第十二話
スフィに魅力を感じなくなったセレスはアゲットとジェードにべったり甘えるようになった。その反面スフィには当たりを強くしていった。 「出来ないからやって〜」とお願いしていたのが今では「やっておいて」と押しつけるようになった。今までも服を畳んだり食事の用意などの雑用をこなしてきたのだから仕事内容に変わりはない為、スフェーンとしては変化がないと思っていたのだが周りの反応は違った。
「......俺、もう限界かも」
「顔が良くても性格が悪ければどうしようもねえな」
さすがに一週間も一緒にいれば、人となりが見えてくるようになった。お願いが厚かましくなり、自由奔放が我が儘に感じてしまうようになってしまった。
「昨日なんか『馬車を揺らさないでよ』とお怒れました。山道なんだから仕方ないのに……」
「うわ〜。そりゃ気の毒だったな」
スフェーンは休憩の度に騎士達から出てくるセレスに対する不平不満に危惧の念を抱きはじめた。戦闘中、仲間意識が薄いとパーティー崩壊を引き起こし命の危機に陥る場合もあるからだ。
(アゲットやジェードに相談出来れば良いんだけど――)
何度か二人に相談しようと試みるが、セレスが側にいるため叶わなかった。おまけに二人とも終始セレスの我が儘を聞いているせいか疲労困憊の色が見える。二人の負担を考えると、なかなか相談出来ないでいた。
「――どうやら、あのお嬢ちゃんは的を絞ったようだな」
「......的?」
スフェーンは話しかけてきたゲルマに言葉の意味を教えてもらった。
「色恋の話だよ。品定めが終ってアゲットとジェードが結婚相手にふさわしいと思ったんじゃないか?」
「......結婚相手?」
ゲルマに説明してもらってもスフェーンにはわからなかった。この任務と恋愛に何の繁りがあるのかを。
「まぁ、一方通行だけどな……って、ははっ! スフィにはまだ早かったか!」
急に笑い出したゲルマにスフェーンは目を丸くした。笑い終ったゲルマと目が合う。気持ちを切り換えたのか表情が真剣なものに変る。
「スフィは、この先あのお嬢ちゃんとやっていけそうか?」
「大丈夫です。問題児の兄より、大した事ありません」
「そりゃあ心強い! 俺も問題児の部下と長年いるおかげで耐性ついているから問題ない」
ゲルマはスフィの肩を数回たたき「心配するな」と言い残して立ち去った。周りの状況を把握し余裕がある態度にスフェーンは安心を覚え、もう少し様子を見てからアゲットとジェードに相談しようと決めた。
セレスがスフィからアゲットとジェードに心変わりした瞬間から、ジェードの心配事が増えるようになった。スフェーンが女の身で騎士団の中にいるのも心配だったし、男装がバレるのも心配。自分自身の事に無頓着なのも心配だった。
(――――無防備、過ぎるだろ……)
ジェードは仮眠を取ると言って木陰で休んでいる件の人物を見つけて早々に呆れた。男装はしているが、一応伯爵令嬢だ。よく人前で寝顔を晒せるな……と思ってしまう。危機感の無さに起きたら説教だと心に決める。
「やばっ!? 寝過ごした?」
スフェーンが勢い良く顔をあげた時、一枚の布がはらりと落ちた。時間を気にして見渡した時、視界に入ったのはジェードの姿だった。
スフェーンが「何でいるの?」と問いかけるよりも早くジェードは話しはじめた。
「……お前の寝顔はひどいな」
「もしかして、よだれ出てた?」
「よだれ・いびき・歯ぎしりのトリプルだ」
「うっ......」
確かにそれはひどいかも......とスフェーンは思った。 疲れていたから仕方ないと自分で自分を慰める。
「だが安心しろ。皆の平和のために俺様が壁になっておいた。だからお前の不細工な寝顔は見られていない」
ーーこれは「ありがとう」とお礼を言うべきなの? それとも「お手数おかけしました」と謝るべきなの? ...... 否。それよりも、こいつが勝手にやったことなのだから「ほっとけば良かったのに」と第三の選択肢が妥当かもしれない。
幼少期からジェードはスフェーンに突っかかる節があった。 あきらかに他の女の子たちと扱いが違うのだ。クリスなどには優しいのに、自分に対してはぶっきらぼうで素っ気ない。口を開けば「――するな」や「他の令嬢を見習え」など小言を貰う。スフェーンにはこれといった理由がわからず、可能性の一つとして幼少期に大喧嘩をしてジェードを泣かせた事があるので、そのせいかなと思っている。
(ーーかといって突っぱねたら突っぱねたで後々、気嫌が悪くなるからなぁ〜)
面倒にならないようにスフェーンはお礼の言葉を述べた。
「......ありがとうございます?」
語尾が疑問系なのはスフェーンなりの反抗だった。
「どうやらお前には淑女教育が必要らしいな」
「えっ? なんで?」
「――ほぉ〜? 全然わかっていないようだな。お前は恥じらいや顕著を覚えるべきだ」
「やだなぁ〜ちゃんと言葉の意味も使い方も知ってるって。だって初等学科で習う単語でしょ?」
ジェードが無言で圧をかけた。あまりのスフェーンの理解力の無さに冗談で返す余裕は無い。わかるまで待とうと微動だにしない。
相手から返答が無いのでスフェーンは頭に疑問符を浮かべたままだ。
双方、沈黙が流れる中――。
「スフィ〜」
呼び声にスフェーンが反応した。これ幸いとばかりに、その場を離れる。
「じゃ……じゃあ私、行くから!」
「あっ! 待て!」
ジェードの怒声を聞こえないふりしてスフェーンは自分を呼んだ者の所へ走っていった。
「――あいつ、俺を無視しやがった」
魔力の暴走、一歩手前までジェードの感情は昂っていた。スフェーンの態度にも腹が立ったが何より一緒にいる青年にも腹が立ち怒りの矛先を向ける。
そんな荒ぶるジェードの姿を見て声をかけたのはアゲットだった。
「こら! 人様を睨むんじゃないの」
「睨んでねぇよ! もとから、こういう顔だ!」
語尾を強くしてジェードは答える。
「大体、あいつが悪いんだよ! 人の気持ちを全然知らずに好き勝手しやがって。女らしく振る舞うどころか男らしく振る舞いやがって! 自分が令嬢だってこと忘れてやがる」
「――……ん? 女らしく振る舞ったらいけないんじゃない? 男装しているんだし」
「そうだけど! ――そうじゃねぇんだよ! あいつは……」
ジェードは自分の言葉が矛盾している事に気づいた。女だとバレてはいけないのはわかる。だが、女としての自覚を持って欲しい。その葛藤が自分を苛立たせているのだと。
「スフェーンの場合、本来の姿でも人前で寝顔を晒すと思うな〜」とアゲットは言わなかった。代わりに是とも否とも取れる言葉で返す。
「スフェーンに対しては自然体を尊重していたからね」
アゲットもクリスもスフェーンのする事に「貴族らしくない」や「令嬢らしくない」と言ってこなかった。天真爛漫でいて剛毅木訥な性格が当てはまっていたし自分達に無いものに惹かれていた。だからこそ、周りの人間も貴族ならこうあるべきだと諭してこなかった。両親だって、王城で開かれるパーティーで料理を前に美味しそうに食べるスフェーンを咎めなかった。むしろ「スフェーンちゃんの食べっぷりは気持ち良い」と顔を綻ばせていたほどだ。その強制しなかった姿勢がジェードを悩ませているのでアゲットは申し訳ない気持ちになった。