第一夜 退屈の終わり 1
俺こと神影幽は、今年入学した高校の校内を散策していた。
日はかなり落ち込み、かといって、まだ夜の帳に包まれるには早い時間。
そんな中、散策していると目につくのは、古くなっているからなのか、所々に工事用の足場が組まれているところだ。やはり、そういった風景に歴史を感じる。
俺が散策しているのは、強いて言うなら暇潰しだ。
部活に所属していない俺は、人付き合いがあまり得意ではなく、これといって趣味があるわけでも無いので、まだ高校での友達がいなかった。
もっと言うなら、中学校の頃も友達が出来るのが遅く、基本的に一人だった。なので、校内を見て回ろうと散策しているのだが・・・
「・・・なんだ、あれ」
誰にともなく呟いたのは、やはり古臭く補修工事中の体育館が視界に入った時だ。
そこには、部活中の体育館の下の窓から中を窺っている不審者が一人。
セミロングで、膝が見えるくらいのスカートのセーラー服の女生徒だ。この学校は制服からは学年は分からない。
体育館の中に、好きな人でもいるのだろうか。
そう思っていたが、どうやら違うらしい。
その女生徒は、ひとしきり覗くと、不意にこちらを振り返った。その女生徒はこちらに気づいたのか向かってくる。
女生徒は俺の正面まで近づくと、男子の平均的な身長の俺と同じくらいの身長で、膝を曲げて下から覗いていた。
「君・・・一年生でしょ?」
顎に両手を当てて、小首を傾げながら尋ねられる。
「・・・そうだけど」
唐突の質問に答えも一瞬とまどる。
女生徒は何やら無言で頷くと、口を開く。
「ねえ、君?部活とかは入ってる?」
「何だよ、いきなり・・・」
「まあこんな時間に歩き回ってるんだから、入ってないよね」
勝手に推測すると、立ち上がり、
「君、オカルト研究部に入らない?」
・・・また唐突だった。これは部活の勧誘という事で良いのだろうか。
「少なくても、今みたいに退屈する事は無いと思うけど?」
何故か、心の内を見透かしたかの様に言ってくる。
まあ、特に入りたい部活は無いので拒否する理由は無い。
「で、何をする部活なんだ?」
名前だけでも幾つか推測出来るが、内容くらいは明確に知っておきたい。
「そうね。ひとまず仮入部、って事で良いかな?」
・・・俺は何かを聞き逃したのだろうか?何故だか、話が飛んでいる気がしないでもない。
「えー・・・っと?」
「自己紹介がまだだったね。私の名前は2年の隠岐彩夏。君は?」
「神影幽・・・だけど」
「分かった。ゆう君、で良いのかな?」
ヤバい。この人のペースに完全に乗せられている。なんかもう、降りることが出来なくなっているようだ。
「はぁ・・・もうそれで良いです」
「じゃ、ゆう君。活動内容を教えて欲しいんだったっけ?それだったら、見てもらった方が早いよ」この人・・・彩夏先輩は一応話は聞いている様だ。俺の手をいきなり掴むと歩き始める。
いきなり掴まれたので動揺して対応が遅れるが、その手を振り払う。
「・・・掴まなくても逃げませんよ」
最後に女子と手を繋いだのは何時だろう、と思い返すと幼稚園まで遡ってしまった。気恥ずかしさが込み上げても仕方ない。
「あら・・・嫌われちゃた?私はキライじゃないんだけどな〜。むしろタイプだよ」
笑いながら言う先輩は、どこまでが本気なのかが分からない。だが多分、全部が欺瞞だ。
自分のこういう性格も、友達が出来ない理由だと自覚している。
人と話していても、その人の裏を探ってしまう。悪い癖だ。
だから、何となくだが分かる。この人は『底が見えない』。
「まあ、良いか。早く行くよ」
俺は、すたすたと前を歩く先輩の背中を眺めながら、計れる筈の無い底を計ろうとしていた。
「後ろから人を眺めるのは、良いシュミとは言えないよ」
先輩は一切振り向かず、愉しそうに言う。
どこまでも底が見えない。
溜め息をつくと、大人しく付いていく。
「ここか?」
着いたのは変哲のない教室だった。
オカルト研究部とか言うから、床に変な記号が描かれたりとかしてるのかと思っていたのだが、本当に普通だった。
教室の後ろには、金属の棚が置かれていて、そこには段ボールが置かれている。教室の真ん中には机を4つが突き合わされて置かれていた。
「そう。ここが私達の部室よ」
「で・・・他の部員は?」
「他に部員がいるように見える?」
「・・・帰って良いか?」
「他の人みたいな反応ありがとー」
ほんの少しでも期待した自分がバカらしくなってくる。そもそも、こんな人がいる部活に入りたがる生徒がいるはずがない。ただでさえ怪しい部活なのだから。
だが、先輩は気にする風でもなく話を続ける。
「今から説明始めるけど、資料はそこの段ボールに入ってるのを適当に取ってね」
先輩は後ろに置いてあった箱を示しながら、暗に『取ってこい』と促す。
俺は箱に歩み寄り、幾つかの中身を覗くが、やはり入ってるのは紙の束だけだ。
言われた通り、適当に箱から取り出すと、真ん中の手近な席に付く。
先輩はそれを確認し、ようやく口を開く。
「さて、この部活の活動内容なんだけど、大体はその資料を見れば分かるから、分からない事だけ質問してね」
最初から丸投げだった。俺は露骨に溜め息を付くと、紙の束に目をとおす。
そこには、どこかで聞いたことのあるような内容の話があらすじとして載っており、その後にはその話に対しての反論や矛盾を、事細かに書いている。そして、一番最後の紙には、『証明完了』とマジックで書かれていた。
「・・・ようは、怖い話に難癖や屁理屈を付ける部活って事か?」
何とも『らしくない』部活があるものだ。
こういう部活なら、『そういう話』を肯定しようとするだろうに。
「私だって信じるわよ。全ての科学的、現実的な可能性が否定されれば」
思ったことに対して反駁された。
だがそういうのを『否定している』と言うだろうに。
半ば呆れて来るが、口に出そうが出さまいが答えるのであえて黙る。
「それに怖い話だけじゃないわよ。怪しい噂話とか都市伝説的なものまで依頼が来たら調べるし」
『依頼』?確かにそう言った気がする。だが----
「あー、依頼っていうのは、学校の生徒とか教師、たまに地域の人が来て頼んでくるのよ」
今の自分の表情なら心を読みやすいだろう。自分でも驚くほど困惑の色を出している。
そして、やはり先輩は答える。
「怖い話やそういう類いの噂話って簡単に広まるのよ。そうすると、無駄に、そしてやたらと怖がる人も出てくるの。だから、何でも良いから筋が通った理屈を取り付けて、そういう話を自然消滅させるのが、最近のこの部活の活動なのよ」
「見返りは?」
「部活動に見返りなんて求めるものでも無いけど・・・。強いて言うなら『退屈しのぎ』が出来るわよ。どうせ暇でしょ、君」
この先輩には絶対勝てない気がする。ここで逃げようとしても、どうにかして入れようとするだろう。だったら、一応の逃げの一手を打つ。
「・・・一回だけやってみますよ。それで気に入れば入ります」
「それで大丈夫。絶対楽しいから」
・・・満面の笑みで腕を組む先輩の顔は、やはり逃がす気は無いようだった。




