」

「ーーあ、あの! 私が水を運びます」

 ルピナスは震える声で自分が代わりに行くことを提案した。

「あんたが? ーーまぁ、良いわ。早く持ってきてよね!」

「は、はい!」

 返事をした後、ルピナスは台所まで走って水を用意した。

 ルピナスはセレスが水をいつでも飲めるようにとピッチャーを用意した。戸棚の奥から引っぱり出し、その中に水をたっぷり汲む。コップと一緒にトレイに乗せて運んだ。両手が塞がっているためノックが出来ないとわかったルピナスは扉の外から声をかける。

「聖女様、お水を運んできました」

「遅かったじゃない! 早く持ってきてよ」

「あのっ! 扉が開けられなくて……」

 部屋の内と外で会話が続く。

 痺れを切らしたセレスが扉を開け姿を見せた。トレイを受けとろうとしたセレスの手が止まる。そして驚いた表情を見せた。

「何よ、この汚いピッチャーは!? こんな埃まみれの水を飲めって言うの!? しかも生温いじゃない! 私は冷たい水が飲みたいのよ!!」

「ご、ごめんなさい!」

 急ぐあまり汚れたままの器で持ってきてしまった事をルピナスは反省した。

「すぐ、きれいな器に入れて持ってきます」

「もう、いいわよ! スフィを呼んできて。それぐらいなら出来るでしょ?」

 扉を閉められたルピナスは床にトレイを置いてスフェーンを捜しに廊下を走った。

(自分が用意するって言ったのに出来なかった……)

 涙を溜めながらルピナスは走り続けた。自分が悪いのに泣くのは違う、と涙を流すのを堪える。

「騎士さま~!」

 ジェードと一緒にいたスフェーンを見つけ駆け寄る。

「スフィ様......はぁはぁ。一ー聖女様が呼んでます」

「ルピナス? ーー目が赤いけど、どうしたの!?」

 スフェーンはルピナスの異変に驚いて声をかけた。呼吸を整えさせてから話しを聞こうとするが、ルピナスは「聖女様の所に早く行って下さい」の一点張りだった。幸いジェードと一緒だったのでルピナスを託したスフェーンはセレスの元へ急いだ。


 ルピナスと二人っきりになったジェードは内心、焦っていた。子どもの扱い方など知らないため、どう声をかけて良いのかすらわからない。しかも、今にも泣き出しそうな表情をしているため余計に難しかった。

(スフェーンめ、無理難題を押しつけやがってー一)

 こういう時、どうすれば良いんだ? 高いたか〜いをすれば良いのか? それとも甘い食べ物でもあげるのか?

 ジェードが正解がわからず途方に暮れていた時、ソヨゴがルピナスの姿を見かけ声をかけてきた。

 ルピナスの表情を見たソヨゴはルピナスを肩に乗せた。

「少し散歩でもしようか? じゃあ、ジェード様。俺たちはここで失礼しますね」

「あぁ、……よろしく頼む」

 颯爽と去っていくソヨゴ達にジェードは威厳を保つのを忘れて頭を下げた。



 パシッ!

 ソヨゴとルピナスの二人と別れたジェードはスフェーンを追ってセレスの部屋に来た。

 ーーそこで衝撃的な光景を目にした。

「痛いわね! 何するのよ!!」

 スフェーンに叩かれた左頬を手で押えながらセレスは怒鳴った。

「自分が何をしたのかわかっていますか?」

 スフェーンも静かに怒る。

「はぁ? 私が何したって言うのよ!?」

「人の善意を無駄にしました」

「何のことよ?」

 訳がわからないとセレスはスフェーンを睨む。

「ルピナスがあなたの為にと持ってきた水を粗末に扱った。あの子の頑張りを無駄にした」

 ルピナスが運んできた水を汚れているからとセレスは窓の外へ捨てていたのをスフェーンは目撃したのだ。

「あんな汚い水を飲めって言うの!?」

「ーー汚い? あれが汚いですか?」

 スフェーンはセレスが拒否したピッチャーに入った水を飲み干した。

 その行動にセレスだけでなくジェードも驚く。

「あなたは知らないでしょうけど、泥水でさえ生きていくのに飲まなければいけない時があるんですよ! 冷たい水を知らない人だって居るんです。食事だって、この村の少ない食糧庫の中から捻出しています。私達がいることで彼らの食料は減っているんです。その事を理解して下さい」

 スフェーンは想いをぶつけた。

 甘やかしてしまった自分が悪いのだが、それでもセレスのとった行動は許しがたいものだった。  

 何でも手に入ると思ってはいけない。犠牲のもとに産まれてくるものだってあるのだ。

 セレスが聖女だから怒っているんじゃない。一人の人間として見ているからわかって欲しい。

 スフェーンはセレスに手を上げた事実に謝らないと心に決め部屋を出た。




「ーー騎士様、水筒ってありますか?」

「水筒? あるけど……どうするの?」

「貸して下さい!」

 ルピナスの必死なお願いにソヨゴは2つ返事で返した。

 

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